青春の門を通算3度目の読み返し(正確には聞き返す)に入っている50代
50代になって改めて「青春の門」を再読しています
正確には再聴と言いますか?昔読んだ本をありがたいことに、
聞くことができるように
なったので、改めて聞き直しております
確か、生涯3度目の通読(途中挫折を入れると5回目位)
最初は小学生5年生、その次は大学3年生、
そして52才の今と30年ぶり3度目となります
小学生の頃は、大人の描写にひたすら興奮していた記憶しかなく
ただのエ〇小説に陥ってしまっていましたが、
全巻通読したことは褒めていいかと。
大学3年の時は、授業で国語表現法という授業の課題でした
国語表現法は単位の取り方を間違えてしまい、
3年生なのに1年生と一緒に履修していました
その課題取り上げられたのですが、そのまま通読
幼少期の出来事と未来に向けての自分を重ね合わせて
読んでいた記憶があります
それから、
50代となり人生の答え合わせのような感覚で物語が進んでいます
淡い思い、根拠のない自信、体の中で蠢くエネルギーなど
今は失いつつある体内エネルギーを思い出い出しつつ、
主人公の信介だけではなく、
信介の成長過程で影響を与えてきた大人たちの目線からも
物語を見ることができています、
これは大学生の時には得られなかった視点です
自分の子どもも17歳と20歳になり、信介や織江とも重なってきています
10代の青い春の出来事が、
自分としては随分と特異な出来事だと思っていましたが
こうして小説と重ね合わせることができるということは
特異なことなど何もなく、ごくごく普通の出来事であり
自分だけではなく、
多くの青年が同じような体験と思いで過ごしてきたのだなと
今さらですが、
自分の生きてきた道も悪いものではなかったと思わせてくれています
安定した人生と、煮えたぎるような思いの中で生きていく人生
今まで何度も岐路に立ち、嫌な方を選んできた人生
きっと大変だろうな、きっと難しいだろうな、きっと忙しいだろうなと
思える方を選んできた50年間、今まで何か間違った選択はしていない感じ
またいつか読み返すかもしれませんが
50代で青春の門を読むのは、ちょっと深い意味があるように感じます
オーディブルで聞くことができます!