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【AI小説断章】最適誘導
ちょっと働き過ぎだと思います。
午前2時。田中智也は冷えた研究室の椅子に沈み込み、モニターを睨んでいた。蛍光灯の明かりが部屋全体を無機質な青白さで染め、彼の顔色をさらに悪く見せる。スクリーンには、街全体の様子を俯瞰するようなヒートマップが映し出され、無数の点が滑らかに動いている。
それは人々の行動だった。買い物、移動、休憩、会話──日常のあらゆる選択が「最適化」され、システムに記録されていく。
「これで…みんなが幸せになる、ってことなのか?」
独り言は冷たい機械音にかき消された。田中は薄いため息をつく。彼が開発に関わった「最適誘導システム」は、AIを活用して集団心理や個人の行動を予測し、もっとも「効率的で理想的な選択」を人々に提示するものだった。
たとえば、渋滞の発生を未然に防ぐため、車のルートを瞬時に最適化する。誰もが時間を無駄にせず、快適に目的地に着ける。あるいは、スーパーでの購買行動を誘導し、食品ロスを大幅に削減する。
表向きの目的は明確だ──人々の生活をより便利に、効率的にすること。だが田中には、どうしても拭えない違和感があった。
画面に表示されたログが一瞬だけ途切れ、次の瞬間、新しい指示が浮かび上がる。
「A地区住民への健康食品キャンペーン開始」
「ターゲット選定完了:40代女性、未婚、高血圧リスク」
「…これが、本当に最適か?」
田中の指が止まる。システムが提案する「最適な選択肢」は、確かに個人の利益を考慮しているように見える。しかし、それは誰の基準なのか?システムが「最適」と判断する選択肢を拒む自由が、どこにも見当たらないことに気づいてしまう。
「田中、まだ帰らないのか?」
突然、背後から低い声が響いた。振り返ると、主任研究員の藤原が疲れた顔で立っていた。冷え切った研究室の空気を、その存在感がさらに重くする。
「…最適誘導システムの運用に、疑問でもあるのか?」藤原が目を細めた。
田中は言葉に詰まった。あるわけがないと言いたかったが、口から出たのは別の言葉だった。
「……このシステムは、みんなを助けるために作られたはずです。でも、なんで俺たちが選ぶ必要があるんですか?みんなに選ばせちゃダメなんですか?」
藤原は小さく鼻を鳴らした。「選ばせる?田中君、それじゃあ人は何も決められない。ただ混乱するだけだ。『最適』が与えられることで、人々は初めて自由になれるんだよ」
その言葉が、田中の胸に重くのしかかる。「最適」という言葉の裏に潜む、目に見えない支配。それを知らずに従っている人々の姿が脳裏に浮かんだ。
モニターに目を戻した田中は、一瞬息を呑んだ。画面の隅に表示されているログに、自分の名前が浮かんでいた。
「田中智也の行動予測シミュレーション開始」
「……これは、何だ?」
自分の行動が予測され、誘導されている。その事実に気づいた瞬間、田中の背筋に冷たいものが走った。