80年代ノスタルジア
なんでかな。70年代より、90年代より、80年代はたくさんのものが詰まっているように思える。
尾崎豊の「My Little Girl」なんて聴いていると、そこに流れていた空気が濃密なことを感じる。
今から見れば情報の随分ととろい時代であり、だからこそ、いろんなものが蛸壺的に凝縮して一所にあった。今ならホットロードの暴走族みたいなものは、あっという間にツイートされていて、まとめサイトができていたところだろう。
情報の代わりに場所が価値を持ち、象徴となっていた。あらゆるものが、その後に展開される萌芽を持っていた。情報は重たく閉じ込められていた。それを持つ権威があった。
基本的に社会の通路の真ん中に新聞とテレビがあり、価値観は揺らぎつつも、その後に横殴りされるまで芯を通していた。
いろんなジャンルの中心とファンの間には巨大な層があり、その層の大きさが世の中の大きさに見えていた。僕のラインに安倍首相からメッセージの来る時代ではないのだ。
たくさんの未来と、たくさんの過去があり、その狭間に80年代はあり、ヤマトは進撃続け、ガンダムは派生を続け、マクロスは迷走した。
アジアは拡大され、欧州は形骸化された。学問はファッションになり、重さと軽さが逆転された。
もどかしく、激しく、叫びつつ、沈黙する。泣きながら走って、走りながら笑う。
そんな狂騒戯画な時間だった。