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おじさんがハマる「おせっかい」と「先手を打った仕事」の境界線


おじさんになると、自分ではよかれと思って先回してしてきた仕事が、
おせっかいという老害に昇華する時があります
気が付くことも多く、アドバイスやヒントとして声掛けのはずが
余計なお世話として煙たがられるようになります。

何がきっかけで、何が原因なのか?
私はできる限り口を挟まないようにしています
とにかく寡黙であることを自分に課して仕事をしています
若手で話し合っている様子が耳に入ってくる程度に
関心を持ちつつ、内容を注意して聞くようにしています

きっと話をしながら、若手の職員も答えを持っていると感じています
その答えが不安だったり、ちょっと自信なかったり、共有するために
わざと周囲に声掛けをして、雑談しながら考え方の整理をしている
そんな場面なんだろうなと、私は認識しています
そこに、割って入ってしまうと、「そんな事しっているよ」と感じますよね
ここは会話に入りたくなっても、絶対に我慢するべきタイミングです。

その代わり、意見を求められた時、相談を持ち掛けられた時は
なりふり構わず、全力でその対応に当たるようにするべきです
ペンを置き、パソコンの画面をけす、体を証明に向ける、場所を変えるなど
本気で聞くぞ!という雰囲気を出すべきです
その内容がたわいのないものだったり、しょぼいものだとしても気にせずに
真剣に聞き、タイミングを見て話している内容を確認します

答えを求めている訳ではなく、話しを聞いて感想が知りたいや
自分が間違っていないのか?の確認のために話かけてきますね
こうしようと答えを求める場合も、案外その答えを持っている事が多いと感じます
その答えが70%OKであれば、後押しすればいい
この聞く技術は案外難しく、承認欲求を求めてしまうがために
話の輪に加わろうとしがちですが、意識を強く持ってやめた方が無難です

ただし、時々明らかに間違った判断をする例もあります
私の勤め先も、台風が近くなってきたので、自分のクラスだけ休講にしました
他の生徒は通常授業なのにです
緊急配信ではありましたが、その報告が来た瞬間に全生徒の休講を命じました
これは介入すべき問題で、間違っていることに気が付かない例です
なぜ、自分のクラスだけ休むのか?私には理解できませんが
自分の価値観や見えるものだけで判断するような時は、
老害など考えることなく、その瞬間に入り込みます

その場で正さないと、どんどん間違っている方向にいきます
話題についていくために参加するのではなく
自分の考えや価値観を伝えるために会話に入り込みます

この意図が伝わる人がでてきたとき、初めて老害から仕事に昇華します
若手の会話に参入するのはやめましょう

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