勇気を出して5mの高さから飛び込んだ結果…
ロングロングアゴー。鹿児島の体育大生だった私みよし。さして運動が得意なわけでもないのに体育大学に入ったもんだから、実技単位を取るのにそれはそれは苦労した。
その一つが「水泳」。担当教授はなんと、ミュンヘンオリンピック金メダリスト。受講していた学生は約30名でそのうち女はたったの2名。「1年間の辛抱」と割り切って決して得意ではない水泳に勤しんだ。
単位を取るには100点満点中70点以上が必要。30点は筆記試験。あとの70点は7種目の実技テストを行って、1つ合格するごとに10点が加算されるというシステムになっていた。実技は「60分間遊泳」「メディシンボールを持っての立ち泳ぎ」「個人メドレー」「10kgの砂袋をもって水中を歩く人命救助」などなど、まぁそう簡単にはできないものばかりだった。
その日は「60分間遊泳」のテストだった。もう一人の女子がその日は休みで、大勢の男子の中に女ひとり。なんかちょっと不安だが、まぁはりきっていこう。教授がテストの説明をする。「泳いでも浮いてても深いプールの底にいてもいいから、プールサイドにつかまることなくプールの中で延々60分間居りなさい」
「・・・居れるか!」と思うがやるしかない。
できるだけエネルギーを使わないよう「クラゲ」のようにスイーッちょん、スイーッちょん。疲れてきたら全く動かない「マナティー」となり、ときどき深い深い底まで潜って音のない世界で「シーラカンス」気分を味わう。
60分何とか凌ぎ、達成感に浸りながらプールから上がる。授業時間がまだ残っているのを確認した教授が言った。「来週『5m飛び込み』のテストするから練習したいやつはしてもええぞー」
大学のプールには5mの高さの飛び込み台があった。この実技テストの一番の難関はこの「5m飛び込み」。足から飛ぶなら勢いでいけるかもだが、このテストでは手を下にして頭から飛び込まなあかんのである。
「いやいやいや、ムリムリムリ」
高所恐怖症の私みよし。この種目だけは棄権しようと思っていたが「5mって一体どんな高さなん?」を確認したくて、こっそり飛び込み台までの螺旋階段を上った。台のてっぺんからおそるおそる下を見る。「うっひょー!」5mの高さに加え、水深が4m。透明で底まで見えるので実際には10mくらいあるように見える。ビルの3〜4階くらいから飛び込むようなものだ。高さを確認して「うん、これはやめておこう。そうしよう」と自分の意思を再確認したその時だった。
「おーい、テスト来週やけどもうやってもええぞー」と、下から教授の声がした。「しませんしません、絶対しません」と後ろを振り返って帰ろうとすると狭い通路に男子がズラーっと並んで待っていた。「みよし行け行け〜!」「いけるって〜」などとみんなが無責任に囃し立てる。私も一瞬「ほんまに?」てなって再び台の上に足を掛けるが「いやいやそんなわけあるか!」と我に返る。
「イケるイケる〜⤴️」「ムリムリ⤵️」を何度繰り返しただろうか。だんだんみんながイライラしてきた。選択肢は「やるか?やらんか?」ではなく「飛ぶか?飛ぶか?飛ぶかー?」だった。台の上に立ち、両手のひらを前で組み、四つん這いのようなポーズをとっては、最後の勇気が出ずにため息をついて立ち上がる。これを更に繰り返すうちに周囲の「早よ行けよ〜!」的オコ空気が満タンになった。
「行くしかない」
私は自分の意思では飛べないことを悟り、すぐ後ろに並んでいた「ハンマー投げの選手」にささやくように言った。
「おしり蹴って」
「ハンマー投げ」は無言の笑顔で、四つん這いの私のお尻を思いっ切り蹴った。
私の体は、犬のように四つん這いのまま、下ではなく前に飛び出した。
「ワォーーーン!!」
そのまま無惨な姿で落下した私は恐ろしいほどの腹ぼて状態で、ものすごいしぶきをあげて入水した。
そんな入水の仕方でも高い場所からの飛び込みはまぁまぁ深く沈んだ。私は腹ぼての衝撃で体の前面がジンジン痛むのを感じながらも必死で水面まで浮き上がった。
飛び込み台の上から「うぇ〜い!」みたいな賞賛の声が聞こえた。プレッシャーから放たれた私は「エイドリア〜ン!」くらいのテンションでプールから上がり、教授やその周囲にいた男子たちにハイタッチを求めた。が、予想外にみんなよそよそしかった。教授が言う。「合格。もう着替えてええぞ」…なんかつれないなぁ〜と思いながら私はシャワー室に向かった。
尻を蹴ってもらうという助力があったにせよ、犬みたいに入水したにせよ、捨てるはずだった10点をゲットできたことが嬉しくて私は鼻歌まじりにシャワー室の鏡の前に立った。そして教授と男子がよそよそしかった理由を知った。
「ガーーーーんっ!」
「えっ、なになにどうなってんの?」
えーーっとぉ、四つん這いでー、
バーン蹴られてぇー、
ワォーん!ってなってぇー、
バっシャーん!なってぇー・・・
激しい腹ぼて。水圧で私の水着は派手にめくれて片乳がはみ乳に…。なんで気づかんかったん?だってジンジン……体のA面が全部ジンジンしびれてて、水着の感覚なんかなかったのよ…
私は鏡に両手をつき、(あ”ーーーっ!!)と心の中で最大級の悲鳴をあげた。
それからどうやって帰ったのか。
翌週どんな顔をしてその授業に行ったのか。
全く覚えていない。
死ぬほど恥ずかしかった。でも生きてます。
どんなに恥ずかしいこともいつかは笑い話になる。成仏。ちーん。
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