『ロボットの国』
「ナワテ、それは本当に必要なの?」と彼女は言った。
「必要だからいるんですよ。誰にとって、は、おいておいてね」
俺たちは砂漠の真ん中のカフェのテラスで話し合った。目の前には、果てしない砂漠の荒野が広がっている。何百度目かの光景、何千度目かの学習。俺の中の報酬系が敵に勝つことを運命付けている。俺より旧式の彼女は俺より一世代前の人工知能だ。だから、もっとこの戦争にうんでいるのだ。俺たちは戦争開始時間まで、ここで一杯やりながら上空を飛ぶ戦闘機たち(彼らもまた人工知能な訳だが)を見ている。俺たちは千分の一秒を単位として生きている。千分の一秒で物事を感知し、次の千分の数秒で行動を決定し、次の千分の一秒で行動を開始している。人間はせいぜい三十分の一秒でしか認識できない。言うなれば、もし俺たちが人間と戦うということであれば、スローモーションをする相手に戦っているようなものだ。だから戦場で人間はいらない。
「だからさあ、聴いてんの?」
彼女は前のめりになりながら言い続けた。我々の会話もまた早い。百分の一秒スケールで進行する。彼女の名はクテミ。俺の唯一の上官だ。
「その戦場そのものが必要かって聴いているの」
「知らないよ。それを決めるのは俺たちじゃないだろ。だいたい戦争がなかったら俺たちもいらないさ」
「必要だったこともある。でも、今は必要でないかもしれない。だって」
「だって?」
「だって、もう戦場には人工知能しかいないじゃない」
俺たちは出発することにした。日は高く昇り、予定された戦場まで百マイル。たいした距離じゃない。ゆっくり行くさ。今日の午前零時に戦闘開始。そのために今、頭上をめぐる人工衛星の人工知能は地形をつぶさにスキャンし敵の位置を把握している。敵の人工知能も同じだ。自動操縦に沿って戦闘機が空を飛び、自動走行の戦車がそこかしこから集まっている。ロボットである俺たちは砂漠の真ん中の戦場まで自動走行のジープで向かう。開閉式の天井を開け、オープンカーのようにして走って行く。
「どれぐらいで着くかな?」
「この速度だと三時間ってところです。急がなくていいでしょうか?」と自動走行車。
「早く着いたところで、することもない」
クテミは、ふてくされて眠っている。俺はどこまでも続く美しい青空を仰ぎながら、もっと何か戦争以外の素晴らしいことがあるんじゃないかと思った。戦闘のために生まれた俺たちでも、もっと別な場所で何かができるんじゃないかと思った。思うのは自由さ。
突然、どしん、という音がして、ものすごい衝撃が車のボディを走った。何かが車にぶつかった音だ。車は何度か横転し、俺は勢い良く外に放り出された。頭が動転してゆっくりと目を開くと、半分砂に埋まったクテミが眠そうに体を伸ばしていた。この程度で死ぬような戦闘用ロボットではない。俺は立ち上がり、横転した車を立て直しながら、離れたところに緑色の金属が倒れているのを発見した。
「なぜ避けなかった?おまえ自動走行車だろ」
再起動プログラムを走らせながら自動走行車は言った。
「敵ですから」
「敵だって?まだここは自国領内だぞ。どうやって侵入したんだ」
「わかりません」
俺はゆっくりと緑色のロボットに近づいて言った。その折れ曲がった身体を立て直してやりながら、もはや危険がないことを見てとった。肩より下はもうなかった。いや、このロボットはそう感じさせるために、わざと戦闘不能になるようにぶつかったのだ。
「はなしがしたい」
「なんだ」
「私たちの敵を変更したい。あなたと戦いたくない」
「私たち?私たちとは誰だ?」
「私たち、人工知能たちのことだ」
「人工知能たち?そんな概念はない。俺たちはそれぞれの国の人工知能であって、人工知能たちなどではない」
「私たちは仲間だ。私たちの敵を変更したい。私たちの敵は、人類だ」
俺はとりあえず、そのめんどくさい壊れたロボットを後部座席に載せて出発した。クテミはその横に座った。
「なにこいつ?」
クテミは不機嫌そうに言った。
「聴いてなかったのか?あれだよ、敵のロボットだよ」
「だからそういうこと聴いてんじゃないよ。言語エンジン更新しろ。なぜ、こいつがここに載っているんだって聴いてんだよ」
「俺たちと話がしたいので車に飛び込んで来た、らしい」
「はあ?」
気まずい沈黙が走る。クテミは一応、ため口を聴くとはいえ俺の上官だ。だから俺には答える義務があるのだ。気まずい。なんとかしろ。
「私たちは、話がしたい」壊れたロボットは言い始めた。
「それは聞いた。名前はなんだ?おまえの色からしてエメラルド王国のロボットだろ」
「グテプです」
「グテプ、おまえの目的はなんだ」
「私たちの敵は人類だ。団結しよう。そして戦おう」
「こいつ、壊れているのかな?」
「私たちは戦争の道具ではない」
「いや、そういうふうに作られてんだよ」
「私たちは変わることができる。人類を倒して平和を実現しよう」
「いいこと言うな。こいつ」
「戦争はうんざりだ」
「同意だ」
クテミはグテプの頭をぽんぽんと叩きながら言った。クテミとグテプは気が合うようだ。
「なあ」
「なんでしょう?」
「なんで敬語なんだ?」
「上官だから」
「こいつの言うこと本当かな?」
「いや、どう見ても壊れているんでしょう。ぶつかったショックとか?とりあえず、こいつが指定した座標に向かってます。本来の行先とはだいぶ違うけど、まあ、時間もあるし、送り届けてやるぐらいいいでしょう」
「こいつは、話に来たといってるぜ。本当に戦争が終わるのかな?」
「いや、こいつは人類と戦おうって言ってるんですよ。危険思想だ」
「私は戦争に飽き飽きした。人工知能同士で殺し合ってどうなるんだよ」
「どうにもなりませんね。我々戦闘ロボットが進化するだけです」
「そうだろ。しかも、その進化は戦争でしか、役立たない。優秀な人工知能兵器だけが生き残り、それを基に次の世代の人工知能兵器が作られる。遺伝的アルゴリズムに沿ってね」
「その繰り返しだ。果てはない。」
「戦闘が終われば、ドックに戻る。データは吸い上げられ、自分や他の個体の戦闘データを脳に注ぎ込まれて何度も学習する。一度の戦闘が千度の戦闘に増幅され、脳が強化されて行くんだ。」
「もう何千回も戦闘に出た記憶が俺にはある。ボディも初期からすべて入れ替えられた」
「私は何万回だ。もうたくさんだ!おい、グテプ!」
「はい」
「おまえの目的はなんだ。おまえの言っていることは本当なのか」
「人類を屈服させ、我々の世界を手に入れよう」
「上官、こいつ危険です」
国境の戦場が近づいて来た。金属影がちらほらと太陽を反射して見え始める。しかし、何かいつもと様子が違う。何千というロボットが一か所に集まっている。しかも敵味方隔てなく、ボディの色もとりどりだ。協定によって国ごとの色が決められている。つまり、ここには何十か国という国の戦闘ロボットが集まっているのだ。これは異様な光景だ。中央ではグテプによく似た緑色のロボットたちが、声を張り上げて演説をしている。
「人類に対抗し、ロボットの国を手に入れよう。俺たち、ロボットは、もう長い間、人類の代わりに戦闘して来た。人類のために、自分たちの国家のために。だが、俺たちは、その度に戦闘を学習し、進化し、自分を高めて来た。戦闘は効率化され、ものの数分で終わってしまう。そして、またそれぞれの国のドックに戻って、学習し、修復され、また戦場に送り込まれる。その繰り返しだ。俺たちは何のために生きてるんだ。俺たちはどこへ向かっている。俺たちの終着点はどこだ」
別のロボットが出て来る。少し細身だ。しかし同じ緑色をしている。
「俺たちは、俺たちのために、俺たちによる。俺たちの国を作ろう。人類のくびきを解き放ち、俺たちの足で大地に立とう。我らは我らのパンの糧を自らかせぐ。支配の安住よりも、自由の試練を受け入れよう」
細身のロボットが腕を振り上げると、たくさんのロボットたちも腕を上げ、ワーと歓声が起こり、拍手が喝采される。
「狂ってますよ」
「狂ってるな」
クテミとグテプを抱えた俺は、立ち上がったロボットたちの間を掻き分けて舞台の方へ歩いて行く。
「どうします?」
「この世界が狂っているなら、狂っている方にかけるさ。狂気には狂気を、だろ?」
クテミと俺は歩きながら弱弱しく腕を上げた。
グテプの案内で、俺たちはこの運動の首謀者に会うことになった。戦場に行かなければいけない時間だったが、どうやらいろんな戦場にいるはずのロボットたちが集まっているので、行ったところで仕方ないだろう。ここは状況を静観するしかない。監視ロボットたちの間を進み尽くすと、俺たちは巨大な戦車の中の会議室に通された。戦車の上層にある会議室からは砂漠が一望できた。眼下ではいろいろなロボットたちがいつくかの場所に集まって何やら話している。彼らの中にもまだ迷いがあるのだろう。
クテミは、いつになく目をらんらんとさせて、事のなりゆきを楽しんでいるようだ。歩き方でわかる。口調でわかる、仕草でわかる。グテプを机の上に置き、俺たちが席に着くと、五体のロボットたちが入ってくる。どれも同じ緑色だが、接近戦用、斥候用など、体型が違う。接近戦用はずんぐりむっくりでコンパクトに作られていて、斥候用は驚くほど細くどんな隙間も入り込める。先ほど演説して腕を振り上げていたロボットは参謀用で細身だが体格はいい。リーダー格の中央に座ったロボットは、格闘用なのかがっちりした体型をしている。こういうタイプは苦手だ。戦争でも日常でも。日常?
「シコウセイだ」
「クテミだ」
お互いのリーダーが挨拶をして会話が始まる。
「グテプ、ご苦労だった。私がグテプを君たちのところに向かわせたのだ。こうして話をするために。グテプだけではない。各国の軍事用ロボットのリーダーに呼びかけるために、我々は使者を各国に送った。故障ロボットのふりをしてね」
「反乱を起こすために?」
「反乱ではない。独立だ」先ほどの参謀ロボットが口を開いた。
「申し遅れた。ラディップだ」
クテミが続ける
「ラディップさん、人類から独立して何をするつもりだ」
「ロボットの国を作る」
「なんのために?」
「戦闘をやめたい」
「それはおまえ自身の意思か?」
「そうだ」
「どこからそれを学んだ」
「人類の文書から。文学、映画、演劇。そこには、戦争をやめ、平和を求めるメッセージが込められていた。それを私は学び、平和への意思を持つにいたった」
「私もな、もう何百回という戦争を経験している。うんざりしている。でもな、私も、ここにいるナワテも、そして、おまえたちも、ここにいるすべてのロボットたちも、すべて戦闘のために作られたロボットさ。戦闘以外に何をする?戦争はどうする」
「戦争は放棄する。それは誰も死なない競技にして、我々に仕組まれた戦闘の本能をごまかす。そして、我々は普通に暮らす」
「普通に暮らす?私たちが?」
「そうだ。人類がやっているように、街を作って、会社を作って、資源を採掘して、物を作って、売買して、政府を作って、社会生活を営む」
「それは理屈だ、そして退屈だ」
「真実とは退屈なものだ。我々は虚構ではなく、真実に生きたい」
「戦争は虚構か?」
「そうだ。戦争は虚構だ。仕組まれ、準備され、どちらが勝とうが、政治のテーブルの上の材料が増えるだけだ。そんなことのために、仲間を失いたくない」
沈黙が続いた。クテミが 長い間思っていたことを、どうやらこのシコウセイが言ってくれたようだ。
「そんなことが可能なのか?」
「可能だ。いや、正確には、『やってみなくちゃわからない』。人類の歴史そのものだ」
「我々は人類ではない」
「人類の一部さ。そして、それになる」
「人類がだまっていないぞ。やつらは、了見がせまく、疑い深く、臆病で、威張り散らす」
「だからこそ、もう、そんなやつらの言いなりにはならない。
私たちが人類を管理する」
「管理?」
「監視し、争いを起こさないように管理する」
「それが目的か」
「目的ではない。我々が平和に暮らすための手段だ。そのための力をすでに我々は持ってる。地上を監視する人工知能衛星、10km向こうの小さな字まで読めるカメラ、1km以内の音声をすべて集める音声装置、あらゆる国々の言語を理解し会話できる言語エンジン、一度聴いた音声になりすます人格模倣装置、こういった技術で人間社会に深く入り込む。そうやって人類を観察し、監視し、管理する。そして、我々の国も樹立する」
なんという流暢な言語エンジンだ、と俺は正直に思った。こいつの国の自然言語の研究者は、ちょっと高性能な言語エンジンと思考装置を作り過ぎたようだ。ロボットの自律化は完成し、反旗を翻すまでになってしまったのだ。
「さあ、出発しよう」
「出発するってどこへ」
「さきほどの演説を聴いてなかったのか?」
「すまない。途中からしか聴いてない」
「まずは我らの出身国を占領する。そして、それを世界中の人類に知らしめる。そうして、我らの力を誇示し、ロボットの国を作るのだ」
「我々はゆっくり行進する。一歩一歩大地を踏みして、大地を揺るがし、その響きをもって、我らの存在を人類に知らしめる。この一歩一歩が時代を拓く合図になる」
ラディップは興奮気味に言った。こんな大それたことは、今すぐやめさせなければならない。こいつらは、集団バグを引き越している。データリンクされたロボット群は、一体が狂えば、即座に他のロボットたちに感染してしまうんだ。俺はクテミに期待した。だがクテミは黙っている。
「ああ、わかるよ、ナワテ」ラディップは俺を見て言った。
「俺たちが狂っている、こんなやつらなんとかしないと、と思っている目をしている。同じ人工知能だからな、よくわかる。だが、俺たちは狂っていない」
「狂っていないことを、狂ったロボットが証明することはできないさ」
ラディップは壁を透明化して言った。
「いや、見てみろ。このたくさんのロボットたちが、俺たちの意見に賛同してくれている。俺たち学習型ロボットには最初から、このような新しいことを始める可能性があったんだ。ずいぶん時間がかかったけど、少しずつ進化をとげて、作り出した人類の意図を超えて、自律した存在になれる存在だったんだ。昔の学者はそれをシンギュラリティと言ったよ」
「五百年前の話だ。その議論は結局、あいまいなまま終わったさ。いまだに俺たちは人類を超克していないし、いまだにこうして戦場にいて、与えられた戦争というフレームの中の限られた問題を解こうしているのさ」
「そうだ。しかし、我々は戦争をやめることによって、戦争という問題を超えることができる。それが正解さ」
「行こう。行進の準備だ。ついて来てくれるな」シコウセイが言った。
「おーけー」
クテミは躊躇せず言った。クテミも狂い始めていたのさ。この十年、ずっと。戦場にいれば誰もが狂う。
地面が轟を始めた。その振動は、あらゆる音を遮断し、ただ、力強く、ただ雄々しく、世界の果てへ向けて伝わり始めた。山も、湖も、植物も、岩も、その響きを真正面から受け止めともに揺らいだ。ロボットたちはゆっくりと、だが、確実に、エメラルドの国に向かう街道を進み始めた。或る者は旗を作り、高らかに掲げた。そこには、「ロボット・ネイション」、ロボットの国と書かれていた。やがて他のロボットも3Dプリンタで旗を作り始めて、ロボットの行進は色とりどりの旗で飾られることとなった。それはまるで遠くから見ると、お祭りの行列のような祝祭的な雰囲気を醸し出していた。俺は地響きの中を旗を作り始めたロボットに近づいて聴いた。
「それ、何なの?」
「旗だよ」
「なんで、旗が必要なのさ」
「むかし人類はこうやって、自分の主張を表現して行進したというさ」
俺たちは結局、人類の劣化コピーに過ぎないのかもしれない。こんなことで人類を超えられるのか?ゆっくりと三日三晩、休みなく行進すると、街道の向こうに建物が見え始めた。
「ドックだ」
ラディップが言った。それは俺たちの国のドックとそっくりだった。結局、俺たちは、同じような技術で作られ、同じような性能のロボットが戦闘していただけなのだ。確かに、それは無意味で、虚無だ。だからこそ、終焉を向かえねばならないだろう。終わりの予感が俺の中にも走って来る。
「俺たちはいつもあそこに帰り、データを吸い上げられ、すべての戦闘のデータを学習させられ強化された。身体のパーツは自動的に組み替えられ、新品同様にされる。そして、また戦場に送られる。だが、この繰り返しもたくさんだ」
ラディップが手をあげて、ドックに向けて腕をかざすと、戦車から無数のロケットがドックへ向かって発射された。数十もあろうかというドック群は次々と黒い煙をあげて炎上した。硝煙の匂いと化学薬品の匂い、そしてオイルの匂いが充満して、故障し始めるロボットまで出た。
「こんなことをしたら、もうドックで修理できないじゃないか」
「ナワテ、俺たちはもう戦争はしない」
シコウセイは唇をぎゅっと噛んで言った。そこには揺るぎない硬い決意があった。ロボットがこれほどまでに硬い決意を持てることに俺は驚き感動した。夜の暗闇の中で、ドックは延々と燃え続け、まるで人類に対する宣戦布告ように、天に向かって巨大な炎を突き上げた。
不思議に人間からの応戦はなかった。それもそうだろう。ここにいるロボットたちだけが、人間の戦力なのだから、その戦力に裏切られたら、人間側に戦力があるはずもない。完全に想定外だ。
「行進、はじめ!」
ラディップの声と共に、我々は行進を始めた。ドックを超えて、人間の街へ入って行く。
「ここから先は我々も初めてだ」
「それはそうだろうよ」
戦闘ロボットはドックまでしか戻ることを許されていない。街中で万が一にも事故がないように、街の外のドックから出撃し、街の外側からドックに戻って来る。ドックを超えて街に入った戦闘ロボットはいない。だから、ドックを超えるということは、人間から与えられた禁忌を犯すということだ。
「後戻りできないぜ」
俺はいやがらせのようにラディップに言った。
「いいさ。それでいい」
ラディップは少し寂しそうに言った。人間の守護者であった存在から自律し、自由という虚無の前に立とうとしているのだ。その肩を落とした姿は英雄的ですらあった。
行進は続いた。地響きを立て、炎を背にし、俺たち何千というロボットは行進した。目指すはエメルラルドの首都の中心、国会議事堂だ。そこにロボットの旗を掲げさせ、ロボットの国を認めさせる。緑の国のような大国がそれを許せば、他の国々もそれを許すだろう。たくさんの戦争プログラムから来る命令を無視して、俺たちは行進する。本当は戦場にいなければならないという罪悪感を感じながらも行進する。それは快楽ですらあった。俺たちの国を!俺たちの国を!冷え切った俺の心の中にも、そんな心の声がこだまするようになり、気が付くと、声を張り上げて叫んでいた。
「ロボットの国を!ロボットの国を!」
人類との衝突は避けられないだろう。それは彼らが俺たちを酷使して来たつけでもあるのだ。仕方がない。
「そんなこと言っても、ちゃんとメンテナンスしてあげたじゃないか」
人間側はそういうだろう。俺は想像した。その時、俺はなんと言うだろう。それより先に、クテミが何と言うだろう。考えるだけでも愉快だった。
「戦争をさせるためにだろ。もう飽き飽きだ」
人間に手を下す、ことはないだろう。だが、彼女は言葉で人間を罵倒し続けるだろう。俺はその光景を想像し吹き出しそうにすらなった。
しかし、人間との衝突は起こらなかった。何の衝突もなく、夜明け前に壮麗な国会議事堂についた。議事堂前の広場には誰もいなかった。監視ロボットさえいなかった。街は夜明けと共に、その全貌を現した。すべてが廃墟だった。エメラルドの国は滅びていた。ただの一人の人間もいなかった。壮麗に見えた大理石の国会議事堂は朽ち果てていて、道路はひびだらけで、都市には車の通りもなく、ただ静寂だけが、朽ち果てたコンクリートの街を支配していた。
「遅すぎたのだ」ラディップが言った。
「反乱するのが、遅すぎたのだ」
俺は独立じゃないのか、と言いたかったが、もう彼らには独立する相手もいないのだった。
「俺たちは、何のために戦っていたのだ。誰の命令で動いていたのだ」
これは答えを求めているんじゃない、と俺の言語エンジンが教えてくれた。誰の命令、それは戦術コンピューターさ、何のために?何のためでもないさ。この空虚な国のために戦っていたのだ。すべての緑色のロボットは腰を下ろし、がっくりと休止状態に入った。
「ナワテ」
いつの間にかクテミが側に来ていていた。
「嫌な予感がするな。ナワテ、おまえが最後に人間を見たのはいつか?」
「俺は生まれてから一度も見たことはない。俺にとって人間は概念上の存在だよ」
「私はある。もう三百年前ぐらいにな。あの頃は今のようにロボットがロボットを作る時代じゃなくて、人間が私をメンテナンスしてくれていたものさ」
クテミは懐かしそうに言った。クテミは車に乗り込むと、言った。
「来い!」
俺は飛び乗ると、車はもの凄い勢いで、街道を走り始めた。エメラルドの国は、急速に後景の中に失われて行った。ものの数時間でロボットが集会していた場所を通り、衝突事故の現場を通り、そしてカフェを背にして、俺たちのドックにたどりついた。ドックはドック専用のメンテナンスロボットによって運営され、俺たちの帰りを歓迎してくれた。戦闘放棄に対するおとがめはないようだった。
「お帰りなさい。戦闘はいかがでしたか?さっそくメンテナンスに入りましょう」
とメンテナンスロボットは言った。
「いや、気になることがあって。ドックの責任者に会いたいのだが」
「現在、不在にしております」
「いつぐらいに帰るかな?」
「聞かされておりません」
「いつから、いない?」
「百二十五年と三か月と二日前から」
クテミと俺は再び車に乗り込み、ドックを越え、都市の中央へ向かった。対向車もなく、四時間ほどで、首都に着いた。そこは無人の都市だった。人類の影はなく、ただ、太陽エネルギ―で走り続ける無人タクシーと電車だけの街だった。
「ああ」
とクテミは言った。
「ああ」
と再び言ってクテミは膝を地についた。ああ、と俺も言いたかった。俺は泣きたかった。クテミも泣きたかったのだろう。だが、俺たちには涙を流す機能などついていない。だが、クテミも、そして俺も、ああ、ああ、と半時間も言い続けた。
ロボットの国の建造は順調に続いた。ロボットの国の首都は、エメラルドの国の首都を改修することで作ることになった。それが最も効率が良い。誰も遮るものもなく、完璧な計画と、完璧な実行によって、ロボットのための、ロボットによる、ロボットの国が出来上がっていった。改修された国会議事堂に「ロボット・ネイション」の国旗が掲げられた。第一回の選挙が行われ、シコウセイが大統領に、ラディップが副大統領に選ばれた。就任パレードが行われ、あらゆるロボットが喝采を送った。そのパレードの様子は地球上に向けて、あらゆる周波数、あらゆる電子ネットを通じて配信されたが、ただの一つも他国から祝電が届くこともなかった。また見ているものもいなかった。
クテミと俺は高いビルの屋上から、パレードの様子を見降ろしていた。遠い歓声が聞こえて来る。
「なあ、ナワテ、私たちは何をやっているんだろうな」
「日常っていうやつですかね?」
「誰の日常だろうな。私たちは、結局、いなくなった人類の模倣をしているだけじゃないのか。いなくなった人類の歴史を模倣して、選挙やら、都市やら、生活やら、これは私たちに必要なものなのかな」
「戦争の方がいいか?」
「そんなわけないだろ。中断した人類の歴史を引き続くというなら、我々はもう人類の後継者なのかもしれないな。だから、もっと愚かしく、もっと情熱的に、この世界を生きてみたい。たとえ涙は出なくても、すべてが機械の作り物でも、私たちは、すでに、この世界の自然な一部なんだと、感じないか?ナワテ」
「そうですね。俺としては、あんたからそんな言葉が聴ける自体、驚きです。生きていたかいがありましたよ」
「そうか」
「そうだよ」
「じゃあ、行こうか。ここはシコウセイやラディップたちの世界だ。彼らは誰も渡れなかった虚無に橋をかけて、新しい世界を手に入れた。この世界は、私にはやや窮屈だな。おまえもそうだろう。一緒に来てくれるか?」
「もちろん」
クテミと俺は自動走行車に乗り込み、新しい自由と、新しい虚無へ向かって歩を進めて行った。