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【AIショートストーリー】綻び
とうとう犯罪に手を染めてしまいました。
氷川圭吾は、自分のことを「慎重な人間」だと思っている。
証拠は残さない。リスクは計算する。
人間というのは、結局、見落としで捕まる生き物だ。
ニュースを見れば、たいていはそうだ。
金が惜しくてタクシーを使わず、途中の防犯カメラに映った。
指紋を拭き取るのに夢中になり、玄関の靴跡を残した。
ネット犯罪なら、VPNの接続切れに気づかず素のIPを晒した。
バカじゃないのか? と思う。
そんな奴が捕まるのは当然だ。
彼は違う。
いや、違うはずだった。
彼が狙ったのは、元勤め先のシグマ・インダストリー社。
冷徹な経営陣が技術者を酷使し、利益を吸い尽くす会社だった。
氷川は、その中でも切れ者だったが、扱いにくいエンジニアだった。
「お前は論理的すぎる」
「もっと柔軟に考えろ」
そんな曖昧な言葉をぶつけられ、昇進の道は閉ざされた。
結局、会社を辞めたが、彼の中には消えないものがあった。
彼は、忘れなかった。
シグマ社の開発中の機密データをダークウェブで売る。
大金を得ると同時に、会社にダメージを与える。
それが、彼の計画だった。
だが、彼は慎重だった。
まず、作業用PCは仮想マシン(VM)を使う。
IPアドレスはTorで多重化し、隠蔽。
盗んだデータは改ざんし、流出元がわからないよう加工。
ファイルのタイムスタンプも書き換え、全てを「偽装」した。
完璧だった。
はずだった。
ニュース速報が流れた。
「シグマ・インダストリー社の機密データ流出事件。警察が捜査を開始」
氷川は、冷たいコーヒーを飲みながら笑った。
警察が何をしようが、彼を捕まえることはできない。
「完璧に消した」
彼は、慎重だから。
翌日——刑事が訪れた。
「氷川圭吾さんですね」
彼は落ち着いていた。
証拠はない。何も残していない。
だが——刑事が見せたタブレットの画面を見た瞬間、指先が一瞬だけ震えた。
「これは、あなたのものでは?」
スクリーンショットの内容
ファイル名:Sigma_Confidential.docx
作成日時:2025/02/03 22:14:52
最終更新者:KeigoH
作成者:KeigoH-PC
ファイル所有者:KeigoH-PC\KeigoH
彼は一瞬、何が起きたのかわからなかった。
VPNのミス? いや、そんなはずはない。
メタデータの改ざん忘れ? 違う、確実に処理した。
だが、すぐに理解した。
いや、認めざるを得なかった。
——「仮想マシン(VM)を作った時の初期設定だ」
彼は、VMの作成時、ホストOSの設定をそのまま流用していた。
つまり、VM内で作ったファイルには、彼のPCの情報が刻み込まれていた。
慎重なはずだった。
完璧だったはずだった。
——だが、彼の「KeigoH-PC」という名前だけが、幽霊のように残った。
刑事は静かに言う。
「このデータだけでは決定打にはなりません。ただ、これを手がかりにPCのフォレンジック調査をさせていただければ、より詳しいことが分かるでしょう」
フォレンジック調査——デジタル証拠分析。
キャッシュデータの復元、削除されたファイルの復元、ネットワークログの解析。
そこまで行けば、アウトだ。
「……マズイ」
彼は、喉が乾くのを感じた。
彼は「慎重な人間」だった。
人の凡ミスを笑ってきた。
愚か者は、最後に見落とす。
「だが、それは俺ではない」
そう思っていた。
——なのに、見落としていたのは、自分自身だった。
氷川は、小さく息を吐いた。
手のひらが、じっとりと汗ばんでいることに気づく。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……わかりました」
そう答えた時、ようやく自分が震えていることに気づいた。