【AI文学】黄昏の街角
今週のo1の利用枠がまだまだあったので、noteのビュー回数が3の4oが書いた場面の続きをo1で書いてもらったものです。
自分の趣味でも無いものを他人様に読ませるのはどうかとも思いますが、エピローグだけ4oで何度かリテイクしていくらかは読めるレベルにはなったかと思うんで広い心で読んでもらえたらと思います。
ところでo3-miniとo3-mini-highの提供が始まったせいか、o1が一度に生成する文字数が増えている気がします。
夕暮れを見つめる咲良
夕方のオフィス街。昼の喧騒がまだその熱を残したまま、帰宅のラッシュという別種の慌ただしさへと移り変わる時間帯。ビルの谷間に沈みかけた太陽は、ビロードのように柔らかなオレンジ色の光を大通り全体へ惜しみなく注いでいる。歩道を埋め尽くす人々の足取りは、日の名残を背後に従えて速い。どこかへ急ぐような、あるいは待ちきれないような、そんな雰囲気さえ漂わせていた。
咲良は、信号待ちの横断歩道の端に立ちながら、なんとも言えない取り残された気持ちを抱えていた。どこへ行く当てもなく、ただ人波に押されるがままに流される自分。実際には家に帰るという最終的な目的はあったのだが、それさえも確固とした意思ではなく、ほとんど流れ作業のような感覚でしかない。スマホの画面を眺めても、何をするわけでもなく、時間だけがただ過ぎていく。
──気がつけば、あの人に連絡を取らなくなってもう何ヶ月になるんだろう。
彼女は内心でそう呟き、まるで感情を刺激しない風景をぼんやりと見つめた。数ヶ月前なら、こんな夕暮れを一緒に眺められたかもしれない、とふと思う。だが、その「もしも」はいつの間にか遠のいてしまった。スマホを取り出してメッセージアプリを開こうとするが、指先は動かない。受信トレイは、会社のメールや友人たちの何気ないメッセージで埋め尽くされているというのに、そこに「あの人」の名前は見当たらない。いや、見当たらないのではなく、そうなるように自分が操作してきたのかもしれない。
「もう少し気持ちが落ち着いたら」
「相手だって忙しいかもしれないし」
「こんな時間に連絡しても迷惑かも」
自分の中で、連絡できない言い訳は無数に生まれては消えていく。喉の奥に何かが詰まっているような息苦しさ。そうこうしているうちに、足元を通り過ぎる人々の流れが軽く乱れた。何かと思い振り返ると、見覚えのある人影がそこにあった。
再会
「おい、咲良じゃないか?」
はっとして顔を上げると、声の主は大学時代に同じゼミにいた長谷川だった。背が高くて、どちらかといえば体育会系の雰囲気を纏っていた彼も、今はスーツに身を包み、少し疲れたような表情を浮かべている。そのネクタイは少し緩み、ワイシャツの襟もくたびれた印象があった。まだ夕方とはいえ、仕事上がりの彼にとってはもう十分に夜の入口なのだろう。
「長谷川くん……久しぶりだね」
咲良は一瞬驚きながらも、口角にわずかな笑みをつくる。大学のゼミ仲間といっても、そこまで親しかったわけではない。ゼミの研究発表や飲み会で顔を合わせれば話す程度の間柄だった。それでも、こうして人混みの中で声をかけられると、懐かしさのようなものが確かに胸に染みてくる。
「最近どうしてる? まだあの会社か? 俺はこのあいだ転職してさ、前よりはだいぶ楽になったよ。給与は下がったけど、時間はできたし精神的にも余裕がある。やっぱ自分に合った働き方の方が大事だなって思ったわ」
長谷川は、まるで固まった空気をぶち破るように明るい調子で言葉を続ける。咲良は気のない笑みを浮かべ、「へえ、そうなんだ」と短く応じる。彼女の中では、いま目の前にある喧騒と同じように、彼の言葉が遠くの風景の一部として通り過ぎていくように感じられた。頭の中は、いつの間にか「あの人」のことでいっぱいになっている。夕暮れの空の色を見るだけで思い出してしまう「あの人」。会いたくない相手にはこうも簡単に出くわすのに、本当に会いたい人にはなかなか会えない……そんな皮肉をかみしめる。
「なあ、今度ゼミのみんなで飲み会しようぜ! 卒業してからも二、三回は集まったけど、最近はパタッと途絶えちゃってさ。俺からみんなに声かけて計画立てるから。咲良の連絡先も変わってないよな? そうだよな?」
「うん、たぶん変わってないと思う……」
そう言いながら、彼女はぼんやりとスマホを握り直す。連絡先は変わっていないはずだが、この数ヶ月で自分がどれほど孤独と空虚を感じてきたかを思うと、そんな当たり前の事実さえも不確かなものに思えてくる。
「みんなでまたワイワイ集まれたら楽しいと思うよ! ……あ、もしかして忙しいかな? ま、でも来れたら来てくれよ。待ってるから」
そう言い残すと、長谷川は笑顔のまま手を振って去っていった。夕暮れの光が彼の背中を薄く縁取る。咲良はその姿を視界の端で見送った後、大きく息をついた。
どうして、本当に会いたい人には自分から連絡できないままなのに、こうして偶然昔の知り合いに出くわしてしまうのだろう。そんな思いが彼女の頭をかすめる。そして心が少しだけ痛む。
歩き出す帰り道
ふと我に返ると、周囲はすでに信号が変わっていて、人々がどんどん横断歩道を渡っていくところだった。咲良もその流れに遅れるように歩き出す。慌てて足を踏み出しながら、スマホをポケットに仕舞いこんだ。
──本当に会いたいのは誰なんだろう?
そう自問すると、答えはたったひとつ。何か月も連絡を取っていない「あの人」に、胸の奥ではどうしようもなく会いたいのだ。だが同時に、その「あの人」の存在を思い出すたび、胸がぎゅっと締めつけられるような感覚がある。彼女の歩幅は自然と狭くなり、夕暮れに染まる街の舗道がどこか遠い場所に感じられる。
オフィス街のビルの谷間を抜けると、高架下をくぐって大きな交差点に出る。周囲のビルには次々と明かりが灯り始め、街は一日にしては十分すぎるほどの仕事を終えた大人たちを迎え入れようとしている。そんな喧噪の中を歩きながら、咲良はまたスマホを取り出す。メッセージアプリのアイコンを指先で探ってみる。
「もう、連絡してもいいのかな……」
でも画面に触れようとした瞬間、指先が止まった。想いが強いほど怖い。送って返事がなかったら、あるいは素っ気ない返事がきたら、どうすればいいのか。それに、まだ自分の気持ちは整理できていない。会いたいと言っても、結局どうするつもりなのか、自分でもわからない。
「……今じゃない気がする」
そう小さく呟いて、スマホを再びポケットへ。上着のポケットの中の温度が、ほんのりぬくもりを帯びているように感じられた。冷たい夜風が頬にあたるが、それほど嫌な寒さではない。むしろ、心をリセットしてくれるような、そんな心地よささえ感じる。
思い出す「あの人」
家路を急ぐでもなく、咲良はゆっくりと夜の街を歩く。オフィス街の夜は、飲み屋の提灯やレストランの看板が目につくようになる。裏通りのネオンサインが、行き交う人々を誘惑するようにまたたいている。
そんな景色を眺めながら、咲良の思考は自然と「あの人」に向かう。初めて出会ったのは大学二年の頃だった。学外のイベントで偶然席が隣になり、話してみると意外な共通点が多くて盛り上がった。読んでいた小説のジャンルも、好きなカフェの雰囲気も、通っていた高校の部活も。同じゼミやサークルにいたわけではないのに、気がつけば大学の休み時間に少し顔を合わせる習慣ができ、二人で食事に行くことも増えていった。
付き合い始めたのは大学三年生の夏だった。蝉の声がやかましく響くキャンパスで、昼休みに急ぎ足で食堂へ向かう途中、二人きりの中庭で何気ない会話から始まった。冷たいお茶を片手に、ちょっと息抜きしようと座ったベンチ。そこで「最近、よく一緒にいるけど……なんていうか、このまま友達の枠を飛び越えたいと思ってるんだ」と言われたときのことは、いまだに鮮明に覚えている。
あのときの自分は驚いて、でも嬉しくて、でもどう答えるべきか一瞬迷ってしまい、しばらく沈黙が続いた。そしたら「ああ、ごめん。やっぱ忘れて」と言われてしまい、咲良は慌てて「そんなわけない、嬉しいよ」と伝えたのだ。それが始まり。心の中が一気に熱を帯びたようで、その日の講義は何を聞いても上の空だった。
あれからしばらくして二人は自然に付き合い始め、キャンパス内のあらゆる場所が二人の「思い出のスポット」になっていった。研究室の近くの小さなパン屋、大学の裏門にある緑の多いカフェ、一緒に受講した経済学の講義。夜遅くまで一緒にレポートを仕上げて、そのまま朝まで語り合うようなこともあった。
──だけど、大学を卒業して、社会人になってからはどうだっただろう。
最初の頃はお互いに社会人一年目の壁にぶつかりながらも、残業の合間を縫って必死に時間を作り、会える日には思い切りはしゃいだり、ささやかながら幸せな食事を楽しんだりしていた。だが一年目、二年目と働くうちに、残業や休日出勤が増え、気づけば電話すら面倒に感じるようになり、次第に連絡の回数が減った。
仕事が忙しいのは相手も同じだから――そう自分に言い聞かせていた。実際、お互い仕事のストレスは相当だったと思う。夜遅くに「疲れた」「しんどい」と弱音を吐き合うしかない日々が続き、そんな日常にすれ違いが少しずつ増えていった。直接衝突をする機会すらなく、自然と会わなくなり、連絡も立ち消えになって……そこからもう何ヶ月も経つ。
「仕事が忙しいだけ」と自分に嘘をついてきたかもしれない。でも、本当のところはどうだったのだろう。もしかすると、自分の方が先に相手を諦めようとしたのではないか。あの人の夢や目標を聞くのが怖かったのかもしれない。尊敬もしていたけれど、どこかで「自分は釣り合わないかもしれない」と思っていた自分がいたのだ。そう考えると、胸の奥がじくじくと痛む。
帰宅
気づけば家の近くまで来ていた。いつもなら自宅最寄りのスーパーに寄って夕食の材料を買うのだが、今日はなんとなくそうする気分になれなかった。ひとまず家に入って靴を脱ぐと、電気をつけないまま暗いリビングで鞄を下ろす。外の街灯の明かりがカーテンの隙間から入ってきて、ぼんやりと室内を照らしていた。
ソファーに腰を下ろし、しばらくぼうっと天井を見上げる。ずいぶんと散らかった部屋だ。雑誌や書類がテーブルに放り出されていて、洗濯物もベッドの上にたたまれないまま置かれている。
「何もやる気がしないって、こういうことなんだな……」
思わずつぶやいて、そのままソファーにもたれかかった。しばらく電気をつけずに過ごしていると、瞳が暗さに慣れていく。少し前までは、仕事終わりにスーパーへ行き、料理を作って翌日の弁当まで用意するような生活をしていたのに、ここ数週間は外食やコンビニの惣菜ばかりだ。いつからこんなに何もかもが億劫になってしまったのだろう。
「あの人」は今どうしているのだろうか。仕事は忙しいままなのか、何か大きなプロジェクトを成功させて喜んでいるのか……それとも、もう新しいパートナーがいるのかもしれない。そう考えると胸がざわつくが、同時に自分にはその「今」を確かめる権利がないようにも感じてしまう。
いつの間にか天井を見つめたまままどろんでいたのか、意識が薄れかけた咲良は、はっとして顔を起こす。だが視界は薄暗く、時計を見てもぼんやりとしか時刻がわからない。思考が止まったような感覚の中、ソファーでしばらく休むことにした。
翌日の朝
いつの間にか数時間ほど眠ってしまったらしい。ソファーの上で目覚めると、外はすっかり暗くなり、部屋の中は静寂に包まれていた。深夜に近い時刻を示す時計を見て、咲良はようやく部屋の灯りをつける。目に飛び込んでくるのは、やはり散らかった部屋の光景。ため息をつきながらベッドに移ろうと立ち上がり、ふと鞄に入れっぱなしだったスマホを取り出した。
特に連絡は来ていない。いや、厳密に言えば会社からの進捗確認メールや友人数人のグループLINE、実家の母親からの近況を伺うメッセージなどはある。だが、咲良が本当に待っているメッセージはどこにもない。当たり前だ。あれほど放置していたのだから。
そのままシャワーを浴びて、ベッドへと身体を投げ出すように倒れ込む。柔らかい布団が身体を包むものの、心の中は晴れないままだ。少しでもゆっくり休めば、明日はまた平日として通常運転の日常が始まる。このまま連絡しないで、普通に仕事をして、またあの疲れた気持ちを引きずったまま家に帰ってくる。その繰り返しだ。
「こんなんでいいのかな……」
自問してもはっきりとした答えは返ってこない。電話一本するのがそんなに難しいことなのか。連絡を取って、もしも拒絶されたら。そもそも今の自分は、あの人に胸を張って会いたいと思えるような状況なのか。いろんな疑問や不安が絡まり合い、ほどけないまま夜が深くなっていく。
仕事の合間に
翌朝、咲良はいつもより少し早く目覚めた。シャワーを浴び直し、なんとか気持ちを切り替えようとする。着慣れたオフィスカジュアルの服に身を包み、最低限のメイクをして家を出る。いつもの電車に乗り、オフィス街へと向かう。駅から出た瞬間に感じる朝の空気は冷たく、月曜の朝特有の緊張感が街を覆っていた。
会社に着くと、いつも通りの流れ作業のようにメールチェックを始める。上司からのタスク依頼やクライアントからの問い合わせがいくつか溜まっている。前日はほとんど何も考えず帰ってきてしまったため、朝イチで確認すべき案件が山積みになっている状況だ。会社の同僚たちも出社してそれぞれのデスクに向かい始める。咲良も挨拶を交わすが、言葉はどこか上滑りし、心の底からは笑えていない。
午前中はバタバタと会議が連続し、息をつく間もない。上司からの問いかけに的確な返答を求められ、自分が担当しているプロジェクトの進捗を報告する。資料をまとめる時間さえ十分でなく、あわただしくパソコン画面とにらめっこをする。気づけばお昼を過ぎていて、同僚が「咲良さん、ランチ行かない?」と声をかけてくるまで、咲良は自分が空腹だということにさえ気づかなかった。
「うん……行く」
デスクの上に書類を広げたまま立ち上がり、近くの定食屋へと向かう。同僚との雑談は、もっぱら仕事での愚痴やドラマの話、最近気になるコスメについて。咲良も合わせて笑顔を作るが、頭の中では相変わらず別のことを考えている。
そういえば、昨日の帰り道に長谷川に再会した。自分以外の誰かに会ってみるのも、なにか気持ちを変えるきっかけになるかもしれない。ゼミ仲間との飲み会なら、昔の話ができるし、仕事以外の刺激も得られそうだ。そう思ったが、今の自分の状態を見られるのは少し気恥ずかしい。果たして自分は楽しめるのだろうか。
昼休みが終わりオフィスへ戻ると、メッセージアプリの通知がいくつか来ていた。その一つが長谷川からのメッセージだ。
「飲み会、○月○日の金曜でどうだろう? みんなOKなら予約しとくから!」
ゼミのグループLINEにも同様の連絡が入っている。そこには何人かが「行けるよー」「久しぶりに会いたい!」と返信している様子が見える。咲良は返信を迷った。行くと答えるべきか、行けないと断るべきか。
「……どうしよう」
行っても大丈夫か? 気分が乗らなければ当日ドタキャンなんて迷惑だし、逆に思いきって行くと決めたなら、ちゃんと楽しもうとするべきだろう。
結局、咲良は保留のままスマホを置き、午後の業務に戻った。
波紋を呼ぶ飲み会の誘い
それから数日が経ち、金曜の夜。飲み会の前日になっても、咲良は参加不参加をはっきり返事していなかった。長谷川からは軽い催促のメッセージが再び送られてきているが、彼女はなかなか決心がつかない。
そんな中、会社でちょっとしたトラブルが発生した。咲良が担当しているプロジェクトの取引先の一つから、「納期の再検討をしてほしい」という要望が急に入ったのだ。それによってスケジュール全体が見直しを迫られ、部署内での作業分担を大きく変えねばならなくなった。
「すみません、咲良さん。急で申し訳ないんですけど、この書類まとめ、今日中にお願いできないですか? どうしても明日までに対応しなきゃならなくて……」
同僚の頼みを聞き、咲良は少し困惑しつつも承諾した。こういう突発の仕事は、断ろうにも会社の体制的に難しく、彼女がやるしかない状況が多い。焦りを感じながらも、これは社会人として仕方のないことだと思う。
結果的にその日は遅くまで残業になった。ようやく書類を仕上げ、会社を出たのは夜の十時を回っていた。飲み会の話どころではない。疲れた頭で電車に乗り込み、駅から家までの道を足早に歩く。
自宅に戻り、スマホを再び確認すると、グループLINEはかなり盛り上がっていた。参加者たちが「明日楽しみ!」「あのお店は料理もおいしいらしいよ」などと書き込んでいる。そんなやり取りを眺めながら、咲良は自分の気持ちが少しずつ動いていることに気づいた。
大学時代の友人たちと過ごす時間。懐かしい話に花を咲かせるひととき。それは今の自分にとって、ある種の癒やしになるかもしれない。最近はずっとモヤモヤした気持ちを抱えたまま日々を過ごしていたが、かつて自分が「学生」として生きていた頃の思い出に触れれば、少しは気持ちが和らぐかもしれない。
飲み会の当日の朝、咲良は迷いながらも「行くよ。遅れるかもしれないけど参加します」と返信した。するとすぐに長谷川から「了解! みんな喜ぶよ!」と返事が届き、グループでも何人かが「咲良も来るんだ! 嬉しい!」と書き込んでくれた。
飲み会当日の夕暮れ
金曜日の仕事は平日でも特に忙しく、咲良は定時には到底帰れない状況になっていた。納期に追われるプロジェクトの締め切りが迫っており、社内の調整などに追われるうちに気づけば時計は午後七時を指している。飲み会の開始は七時半。店はオフィス街から少し離れた、昔ながらの居酒屋が立ち並ぶエリアにあるという。
「すみません、今日用事があって……先に抜けさせてもらってもいいですか」
上司にそう声をかけると、「ああ、もう大丈夫だから早く行きな」とあっさり許可が降りた。彼女は急いでPCをシャットダウンし、簡単に荷物をまとめて会社を出る。タクシーを拾おうかと一瞬迷うが、距離的には電車の方が早そうなので駅へ向かった。
オフィス街から少し離れた駅に降り立つと、辺りは夜のとばりに包まれつつも、多くの人々が居酒屋へ吸い込まれていく風景が広がっている。道を少し歩くと、提灯がぶら下がった居酒屋が何軒も並んでいた。長谷川が送ってくれた住所を頼りに探すと、大通りから一本入った路地の突き当たりに、その店はあった。
店先には「お一人様歓迎 旬の刺身あります!」などと手書きの看板が出ている。咲良は戸を開けると、すでに賑わっている店内から笑い声や箸の音、ビールジョッキのぶつかり合う音が飛び出してきた。奥の座敷に通されると、ゼミ仲間たちが四、五人集まって盛り上がっているのが見える。
「あ、咲良! こっちこっち!」
長谷川がすぐに気づいて手を振る。周囲の仲間たちも「久しぶり!」と声をかけてくる。咲良は申し訳なさそうに「ごめん、遅くなっちゃった」と頭を下げながら席に着いた。
再会の語らい
座敷の席には大学時代によく一緒に飲んだ面々がそろっていた。女子メンバーはもちろん、男性陣も何人か顔を見せている。みんな社会人になって数年が経ち、それぞれ職種や業界は違うけれど、仕事の大変さについては同じような共感を抱いているらしく、口々に愚痴や笑い話が飛び交っていた。
「咲良って、まだあの会社で頑張ってるんだろ? 大変そうだなぁ」
「でも、この歳でそれなりにキャリア積んでるって、めちゃくちゃ尊敬するわ」
そんなふうに言われても、咲良は曖昧に笑って「まあ、なんとかね」と答えるしかない。仕事自体は嫌いじゃないが、最近は気力が落ちているから「自分がきちんとキャリアを積めている」と実感することもできない。
「転職して給料は下がったけど、気楽なもんだよ~」と長谷川がビールを飲み干しながら笑う。彼は変わらず明るく、ムードメーカーなところは学生時代と同じだった。ほかのメンバーも「あたしも最近転職考えてる」「給料よりプライベートだよなぁ」と盛り上がっている。
会話がひと段落すると、咲良の向かい側に座っていた友人の一人が、小声でこう言ってきた。
「そういえば、咲良って彼氏とはどうなったの? ずっと付き合ってなかったっけ……大学のときからの人と」
その友人が覚えていたのは、もちろん「あの人」のことだ。大学当時、咲良が付き合っていた男性。周囲の仲間もある程度は知っていたはずだが、それぞれ忙しくなってからは疎遠になり、その後の詳細を知らない人がほとんどだった。
「えっと……今は連絡、取ってないんだ。もう何ヶ月も」
その場の空気は少しだけ重くなる。ゼミ仲間の中には「あの人」と普通に顔見知りの人もいたから、場が微妙に静かになったのを咲良は感じ取った。だが、すぐに別の話題が放り込まれ、みんなは再び楽しげにお喋りを再開する。
咲良は少しだけ罪悪感に似た気持ちを抱いた。せっかくの飲み会に水を差したくないのに、自分のせいで空気が重くなってしまったかもしれない。申し訳なさそうにビールを一口飲み込むと、ほろ苦さが胸に染みわたるようだった。
気づかされる自分の想い
飲み会も終盤に差し掛かり、みんなが少し酔い始めた頃。学生時代の思い出話が一気に盛り上がり、友人の失敗談や恋愛話などが次々と飛び出しては笑いを誘う。咲良も半ば懐かしく、半ば恥ずかしさを覚えながら、そのやり取りに加わった。
「覚えてる? ゼミの夏合宿で夜中まで飲んでたら、咲良が眠いのか酔ったのか、突然外に飛び出してって……」
「ちょっと! それ以上は言わないでよ!」
そんな他愛もないエピソードが次々と繰り返されるうち、咲良は少しずつ笑顔を取り戻していく。大学時代は確かに大変なこともあったけれど、こうして振り返るとキラキラした思い出の方が多い。そこには当然「あの人」と過ごした時間も含まれている。
飲み会終了間際、個室の外に出て店の廊下で一息ついていた咲良に、友人の一人が話しかけてきた。大学時代からのおしゃべり好きで、明るい性格の彼女だった。
「ねえ、咲良。さっきの話……あの彼と連絡取ってないって言ってたけど、なんか事情があるの?」
少し躊躇しながらも、咲良は正直に答えた。
「うん……ちょっと、仕事とかいろいろあって、お互いに忙しくなって。気づいたら連絡が途切れちゃったんだ」
「そっか。でも、咲良が本当にまだ想ってるなら、勇気出して連絡してみたら? 会えない理由が“忙しさ”だけだったら、まだチャンスあるんじゃないのかな」
その言葉は、まるで心の奥の弱さを突かれるようだった。確かに何度も「連絡したい」と思っては踏みとどまってきた。このまま連絡しない理由がはっきりしているわけではない。ただ、怖いのだ。
「……そう、だよね。何が起こるかわからないけど、このままモヤモヤしてるのも嫌だなって思うし」
決意とも未練ともつかない言葉を口にしながら、咲良は友人と一緒に笑い合った。
夜風の中の決断
飲み会がお開きになり、店の外に出ると、金曜の夜特有のざわめきが通りを満たしていた。まだまだ飲み歩く人たち、これから二次会へ向かう人たち、終電に急ぐ人たち。街灯が鮮やかに道を照らし、ビルの窓にはまだ灯りが残る。
「じゃあ私はこっちの駅だから。また会おうね!」
友人たちと別れの挨拶を交わし、それぞれが散っていく。咲良は少し酔いの回った頭を冷ますように、少し遠回りをして駅へ向かうことにした。きちんと歩かなければ、酔いに任せておかしなメッセージを送ってしまうかもしれない。それはそれで行動とも言えるが、ちゃんと意識を持った状態で自分の気持ちを伝えたい。
道沿いの夜風は、昼間の暑さをすっかり奪い去り、心をすっきりさせるような冷たさになっていた。咲良は深く息を吸い込む。今夜中に連絡してみようか、それとも明日の朝にすべきか。結局は、同じことで迷っている自分がいる。
ふと、道端の植え込みの向こうに小さな公園のようなスペースがあるのが目に留まった。街中の一角にあるベンチが置かれた小さな広場だ。誰もいない暗がり。咲良はそのベンチに腰を下ろし、ポケットからスマホを取り出す。そして、メッセージアプリを開く。
トーク履歴を遡ってみると、最後のやり取りは数ヶ月前の「忙しい? 大丈夫?」という自分のメッセージに対し、相手が「大丈夫。ごめん、今バタバタしてる」程度の返信をくれただけだった。そこに対して咲良は「そうだよね、無理しないでね」と返してから、やがてやり取りが途切れている。
あのとき、もっと突っ込んで気持ちを確認していればよかったのかもしれない。けれど、それができなかったのは自分だ。そんな後悔を噛み締めながら、咲良はゆっくりと文字を打つ。
「久しぶり。元気にしてるかな?」
たったそれだけ。何度か書き直しては消し、しばらく固まってしまう。ベンチに身体を預け、夜空を仰ぐ。街の光が強すぎて星は見えないが、冷たい空気が肌を包む感覚は少しだけ心地いい。勇気を出して、もう一度スマホの画面に向かう。
「……送信」
送ってしまった。既読がつくのか、いつつくのか、それとも既読がついても返信が来ないのか。可能性はいろいろある。けれど、動き出さなければ何も変わらないのも事実だ。
待ちわびる時間
メッセージを送った直後、咲良は息を止めたままスマホを見つめる。だが通知音は鳴らず、画面に変化はない。そりゃそうだ、今はもう夜中。相手が早朝から仕事の可能性もあれば、単純に疲れて寝ているのかもしれない。
「当たり前、だよね」
少しだけ肩透かしを食らったような気持ちになりつつも、心のどこかでは安堵している自分がいる。今すぐ返事が来ると、それはそれでどう応じればいいのか分からない。
咲良はスマホを鞄にしまい、駅へ向かって歩き出す。酔いはまだ残っているが、先ほどよりは少し頭が冴えたように感じる。妙に胸の高鳴りが止まらない。
駅へ着くと、ちょうど終電が近い時間帯。ホームには遅い帰宅を急ぐサラリーマンの姿や、飲み会帰りらしきグループの笑い声が混じっていた。電車に乗り込むと、空いた席を見つけて腰を下ろす。座席のクッションに包まれながら、今日の出来事をゆっくり振り返る。
大学の友人たちとの再会は、ほんの束の間だったが、確かに気持ちを軽くしてくれた。あの頃の自分は「卒業したらすぐ就職して、お金を貯めて、もっと大きな夢を叶えたい」なんて無邪気に語っていた。あの人もまた「海外での仕事をしてみたい」「自分の専門をもっと活かしたい」なんてことを言っていた。お互いに大人になって現実を見て、それでも乗り越えて一緒にやっていけると思っていたのに。
電車が揺れ、車内アナウンスが「次は○○駅、○○駅」と告げる。眠気が一気に襲ってくるが、何とか意識を保ち、自分の降りる駅に着くまで耐える。ホームに降り立ったときには、日中の疲れとアルコールの影響もあってふらつきそうになる。
「もう帰って寝よう。返事は……朝になれば、もしかしたら」
そんな期待を抱えたまま、咲良は自宅のマンションへ向かった。
一通のメッセージ
翌朝、咲良が目覚めたのは休日の遅めの時間だった。ゆっくりと目を開き、布団の中で伸びをする。頭にはやや残る重さ。スマホを手に取り画面をチェックすると、メッセージアプリの通知マークがついているのが見えた。
「あ……来てる」
鼓動が一気に早まる。おそるおそる画面を開くと、そこには短い返事が残されていた。
「久しぶり。俺も元気にしてるよ。咲良はどう?」
それは何の変哲もない、当たり障りのない返事だったかもしれない。でも、この数ヶ月の間、自分から送るのをためらい続けてきた相手からの返信が、こうして届いた。まだやり取りをしてくれる気がある、それだけで胸が熱くなる。
ベッドの上で身体を起こし、咲良はひとつ息をついてから、できるだけ落ち着いて文字を打つ。
「私もまあまあ元気。ちょっと忙しかったけど、最近は少し落ち着いてきたかも。○○くんは仕事、どう?」
メッセージを送ってすぐに既読がつくわけではない。相手も休日とは限らないし、どこかに出かけているかもしれない。そう自分に言い聞かせながら、ゆっくりと布団から抜け出して洗面所へ向かった。
鏡の中の自分の顔を見つめる。少しむくんではいるが、昨夜まで感じていたどこか暗い表情は和らいでいるように感じた。
少しずつ近づく距離
その日は洗濯や掃除をしながら、時々スマホを確認するという落ち着かない休日となった。昼過ぎになってからようやく相手から返信が来る。
「仕事は相変わらず忙しいけど、最近は海外案件も増えてきて、やりがいはあるよ。でも体力的にはキツいな(笑)。」
相変わらず頑張っているんだな、という印象を受けた。尊敬もあるし、どこかで無理しすぎていないか心配になる気持ちもある。
「海外案件ってすごいね。体力は本当に大事だから、あんまり無理しないでね」
そんなメッセージを返すと、また何分か後に返信が来る。少しの間だけど、まるで昔のようにやり取りが続く。ゆっくりとしたペースではあるが、一言一言が嬉しかった。
そのうち、相手が「今度時間があれば、会って話さない?」と切り出してきた。咲良の胸はドキリとする。数ヶ月も会っていなかった相手から、こうして「会おう」という言葉をもらうなんて、正直予想していなかった。
「うん、私もいろいろ話したいことあるし、もしお互い都合が合えば……」
そう返すのに、しばらく時間がかかった。文章をいくつも書いては消し、最終的には簡潔な一文にして送信。既読になるまでの数十秒が、とても長く感じられた。
「じゃあ、また予定分かったら連絡するね。お互いに無理しないようにしよう」
──この何気ないやり取りに、咲良は救われる思いがした。完全に元通りになるかはわからない。付き合っていた頃のような関係に戻れるかどうかも不透明だ。それでも、今はとにかく一歩踏み出せた。それだけで十分だと思えた。
夕暮れの決意
休日の午後はあっという間に過ぎ、気づけば外はもう暗くなりかけている。部屋の掃除を一通り終え、ソファーに腰を下ろして一息つくと、咲良は窓の外を眺めた。高層ビルが立ち並ぶ都心部ほどではないが、街灯やマンションの窓明かりがともり始め、世界が夕暮れから夜へと移ろいでいく。
「あの人」はまた忙しい日常に戻り、どこか遠くの国や都市を飛び回るのかもしれない。自分も仕事が続けば、平日はなかなか時間が作れない。だからこそ、次に会える機会は貴重になるだろう。
スマホの画面をもう一度確認する。最後のやり取りは「無理しないように」という言葉で終わっていた。数ヶ月前には想像もつかなかった、穏やかな終わり方だ。
──会ってどうするのか。何を話すのか。まだ具体的には何もわからない。
けれど、咲良はほんの少し前向きな気持ちを感じていた。人生は思い通りにいかないことの方が多いし、この先に待ち受けるものが幸せとは限らない。それでも、連絡をしないまま一人で悩んでいるよりは、ずっといい。
「前を向いて歩けそうな気がする」
そう呟いて、咲良は立ち上がる。キッチンの電気をつけて冷蔵庫を開けると、久しぶりにちゃんとした料理を作ろうという気分になった。
エピローグ:動き始めた時間
止まっていた時間が、わずかに動き出している気がする。
まだ何も決まっていない。恋人に戻るのか、ただの旧友として会うのか、それとも何も変わらないまま終わるのか。どの未来になるのかは、まだ分からない。でも、「会おう」と言葉を交わした。それだけで、昨日までとは少し違う自分になれた気がした。
黄昏の街角で感じたあの孤独が、完全に消えたわけじゃない。むしろ、新しい不安が生まれている。もし再会して、何も変わらなかったら? もし、思い描いていたものと違ったら?
……でも、それでもいい。
また仕事が始まる。朝のラッシュに紛れ、オフィスでパソコンに向かい、タスクをこなして、一日の終わりに疲れを引きずる。そんな日々が続くのだろう。気づけば数日、いや、数週間があっという間に過ぎるかもしれない。
でも、ふと夜の街を見上げたら、あの夕暮れの色がきっと思い出させてくれる。
時間は、ただ待っているだけじゃ動かない。自分で動かさなきゃいけない。
会いたくない相手には、こんなにも簡単に出くわすのに。
本当に会いたい人には、自分から動かなければ会えない。
そんなこと、ずっと分かっていたはずなのに。
ポケットのスマホを、指先でなぞる。次に「あの人」から連絡が来るのは、いつになるだろう。もしかしたら、こちらから送ってしまえばいいのかもしれない。まだ少し迷う。でも、きっと大丈夫。少しずつ、タイミングを掴めばいい。
コンロに火をつける。鍋の底がじんわりと温まるのを見つめながら、深く息をついた。スープの湯気がゆるやかに昇る。その温もりが、指先からじんわりと染み込んでいく。窓の外ではまだ街がざわめいているけれど、カーテン越しの部屋の中は静かだった。
昨日までの静けさとは違う。
未来はまだぼんやりとしている。でも、それも悪くない。
──いつか、また。
遠くない日に、もう一度、あの人と並んで夕暮れを眺められるだろうか。そんな景色を思い浮かべるだけで、心が少しだけ温まる。
時計の針が、静かに時を刻む。夜が深まる。
でも、その夜は、もう昨日とは違っていた。