
【AI文芸】オヤジの自慢話
「いや~、俺が営業やってた頃はすごかったんだよ。まあ、今の若いやつらには分からんかもしれんけどな」
そう言いながら、オヤジはビールジョッキを片手に、ニヤリと笑った。いやな予感がする。
「まずな、俺が入る前のうちの会社、営業成績がボロボロだったんだよ。みんな『この業界はもう厳しい』とか、『今どき飛び込み営業なんか無理』とか、そんなことばっかり言っててさ。俺は心の中で思ったね。『いや、売れないんじゃなくて、お前らが売ってないだけだろ』ってな」
俺はさりげなく時計を見た。オヤジはそれに気づかない。
「それで俺が入ったんだよ。最初の月? そりゃもうボロカスよ。『新入りが簡単に売れるわけねぇだろ』って、みんな鼻で笑ってたね。でもな、俺は違ったよ。『営業は気合とタイミング』ってのを信じてたからな」
ビールをぐいっと飲み干し、オヤジは続ける。
「で、ある日、全然売れないって言われてた客のところに行ったんだよ。普通だったら『今は間に合ってます』で終わるだろ? でも、俺は違ったね。世間話しながら『いや~、最近、この商品を導入した会社、どんどん伸びてるらしいですよ』って言ってみたんだ。そしたら相手も『へぇ~、そんなにいいの?』ってな」
すでに聞いたことがある話のような気がする。でもオヤジは止まらない。
「ここが勝負どころよ。俺はな、チャンスを逃さない男なんだ。『いや、実際に導入したら絶対に後悔しませんよ』って、ちょっと強気で押してみた。で、どうなったと思う? なんと契約成立! 上司もびっくりしてたね。『お前、どうやったんだ?』って。でも、俺にとっちゃ普通のことよ」
いや、それさっきも言ったよな……? 俺は気づかれないようにそっと深呼吸する。
「で、それがきっかけでな、会社の営業成績はグングン上がったんだよ。俺のやり方を真似した後輩たちもどんどん成果を出し始めてな。いや~、あの時代の俺は本当に神がかってたね」
言いながら、またジョッキを傾ける。
「まぁ、そんな感じで、俺はどんどん昇進していったわけよ。最初は新人だったのが、1年目で主任、2年目で係長、3年目で課長……いや、もう自分でもびっくりよ。普通なら10年かかるところを、俺は3年で駆け上がったからな」
俺は目の前のつまみを見つめる。ナッツがやけに輝いて見える。
「でもな、俺は昇進しても驕らなかったよ。部下にも優しく接したし、みんなが働きやすい環境を作るのを第一に考えたね。ある時、後輩が『○○さん、どうやったらそんなに売れるんですか?』って聞いてきたんだ。俺は言ってやったよ。『営業はな、人と人との繋がりがすべてなんだよ』ってな。これ、名言だよな」
オヤジは満足げに頷く。
「いや、それでな、当時の社長からも目をつけられて、『お前、うちの営業部のエースだな』って言われたことがあるんだよ。普通、社長にそんなこと言われるか? いや~、あの時は誇らしかったね」
俺は聞きながら考える。この話、どこで終わるんだ……?
「そうそう、それでな、ある時、社運を賭けた大型契約があったんだよ。会社全体がピリピリしててな、上司たちは『この案件、どう考えても無理だ』って諦めムードだった。でも、俺は違ったね。『いや、これ、俺が行けばイケるんじゃね?』って思ってな。で、実際に行ったんだよ。そしたら、相手の社長がまた気難しい人でな。みんな手を焼いてたらしいんだけど、俺は違ったね」
違った、の連発。俺は無の境地に入る。
「まず、相手がどんな話が好きかを調べておいたんだ。そしたら、その社長、釣りが好きって情報を掴んでな。だから、最初は仕事の話をせずに、『いや~、最近釣りに行きましたか?』って話を振ったんだよ。そしたら、まあ盛り上がる盛り上がる! 気づいたら、商談そっちのけで釣り談義になってな。で、『いや~、○○社長の釣りの話、めちゃくちゃ勉強になります! ところで、うちの商品もすごくいいんですよ』って、自然な流れで持っていったわけよ。結果、契約成立。会社のピンチを救ったのは、他でもない、この俺だったわけよ」
もう何回「俺」って聞いただろうか。
「いや~、懐かしいなぁ。あの時代の俺は、ほんと、キレッキレだったよなぁ。いや、今の若いもんには分からんかもしれんけどな」
また出た。「今の若いもんには分からんかもしれんけどな」。
オヤジはドヤ顔でジョッキを持ち上げる。もう一口飲むと、さらに続きそうだ。俺は、その前に静かに口を開いた。
「……で、今は?」
一瞬、オヤジの表情が固まる。
その後、妙にビールの減りが早くなったのは、気のせいだろうか。