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【小説】鬼さん、こちら

  あるところに、バツイチコブつきの男がいました。

 3LDKで一人暮らし。元嫁と子どもは遠く離れた街に暮らしており、面会できるのは年に一度。駆け落ちして結婚したため、周りに頼れる家族や知人などいません。

 会社でもいつも一人で、友人と呼べる存在もいませんでした。

 仕事が出来ないわけではないのですが、必要以上にコミュニケーションを取ろうとしないため、職場では敬遠され、最低限の仕事だけを任されていたのです。

 仕事終わりに一度、同僚に、

「このあと一杯どうですか?」

 と声をかけられましたが、しどろもどろになり、急いで荷物をまとめ、その場をあとにしてからは、誘われることもなくなりました。

 朝起きて、朝食をすませ、仕事へでかけ、昼食をとり、仕事をし、家路について、夕食を食べ、風呂に入り、床に就く。

 毎月養育費を支払い、趣味も持たず、休日は家でネットフリックスを観る日々。そんな生活を繰り返す毎日を、彼は夢も希望も持てずに過ごしていました。


「死のうかなあ」

 ある休日の夜、男は着の身着のまま家を出て、当てもなく歩き出しました。

 やがて、遮断機の降りた踏切の前にたどり着きます。遠くから電車の光が近づく中、男は飛び込もうと心を奮い立たせます。

 しかし、男が踏み込む前に電車は通り過ぎていきました。

「乗ってる人に迷惑かかるしね」


 そのあと気づけば、男はビルの屋上に立ち尽くしていました。靴を脱いで、揃えたあと、フェンス越しに見下ろすと、等間隔に街灯が灯っているのが見えます。

 ちょうど帰宅時間に重なり、人通りが多く、絶え間なく行き交う様をしばらく眺めていました。

「人に当たったら申し訳ないしね」


 結局、男はトボトボと帰路に就いていました。

「鬼はーそとー!福はーうちー!」

 通りすがりの一軒家から、子どもの声が聞こえてきます。

 今日は節分か…

 男はコンビニに寄り、恵方巻と福豆に、缶ビールを買って帰りました。

 まだ家族と一緒に暮らしていたとき、鬼の面を被った男に向けて、こどもが豆を投げつけて、その痛みにもだえる姿を妻が笑いながら眺めて食事の準備をしていたことを思い出し、そんな幸せなときもあったのだなと気づきました。

 ふと、そのときのお面がまだあることを思い出した男は、押入れをあさり、鬼の面を取り出しました。

 こどもといっしょに手づくりでつくった不格好なお面。

 男はそのお面を被って、何を思ったか、じぶんに向かって豆を投げ、叫びだしました。

「鬼はーうちー! 福はーそとー!」

 何度か繰り返していると、隣りの部屋からドンと壁を叩く音が聞こえました。

「…すみません」

 男はその場にへたり込んで、静かに涙しました。

―ガチャン

 そのとき、玄関が開く音がしました。

―ドタドタドタドタ

 誰かが入ってきます。

「お邪魔しまーす」

 驚いた男は玄関のほうへ顔を向けると、腰を抜かしました。

 なんと、そこには鬼が2体立っていたのです。

「どうも、赤鬼ですっ」

「こっちは青鬼ですー、みてわかると思うけどー」

「え、え?」

「いやねー、今日って、どこ行っても『鬼はーそとー、福はーうちー』でしょっ。やだなあって思って歩いてたら、『鬼はーうちー』って聞こえたからっ。嬉しくなっちゃって、なっ」

「うんー、きちゃったー」

「じゃ、お邪魔するねっ」

 鬼たちはリビングへ向かいます。
 男は戸惑いながら後を追いかけます。

「あの、来客とか滅多にないので、なにもないんですが」

 男が恐る恐る言うと、

「あ、じゃあ、黒鬼たちに買ってきてもらおうよっ」

「そだねー」

 鬼たちは懐から携帯電話を取り出し、注文を始めました。

 それからしばらくすると、大勢の鬼たちが、酒や食べ物をわんさか持って、部屋へとあがってきました。

 狭い部屋に所狭しと座り込み、いそいそと宴の準備を始める鬼たち。

 それからまもなく鬼たちは飲めや歌えやの大騒ぎ。

 途中、隣の部屋から壁を叩く音が聞こえました。

「あっ、騒ぎすぎてしまったかなっ、謝りに行ってくるよっ」

 赤鬼が席を立ち、隣の部屋に謝罪へ向かいました。


 短い悲鳴のあと、赤鬼が戻ってきます。

「好きなだけ騒いでいいって!お隣さんも誘ったけど、断られちゃったよっ、あははっ」

 そのあとは、壁を叩かれることもなく、鬼たちは愉快に宴を続けていきました。

「鬼ころしって酒があったから買ってきたぞ」

「殺せるもんなら殺してみろってんだっ!」

 鬼たちに囲まれ、酒を煽っていると、気分がよくなり、男は豆を手に取り、鬼に投げつけます。

「鬼はーうちー! 福はーそとー!」

「おいおい、なにも福を外に追い出すことはないだろう」

 鬼たちは呆れながら男に豆を投げつけます。

「鬼はーうちー! 福もーうちー!」

 どれだけ騒ぎ立てようとも、壁を叩かれることもなく、愉快な時間は過ぎていき、そして、朝日が差し始めたころ。

「やべえ、空が白んじてるぞ、親方が起きるまでに帰らねえと」

「鬼の居ぬ間になんとかだな」

 皆、片づけを始めました。

「邪魔したなっ」

「楽しかったー、また来年もくるから、よろしくねー」

「来年のことを言うと鬼が笑うぞ、がっはっは」

 上機嫌な様子で部屋をでていく鬼たち。

 男はその背中に向けて、笑顔で答えました。

「うん、また来年」

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