「迷宮」を探す旅
旅に出ると、「迷宮」を探す癖がある。
それはたとえば、路地が複雑に入り組んだ古い町並みであったり、内部が迷路になっている忍者屋敷のような建物であったり、ときにはそういった生身で入って行けるものですらなく、彫刻や壁画に描かれた架空の世界であったりする。とにかく現実であれ空想であれ、その場所で意識をさまよわせ、異空間のエキゾチズムに浸るのが好きだ。
なので、ベトナムでホンノンボと呼ばれる盆栽に出会ったときは興奮した。
ホンノンボは、ベトナムの伝統的な盆栽である。水を張った鉢に岩を置き、それを島に見立てて植物やミニチュアを配して、ひとつの景色を作る。
ミニチュアは主に、楼閣や釣り人、囲碁に興じる老人などで、ときには孫悟空なども登場する。いずれにしても植物が主体ではなく、桃源世界を写すことが目的なので、箱庭と呼ぶほうがふさわしいかもしれない。
私はそれを、ハノイのホテルで見つけた。テラスに出たら、そこにさりげなく置いてあったのだ。ミニチュアが載った岩は、遊び心に溢れ、それだけにはじめは従業員が適当に作ったオブジェかと思った。しかし、以来あちこちで見かけたため、不思議に思って調べてみれば、伝統的な盆栽だったわけである。
ホンノンボは私にとって紛れもない「迷宮」であった。
自分が小さくなったつもりで、その世界の中を散策する。するとまるで山水画に紛れ込んだかのような心地がして、穏やかな気分になれた。
「迷宮」はつまり、現実逃避のための道具なのである。旅に出ているのに、なぜさらなる現実逃避が必要なのか、という私の個人的問題はさておき、どんな文化にも何らかの現実逃避の道具が用意されていると私は考える。それは一般には宗教の役割なのかもしれないけれど、宗教とまではいかなくても、もっと卑近な「迷宮」が、人の心を日常的に癒しているのではないかと仮定するとき、遊園地から、リカちゃんハウスに至るまで、世界中に「迷宮」が溢れている現実には深く頷ける。
ホンノンボのような、いまだ知られざる伝統的「迷宮」が、世界にはもっとあるのではないか。
そう思うと、「迷宮」を探す癖は、これからも治ることはなさそうである。
月刊みんぱく 2015.5月号
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