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言葉の向こう側
〝ごめんねー、ちょっと来てくれる?〟
呼ばれた先には右麻痺の女性と、困り顔のスタッフが2人。テーブルの上には終わった塗り絵と色鉛筆、空のバインダー。言語障害のある彼女はバインダーの上を左手で円を描きながら何か訴えていた。
〝どうしました?…あ、新しい塗り絵ね!〟
うんうんうん、と女性は頷いた。
〝よく分かりましたねぇ!手で丸書いてるから、丸いものって何だろうって。全然分からなかった!〟
逆になんで分からないんだ?と思ってしまったけれど。私はよくこういう場面があると呼ばれる。
あの人なら分かるから、と。
ふと昔のことを思い起こした。
私の妹は10才くらいまで言葉が話せなかった。
何が原因だったのかを両親に聞いたことはない。
どんな状態であれ大事な妹であることに変わりはないから。だから聞く必要無いと思って。
言葉を話せず成長し、市内のどこかの小学校にあった〝言葉の教室〟に通っていた記憶がある。
何かを必死に訴える妹。
何を言おうとしているのか分からずにイライラする両親。
何故か妹の言いたいことが理解できる私。
〝何言ってる?通訳して〟と頼まれるのが日常だったように思う。
あれは、言葉の教室の帰りだっただろうか。車の中で妹が何かを伝えようとしていた。けど、あーあーうーうー聞こえるだけで何を言おうとしているか分からない。
伝わらずイライラし始める妹。
分からずイライラし始める両親。
私は必死に言葉を聞き取ろうとした。
何?あれ?これ?違う。じゃあ、これ?違う。
泣きそうな妹。諦め半分の両親。
言葉が出ない分妹は感情表現が大きかった。
喜怒哀楽を激しく表す。表情で声で、身振り手振りで、全身で。
ふと、私の後ろで声がした。
〝イカ食べたい〟
私の頭の声じゃない。誰か分からないし、なんじゃそりゃ?と思ったよ。けど恐る恐る妹に聞いた。
〝イカ食べたいの?〟
うん
妹は大きく頷いた。
なんじゃそりゃ?と思ったよ。車の中で全員が言葉を失った。
本当にイカが食べたかったのか、〝イカ食べたい〟の意味を理解していたのか、何だったのか分からないけど。自分を理解してくれる存在。妹にとって私はそんな存在になっていったようだ。
小学校の終わりごろから少しずつ話せるようにはなったけど、同学年のみんなに追い付けない部分は沢山あったため特別学級と普通のクラスを行き来していた。
当然、理解されないことも、イジメもあった。
学芸会でステージに上がりセリフを言う妹。だけどハッキリと言葉が出ず、笑われる。
私の隣にいた男子が
〝何言ってるかわかんねーぞー!〟と言った。
私は彼を睨み付け〝今何つった?!もういっぺん言ってみろ!!〟と怒鳴る。ぶん殴ってやろうかと思った。
私が睨み続けた為か、彼は何も言わず大人しくステージを見ていた。
死にたい死にたい、と泣いている妹を抱き締めながら眠る日もあった。
守らなきゃいけない。
私は常に妹を守ろうとしていた、けれどその反面、
一生妹のそばにいたらこの子は1人で生きていけなくなるとも感じていた。
高校卒業後、私が地元を離れようと思った理由の
1つに妹のことがあった。昔からお姉ちゃんお姉ちゃん、と休み時間のたびに私の所へ来ていた妹。私がいなくなったらどうなるだろう。心配はもちろんあったけど、私の決意は固かった。
私が予想していた以上に、妹の人生は荒れた。
離れた私は表面的な情報しか知らないし、相談に乗ることはあっても何ができる訳でもなかった。
妹はもちろん、両親も弟も壮絶な経験をしていた。
10年くらい前になる。妹の誕生日だった。
〝昔は生きててもしゃーないって思ってたけど、皆に祝ってもらえてマジ幸せ。生きてて良かった〟
そんなことを言っていた。
その頃だったかな。
あぁ、私はもう妹を守る必要はないんだ。そう思ったのは。
私なんかよりもずっとずっと大変な経験を乗り越えて生きてきた。
私なんかよりずっとずっと強く生きてきたんだ。
弱い存在、守らなきゃいけない存在なんかじゃない。
どんなに私から見て、大変そうに見えても辛そうに見えても、妹は妹の人生を幸せに生きてるんだ。
必要な経験をしてる、何か感じてる、考えてる。
妹の人生の邪魔をしちゃいけない。
私に出来ることは、〝この子はこの子の人生をちゃんと幸せに生きていける〟そう信じて見守ることだけ。私が妹に対する姿勢を変えなきゃいけない。
なんだか分からないけどそんな気持ちが浮かんできた。私の姉としての役割が終わったのだろう。
言葉ってなんだろね。
時々不思議に思う。
言葉のおかげで簡単にコミュニケーションがとれる。けど、言葉がなくても伝え合うことはできる。
言葉は入れ物ってどこかで聞いたことあるけど。
言葉そのものよりも、その中に入ってる想いや気持ちの方が伝わるってやつ。それは本当にその通りだと思う。だけど、相手の思ってることを勝手に推測して暴走するようなことは違うと思うし、分かったつもりにはなりたくない。
言葉も、その向こう側にある何かも、
大事にして生きていきたいなって思う。