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【AI小説断章】潮風の街
例によって冒頭だけです。御容赦ください。
潮の香りが鼻を突く。
駅のホームに降りると、湿った海風が頬を撫でた。
「ようこそ、白砂市へ」
三浦俊明は、小さな駅のロータリーに降り立った。
駅前にはタクシー乗り場とバス停があり、観光案内所はシャッターを下ろしている。
白砂市――。
かつては漁業と観光で栄えた港町。
しかし、時代の流れとともに漁業は縮小し、今では水産加工業が市の主力産業となっている。
朝になれば、工場へ向かう外国人労働者が自転車を走らせ、町外れの加工場には冷凍トラックが頻繁に出入りする。
一方で、技能実習の期限を迎えながらも帰国しない者が増え、不法滞在者の問題が深刻化していた。
三浦の赴任先、白砂警察署は、ここから少し離れた内陸にある。
潮風こそ直接は届かないが、湿気を含んだ空気がどこか肌にまとわりつく。
2階建ての小規模な署で、外壁は薄いグレー。窓のサッシには長年の汚れがこびりつき、入口の脇には「交通安全」と書かれた古びた看板が植え込みに立てかけられている。
ペンキは剥がれ、白地に赤で書かれた文字はほとんど読めない。
かろうじて「シートベルトを着用しましょう」という文言が確認できるが、その横には誰かが落書きをしたような黒い線が雑に引かれていた。
──形骸化したメッセージ。
そして、その隣には「特殊詐欺に注意!」と赤字で書かれたポスターが貼られている。
この街の現実が、そこにあった。
本庁の幹部は「しばらく静養して来い」と言った。
だが、三浦は分かっていた。これは左遷だ。
なぜなら、元総理の警備計画の調整に関わり、その結果、現場の混乱が決定的な隙を生み出したから。
誰の責任なのか。
どこで歯車が狂ったのか。
もはやそれを考えることに意味はなかった。
三浦には、新しい役割が与えられていた。
40年以上、公安の監視下にある男の監視。
***
警察署の自動ドアが開くと、中は思ったよりも活気があった。
受付カウンターでは、東南アジア系の男が片言の日本語で何かを訴えている。
奥のデスクでは警官がパソコンに向かい、署内無線が雑音混じりに流れていた。
ホワイトボードには、自転車の盗難、不審者情報、行方不明者のリストが貼られている。
その下に、「不法滞在者関連のトラブル 19件」と記されたメモがあった。
三浦は受付に歩み寄り、カウンターに座っていた警官に声をかける。
「本日付で赴任した三浦俊明です」
警官は新聞をめくる手を止め、面倒くさそうに顔を上げた。
年齢は四十前後、ネクタイを緩め、髪はややぼさついている。
「ああ、新しいのが来るって聞いてたよ。三浦ね……ええっと、あんた警備のほうから来たんだっけ?」
「そうです」
「ま、こっちじゃ警備するような要人もいねえけどな」
警官は片手で署内の奥を指し、「署長が待ってるから、二階へ行け」と言った。
***
署長室は、警察署の二階にあった。
階段を上がると、長い廊下の奥に「署長室」と書かれたプレートがある。
三浦はノックし、中へ入った。
タバコの香りが微かに漂っている。
「ようこそ、白砂警察署へ」
机の向こうに座っていたのは、恰幅のいい男だった。
歳は五十代半ば、黒縁の眼鏡をかけ、腕組みをして三浦を見ている。
「三浦俊明です。本日付で赴任しました」
三浦は敬礼した。
男はだるそうに片手を上げた。
「俺は署長の阿久津。まあ、かたくるしい挨拶は抜きにしようや」
部屋の壁には、歴代署長の写真が並んでいる。
そして、机の上には、何冊かの古びた捜査資料が積まれていた。
「この市、外国人が多いですね」
三浦が言うと、阿久津は肩をすくめた。
「そりゃあな。水産加工業があるからな。漁業にもそれなりにいるが、基本は工場仕事だ」
「不法滞在も?」
「ああ。何せ働き手がいないからな。雇う側も、黙認してるところが多い」
三浦は無言で頷いた。
「この市で、公安が40年以上監視している男がいる」
三浦は、カバンの奥にある暗号化されたタブレットを意識した。
そこには、監視対象の男の詳細が記録されている。
かつて何かがあり、公安は40年以上も彼を見張り続けてきた。
その理由は、このデータの中にある。
「じゃあ、仕事の話は後回しにして、まずは街を見てこい」
阿久津が立ち上がり、肩を叩いた。
「この街を知ることが、お前の仕事の第一歩だ」
三浦はゆっくりと立ち上がった。
彼の新たな任務が、ここから始まる。