上海旅行記2
某月某日。
上海空港に到着したのは、すでに夜の20時を過ぎた頃だった。
だが、リニアモーターカーは、やっていた。
リニアモーターカー!
二十年前には考えられなかった代物である。そんな凄いものが、国際空港と市内を結んでいる。凄いとは思うが、速すぎて乗車時間は、たったの8分。意味あんのか。
たとえ30分かかっても普通の特急列車で十分ではないかと思うが、旅行者にとっては、これもひとつのアトラクションと思えば楽しめる。
空港の到着ロビーには、リニアモーターカーやってます、みたいなプラカードを持って、水色のワンピースに、ピコットさん(意味は不明)みたいな帽子を被った女性が立っていた。例によってただ立ってるだけで、無愛想なことこのうえなかったが、中国本土では愛想を期待してはいけないので、「乗り場はどっちですか」「あっちに決まってるでしょ、そんなこともわからないの、クズ!」みたいな(口調からのイメージ)サンドペーパーで削ったような会話を交わして、私は閑散とした駐車場の渡り廊下みたいなところを、リニアの駅目指して歩いていった。
異国に降り立って、市内へ向かうのは、絶対に夜がいい。
A国からB国へ移動するときはともかく、日本を出て最初に訪れる国では、夜に着くことが重要だ。
夜はどうしたって人間、内省的になる。不安と孤独が増幅され、今自分はここにいる、ということをより鮮烈に感じる。というより、もう自分がここにいる自分に全身塗り込められている、といったほうが近いか。世界がむき出しの自分にひたひたと押し迫ってくる。
そうやって少々腰が引けながら眺める異国の風景の、なんとエキゾチックなことよ。そしてそれによって、不安と孤独と表裏一体となった旅の高揚感も増幅していく。
この状態、
〈ここにいるハイ〉
とでも呼ぼうか。
〈ここにいるハイ〉のときは、見るもの聞くものすべてがビビッドで、たとえば私が乗ったリニアモーターカーの、前の座席の背もたれの、温泉手ぬぐい並みに地味な青いシートカバーにも、意味もなく味わいを感じてしまったりする。なんかしらんが、写真まで撮ってしまった。問答無用。〈ここにいるハイ〉のなせる技といえよう。
さて、リニアモーターカーに乗り込んでしばらくすると、それは唐突に発進した。
のはいいが、座席が反対向きであった。
後ろ向きの私はぐんぐん加速して、みるみるうちに新幹線の速度を越え、後頭部を先頭に上海へ向かって疾走。と思ったらみるみるうちに減速して、市内駅に到着した。
早すぎ。
高層ビルのエレベーターのほうが、よっぽど時間がかかるのではないか。こんなところでいちびってないで、北京=上海とか、そういう路線でリニア使ったらどうかと思う。
つづく