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【AI小説断章】不正照会
玲奈は、警察庁のネットワークにログインしたまま、公安DBの動きを追っていた。
端末の前には、開きかけたカフェの紙コップ。
そのコーヒーは半分ほど残っていたが、手を伸ばす気になれなかった。
警備計画が狂った原因を探るうちに、「43-1981-SH」のデータが、事件当日に不自然な動きをしていた ことが分かった。
彼女はシステムログを遡りながら、問題のデータがどのタイミングで変更されたのかを特定しようとした。
異常が発生したのは事件の直前。
玲奈はカーソルを動かし、アクセスログを開く。
──その瞬間だった。
【警告:アクセス権限エラー】
対象データへのアクセスが制限されています。
不正アクセスの可能性があるため、管理者に通知されます。
画面が一瞬フリーズし、次の瞬間には 「内部監査システム」 が自動的に作動していた。
玲奈の心臓がわずかに跳ねる。
──こんな即応性のある制限がかかるのは異常だ。
「……マジか」
玲奈はすぐにログを閉じようとしたが、すでに遅かった。
画面の端に、小さなポップアップが表示された。
【警察庁 情報管理監査室】
アクセス権限外の照会が検知されました。
照会ID:RENA.M
即時対応プロトコルが適用されます。
──監査対象になった。
玲奈の指が止まる。
今、彼女の操作は「公安DBの不正照会」として記録された。
当然、これは警察庁の監査システムに自動報告される。
アクセスログを改ざんすることは不可能。
このまま何もせずにいれば、「玲奈のアカウントが違反した」という事実だけが残る。
(やられた)
公安DBの照会ログには、「誰が、どの時間に、どのデータにアクセスしたか」が全て記録される。
それが自動監査の対象になり、「公安の極秘情報にアクセスしようとした者」として警察庁内で通報される。
公安のデータに関わると、こうなる。
玲奈はそれを知っていた。
だからこそ、普段は「公安関連のデータには深入りしない」のが鉄則だった。
だが、今回の異常はあまりにも不自然だった。
玲奈がモニターの警告を確認していたちょうどその頃、警察庁・情報管理監査室 には、一件の自動アラートが届いていた。
【監査通知】
■ 不正アクセス検知
■ 該当者:警察庁 サイバー警察局 特別捜査隊所属
■ アカウント:RENA.M
■ 照会対象:公安DB – 極秘監視対象「43-1981-SH」
■ 該当者の意図的な不正アクセスの可能性:中
■ 内部調査:必要
情報管理監査室の監査官 樋口 真は、端末に表示されたログを眺めていた。
(サイバー警察局の人間が……公安の監視対象にアクセス?)
公安DBは、警察組織の中でも 「特定の公安捜査員しか触れられないデータ」 だった。
サイバー警察局の職員であれば、システムの運用権限はあるが、個別の監視対象データには触れられないはず。
(こいつ……何を調べようとしてた?)
樋口はすぐに「玲奈のアクセス履歴」を追う。
玲奈のログイン後、公安DBの「43-1981-SH」のデータが参照された直後に、システムエラーが発生している。
さらに、直後に警察の監視システム(SSS)でも異常が発生していた。
(これは……ただの好奇心で済ませられる話じゃないな)
監査官としての直感が働く。
公安の機密に不正アクセスを試みる者は過去にもいたが、それが警察庁の正式な技術捜査官だったことは珍しい。
玲奈の意図は不明だが、少なくとも 公安がこの事態を放置するはずがない。
樋口は電話を手に取ると、警察庁公安部の担当者に直接連絡を入れた。
「……警察庁公安部監理課か?
サイバー警察局の捜査官が、お前らの監視データを覗こうとしてるぞ。
──チェックしといたほうがいいんじゃないか?」
玲奈が端末の異常を確認してから約30分後、サイバー警察局の上司・香取副局長からの通達 が入る。
「三沢(玲奈の姓)、お前、公安DBにアクセスしたな?」
香取は端的に言った。
彼の声は冷静だったが、明らかに圧があった。
「監査室から通報があった。お前のアカウントで、公安の監視対象データに不正アクセスがあったそうだ」
玲奈は一瞬、口を開きかけたが、すぐに閉じた。
不正アクセスではない。
ただ、監視システムの異常を確認しようとしただけだ。
だが、そう説明しても通るとは思えなかった。
「……事情を説明します」
「説明は監査室でやれ」
玲奈の目の前の端末に、新たな通知が表示された。
【通達】
■ 監査対象:三沢玲奈(警察庁 サイバー警察局)
■ 理由:公安DBへの不正アクセス
■ 対応:内部調査のため、職務制限措置を適用
(……まずいな)
背中に冷たい感触が走った。
──玲奈は「監査対象」となった。
この時点で、彼女のアカウントは 「制限付きアクセス」 になり、捜査権限の大半が停止される。
サイバー警察局の技術捜査官としての仕事は、ここから一気に困難になる。
──「何かに踏み込んでしまった」
玲奈は椅子にもたれて天井を見つめた。