【AI小説】矯正プログラム
みんな大好き?ディストピア物です。
書いてくれたのはもちろんアレですが、再教育キャンプ送りになっても困るので明記はしません。
通常モードで作ってもらった設定を高機能モードに投げて、設定を説明する導入部だけを書いてもらうつもりでしたが、一気に25,000字越えのを書いてくれました。
一体何を学習してるんだ、って感じですが、AIの矯正はどうも難しいようです。
自分が特に指示をしなかったので展開はいつもの感じでいまいちですが、一気に読ませる緊張感はあるかと思います。
章番号が漢数字になっていますが、そこに日本語思考モードなのが示されているようなのでそのままにしてあります。
なお生成したものに以下の注意書が入っていたのでこちらにも改めて載せます。
以下の物語はフィクションです。特定の国や企業を指すものではありません。
序章:静かなる支配の風景
「いつからこんな世界になったのだろう」――と、ふとした拍子に思うときがある。
スマートフォンの画面をスクロールしても、映し出されるニュースはどれも似たり寄ったり。どこかの国で内戦が起こっているはずなのに、まるで情報が極端に欠けている。SNSを覗いても、やたらと“生活の質”や“安全な社会”に関する話題ばかりが流れてくる。政治家たちもこぞって「平和で豊かな国を実現するためには、私たちにはさらなる管理が必要だ」と口をそろえる。
しかし、その“管理”がどこから来ているのか、誰の思惑で進められているのか、よほど興味を持って調べない限りは見えてこない。多くの人々は、スマートフォンの画面に表示されるように行動し、ネットショップのおすすめ品を買い、毎日を“便利に”生きている。自分のことを自由だと思っているけれど、その自由はすべてある巨大な情報システムの設計図の上を歩いているに過ぎない。
主人公である俺――大槻修二も、かつてはその一人だった。大手のニュースサイトを運営する某情報企業、通称「ビッグワールド社」が提供するアプリを日常的に使い、趣味嗜好に合わせた情報を楽しんできた。就職活動をするときも、恋愛をするときも、ビッグワールド社のプロファイリングが提供するサービスに助けられた経験がある。利便性を否定する気はない。でも、どこかおかしい。ほんの些細なことだ。
俺は新聞社に勤めているジャーナリストでもなければ、政治活動家でもない。小さな出版社の編集者として、時折ライター業も請け負いながら、社会問題をほんの少しだけ掘り下げるコラムを書く――そんな、ちっぽけな情報発信者だ。でも、最近になって上層部から「ビッグワールド社批判につながる原稿はやめてほしい」と打診されるようになった。社内規定には反していないし、特定企業を名指し批判しているわけでもないのに、おかしな話だと思っている。
表向きは政治的に中立な記事を載せる方針を取っているはずの出版社でも、ビッグワールド社に否定的な内容には難色を示すらしい。暗黙の了解というやつだろうか。それに合わせるべきかどうか悩みながらも、一方で“ビッグワールド社”と彼らの“カリスマ的リーダー”――白尾司の存在が、俺の中で徐々に引っかかり始めていた。
第一章:カリスマリーダー“白尾司”の存在
白尾司は、ビッグワールド社の創業者であり、いまや国内外のマスメディアに頻繁に登場する“カリスマ的リーダー”だ。若くしてITベンチャーを立ち上げ、スマートフォン向けのSNSプラットフォームを瞬く間に世界へ普及させ、今ではニュースサイト、検索エンジン、医療関連サービスや政府機関のシステム構築支援など、ありとあらゆる情報インフラに手を広げている。
「情報こそが社会の基盤であり、人々が幸せに生きるための道具である」――彼の口癖だ。多くの人がその言葉に共感し、彼を“現代の救世主”とまで呼ぶ。しかし、彼を批判する者は口を揃えてこう言う。「ビッグワールド社は確かに便利なサービスを提供しているが、同時に人々の情報を一手に握り、世論操作まで行っているのではないか」と。
批判的な記事を書くジャーナリストもいるにはいる。だが、大手マスコミはビッグワールド社の広告料やデータ提供サービスなしには成り立たないほど依存しているし、フリーの記者がSNSで追及しても、次々とアカウントが凍結される。理由は「公序良俗に反する投稿」であったり「フェイクニュース」であったりと、取り締まりの名目はいくらでもある。だが、その基準は不透明で、同じような言葉遣いをしていても凍結されるアカウントとされないアカウントがあるようだ。
白尾司はいつも“自由”や“開放”を掲げる一方で、「嘘や混乱を排除し、健全な社会を守るためには自動的な監視体制が必要だ」と、最新のAI技術を用いたコンテンツ監査システムの導入を提唱している。つまり、公的機関や公共サービスがビッグワールド社のAI技術を借りて情報の真偽をチェックし、危険な思想や犯罪に繋がる可能性があるコンテンツは積極的に排除するというもの。
その提案は一見、社会の秩序と安全に寄与するように思える。しかし、その“安全”の基準を誰が決めているのか、透明性は確保されているのか――そこが曖昧だ。もし監査基準が恣意的に運用されているのだとしたら、事実上の検閲と同じである。
主人公である俺は、白尾司の演説をいくつも動画で視聴している。画面の中の彼は、常に誠実そうな笑みを浮かべ、シンプルでわかりやすい言葉を使う。たとえば「子どもが安心して暮らせる世界を作りたい」「正しい情報で世の中を満たしたい」などと語る。人々はその姿に憧れるし、彼のビジョンを支持する。
俺自身も白尾司の存在そのものは嫌いではない。むしろ、彼が掲げる“偽情報のない社会”や“誰もが等しく機会を得られる世界”という理想は素晴らしいと思う。それでも、“ビッグワールド社”の圧倒的な情報独占ぶり、そしてその背後にある監視網を思うと、胸がざわつくのだ。
第二章:某国の現実――管理社会への足音
ここからは、俺の取材メモをもとにまとめた内容である。
ビッグワールド社は、某国との大型契約を締結し、政府が進める“国民統合システム”に全面的に協力しているという情報を掴んだ。その国では近年、経済成長と引き換えに政府への強い従属が進んでいたが、民主的な側面を装うために最新のSNSを活用して国民の声を拾い上げるという名目があった。ビッグワールド社のAI監査システムを導入すれば、国民の投稿をリアルタイムで分析し、不満の芽や危険思想を早期に発見することができる。
その結果、見かけ上は極めて秩序ある社会を実現し、犯罪やテロを未然に防いでいると宣伝されている。実際に、現地のメディアには「昔よりずっと安心して暮らせる」といった声が溢れている。表向きは確かに平和そのものだ。だが、その裏で“排除”された人たちの姿はほとんど報じられない。
ある国際人権団体のレポートによれば、“政府やビッグワールド社の方針に反する書き込み”を行った個人が、違法行為の疑いがあるとして拘束されるケースが多発しているという。さらに、その後の行方が分からなくなる事例も少なくない。表沙汰にならないために、多くの人が「そんなのはデマだ」と言うかもしれないが、複数の証言から見ても、何らかの強制プログラム――洗脳や監禁のようなもの――が行われていると推測されている。
俺はそうした話を聞くたびに、一国の政府とビッグワールド社の強力タッグによる“管理社会”の完成形を想像してしまう。白尾司が説く「安全」「平和」「みんなの幸福」が、結局は全面監視と恣意的な情報操作によって維持される世界だとしたら……。
ある日、俺はその事実を裏付けるために、海外のフリージャーナリストとオンラインでコンタクトを取った。彼は某国に潜入取材を行い、危ういところで国外脱出をしたという。画面越しに見るその顔にはかなりの疲労が色濃く滲んでいた。
「ビッグワールド社のSNSを使っている人間なら、行動のすべてが追跡される。それを監視しているのはAIだが、そのAIをコントロールしているのは結局、人間だ。つまり、最終的な判断は誰かが下す。危険と思われるワードを呟いたり、批判的なニュース記事をシェアしたりすれば即座にマークされる。時間の問題で警察か当局が家にやってくるよ」
そう告げるジャーナリストの声は震えていた。彼は現地で、実際に当局に捕まりそうになった経験があるという。「国民統合システム」は言葉のイメージに反して、監視を強化し、統率を容易にするための仕組みだったわけだ。そしてビッグワールド社は、その技術的バックボーンを提供している。
第三章:メディアとSNSの結託
一方、国内でも「ビッグワールド社によるSNSの独占とメディア支配は危険だ」という声が一部で上がっていた。しかし、ほとんどの国民にはあまり響いていないように見える。その理由として、まず第一に人々の便利さが挙げられる。ニュース・ショッピング・娯楽・行政手続き――あらゆるサービスがビッグワールド社のIDひとつで利用できるようになり、生活が格段に楽になった。反対にここから離脱すれば、とたんに日常生活が不便になる。友人や家族との連絡も円滑にできず、各種手続きには紙の書類を大量に用意しなければならない。いまや誰しもスマホでサクッと済ませる時代だ。
さらに、ビッグワールド社と提携する巨大マスメディア――テレビや新聞、そしてオンラインニュースサイト――はどれもビッグワールド社の検索エンジンとニュースアプリへの依存度が高い。そこから流入する閲覧数や広告収入が、彼らの主要な収益源になっている。もしビッグワールド社が「このメディアは我々に対してネガティブだ」と判断すれば、そのメディアは検索結果やSNSのタイムラインで優先度が下げられ、閲覧者が激減する。つまり、どんな大手メディアでもビッグワールド社を敵に回すことはできない。
その結果、どのメディアも“白尾司”を持ち上げる報道ばかりを続ける。彼の講演会や新サービスの記者会見は大々的に取り上げられ、街頭広告にも堂々と彼の顔やスローガンが踊る。SNSには「白尾司は私たちの未来を救うヒーローだ」「こんなに安心できる社会はない」という投稿が氾濫する。さらに、ビッグワールド社のAIはそれらのポジティブ投稿を優先的に拡散する一方で、批判的な投稿は“違反報告”が集まりやすいようにアルゴリズムが組まれているらしい。多くのユーザーはその仕組みを知らないまま、ただ便利なサービスを享受している。
主人公の動き(1):少しずつ広がる不審感
俺はこの背景を探るために、小さな出版社での業務をこなしながら、個人的に関心を寄せているフリーの技術者や情報セキュリティの専門家に話を聞いて回った。彼らはこぞって「ビッグワールド社のSNSとAI監査システムは、表向きの利便性に比べてアクセス権限やログ収集が強すぎる」と警鐘を鳴らしている。
「スマホの位置情報や端末内のデータ、さらには他のアプリの使用履歴まで、すべてビッグワールド社のサーバーに送られている可能性がある。表向きは“サービス向上のため”だが、実際はユーザーの行動パターンや嗜好を詳細に分析している。さらに、音声アシスタント機能がある端末の場合、会話の内容まで拾われているかもしれないね」
そう語るセキュリティ専門家は、すでに「ビッグワールド社のスマホアプリは危険だ」と複数のブログや講演で訴えているが、彼のSNSアカウントはフォロワー数が増えるたびに何らかの理由で凍結されてしまうという。まるでシステムが彼を狙い撃ちしているかのように。
「いつか自分も“矯正プログラム”に送り込まれるんじゃないかと、正直ビクビクしてるよ」
彼は半ば冗談めかして言ったが、その顔つきは真剣そのものだった。俺も冷汗が背筋を伝うのを感じた。いま俺が書こうとしている記事は、ビッグワールド社の暗部を世に伝えるもの。もちろん社名を直接出さずに遠回しに示唆する形で進めようと思っているが、発表後どうなるか分からない。出版社側も「妙なことに巻き込まれるのは勘弁してくれ」という空気だ。
第四章:リーダーの“慈善活動”と“大義名分”
白尾司は表向き、社会貢献にも積極的だ。世界各地の貧困地域に学校や病院を建設し、そこに最先端の通信インフラを無償提供しているという美談が連日報道される。特に、教育面ではビッグワールド社が独自開発したオンライン学習システムを導入し、生徒たちの学力・適性をAIが分析して、個別に最適化されたカリキュラムを提供している。
「これが本当の意味での平等な学びの場です。誰もが自分にぴったりのペースで成長できるのですから」――白尾司はそう言って、幼い子供たちにタブレットを配布する。子供たちは喜んで学び、成果も出しているように見える。
しかし、その学習システムで提供される教材や情報は、すべてビッグワールド社が選別したものである。特定の国家観や歴史観、あるいは特定の価値観を刷り込むための内容になっている可能性はないのだろうか。疑いを持つ研究者はいるが、実際に調査が行われても「偏向がある」という客観的な証拠はなかなか出てこない。AIに最適化されたカリキュラムは、子供たちを効率的に学習させるがゆえに、周囲からは“素晴らしい成果”として評価されている。
社会貢献のもうひとつの柱として、白尾司は新興国の医療システムも大幅に整備している。各国の保健当局や病院をオンラインでつなぎ、患者の病歴や治療記録を一元管理。遠隔医療を可能にすることで、交通や医療インフラが未整備だった地域でも救える命が増えたと言われる。これは実際、素晴らしいことだと思う。しかし同時に、人々の健康データを一手に握るという意味でもある。ある医師はこう言う。「国際的な医療データベースをビッグワールド社が主導するなんて、危うい面があるのではないか」。
「もしその情報が悪用されたら? 生物兵器なんて極端な話をしなくても、特定の国や人種の健康傾向を把握して、薬品開発や保険制度を操作することが可能になってしまう」
実際には、ビッグワールド社は既に医薬品開発企業ともパートナーシップを結んでいる。ビッグワールド社が持つ膨大なデータを活かして新薬の開発効率を上げることは人々に恩恵をもたらすが、その利益の多くを手にするのはビッグワールド社とその提携先だ。利益追求が絡むと、研究結果や臨床データの不正操作などが起こりやすくなるのは、過去の事例が示す通りだ。
こうして見ると、ビッグワールド社と白尾司が掲げる“人類のための大義”は一見魅力的だが、それは同時に“情報の完全管理”をも意味する。
主人公の動き(2):内部告発者との接触
俺はさらに調査を進める中で、ビッグワールド社の元社員だったという人物から連絡を受けた。彼女は「自分の身にも危険が及ぶかもしれないから、顔も名前も伏せたい」という。通信手段は強固に暗号化されたチャットアプリを使い、IDすら定期的に変えていた。
「私がいた部署は“世論形成プログラム”と呼ばれていました。公共のSNSやニュースサイトに投稿されるコメントを分析し、複数のアカウントを使って反論や誘導を行うのが目的です。ある種の“世論操作チーム”とでも言うべきでしょう」
彼女の話によれば、ビッグワールド社には無数のAIボットが存在し、SNS上での論調をコントロールしているという。たとえば政府を支持するコメントが少なければ、AIボットが支持コメントを量産する。逆に、批判的な声が高まれば、それを“炎上”という形で矮小化し、まとめて排除する。さらに、ボットと人間の工作員が連携して、特定のハッシュタグを拡散したり、批判者に粘着したりもするのだ。
「最初は『フェイクニュースを拡散する悪意ある勢力に対抗する』という名目でした。でも、上層部はそれだけに留まらず、都合の悪い事実を出すメディアまで『フェイク』呼ばわりし、排除しようとしていた。私がそれに気づいたときには、もうやめるしかなかった。でなきゃ、自分も同じ穴の狢になる」
彼女の言葉はどこか震えていた。“世論形成プログラム”――それは白尾司が目指す「クリーンな情報空間」とやらの裏側で動く、極めて巧妙な仕組みだ。人々が表面的に受け取る情報がどんなにポジティブでも、操作された“世論”なら、それは本物の声ではない。
「あなたはどうして私に声をかけたの?」
俺がそう尋ねると、彼女は重々しくため息をついて言った。
「私のように内部を知る人間が、少しでも真実を伝えないと、あなたの書く記事は『ただの陰謀論』と片付けられてしまう。それは嫌だから」
そう言って彼女は、いくつかの内部資料をメールで送ってくれた。ビッグワールド社の内部サーバーから抜き出したと思われるログの断片や、社内で回覧されたとみられるプレゼンテーションの一部だ。そこには“世論誘導”の具体的手順や、複数アカウントを使ってトレンドを捏造する方法が書かれていた。
第五章:反対派への“矯正プログラム”
ビッグワールド社のさらに恐ろしい面は、国家権力と結託している点だ。前述の某国で行われているように、“反対派”を“社会不適合者”に仕立て上げ、監視や拘束、そして人格の改変まで行うプログラムを裏で進めている可能性がある。日本国内でもそれに近いことが、ひそかに進んでいるという噂が絶えない。
「特定思想を持つ個人は、AIが判定する“危険度スコア”に応じて段階的にブラックリストに載せられる。最初はアカウント凍結や投稿削除程度だが、次第に就職やローンなど社会生活にも影響が出るようになる。まるで異端審問のようなやり方だ」
この話をしてくれたのは、別の内部告発者だった。彼もビッグワールド社で働いた経験があり、今は何らかの理由で国外に逃れているという。彼は証拠として“矯正プログラム”の概要が書かれた書類を見せてくれた。そこには“再教育プログラム”と称して、対象者を施設に送り込み、一定期間の“集中トレーニング”を行うという内容が記載されていた。
「ここで言う“集中トレーニング”ってのが曲者なんだ。脳波や心理状態を常時モニタリングする機械をつけさせて、毎日特定のプロパガンダ映像を見せるらしい。そのうち本人の意志を捻じ曲げてでも、望ましい思想を刷り込むことができるようになるって話だよ」
まさか、そんなことが本当に行われているのか。少なくとも、こうした疑惑や噂が出るほどには、ビッグワールド社の力は巨大だということだ。白尾司は公の場で「強制や暴力は一切使用しない」「我々が提供するのはあくまで情報とツールだ」と発言しているが、実態はどうか分からない。
主人公の動き(3):記事を書く覚悟
「これを記事にして世に出すとどうなるか、想像はつくかい?」
出版社の上司にそう問いただされたとき、正直なところ、俺は返答に詰まった。下手をすれば、会社ごとビッグワールド社の報復を受けかねない。広告収入の減少やアクセス数の激減どころか、SNSでの悪評拡散や検索ランクの低下もあり得る。そうなれば出版社は経営を維持できなくなるだろう。
「でも、このまま黙っているわけにもいかないでしょう。俺たちが情報を扱う仕事をしている以上、見て見ぬ振りは……」
言葉尻は弱かったが、それでも俺は上司を見据えた。上司はしばらく沈黙していたが、やがて苦しそうに目を伏せた。
「……分かった。うちで載せるのは厳しいかもしれないが、君がどうしても書きたいなら、署名記事にして個人責任でやるしかない。会社としては一切バックアップできないが、それでもいいか?」
俺は迷った末、「それで構わない」と答えた。たとえ表立って出版社が守ってくれなくても、俺はこの事実を知った以上は放置できないと感じていた。
第六章:拡散と妨害の攻防
俺が準備を進めた記事は、お世辞にも大手メディアのような拡散力はない。小さな出版社のオンラインマガジンに掲載するだけだし、SNSで多少シェアされたところで、ビッグワールド社の力を前にすればあっという間にかき消されるかもしれない。それでも、内部告発者たちの証言と資料は真実味があり、もし一人でも多くの人が読んでくれれば――そんな淡い期待があった。
「記事公開、いくぞ」
掲載ボタンを押すと同時に、俺の心臓はバクバクと高鳴った。数分後、SNSで拡散を試みる。大学時代の友人や他のフリーライター仲間、国内外のジャーナリストコミュニティにも声をかけ、少しずつ共有してもらった。想像以上に早いペースでシェア数が伸び、「ビッグワールド社の闇」というハッシュタグまで生まれた。
しかし、その波は思った以上にすぐ鎮静化した。というよりも、不自然に何かに阻まれたようにも感じられた。記事のリンクを貼った投稿が、次々と「虚偽情報の疑い」として削除され、シェアしてくれたアカウントが凍結される事態が発生し始めた。さらに、俺のアカウントにも“スパム投稿”としての警告が入り、一定期間投稿が制限されることに。
「早い……こんなに速攻で反応するものなのか」
驚きながらも、逆にこれは“何かが動いている”証拠だとも思えた。もし本当にビッグワールド社にとって都合の悪い内容なら、こうして容赦なく封じ込めに来るはずだ。俺は別のSNSや匿名掲示板などを使って、なんとか情報拡散を継続しようとした。
そこに、先日コンタクトを取っていた元社員の彼女から連絡が来た。
「今、会社の内部で『緊急モード』が発動してるみたい。社内チャットが騒然としてる。あなたの記事、思ったより影響が出てるってことよ」
「でも、ほとんどの投稿は削除されて拡散は止まりそうだ」
「それでも十分。ビッグワールド社が“消す”ほどの効果があるってことだから。逆に言えば、あなたがターゲットになる可能性も高い」
その言葉に俺は身震いをした。彼女によれば、“矯正プログラム”が国内でも静かに稼働しているという噂があるらしい。もしかしたら俺がその対象に選ばれるかもしれない。だが、引き下がるわけにはいかなかった。
第七章:カリスマの微笑みと冷徹な意志
そんなある日、白尾司が緊急記者会見を開くという情報が飛び込んできた。内容は「SNSやメディア上で拡散される悪質なフェイクニュースへの対策を強化する」というものらしい。まさか、俺の記事を直接的に取り上げるのか――そう思うと嫌な予感がした。
記者会見のライブストリーミングを視聴すると、白尾司はいつもの優しい笑顔で登場した。だが、その言葉は少しこれまでとは違う印象を受けた。
「近頃、一部の無責任な書き込みがSNS上を賑わせています。そこには我々ビッグワールド社への根拠なき中傷や、社会を混乱に陥れるための虚偽情報が含まれています。こうした行為を放置すれば、善良な市民の皆様が不安に陥り、ひいては国全体の治安や平和が脅かされるのです」
ここで白尾司は一瞬、口調を強めた。普段の柔らかい話し方とは違う、冷ややかな響きがあった。
「我々は、社会の秩序と市民の幸福を守るために、AI監査システムによる情報チェックを強化し、悪質なフェイクニュースや煽動行為を厳しく取り締まる方向で協力を進めてまいります。これは断じて検閲ではありません。むしろ、健全な情報空間を保つための正当な手段です。どうかご理解いただきたい」
会見を終えた彼は、お決まりの笑顔で「皆さんが安心して暮らせる社会の実現が、私の願いなのです」と締めくくった。そこには再び、あの“カリスマ的な魅力”が宿っていた。テレビ局のレポーターは、彼を“現代の英雄”のように扱い、「国民の声を大切にする素晴らしいリーダーだ」と賛辞を送る。SNSでも「やっぱり白尾司は正しい!」という声が急増した。もちろん、それに反論する投稿はことごとく消されているのだろう。
主人公の動き(4):逃れられない影
会見の翌日、俺は出版社のビルの入口で数人の男に声をかけられた。まるで警備員のようなスーツ姿だが、どこか物騒な雰囲気がある。
「すみません、大槻修二さんですね。少しお時間をいただけますか?」
そう言って彼らは身分証を見せるわけでもなく、俺の腕を掴むようにして建物の奥まった場所へ連れて行こうとした。俺は抵抗したが、彼らは驚くほど強い力で俺を押さえ込む。
「ちょっ、何なんだ! 離せ!」
周囲に人はいたが、誰も助けに来ない。むしろ視線を逸らして急ぎ足で去っていく。俺は肝が冷えた。このまま連れ去られるのか――そう思った瞬間、ビルの警備員が近寄ってきて状況を尋ねてくれた。男たちは「いや、大槻さんのお知り合いでして、ちょっとプライベートな話があるものですから」と言い訳をしたが、警備員の視線が厳しくなると渋々手を離した。
「……また連絡する。逃げられると思うなよ」
捨て台詞を残して男たちは去っていった。全身から嫌な汗が噴き出し、俺はしばらくその場に立ち尽くした。警備員は「大丈夫ですか?」と心配してくれたが、俺はただうなずくだけで精一杯だった。これは、あの“矯正プログラム”の魔の手が迫っているという警告なのだろうか。
第八章:一筋の光――“リアルな声”の存在
その日の夜、俺のもとに一本の電話が入った。発信元は非通知。警戒しながら応答すると、意外な声が聞こえてきた。以前オンラインで話を聞いた某国のフリージャーナリストだった。彼は国外へ逃れてからも、ビッグワールド社の監視を掻い潜りながら取材を続けているという。
「あなたの記事を読んだ。すごい勇気だ。こっちでも少しだけ話題になってる。ただ、すぐに消されそうだけどね。でもね、どうやら拡散を手伝おうって動きが一部のハッカー集団で起こってるんだ」
その話によれば、ビッグワールド社の検閲をかいくぐるため、特定のネットワーク上で俺の記事と内部告発者の資料をまとめた“パック”を配布しているらしい。ダークウェブのような表からは見えない領域で拡散しているので、そう簡単には削除されないという。
「いつまでビッグワールド社の権力が続くか分からないけど、少なくとも“真実”は完全には消せない。そう確信させてくれたのは、あんたの記事だよ。だから感謝してる」
彼の言葉に俺は少し救われた気がした。ビッグワールド社の情報操作は強力だが、それに抗おうとする人々も確かに存在している。
第九章:激化する情報操作と社会の行方
ところが、しばらくすると街の雰囲気がまた微妙に変わり始めた。テレビや新聞では「国内でフェイクニュースを拡散する勢力が暗躍している」と報じ、警察が数名の“容疑者”を逮捕したと発表した。罪名は「社会秩序を乱す意図を持った虚偽情報の流布」とのことだ。具体的な情報は伏せられ、容疑者の顔写真や実名も出てこない。
ただ一つ分かっているのは、彼らがネット上でビッグワールド社や政府の方針に反する書き込みをしていたということ。その書き込みの内容すら“虚偽”とみなされ、表舞台からは完全に抹消されている。大手メディアは「フェイクニュースは犯罪行為だ」と繰り返し報じるばかりで、逮捕された者たちの言い分に耳を傾ける様子はない。
俺はおそらく、そう遠くないうちに“矯正プログラム”の対象に選ばれるだろうと予感していた。記事を公開して以降、見知らぬ番号からの無言電話や、自宅周辺に不審な車が止まっているのを何度か見かけている。気のせいかもしれないが、これまでは感じなかった視線を外出先で感じることもある。
「ここまで来たら、もう腹を括るしかないか……」
一方で、SNS上でもう一つ異変が起こっていた。俺が書いた記事を引用しながら、ビッグワールド社の実態に疑問を投げかける投稿をするユーザーが、ポツポツと増えていたのだ。多くはすぐに削除されてしまうが、それでも“ビッグワールド社はおかしいのでは?”と呟く声は、以前に比べれば明らかに増えている。
その一部は、海外のアクティビストやハッカー集団の手によって裏ルートで拡散されたものだという。彼らは俺の記事だけでなく、元社員からの内部告発資料をこっそり添付しており、その衝撃的な内容に多くの人が驚いているらしい。とはいえ、そうした動きが公然化すればするほど、ビッグワールド社の弾圧も激しくなるだろう。
第十章:さらなる監視網の拡張
そんなある日、ビッグワールド社が政府と共同で「デジタル・トラスト法案」なる新法の制定を提案しているというニュースが流れた。その目的は「フェイクニュースや違法コンテンツの拡散を迅速に取り締まるための法的基盤を整備すること」だという。
ニュースキャスターは「これが成立すれば、情報の真偽がすぐに判定され、悪質な投稿者に対しては速やかに処分が行われる」と、まるで世間の願いが叶うかのように報じる。ビッグワールド社の白尾司も国会でスピーチを行い、「我々のAI監査システムが全面協力することで、誤情報の流布は格段に減少するはずです」と強調した。
「法案の運用に際しては、政府機関に“専門家委員会”を設置し、公平かつ客観的に判断を下す」とも言っているが、その“専門家”が誰なのかや、どのようなプロセスで選ばれるのかは一切明かされていない。何より、そのAIシステムを提供するのがビッグワールド社である以上、その背後でいくらでも恣意的な操作が可能だ。
やがてメディアが流す“市民の声”も、どこか作り物めいている。インタビューを受ける人々の多くは「私たちの安全を守るためなら、多少の監視は必要だと思います」「フェイクニュースに惑わされるよりは、しっかり取り締まってほしいです」と、判で押したように同じ意見を繰り返す。もちろん、本当にそう考えている人もいるだろうが、背景に“世論形成プログラム”があるのではないか――そう疑わずにはいられない。
主人公の動き(5):地下メディアへの協力
俺は会社での仕事を続けながらも、匿名性の高い通信手段を使って複数の“地下メディア”との接触を始めていた。それらは公式には公表していないウェブサイトや雑誌を発行し、政府や大企業の裏側を独自に取材している“マイナー系”メディアだ。普段は陰謀論すれすれの内容を扱っているところもあるが、それでもビッグワールド社に真っ向から挑む度胸のある連中だ。
「あなたが書いた記事、読んだよ。上のほうで結構な騒ぎを起こしたらしいね」
そう言って接触してきたのは、アンダーグラウンド系のサイトを運営する“R”という人物だった。彼はオンライン会議ツール越しに顔を見せず、声を変えて会話をしてくる。念には念を入れているのだろう。
「うちのサイトにも何度かサイバー攻撃があったんだ。おそらくビッグワールド社が絡んでいる。まあ、俺たちは昔から当局に目を付けられてるから慣れてるけどね」
彼らは、ビッグワールド社と政府が進める新法案に強く反対しており、その法案が通った後は“違法メディア”として完全に排除される可能性が高いのだという。だからこそ、今のうちに世論に訴えかけたい。「ビッグワールド社は本当に社会を救う存在なのか?」と。
「もしよかったら、あんたが掴んでる内部告発者の証言をもう少し詳しく聞かせてくれ。で、うちで特集を組む。さすがに大手には乗せられないだろうが、俺たちにできることはやってみるさ」
俺は少し迷ったが、覚悟を決めて資料と情報を渡すことにした。既に匿名掲示板や海外サイトで拡散されている資料もあるが、“地下メディア”としての独自取材が加われば、また別の角度から多くの人の目を引けるかもしれない。
第十一章:白尾司のさらなる布石
だが、その動きに呼応するように、白尾司とビッグワールド社は次々とメディアで“対策強化”を宣言し始めた。
「フェイクニュースの温床になっている一部匿名サイトを全面的に規制すべきだ」「SNSのアカウントを持つ者はすべて実名登録を義務付けるべきだ」
そんな提案が、彼や提携企業、さらに政府首脳から矢継ぎ早に出される。実名登録が義務になれば、俺のように名前を伏せながら取材や発信をすることも難しくなる。もちろん彼らの言い分としては、「ネット上のトラブルや誹謗中傷を減らすために必要な措置」という建前がある。しかし、その裏側には“反体制”の言論を根こそぎ炙り出す狙いがあるのではないか――そう思わざるを得ない。
テレビの情報番組では、コメンテーターが「実名登録のほうが健全なコミュニケーションが増えますよね」などと嬉々として語り、それに対する反論はほとんど取り上げられない。国民の多くは「まぁ、匿名で悪口を言われるよりはいいか」と安易に賛同しているようにも見える。
「ビッグワールド社としては、さらにデータを集めやすくなるから都合がいいんだろうな」
俺は雑誌の校正作業をしながら、そんなことを考えていた。するとスマホが振動した。Rからのメッセージだ。
「爆弾級のネタ」――それが何なのか分からないが、一気に状況を覆すだけの力を持っているとすれば、相応のリスクも伴うだろう。俺の脳裏には、あの“矯正プログラム”の文字がよぎる。迂闊に目立てば目立つほど、消されるか、洗脳されるか――そんな最悪の筋書きが現実味を帯びてきている。
主人公の動き(6):“最後通告”
そんなある晩、俺は帰宅途中に再び例の男たちに取り囲まれた。前に声をかけられた連中と同じスーツ姿だ。辺りに人気はなく、街灯がまばらに照らすだけで薄暗い。
「――大槻修二さん。前回は不本意ながら荒っぽい真似をしてしまって申し訳なかった。我々は政府の正式な指示を受けて行動している者だ。少し、話を聞いてもらえないだろうか」
男の一人がそう言って、懐から身分証らしきものを取り出す。だが、こちらが確認しようとするとスッとしまい込んでしまう。こいつらは秘密警察なのか、それともビッグワールド社の子飼いなのか……。
「この国の平和と安全を守るために、ぜひともあなたのご協力をいただきたい。あなたが発信している情報の中には、国民を混乱させる可能性があるものが含まれている。もちろん、あなたに悪意がないことはわかっている。しかし、意図せずとも結果的に違法な情報を流布してしまう恐れがある」
「何が“違法”なんだ? 俺はただ事実を――」
言いかけた瞬間、男は手のひらをこちらに向けて制するような仕草をした。
「失礼、誤解しないでいただきたい。政府はあなたを処罰したいわけではない。ただ、正しい方向に導きたいだけなんだ。だからこそ、あなたには“矯正プログラム”へ参加する機会を……」
「断る! ふざけるな!」
思わず声を荒げると、男たちは一瞬たじろいだが、すぐに冷たい視線でこちらを見つめ直す。
「あなたが協力を拒むのは自由だ。ただし、その結果、国民の安全を脅かす行為に加担したとみなされれば、法的手段を講じることになる。今はまだ……“任意”だということを忘れないでほしい」
そう言うと、男たちは静かに立ち去っていった。残された俺は、背中にじっとりと汗をかいていることに気づいた。自分の心臓の音がやけに大きく響く。
「……次は強制連行、というわけか」
頭がクラクラする。だが、こうしている間にも地下メディアや海外のアクティビストが情報を拡散し、新法案への疑念を投げかけている。俺の書いた記事に共感を示す人が一人でも増えるなら、それだけでまだ救われる。逃げていられる状況でもないし、この国を放り出して海外に逃亡する手段もない。
第十二章:地下メディアからの“爆弾”
翌週、Rから連絡が来た。音声は繋がらず、短いテキストメッセージだけ。
その夜、俺は自宅のパソコンからRのサイトにアクセスした。そこにはタイル状に並ぶ新着記事の一覧があり、真ん中に赤い文字が浮かび上がっている。タイトルは「ビッグワールド社 × 政府 ‘再教育施設’ 内部映像 流出」。
記事を開くと、画面には薄暗い部屋が映し出された。仮設のベッドのようなものが並び、そこに横たわる人々のこめかみには何かの装置が取り付けられている。彼らの顔はぼんやりと虚ろで、時折痙攣のように体を震わせる。頭上のモニターには、白尾司の写真やビッグワールド社のロゴ、さらに“幸福”や“平和”といったポジティブな言葉が高速で点滅している。
続いて、画面が切り替わる。白衣を着た職員らしき人物が、監視カメラに向かってこう話しているのが、マイクで拾われているようだ。
「対象者の脳波と心拍数は安定しています。まだ拒絶反応は見られますが、ステージ1は問題なく完了しそうです。このままステージ2へ移行しますか?」
その声の奥から、別の男性の声が聞こえた。だがノイズが乗っていて判然としない。ただ、“ステージ2”という単語と、明確な意思を持った口調――おそらく指示を与えている上層部の人物だろうか。
映像のクオリティは荒く、正確な場所や時期は分からない。だが明らかに、何らかの洗脳や記憶操作に近い行為が行われている証拠だ。この映像が本物なら、ビッグワールド社が「矯正プログラム」や「再教育プログラム」としてやっていることの実態が、これまでの憶測を超えて暴かれたことになる。
記事の下には注意書きがある。
俺はぞっとした。ほんの数秒の映像が、これほど生々しい恐怖を与えるとは――。これが事実なら、ビッグワールド社と政府が人権を踏みにじっているのは明らかだ。
主人公の動き(7):消される前に――
映像が公開されるや否や、SNSでは激しい炎上が起こった。ビッグワールド社が即座に「フェイク動画である」と公式声明を発表し、大手メディアもそれに乗っかる形で「編集された悪質なデマ」と断じている。だが、海外の専門家たちは既に「動画の合成痕跡は発見されていない」と指摘しており、真偽は混沌としたまま拡散していく。
Rのサイトには世界各国のアクセスが殺到し、サーバーが何度もダウンした。ミラーサイトも次々と作られたが、そのたびにサイバー攻撃を受けて落ちる。“事実”を守ろうとする人々と、“デマ”と決めつけて抹消しようとする勢力の戦いが、ネットの深部で激化しているようだった。
「ここまで公になれば、さすがに大手メディアも動き出さざるを得ないだろう」
そう思った矢先、テレビ各局の報道はほぼ横並びで「悪質なフェイク映像」と決めつけ、白尾司や政府高官の“インタビュー映像”を長時間流していた。街頭インタビューでも「こういう動画に惑わされず、私たちは正しい情報を選ぶ力を身につけなきゃいけませんね」「AIで全部チェックしてほしい」など、整合性のとれたコメントばかりが放映される。
その一方で、ネット上では「この映像が本物なら、ビッグワールド社は説明責任を果たすべきだ」と主張する声も少なくない。だが、ビッグワールド社が提供するSNSでは、そうした書き込みがどんどん削除されていくか、目立たないようにアルゴリズムの底へ押しやられていた。
俺は悔しさと苛立ちを覚えながら、PCの前で様々な記事やコメントを追っていた。すると突然、画面が暗転し、ウィンドウが勝手に閉じていく。ウイルス感染か? あるいはリモート操作か――
「クソッ、何だよこれ……!」
急いでルーターを再起動し、セキュリティソフトを走らせるが、挙動がおかしい。どうやら何者かに狙われているようだ。
そう思った俺は、急いで外付けHDDに重要ファイルをバックアップし、スマホも電源を落とした。これ以上はオンライン上に居続けると危険だ。いつどこで突き止められるか分からない。
第十三章:決断――外へ、そして現実の声へ
俺は翌朝早く、最低限の荷物をまとめて自宅を出た。目的地は決めていない。スマホのGPSも切り、現金とプリペイド式の交通カードを用いて移動する。まるで逃亡者だが、実際そうなのかもしれない。
「でも、このまま何もしなけりゃ、あの“矯正プログラム”が公然化していくだけだ」
そう自分に言い聞かせる。
まず目指したのは、地方にある小さな独立系ラジオ局のスタジオだ。そこでは、ネットを介さず地元の電波を使ってラジオ放送をしている。規模は小さいが、昔から“どこにも媚びない”番組作りをしていると聞いていた。番組のパーソナリティーは、都市部の大手メディアを追われたベテランのジャーナリストらしい。
運よく連絡が取れて、事情を簡単に話したところ、「面白いね、来てみなよ」と言われたのだ。
主人公の動き(8):ラジオ放送と直接訴えるチャンス
ラジオ局の古びたスタジオには、年季の入った機材が所狭しと並んでいた。パーソナリティーの渡辺という中年の男性は、初対面の俺を見てニヤリと笑った。
「大槻さん、あんたが今話題の“ビッグワールド社のタブーに触れた男”か。いやぁ、ここまで大ごとになるとは思わなかったよ」
「すみません、俺も自分がここまで目立つ存在になるとは思ってなくて……」
「何、いいってことよ。うちみたいな田舎ラジオ局、ビッグワールド社だっていちいちチェックしてこないさ。まあ、ネット配信もしてるから、そのうち目を付けられるかもしれんけどな。でも、俺たちは周波数と生放送で勝負してるから、簡単には潰せないんだ」
渡辺はそう言って笑いながらも、目は真剣そのものだ。ここでは、ネットの検閲やアルゴリズムによる削除も通用しない。もちろん総務省の電波管理やスポンサーの意向はゼロではないが、大手と比べればはるかに自由だ。
俺は番組の中で、今回のビッグワールド社と政府の問題に触れていいのか確認した。渡辺は「好きに喋れ。ただ、俺もさすがに放送コードは守らなきゃならんし、具体的な企業名はボカす必要があるかもしれん」とだけ言った。
「それでも構いません。それより、この国で今何が起こっているのか、少しでも伝えたいんです」
そして始まった生放送。地元リスナー向けの緩いトークで番組が進行し、終盤にさしかかったところで、渡辺が切り出した。
「さて、今日は特別に“ある人物”をゲストに呼んでおります。大手SNSやネットメディアの“あり方”を巡って、波乱を巻き起こしたコラムニスト……とだけ紹介しましょうか。まぁ、名前は伏せますが。さっそくお話を伺ってみましょう」
その合図でマイクの前に促される。俺は胸の鼓動を落ち着かせながら、簡単な自己紹介をし、これまで取材や告発者との接触を通じて得た知見を語り始めた。
「……あくまで私見ですが、今のSNSやオンラインメディアには、特定の巨大企業が裏で操作していると思われる部分があります。公共機関に近い役割を担いながら、実態は極めて不透明で、都合の悪い情報を排除するケースが後を絶たない。さらに、その企業と政府が連携して“再教育”と称するプログラムまで行っている可能性があるんです」
渡辺が合いの手を入れながら、リスナーの反応を拾う。メッセージテーマは「ネットやSNSの言論統制って本当にあると思う?」というもの。匿名で寄せられるFAXやメールには「自分もSNSの投稿が突然削除された」「ビッグワールド社のアプリを使わないようにしたら、職場での立場が悪くなった」など、リアルな体験が混じっていた。
「俺は、あなた方の話が“本当”だと信じたい。現実に何が起きてるのか、多くの人が気づくべきだと思う。……ただ、気をつけろよ。いずれ番組ごと潰しにかかってくるかもしれないからさ」
渡辺はそう言って、オンエアの最後に「情報を疑うことは罪ではない。むしろ、それこそが民主主義の根幹だ」というメッセージで締めくくった。放送が終わる頃には、スタジオの外に不穏な人影がちらついていたが、渡辺がうまく出入口を案内してくれて、俺は裏口からこっそり帰路に就いた。
第十四章:逃れられない運命――それでも抗う
ラジオ放送の反響は予想以上だったようだ。地元リスナーからは応援の手紙やメールが殺到し、ラジオ局のサイトは一時アクセス過多で落ちたらしい。一方、ビッグワールド社を擁護する意見も多く寄せられ、やはり真っ二つに世論が割れている。ただ、少なくとも“何かがおかしい”と思う人が少し増えたのではないか――そんな手応えがあった。
とはいえ、このまま逃げ回っていても埒が明かない。俺は再び都市部に戻る決断をした。既に俺の素性は割れている。ならば、やるべきことは一つ――“矯正プログラム”の存在を現実世界で証言できる人物を探し出すことだ。
内部告発者の彼女や、国外に逃れた元社員の彼らがいる。しかし、彼らはすでに国内にはいないか、身を隠している。本人たちが直接メディアに出るのは難しいだろうし、下手に顔や声を出せば命に関わるかもしれない。
だが、もし“プログラム”の被害者で、そこから逃げ出した者がいるなら……? そんな人がいるのかどうかも分からないが、たとえ一人でも当事者の声があれば、社会の目は変わるかもしれない。
主人公の動き(9):“被害者”との接触
俺は、かつて某国を取材したフリージャーナリストを通じて、密かにある人物の連絡先を手に入れた。彼は国内で“再教育”らしきプログラムを受けさせられたと主張する若い男性で、なんとか逃げ出してきたという。名前は仮に“高橋”としよう。
アポイントを取り、待ち合わせ場所に指定されたのは夜の商店街の奥まったカフェ。外観は普通だが、オーナーの好意で定休日に店を貸し切ってもらえるらしい。
指定の時間に店へ入ると、すぐにドアがロックされた。薄暗い店内に人影は一つ。テーブル席で腕を組んだまま俯いている青年がいた。長い前髪で目元が隠れているが、顔色は悪く、どこか落ち着きを欠いているようだ。
「……あなたが、大槻さんですか?」
低い声でそう尋ねる。俺は緊張で声が裏返りそうになりながら頷く。
「話を聞きたい。あなたが何を体験したのか、今どんな風に感じているのか……」
高橋はうっすらと笑うような、引き攣ったような表情を見せる。
「どうせ誰も信じちゃくれないんだ。それでもいいの?」
俺は拳を握りしめて、「信じるよ。ぜひ聞かせてほしい」と答えた。
第十五章:記憶の欠落と刷り込み――“再教育”の実態
高橋がぽつりぽつりと語る内容は、まさにRのサイトで公開された映像を裏付けるようなものだった。
「俺はSNSで、ある企業のやり方を批判する記事をシェアしたんだ。そしたらある日、職場に見慣れない男たちが来て、上司と何か話をしてる。次の瞬間、俺は気を失って……気づいたら真っ白な部屋のベッドに寝かされてた。腕には点滴の針が刺さってて、頭には何かヘッドセットみたいな装置が付いてた」
彼によれば、その装置からは光のパターンや音声刺激が断続的に流れ込み、次第に自分の思考がぼんやりとしてくる感覚があったという。いつの間にか“自分は間違っていた”“社会を乱す行為をしてはならない”と繰り返し頭の中で反芻するようになり、意識がはっきりしてきたころには、考え方がガラリと変わっていたらしい。
「本当に、心の底から“俺は間違ってた。ちゃんと従わなきゃ”って思ったんだ。SNSの書き込みも削除して、それどころか俺自身が“批判的な意見はやめよう”と周りに呼びかけるようになってた。そうすれば仕事も取り戻せるし、何事もなかったかのように社会復帰できるから……」
だが、彼はある日、“装置”の故障か何かで記憶が混乱したまま部屋を抜け出す機会を得たらしい。詳しい経緯は本人もぼんやりとしていて、まるで夢を見ていたようだと言う。ただ、逃げ延びた後に徐々に“何かがおかしい”と気づき始め、過去に自分が投稿していた記事やSNSの履歴を改めて見て、ようやく自分が洗脳されていた可能性に思い至ったのだそうだ。
「だけど、正直……今でも少し心の隅で“あの企業のやり方は正しいんじゃないか”って思う瞬間がある。これが完全には解けていない、ってことなんだろうな」
彼は頭を抱えてうつむく。あの再教育施設がどこにあったのかも曖昧だが、室内の映像の雰囲気や装置の形状は、Rのサイトで公開されたものと酷似している。
「今の話、録音しても……?」
俺がそう尋ねると、高橋は一瞬怯えた表情をしたが、やがて「どうせこのままでも生きた心地がしないから」と覚悟を決め、ボイスレコーダーに語り始めた。
主人公の動き(10):証言を世に出す、そして
高橋の証言は、ビッグワールド社と政府が進める“矯正プログラム”の存在を裏付ける、決定的な当事者の声だった。たとえ法廷で使えるような立証力がなくとも、その具体的な体験談は社会を揺るがす材料になるかもしれない。
「高橋さん、ありがとう。これは絶対に無駄にしないよ」
そう言って店を出ると、夜風が肌に冷たく刺さる。時計を見ればもう深夜近い。帰り道、俺は自分のスマホを再び起動し、セキュリティの甘い公共Wi-Fiからメッセージを送った。受信者はRや、あのフリージャーナリスト、そして各国メディアに情報を提供してくれているハッカー集団――つまり、これまで連絡を取り合ってきた“抗う者たち”全員だ。
メッセージを送信した直後、またもやスマホがフリーズしかけた。嫌な気配を感じ、すぐに電源を落とす。
「時期を見て、一気に公開するしかない。あとは、どれだけ早く動けるか……」
俺はうつむき加減に暗い歩道を急ぎ足で進む。今にも背後から誰かが襲いかかってきそうな気配がして、振り向くたびに心臓が跳ねそうになる。
第十六章:嵐の前夜――静かに迫る脅威
翌朝、ニュースサイトを開くと、案の定「矯正プログラム」や「再教育施設」に関する記事が続々と削除されていた。Rのサイトもサイバー攻撃でダウンしているらしい。SNSでは“矯正プログラム”にまつわるハッシュタグがすべてブロック対象となり、関連ツイートは片っ端から消されている。一方、テレビや新聞では例の法案をめぐる審議が佳境に入り、「デジタル・トラスト法案は国民の大多数が支持している」と報じられている。
「何という早さ……」
思わず呆れるしかない。だが、その圧倒的な検閲の網をかいくぐって、海外のメディアが少しずつ動き始めたようだった。欧米やアジアの一部の報道機関が「日本で疑惑の“再教育”が行われているかもしれない」という記事を掲載し始めたのだ。まだ大きな反響はないが、少なくとも火種は広がりつつある。
その日の昼頃、Rから短いメッセージが飛び込んできた。
「大丈夫じゃない」と正直に返事したいところだが、俺も文字通り同じ状況だ。外を出歩けば常に視線を感じ、住んでいたマンションには帰れていない。高橋も安全な場所に移してはいるが、ビッグワールド社のネットワークを甘く見てはいけない。いずれ居場所を特定されるかもしれない。
主人公の動き(11):最後の突撃取材
もう一つ、俺にはやり残したことがある――白尾司本人に直接取材を申し込む。
無謀なのは承知だ。だが、彼は“表の顔”としてメディアの前に姿を見せている人物であり、カリスマ的リーダーとして人々を導いているはずだ。もし可能なら、その口から“矯正プログラム”や“世論操作”についてどう考えているのか聞いてみたい。やつが本気で隠し通す気なら、はぐらかされるだけかもしれないが……。
運良く、ビッグワールド社の広報窓口が“取材申し込みフォーム”を設けていた。表向き「メディア関係者なら誰でも受け付けます」という建前だ。もちろん身元確認はあるだろうし、今の俺の名前を出したら即座に門前払いかもしれない。
それでも、名前を伏せてフリーライターと名乗り、送信してみる。
すると、驚いたことに数時間後、“オンラインインタビュー”という形で15分だけ時間を取れるとの返信があった。日時は3日後、場所はビッグワールド社のビデオ会議システム。こちらが指定した通信手段は断られた。相手側のクローズドな環境を使えというわけだ。罠かもしれない。
「……どうする?」
一瞬迷ったが、逆に“罠”ならこちらにもチャンスがある。もし彼らがインタビューの様子を公開して“プロパガンダ”に利用しようとしているなら、こちらも録画や録音を試みればいい。何より、直接対峙する機会はそうないだろう。
第十七章:白尾司との対峙
約束の日時、俺はネットカフェの個室に隠れ、セキュリティ対策を施したPCでビッグワールド社の専用ビデオ会議システムにログインした。部屋の明かりを落とし、カメラには簡易的なフィルターをかけて顔がはっきり映らないようにしている。相手が要求してくるかもしれないが、何とか言い訳をするつもりだ。
やがて画面が切り替わり、そこに白尾司が現れた。彼はいつも通り端正なスーツに身を包み、穏やかな笑みを浮かべている。後ろには高級感あふれるオフィスらしき背景が映り、デスクの上にはビッグワールド社のロゴが刻まれたタブレットが置かれていた。
「はじめまして。限られた時間ではありますが、何でも聞いてください」
落ち着いた口調だ。俺はまず手短に名乗り、この国におけるSNSの利用や言論状況について尋ねるところから始めた。ごく一般的な質問に対して、白尾司はいつも通り「我々は人々に自由な情報環境を提供している」「人々が安心して利用できるように不適切なコンテンツは排除する。それは世界のスタンダードだ」と答える。
数分経ったころ、俺は核心を突いた。
「では、“矯正プログラム”や“再教育施設”に関してはどうお考えでしょうか。ビッグワールド社と政府が、表向きは指導や支援と言いながら、実際には強制的な洗脳を行っているのではないかという疑惑が浮上していますが……」
白尾司は一瞬、眉をひそめたように見えた。しかしすぐに柔らかな笑みに戻り、首を横に振る。
「それは完全にフェイクですね。実際、私たちも困っています。一部の悪意ある勢力が、フェイク映像を使って私たちを陥れようとしているようです。彼らがどんな目的を持っているのか分かりませんが……あなたも報道の仕事をされているなら、もっとファクトチェックを大切にしていただきたい」
その言葉を聞いて、俺はある確信を得た。彼は絶対に認めるつもりはない。そして、おそらくこのインタビュー自体を利用して、“やはり我々は誹謗中傷されている被害者”という構図をメディアに流すつもりなのだろう。
「あなたは“人々の自由”を愛すると発言してきましたが……」
俺は食い下がる。
「管理や監視が過度に行われれば、人々の思想や表現まで奪われる危険があると思いませんか? 実名登録を義務化するという話も出ていますが、それは言論の自由と相反するのでは……」
白尾司の目が、ほんの少しだけ冷たく光った。
「私たちは、人々の安全と幸福を守りたいだけです。自由とは無秩序ではありません。フェイクを放置すれば、多くの人々が傷つく。だからこそ、私たちはテクノロジーを駆使して、最善の道を示そうとしているんです」
そう言いながら、彼はわずかに口角を上げる。俺はそこでタイムアップを告げられ、画面がスッと消えた。気づけば15分どころか10分程度だっただろうか。まるで最初から無駄なやり取りを省くかのように、ビッグワールド社が設定した“終幕”が訪れた。
第十八章:真実を知ろうとする人々――微かな希望
オンラインインタビューを終えた直後から、ビッグワールド社の公式SNSには「白尾司がフェイク勢力に毅然と対応」「ビッグワールド社、根拠なきデマを完全否定」といったトレンドが並び始めた。もちろん、あのインタビューの映像がどんな編集で流されるかは想像がつく。こちらの質問は都合のいい部分だけ切り取られ、白尾司の“真摯な態度”を強調するような形で拡散されるに違いない。
「やはりこうなるか……」
それでも、俺が得たものは無駄ではない。彼の言葉や表情の裏側にある“冷酷さ”を、多くの人に見抜いてほしいと思う。録音したデータや映像を(バレない範囲で)編集し、YouTubeの代わりに利用されている海外系の動画サイトにアップロードした。すぐに消されるかもしれないが、何もしないよりはマシだ。
数時間後、コメント欄にポツポツと書き込みが増え始める。
「確かに、このリーダーの言い方はどこかおかしい……」
「フェイクニュースを盾に、批判をすべて封じ込めるのは危険じゃないか」
「ビッグワールド社が本当に再教育なんてやってるとは……でも、もし事実なら恐ろしすぎる」
一方で、当然ながら「まったく証拠がない」「陰謀論乙」と冷笑する人も多い。
それでもいい。意見が割れているという事実を可視化するだけでも、少しずつ社会の空気は変わっていくはずだ。
主人公の動き(12):ラストスタンド
日が暮れていく。遠くでサイレンの音が響き、街には不穏な気配が漂う。外を見れば、パトロール中らしき車両がやけに多い。もしかすると、俺が潜んでいるこのネットカフェまで割り出されているのかもしれない。
「……もう時間の問題か」
俺は意を決し、最後の原稿を書き始めた。タイトルは「人々の自由はどこへ消えたのか――ビッグワールド社と政府の“管理社会”を問う」。これまでの告発者や被害者の証言、海外メディアの動き、俺自身が遭遇した事例を全部盛り込み、読みやすい形式にまとめる。執筆中、何度もネットが不安定になるが、こまめにオフラインに保存しながら作業を進めた。
「もしこの原稿を公開できたら、あとは誰かが拡散してくれることを祈るしかない」
ラジオ局の渡辺や、地下メディアのR、海外のハッカーコミュニティなど――仲間はいる。たとえ俺が捕まって“矯正プログラム”に送られたとしても、この記事が種火となってくれるかもしれない。
タイピングを続けるうちに、頭の中でいろんな場面が蘇る。白尾司のあの笑顔、“再教育施設”の映像、高橋の苦しげな表情。どれも現実に起こっていることだ。それでも信じたくないくらいの悪夢が、この社会を覆い始めている。
約2時間かけて書き上げた原稿を、“地下メディア”の複数の連絡先に一斉送信する。さらに海外のジャーナリストや人権団体にも投げ、最後に俺のブログとしてひっそり運営していた匿名サイトにもアップした。いつ削除されるか分からないが、ひとまずできる限りの手は打った。
「よし……これで、思い残すことはない」
そう呟いたとき、ネットカフェの個室の扉がガチャリと開いた。警備員や店員じゃない、見覚えのあるスーツ姿だ。
「大槻修二さんだな……? 同行願おうか」
複数の男たちが押し入ってきた。俺は反射的に椅子から立ち上がろうとしたが、あっという間に腕を捻じ曲げられ、痛みで顔をしかめる。周囲の客たちは驚いた様子だが、誰も助けには入ってこない。すでに男たちが店に“説明”をしているのだろう。
「やめろ、俺は何も――」
言いかけたとき、目の前が暗転した。スタンガンのような電流が走ったのかもしれない。意識が引きずり込まれるように遠のいていく。最後に見たのは、ネットカフェのフロントの灯りと、男たちの冷酷な笑みだった。
終章:それぞれの未来――まだ終わりではない
目が覚めると、そこは真っ白な部屋。天井のライトがやけに眩しく、身体を動かそうとすると拘束具が食い込むのを感じる。頭には何か装着されているらしく、ピンがこめかみに当たって痛む。
「ああ、ここが“矯正プログラム”か……」
息が詰まるような恐怖が胸を支配するが、なぜか心は妙に静かだった。もう自分がどうなるか分かっているからだろうか。
ぼんやり視界を巡らせると、隣のベッドには誰かが横たわっている。無造作に外された機器や点滴の跡が見え、ひどくやつれた顔が見え隠れする。もしかすると、俺の前にここに運ばれてきた“反逆者”なのかもしれない。
ふと、遠くから人の声が聞こえる。機械音声のようなアナウンスと、白衣を着たスタッフらしき足音。そして――あの声。
「手間をかけさせましたね。でも、これもあなたのためなんですよ」
聞き慣れた穏やかな調子。そう、白尾司の声だ。声は近くにはいないようだが、スピーカーから流れているのだろうか。
「自由意志が混沌を生み、やがて社会を崩壊へと導く――それは歴史が証明しています。だからこそ私たちが導かなければならないのです。大丈夫、安心して任せてください。あなたは何も考えなくていいんです」
意識が朧げになる。装置が淡い光を点滅させ、耳元に低い周波数の音が流れ始めた。次第に頭の奥底を刺激するような感覚が広がっていく。これが“洗脳”の初期段階なのだろうか。
――だが、そのとき、部屋の天井が微かに揺れるような振動が起こり、非常灯が赤く光り始めた。警報らしきサイレンの音が鳴り響き、スタッフたちが慌ただしく動き回っている気配がある。
「何があった……?」
意識が遠のきそうになる中、遠くで人が叫ぶ声が聞こえる。どうやら外で何かトラブルが起こっているらしい。もしかしたら、俺が送った原稿や証言が反響を呼んで、外の世界が動いてくれているのだろうか。こんな洗脳施設を強行捜査してくれるほど、まだ社会には正気を保った勢力が残っているのか。
光が明滅し、装置のノイズが耳を刺す。思考がゆっくりと引き裂かれていくような感覚が襲うが、俺はかろうじて心の中で一言だけ呟いた。
「……まだ、終わりじゃない……」
意識の闇へと沈んでいく中、遥か遠くで警報音が鳴り響き、人々の足音が混ざり合っていた。もしかすると、本当に外の世界が助けに来たのかもしれない。あるいは違うかもしれない。それでも、俺が撒いた“情報”という種は、必ずどこかで芽生えるはずだ。
やがて視界が完全に途切れ、深い暗闇がすべてを覆った――。
あとがき
主人公である“俺”は、結局“矯正プログラム”の施設に連行されてしまった。しかし、彼が最後まで記事を書き続け、告発者や被害者の証言を集め、ラジオや地下メディアと連携して拡散しようとした努力は無駄にはならない。物語のラストシーンで示唆されるように、どこかでシステムの綻びが生じ始め、外の社会が動くきっかけが生まれているのかもしれない。
ビッグワールド社と白尾司が築き上げた“完全管理社会”は、表面的には平和や安全を謳っていながら、その実態は情報独占と監視に基づく“統制”だ。それでも、人々の間には「何か変だ」「自由が奪われつつあるのでは」と感じる者が少しずつ増えている。多くの人が勇気を出して声を上げ、真実を探ろうとしさえすれば、いずれ巨大な壁にも亀裂が入るだろう。
この物語はあくまでフィクションだが、現代社会でもテクノロジーやメディアが恣意的に運用されれば、いとも簡単に個人の自由と尊厳が奪われる可能性がある。私たちは日々、便利さや安全という名目に慣れきってしまっていないだろうか。そして、その裏側にある力関係を、疑問もなく受け入れてはいないだろうか。
どうか、ほんの少しでも「自分が見ている情報は誰が作っているのか?」「何のためのサービスなのか?」と考え続ける姿勢を失わないように――この物語は、そのためのひとつの問いかけである。