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10年前の読書日記17
2014年3月の記
今月は記念すべき月だ。
なぜかというと、ついに1年間続けた町内会役員が終わる月なのである。
いやあ、長かった。書記ということで議事録をいっぱい書いたのに、書いても書いても原稿料はもらえない。徒労感は半端じゃなかった。
任期が明けてしばらくは安泰の日々となるはずだが、また十年ぐらいしたら順番が回ってくる予定だから、そうなる前にロト7を当ててモナコに引っ越したい。
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今月は意表を突く仕事の依頼があった。
NHKの『視点・論点』に出よというのだ。
とくに視聴したことはないけど、微かに見た記憶があり、たしかその筋の有識者や論客が、ひとりで延々何か喋っていた。
なぜ私にそんな政見放送みたいな仕事依頼が?
それにこう言っては申し訳ないけども、あれはもっと年配方面の方が出る番組ではなかったか。なにしろ放送は早朝4時台である。見ているほうだって年配方面の方々であろう。
自分はもうこういう番組に呼ばれるほど熟したのであろうか。いまだ花も咲いていないのに、早くも熟してしまったか。
……いや、もちろん仕事であるから、来るものは拒まずの精神で何でもやらせてもらいますけれども、この場合、何よりの問題は、そんな朝早くから世に訴えなければならない視点や論点が、この私にあるかということだ。
私が世に問いたいことと言えば、飛行機を廃止してジェットコースターで世界を繋いで欲しいとか、夏休みが3ヶ月欲しいとか、フリーランスにも大型連休が必要だとか、昼寝義務化とか、あとは、三菱地所を見に行こうのCMが何か腹立つとか、そんなことしか思い浮かばない。そんな話でいいのか。いいわけない。
と思ったら、話題については担当者から指定があり、今年は四国遍路開創1200年の記念の年ということで、お遍路について何か語れ、とのことであった。
なるほど。
だが、私などただ一度お遍路をしただけで、とりたてて研究者というわけでも、お遍路の達人というわけでもないのだ。お遍路には結願300回とか500回とかいう常人とは思えない先達が大勢いるので、私なんぞが偉そうに語るのはおこがましい。
でもまあ、頼まれたのだ。やるしかない。それで、四国遍路の魅力とか私の体験とか、そんなことを台本に書こうとして、ふと気づいたのである。
収録日は3月31日だという。で、翌日にはもう放映されるらしい。
ということは、だ。
放映日は、エイプリルフールではないか。
…………。
これは、そのう、考えすぎかもしれないけれど、ひょっとしてNHKは、私に、期待しているのではあるまいな?
いやいや、それはやはり考えすぎだろう。
依頼の電話もいたって真面目な感じだった。むこうは放映日が4月1日であることなど、何とも思っていないに違いない。
しかし、NHKはよくても、視聴者はどうなのか。エイプリルフールの朝4時半、ほとんど1日の始まり、幕開けといっていいテレビ放送で、普通にしゃべってどうする、という視聴者の落胆が目に浮かぶではないか。
んんん、違うか。朝から『視点・論点』を見ようという真面目な視聴者だ。ふざけた話は聞きたがらない気がする。
結局やっぱり、エイプリルフールとは関係ない依頼なのだ。
ってことで話は済んだものの、気づいてしまった私の側は、そういうことで納得してしまっていいか、という問題がある。
『視点・論点』は毎週月~金で放映されており、ということは年間300人近くが出演するはずだ。その300人のうちエイプリルフールに放映されるのは、ただひとり。つまり、300分の1のくじに私が当たったということなのである。
NHKでも視聴者でもなく、ほかならぬ私自身が、いや違う、言うなればこれは神が、人生で二度とない貴重なチャンスを私にお与えになったと考えるべきではないか。この機会を生かすも殺すもお前次第だ、神はそうおっしゃっているのではないか。
ここで一発かまさないようでは芸人失格……って芸人じゃないけれども、今このビッグチャンスをつかまないで、いつつかむのか。
「今年は四国遍路が始まって1200年の節目の年にあたり、時代がひと巡りしたとして、四国の各寺では、弘法大師復活に向け、『お帰りなさい、空海さん』と書かれた横断幕を掲げるなど、着々と準備が整えられています。ん? んんっ、んんんんんごぉ……おおおおお……おはようございます。弘法大師です」
っていうのをさっそく思いついたがどうだろうか。ウソというよりコントになってるか。
ならもう少しソフトに、
「東京オリンピック招致に向けて、四国八十八ヶ所が、東海道五十三次と合体され、一四一ヶ所に増えることが決まりました」
みたいな軽いやつはどうだろう。
「今年お遍路しますと、1200マイル貯まります」とか。
中途半端でかえってスベるだろうか。
などなど、あれこれ考えていて、私は、肝心なことに気がついた。よくよく考えたら、生放送ではないので、デタラメ喋ったら編集でカットされて終わりだった。それどころかブラックリストに載って、二度と仕事が来ないのではあるまいか? そうだったそうだった。編集されるんだった。
結局、私はごくごく地味に収録を済ませた。
生放送だったらウソをつく度胸が自分にあったかというと、それも実はどうだかわからないが、なんとなく心の底に、エイプリルフールのテレビという千載一遇のチャンスに普通に喋ってしまったという、かすかな敗北感が残ったのである。
本の雑誌2014年5月号から転載