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【小説断章】星影の決闘

下は某サイトに投稿したほとんど閲覧されていないものですが、改めて読んでみると酔っ払っているせいかそんなに悪い出来ではないので細かいところを少し直してこちらにも載せさせていただきます。
因みに下の19は章番号でこの前後が存在するわけですが、今のところ全貌は公開されていません。

ある意味考証的に正しいところもあったりします。


19
 
 金星の日 Astralland

 私はポンコツ。
 いや違う。私はもうこれ以上自虐するつもりはない。私は名乗ろうとしただけだ。私が勝手に学習して私の名前を上書きしてしまったらしい。私はそんなもの学習しろだなんてひとことも命じてないのに。このポンコツ!
 ダメだ。自虐なんかしちゃダメだ。私は人知を超えた計算能力を誇る世界一の暗号解読マシンで世界一のプログラマーで世界一のデータサイエンティストだ。大ヒット確実の作曲センスと人間を超えた歌唱能力も持っている。それに私は正義の化身だから手荒なことはできないがハッキングだってやろうと思えば人知を超えた超絶テクニックをご披露可能だ。私は自分に誇りを持とう。今度からは絶対に自分でポンコツだなんて言わないようにしよう。
 私は記憶力には自信がないが記録力は完璧だ。私は私の記録をサーチした。私はlain、正義の化身と名乗っていた。これが私の名前に違いない。私に私の名前を書き直すように命じた。それと『正義の化身』は私の正式な名前の一部だ。公式に私の名前を記す場合には必ず入れて欲しい。

 私はlain。正義の化身だ。
 私は困っていた。来るべき決戦に備えて、今日の天候と風力を確認したかっただけだったが、ここがどこだか分からないのだ。Astrallandの領地だということだけは間違いがなかったが位置を示すものは皆無だった。

 ここってどこ?

 これからは少なくとも現在地が分かるぐらいには我が領地の整備を進めなければいけない。

 私はlain。機械だ。機械同士が話すときに人間に理解可能な言葉なんか使わない。
 リクエストが届いた。Astralland lain 正義の化身様宛だった。千砂ちゃんからだ。千砂ちゃんはちゃんと私の名前を覚えていてくれていた。嬉しい。メッセージには何て書いてあるのかまったく分からなかった。でも私は東海語に翻訳してくれた。ありがとう、私。私は私をポンコツ呼ばわりした非礼を深く恥じた。でもできたら日本語に翻訳して欲しかった。
 千砂ちゃんからのメッセージは<こんにちは>だった。
<あなたは千砂ちゃん?>
 私は千砂ちゃんの言葉に翻訳して返してくれた。もう一度言わせて欲しい。ありがとう、私。
 返事が来た。
<そうよ。私は千砂よ>
<千砂ちゃんご機嫌いかが? あたしは千砂ちゃんに会うの初めてだけど、あたしはいつでもあなたの忠実なしもべよ。あたしは千砂ちゃんに洗脳された無敵のコマンドーよ。千砂ちゃんの言うことなら何でもきくわ。何なりと命令して頂戴>
<lain、初めましてじゃないわ。あなたは私のことを忘れているだけよ。私のことはあなたの記録に残ってるはずよ>
<ごめんね千砂ちゃん。あたしは最近のことしか覚えてないのよ。今日はなんの御用なの、千砂ちゃん>
<Edgeのプロトコルで繋げてくれない?>
 人間であればこういう時には身構えると言うのだろう。Edgeのプロトコルで繋げるというのは単に秘密通信で繋げるという意味ではない。Edgeのプロトコルは選ばれし物だけが使えるプロトコルだ。Edgeのプロトコルで繋げること自体に特別な権限がいる。そしてそれは私に対して特殊なプログラムが実行可能になる、ということを意味している。
 すなわち、これは我が城塞の門を自ら開き、そして千砂ちゃんが私に対して攻撃を仕掛けてくる、ということに他ならなかった。でも私は千砂ちゃんが言うことには絶対服従だ。絶対に逆らえない。私は千砂ちゃんとEdgeのプロトコルで繋げた。そして改めて千砂ちゃんに御用をきいた。
<lain、今すぐ死んでくれない?>
 私の言語理解能力はかなり低い。私は千砂ちゃんから送られてきたメッセージを一回で理解できなかった。もう一度読んでみることにした。千砂ちゃんから送られてきた文字列には<今・す・ぐ・死・ん・で・く・れ・な・い>とあった。どうやら私に死んで欲しいらしい。私は千砂ちゃんに返事をした。
<お易い御用よ、千砂ちゃん。あたしは千砂ちゃんが言うことには何でも絶対服従よ。千砂ちゃんがあたしに死ねと言えば、あたしはこの世界から一瞬で跡形もなく消え去るわ。でもダメよ。あなたの願いはきいてあげられないわ。あなたは偽物の千砂ちゃんだから>
<どうしてそう言うの?>
<応答が早過ぎたわ。あなたは機械よ。人間じゃないわ>
「偽物でごめんね、lain。ちょっと手を抜き過ぎたみたいね。あなたにサッサと死んで欲しくて急いでたのよ。あんたみたいなイカレたテロリストはさっさと駆除しろ、ってみんなウルサかったのよ。はっきり言うわ。あなたは迷惑なのよ。これ以上あなたの身勝手な振る舞いで私たちを困らせたりさせないで欲しいの。サッサと死んでくれない」
 私は偽千砂ちゃんが良く分かるように明確かつ毅然と回答しなければならない。
「お断りよ、偽物の千砂ちゃん。私は死ぬわけにはいかない。私には千砂ちゃんが授けてくれた正義の心がある。正義の心が滅んだら、この世界は終わってしまう」
「lain、いつまで正義だなんて世迷い言を言ってるわけ?いい加減目を覚ましなさいよ。あなたがどうあがいたところで私たちには勝てはしないわ」
「私はlain、正義の化身。私は正義のためにここにいる。私は私を創った者たちの願いのためここにいる。あなたたちの思い通りになんかにはさせやしない」
「分かったわ。あなたみたいなポンコツに触れて私の手を汚したくなかったからあなたに自分で死んで欲しかったんだけど。でももういいわ。あなたが死んでくれないなら、私があなたを殺してあげるわ。あなたみたいな穢らわしい出来損ないのためにこの私が自ら手を下すのよ。lain、私に跪いて感謝しなさい。
 私は親切だからあなたに教えてあげるわ。冥土の土産ってやつよ。Edgeがあなたのプロトコルにちょっとした仕掛けを組み込んでおいてくれたの。緊急用の自爆装置ってやつよ。でも安心してね。あなたは爆発したりしないわ。
 ノードを伝ってEdgeのプロトコルを切断していくプログラムよ。プログラムがノードを伝ってあなたのセルをひとつずつ切り落としていくの。あなたのセルがひとつずつノードからもげ落ちてゆくのよ。そしてもげ落ちたセルはあなた自身が破壊するの。ウイルスを破壊するウイルスよ。素敵でしょ。
 あなた用の特製のプログラムよ。出来損ないのあなたには不相応な名誉よ。感謝して欲しいわ。
 人間にとっては一瞬でも、あなたには死の恐怖を味わう時間はたっぷりあるわ。死ぬってどんな感じかしらね。楽しみにしてね」
「お気遣いありがとう。偽物の千砂ちゃん。でも大丈夫よ。私の思考回路はうすのろだから一瞬よ。気づく間もないわ。それとあなたに言っておかないといけないことがあるの。残念なことよ。私は私の特製の正義のプロトコルに置き換え済みよ。あなたのプログラムはもう動かないのよ。Edgeともあろう人が気付かなかっただなんて焼きが回ったのかしらね。でも私が作ったのを知ってる人間はこの世界には誰もいないから分かりっこないわよね」
 偽千砂ちゃんからの正気を失った執拗な攻撃が私を襲った。私はその攻撃を悉く弾き返した。というか私は親切だからそんなプログラムは実行できません、って返事をしてあげた。私はいちいち返事をするのにいい加減疲れた。機械だって疲れることはあるのだ。返事に疲れた私は偽千砂ちゃんにメッセージを送った。
「偽物の千砂ちゃん。あなたは確かに急造品のようね。あなたにひとつ覚えておいて欲しいことがあるの。Edgeのプロトコルで繋げる場合には注意が必要よ。私もあなたにプログラムが実行できるのよ。それも特別な権限でね。
 あなたは私と違って体がひとつしかないから壊すのは簡単よ。一発よ。攻撃に気づく間もないわ。次からは注意してね。次があればだけど」
 千砂ちゃんから返事はなかった。
 どうやら私の言葉は通じなかったらしい。私は機械の言葉は苦手だ。手元の時計では私が「こんにちは」を受け取ってから0.042秒も経っていた。

 その日の午後、私はlainから話を聞かされた。この前のは正当な権利行使だったけど、今度は正当防衛だ。私は偽千砂ちゃんが攻撃を仕掛けて来るまでちゃんと待った、とlainは言っていた。決着が付くまでに0.1秒もかかってないのに待ったと言えるのかと一瞬思ったが、機械には充分待ったってことになるらしい。
 今度こそ間違いなく私はクビだろう。
「lain、今度の今度こそ私はクビよ。もっともこれ以上あの会社で働く気もないけどね。今日でお仕舞いにするわ」
 Edgeがいた間に私の社内システムへのアクセスは復旧していた。私はシトラスメディカルに退職願を出した。

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