見出し画像

【AI小説断章】希望書

診察室は、白い蛍光灯の明かりがやけに眩しく、無機質な空気が漂っていた。静まり返った室内には、「予診票」と書かれた書類が机の上に置かれている。視線を下に移すと、控えめに「ワクチン接種希望書」という文字が目に入った。

医師は机の向こうで手を組み、落ち着いた口調で説明を始めた。「こちらが予診票と希望書です。すべて任意の手続きですので、記入いただければスムーズに接種が進みます」

私は書類を手に取り、目を通した。内容は簡単な健康状態のチェックと同意欄だけで、一見すると穏やかな手続きに見える。だが、この一枚の紙にじっと目を落としていると、胸の奥に違和感が広がる。

希望? それなら、希望しない選択肢だってあるはずだ。それなのに、この一枚を書けば「希望したこと」にされる仕組みに、何か釈然としないものを感じた。

「任意って言うけどさ」私は書類を机に戻しながら言った。「これ、記入しなかったらどうなるの?」

医師の表情が一瞬硬くなったが、すぐに冷静さを取り戻す。「これはあくまで任意のものであり、選択権はご自身にあります。ただ、接種を受けることが公共の利益にも繋がりますので、ご理解いただきたい」

「理解?」私は彼を真っ直ぐに見据えた。「公共の利益って何なの? 誰のための利益を守るつもり? 私には、自分の身体を守る権利があるはずよ。それを奪おうとしてるのに、理解しろって?」

「押し付けではありません。この希望書に同意いただければ、接種をスムーズに進めることが可能になります。任意であることは変わりませんが、公共の健康を守るための重要なステップです」

「任意ね。それにしては、希望しないとどうなるかは書かれてないみたいだけど。もしも断ったら、どういう扱いになるの?」

医師はしばらく沈黙し、少し声を低くして答えた。「断ることも可能です。ただし、そうした場合には必要な情報が記録される可能性があります。そして、今後の手続きに影響が出るかもしれません」

「なるほどね。記録されて影響が出るかもしれない、でもそれも『任意』なんだ? だったら最初から正直に、選ばない自由はあるけど代償がついてくるって書けばいいのに」

医師は答えに詰まり、私は息を吸い込んで書類を机に押し戻した。「悪いけど、これに名前を書く気はない」

診察室の空気がじわりと重くなる。医師は冷静な表情を保っていたが、その額にはうっすらと汗がにじんでいた。

「ワクチンは科学的にも安全性が証明されていますし、多くの人々が接種を受けています。個人的な感情で拒否されるのは…」

「個人的な感情?」私は声を強めた。「私の身体のことを決める権利は私にしかない。それが感情的だって言いたいわけ?」

机の上に静かに書類を置き直し、私は手を軽く払う仕草をした。「これ以上話しても無駄ね。あなたの立場はわかるけど、私は考えを変えるつもりはない」

医師は微かに眉を動かしたが、表情を崩さなかった。「記入を拒否されても問題はありません。ただ、接種を受けていただくことが推奨されていますし、その方が公共の健康に大きく寄与します」

私は腕を組み、彼の言葉を反芻した。「推奨されている」―その言い回しが、妙に引っかかる。まるで断りにくい状況を意図的に作り出しているように思えた。

「推奨されてるから従えってこと? 私の身体のことを決めるのは私なのに、これじゃ選択肢があるように見せかけてるだけじゃない?」

医師は一瞬戸惑ったようだったが、すぐに冷静な声で返してきた。「そういうわけではありません。これは完全にご自身の意思に基づくものです。ただ、接種を受けることで安心して日常生活を送れるようになりますし、周囲の方々を守ることにも繋がります」

「なるほどね」私はため息をついた。「結局、受けなければ理不尽な扱いを受けるのに、それを『任意』って言葉でごまかしてるだけ。何をどう言われても、私は納得できないわ」

そう言い捨てて、私は診察室を後にした。扉が閉まる直前、医師の呟きが耳に届いた気がしたが、振り返ることなく歩き続けた。

いいなと思ったら応援しよう!