見出し画像

Batman Effect バットマン効果

Write your own

人生のギフトに気づく瞬間は思いがけずやってくる。歳を重ねると、思い出すことも忘れていることも限りなくあるけれど、試練や失敗がギフトになったことも数えきれないほどある。大切な人たちが心からの好奇心で投げかけてくれる問いが、振り返る扉を開いてくれることもあれば、若い世代と話す場面で盛り上がり、気づかされるといったように。そして、こうして書くという行為もまさにそうだろう。

Stop reading books. Write your own.
本を読むのをやめて、自分の本を書きなさい

今朝読んでいた文章の最後で、この二行に出会ってしまった。noteを書き始めたタイミングなので、「書くこと」につながる情報に無意識に反応しているんだなと、脳幹網様体賦活系(RAS)の働きに思わず感心してしまう。書くことは嫌いではないし、限られた文字数の原稿を練りに練って書き上げた時は快感だ。とは言え、スラスラと書ける訳ではないし、書きたいことがスルスルとあふれてきて原稿用紙のマスが埋まっていく経験など、一度もない。テンポやリズム、トーンは内容にふさわしいか、知性(Intellect)や直観力(Intuition)に刺激を与え、新たな洞察(Insight)を生み出せているのか、途中で何度も引っ掛かりながら書いている。

Badass Novelist

プロのライターの脳はどうなっているだろう。前回ご紹介した作家のLiz (エリザベス・ギルバート)が『BIG MAGIC』に書いていたように、「インスピレーションという神秘」が降りてくるのだろうか。

先日聞いたLizと内的家族システム(IFS)のリチャード・シュワルツ博士との対談で、彼女の中にいるもう一人の自分のことを話してくれた。Lizの中には何人かの自分がいて、そのうちの一人でエレノア(Eleanor)という名前のヤバい小説家(“Badass Novelist”)が、ぐんぐんと筆を走らせるのだそうだ。対外的に知られている自分とは違って、エレノアは社交的ではないが小説書きとしては自信に満ち溢れ、書くのが好きで、書くと決めたら脇目も振らずに書き上げるという。自分の中にいるエレノアの声を聞いてあげて、エレノアが書くことに集中できる環境を作ってあげるのが、外の世界とつながっているLizの役割だと。

外界と接しているLizは、モデルのような長身と無邪気な笑顔で、親しみを込めてファンへの愛を表現するチャーミングな人だ。一方で、波乱万丈の生き方を貫き、自分の精神状態を保つために相当な努力が必要だと公言している。そんなLizが自分の不安に苛まれることなく、評価される作品を書き続けるという困難に向き合えたのは、もう一人の自分であるエレノアの才能を信じ、エレノアが作家として最高の仕事ができるようなセルフリーダーシップを発揮しているからだったのか。

Alter Ego 

Lizのように、もう一人の自分に切り替えて、困難や試練の瞬間に立ち向かう戦略を体系化したのが、トッド・ハーマン(Todd Herman)だ。彼のセミナーに参加する機会があり、著書の『The Alter Ego Effect(日本語訳:超・自己成長術)』を読んだ。多くのプロスポーツ選手や企業家のパフォーマンスアドバイザーである著者が、オルターエゴ(Alter Ego)戦略、言い換えれば「なりきり戦略」を科学的な研究と実践の視点で紹介している。『超・自己成長術』という日本語訳のタイトルだけであればスルーしていたに違いない本だが、いい意味で予想を裏切ってくれた。

スーパースターが大舞台や大試合の「ここ一番」というときに、「何者か」になりきって乗り越える。これがオルター・エゴだ。自分以外の誰かの性格を前面に出すことで、緊張したり、不安になったりする普段の自分の感情から一歩距離をとる作戦とも言える。アファメーション(「肯定的な自己宣言」ポジティブな言葉で宣言をすること)においても、一人称より、二人称、三人称で宣言する方が効果があると言われている。例えば、「私はできる」と自分に言い聞かせるより、「あなたはできる」「〇〇さんはできる」という声かけの方が自分との距離ができ、自分が抱いている不安な感情から離れることができるからだ。

この本の中にも紹介されている「バットマン効果(The "Batman Effect": Improving Perseverance in Young Children)」の研究は、子育て世代でなくとも興味深い。米国ハミルトンカレッジ心理学部のレイチェル・ホワイト(Rachel E White)助教や「やり抜く力・グリット」で有名なペンシルバニア大学心理学部アンジェラ・ダックワース(Angela L Duckworth)教授らによる、「なりきり」が子どもたちの集中力を向上させるという研究だ。
 
研究者たちが実施した実験では、4歳児と6歳児をそれぞれ3つのグループに分け、以下の3つの異なる状況下で、子どもたちの集中力にどのような影響があるかを測定した。
 
1つ目の1人称視点グループには、"Am I working hard?"「私はいっしょうけんめいやってる?」と1人称視点で自問するように伝える。
 
2つ目の3人称視点グループには、"Is 〇〇 working hard?" 「〇〇ちゃんはいっしょうけんめいやってる?」という3人称視点で自問するよう伝える。
 
3つ目のなりきりグループには、自分の好きな架空のヒーローやヒロインになりきってもらい、なりきるための小道具も用意し、"Is Batman working hard?「バットマンはいっしょうけんめいやってる?」と自問するよう伝える。
 
どのグループも、4歳児より6歳児の方が、集中して活動できたこと、また、いずれの年齢でも、1つ目のグループよりも2つ目、3つ目のグループの方がそれぞれ集中力が続くことがわかった。例えば、6歳児のデータでみると、1人称視点のグループの集中時間が約35ポイント、2つ目の3人称視点で考えたグループは約45ポイント、3つ目の「なりきり」グループは約55ポイントという結果だった。しかも、ヒーロー、ヒロインになりきった子どもたちは、他の子どもよりも柔軟に考え、かつ穏やかだったという。
 
アイデンティティというのが、自分をどんな人間だと認識するかだとすれば、この実験結果は、パワフルなアイデンティティを呼び起こすことで、より力を発揮できるということを示唆している。オルター・エゴのアプローチは、スーパースターだけのものではない。私たちの中にはいくつもの違う自分がいて、日々、矛盾や葛藤を経験している。一人で複数の立場や役割をこなしながら、異なる期待の板挟みになることもある。

今、自分がチャレンジだと思う場面で、このなりきり戦略を試してみてはどうだろう。失敗への不安、相手に嫌がられてしまうのではないかという不安、大切な人を傷つけるかもしれない、誰からも評価されなかったらといった怖れ。そんなとき、「私はどうしたいのか」ではなく、「〇〇さんはどうしたいの」と三人称で聞いてみよう。自分との距離を置くことで、全体像が見えてくる。そして、自分が理想とする人ならどんな行動をするかと考え、その人になりきってやってみる。

Badass You

私のスーパーヒーローは、国連難民高等弁務官として世界の難民の保護と救済に活躍された緒方貞子さんだ。激動の世界を揺るがない大局観と現場主義のバランスで牽引した緒方さん。凛とした振る舞いと、人間の尊厳の尊重を貫いた行動。もちろん、緒方さんの足元にも及ばないけれど、瞬間瞬間に目の前にいる人と共にいることに全力を向け、その瞬間と世界をつないで新たな洞察を見出せる人でいたいと思う。ポジティブ心理学の研究から生まれた性格の強み診断(VIA-IS)の24の強みの一つが「大局観」だが、これは全体像を見るだけでなく、詳細も見る力を指している。世界のダイナミズムと現場をつなぐ稀有な才能を発揮された緒方さんのように、木も森も見れる力を磨いていきたい。

トッド・ハーマンによれば、オルター・エゴの概念は、紀元前1世紀のローマの哲学者のキケロが初めて語ったと言われている。キケロは「第二の自己、信頼できる友」と呼んだ。ラテン語では、「もう一人の自分」を意味する。Lizの中にいるヤバい小説家のエレノアは、まさに、お互いに信頼できる友なのだろう。自分の中に信頼できる友を見つけるセルフリーダーシップの旅に、出かけてみよう。あなたの中にいる”Badass(ヤバい)あなた”を見つけに。


 

いいなと思ったら応援しよう!