戯曲「神さまーバケーション #6 彼岸」
「神さまーバケーション #6 彼岸」・登場人物表
野俣夢(33) 【失業者】
神様(?) 【神様】
心野琴世(21) 【巫女・大学生】
長谷川美紀(38) 【夢の元上司】
1. 夢の家・リビング・午前11時・内
「彼岸の入り①」
M:メインテーマ
(C.I)
夢(N) 「人生は、夢にも思わないようなことが起こる。親の再婚で同居することになった連れ子がクラスメイトだった、だとか、まがり角でぶつかった女の子と入れ替わった、だとか、トラックに惹かれたら異世界に転生した、だとか。はたまた、会社をクビになったから神社に神頼みに来たら神様に頼まれごとをされるようになった、だとか。そんな夢のような、信じられない話が僕の身にも降りかかった。それから、僕のいつ終わるかもわからない夏休みは始まった」
(F.O)
SE:着信音
M:留守番電話
美紀 「もしもし、野俣くん?長谷川です。ひさしぶり。あのさ、突然なんだけど、会社戻ってこない?実はさ、松田さん辞めたんだ。ちゃんと責任追及されて。みんな、野俣くんのこと、待ってるよ。一度、電話ください。待ってます」
SE:ビジートーン
M:場転
2. 神社・社務所・午後3時・外
「彼岸の入り②」
SE:スズムシ
夢と琴世がベンチに腰掛けている。
琴世 「もうすぐですね」
夢 「ん?なにが?」
琴世 「みのりさんの式」
夢 「ああ」
琴世 「白無垢姿、きれいでしょうね」
夢 「琴世ちゃん、和式派?」
琴世 「夢さんはどっち派ですか?」
夢 「時と場合によるんじゃない?」
琴世 「式なんてしなくてもいいですけどね」
夢 「そっち派か」
琴世 「時と場合によりますけど」
夢 「だよね」
琴世 「見に来たらどうですか?」
夢 「元カノのハレ姿を?呼ばれてもないのに?」
琴世 「やっぱり引きづってるんだ」
夢 「違う違う、気持ち悪いでしょ、そんなの」
琴世 「冷静な判断。未練はなし、と」
夢 「試されたの?これ」
琴世 「人生は試練の連続ですよ」
夢 「んん、違いない」
琴世 「夢さん、秋分の日、空いてますか?空いてませんか?」
夢 「これも試練か」
琴世 「空いてますよね」
夢 「僕のこと、なんだと思ってるの?」
琴世 「空いてないんですか?」
夢 「空いてます」
琴世 「私、行きたいところがあるんです」
夢 「運転手をご所望でしたか。いいよ、どこ?」
琴世 「いえ、電車で。混むので」
夢 「混むところに。うん、わかった」
琴世 「駅集合で」
夢 「電車か。久しぶりに乗るなあ」
琴世 「秋を感じに行きます」
夢 「ふーん。でも、秋だっていうのに、まだまだ暑いねえ」
琴世 「暑さ寒さも彼岸まで、って言いますからね。残暑とももうすぐお別れです」
夢 「彼岸。へえ、お彼岸ね。お彼岸っていつなの?」
琴世 「今日からです」
夢 「ん、今日からって、お彼岸って1日だけじゃないの?」
琴世 「コホン」
M:3分クッキング
(C.I)
琴世 「今日は彼岸についてご紹介します。彼岸とは春と秋、年に二度あり、それぞれ、春分、秋分と前後3日間、合計7日間のことを言います。もとは仏教用語からきており、この世を指す言葉、此岸(しがん)に対して、向こう岸である悟りの境地を指して彼岸と言われます。その昔は、彼岸に墓参りし、その前後に当たる6日で、悟りの境地に必要な6つの徳目を1日1つ修めていたと言われます。
先祖の霊がこの世に帰ってくる盆に対して、彼岸は感謝を伝え、悟りを開くために修行する期間と言えるでしょう。ちなみに、お供え物で有名なおはぎとぼたもち。これは同じものですが、彼岸の頃には春には牡丹、秋には萩の花が咲くことから名づけられたと言われています。皆さんも今年の彼岸は悟りを開いてみてはいかがでしょうか。それではまたいつか」
(F.O)
夢 「7日間もあるんだ。まあ、土用よりは短いか」
琴世 「そして今日は、彼岸の入り」
夢 「今日からお彼岸ってことね」
神様が突然目の前に現れる。
神様 「つまりは今日から修行が始まるのじゃ!」
夢 「わっ、びっくりした!」
琴世 「神様、どこ行ってたんですか?」
神様 「うむ、ちょっとのう」
夢 「どうせ奥様のところでしょ、デレデレしちゃって」
神様 「誰がデレデレしとるか!」
夢 「あんただよ!」
神様 「口の聞き方がなっとらんな!おぬしもちっとは修行せえ」
夢 「嫌ですよ、神様がやればいいじゃないですか」
神様 「わしはとっくに修めておる!」
夢 「へえ、意外」
神様 「意外とはなんじゃ、意外とは!」
琴世 「コホン。夢さん。修行と言っても、徳を修めることが目的なので、想像してるのとは違うと思いますよ。分け与え、戒律を守り、耐え忍び、努力し、心安らかに、道理を見抜く。簡単に言うとこの6つでしょうか」
夢 「さすが琴世ちゃん」
琴世 「それじゃ、どれから修めますか?」
夢 「さすが琴世ちゃん」
神様 「かっかっか」
夢 「でもさ、言うのは簡単だけど、どうしたら修めたことになるのか、わからなくない?」
琴世 「そうですねえ」
神様 「身になったときが修めどきじゃよ。まず知を得て、それを意識し、心身に落とし込む。そして、無意識にできるようになったときが真に身になったっちゅうことなんじゃ」
夢 「意識せず。はい、やっぱり難しいことだと悟りました」
神様 「それは悟りではにゃあ!」
琴世 「夢さんにとっては神様の頼み事が修行のようなものですもんね」
夢 「ほんと、修行っていうか苦行?パワハラならぬカミハラだよ」
神様 「減らず口を。少しは成長したかと思ったがまだまだのようじゃな」
琴世 「今日も平和ですね」
SE:着信音
スマホの画面を確認するが、出ようとしない夢。
琴世 「でないんですか?」
神様 「取り立てか?」
琴世 「コラ」
神様 「ごめんなさい」
琴世 「夢さん?」
夢 「んん、大丈夫」
(F.O)
3. 神社・社務所・午後5時・外
「彼岸の入り③」
SE:コオロギ
琴世が片づけをしている。
神様は賽銭箱の上に腰掛けて空を仰いでいる。
琴世 「神様」
神様 「ん?」
琴世 「夢さん、いつまで振り回すんですか?」
神様 「ひどい言い草じゃな。別に振り回してなんぞ、」
琴世 「私、来週から大学が始まります」
神様 「夏休みももうしまいか」
琴世 「このままでいいんですか?」
神様 「ふむ」
琴世 「夢さんも変わりました」
神様 「変わるのがよいのか変わらないのがよいのか」
琴世 「まだ心配ですか?」
神様 「心配ない。暑さ寒さも彼岸まで、じゃ」
琴世 「それって、」
神様 「はう!」
琴世 「え、今!?」
SE:足音
長谷川美紀が参拝にくる。
琴世 「(小声で)(彼女ですか?)」
神様 「(じゃな。わし、夢を呼んでくる)」
琴世 「(あ、ちょっと)」
神様が消える。
SE:賽銭の音
SE:鈴の音
二礼二拍手一礼。
美紀 「あの」
琴世 「あ、はい!(気を取り直して)ようこそお参りくださいました」
美紀 「まだ大丈夫ですか?」
琴世 「え?」
美紀 「片づけられているところ申し訳ありません。お守り、いただきたいのですが」
琴世 「あ、はい。あの、いくつか種類がありまして、こちらへどうぞ」
社務所の窓口に誘導し、見本を見せる。
美紀 「この、夢守、いただけますか」
琴世 「はい」
夢が神様に引っ張られて戻ってくる。
夢 「ちょっと、なんですか、神様のいうとおり、十五夜の準備してたのに。(美紀を認識して)あ」
美紀 「野俣くん」
夢 「失礼します(と去ろうとする)」
美紀 「ちょっと待って。ちょうど家まで行こうと思ってたの」
夢 「いいんですか、今、忙しいんじゃ?」
美紀 「うん、まあ」
夢 「早く戻ったほうがいいですよ」
美紀 「留守電聞いた?みんな野俣くんが悪くないのわかってる。社長も。話がしたいって。だから、」
夢 「でも、迷惑をかけたのは事実です」
琴世 「神様」
神様 「夢。このおなごの願いは“おぬしが戻ってきますように”じゃ」
夢 「今さらですよ」
美紀 「あのとき、なにもしてあげられなかったの、本当に申し訳なく思ってるの。だから、私にできることならなんでも、」
夢 「そこまでしてもらう義理ないですよ」
琴世 「そんな言い方ないんじゃないですか。夢さんを思って、」
夢 「関係ないでしょ、君には」
琴世 「…失礼しました」
琴世が足早に社務所の中へ。
神様 「夢や」
夢 「すみません、今日は失礼します」
夢が去っていく。
M;場転
4. 道・歩道・午前10時・内
「秋分①」
SE:踏切の音
SE:電車が去っていく
夢と琴世が黙々と歩いている。
夢 「あの」
琴世 「こっちです」
夢 「はい」
琴世 「少し歩きます」
夢 「あのさ」
琴世 「はい」
夢 「こないだは、」
琴世 「すみませんでした。関係ないのに口を挟んだりして」
夢 「いや、こっちこそ、」
琴世 「関係ないですもんね、たまたま、頼まれごとされた神様の祀られた神社にいた巫女ですから。人の人生に口出しする権利なんてないですよね、一体何様、って感じですよね」
夢 「めちゃくちゃ怒ってるね」
琴世 「怒ってません」
夢 「いや、怒ってるじゃん」
琴世 「怒ってません、これが普通です、私、ギャルなんで」
夢 「いや、ギャル関係ないでしょ」
琴世 「あー、そうですね、関係ないですね、すみませんでした」
夢 「あの、外だから、もうちょっと抑えて」
琴世 「そうですね、人目も憚らず、喚き散らすとかどうかしてますよね、目の前の人よりも周りの目が大事なんですもんね」
夢 「あの、少しは話聞いてくれない?」
琴世 「話聞いたら、どうなるんですか?私と、夢さんが、いかに関係ないかでも説明してくださるんでしょうか」
夢 「あのさ、こっちは謝ろうとしてるのにその態度なんなの」
琴世 「あー、謝ろうとしてたんですね、なにを?なぜ?」
夢 「いや、だから、その、」
琴世 「夢さん、何が悪いと思ってるんですか?」
夢 「それは…えっと」
琴世 「私はそれがわからない夢さんに怒ってるんです」
夢 「…」
琴世 「ごめんなさい。今日は来てくれてありがとうございます」
夢 「約束だから」
琴世 「約束だからきたんですね」
夢 「うーんと」
琴世 「気にしないでください。女心と秋の空、です」
夢 「それ、自分で言うこと?」
琴世 「私、本に関わる仕事、受けようと思ってます」
夢 「え?」
琴世 「このあたり、有名な童話作家の出身地で、物語の舞台にもなってるんですよ」
夢 「そうなんだ」
琴世 「編集とか司書とか」
夢 「そっか」
琴世 「司書だと今年の講習は終わってしまったので、来年受講しなきゃいけないんですけど」
夢 「うん」
琴世 「なんで、とか聞かないんですか?」
夢 「そんな権利ないよ」
琴世 「そんなことに権利なんていりません。いちいち気にしすぎですよ」
夢 「ごめん」
琴世 「謝ることじゃないです。あ、ほら、みえてきた。夢さん、こっち」
SE:足音
琴世 「じゃーん!見てください。一面に彼岸花!この先、ずうっと咲いてるんですよ」
夢 「うん」
琴世 「あ、知ってました?」
夢 「うん」
琴世 「デートできたことがある?」
夢 「いや」
琴世 「じゃあ?」
夢 「仕事だよ」
琴世 「仕事」
夢 「毎年来てた」
琴世 「なんだ」
夢 「でも、忙しくって、こっちには一度も来なかったかな」
琴世 「ここね、千種さんに教えてもらったんです、カメラマンの。どうせだったら、写真撮ってほしかったなあ」
夢 「撮ろうか?」
琴世 「いいです、夢さん、そういうのヘタそう」
夢 「ひどっ」
琴世 「ウソです、お願いします」
夢 「嫌です」
琴世 「あ、拗ねた」
夢 「拗ねてません」
琴世 「大人げないなあ」
夢 「そっちこそ、子どもげがない」
琴世 「大人ですもん」
夢 「ああいえばこうゆう」
琴世 「夢さんが言いますか?」
夢 「そうだね」
琴世 「実は、今日はつぼみちゃんのグループのライブがあるのです!それに、彩花さんもたこ焼きだしてるって!」
夢 「なんか、世間って狭いね」
琴世 「これも、神様の思し召し、ですよ」
夢 「…かもしれない」
琴世 「ってことで、早速ライブ会場へ行きましょう!遅れたほうがたこ焼き代払うこと、よーいどん!」
夢 「ああ、ちょっと」
走り出す琴世。
それを追う夢。
5. 祭り会場・ステージ前・午前11時・外
「秋分②」
M:アイドルの歌
ステージで踊るアイドル達を後方で見る夢。
その隣りでたこ焼きを頬張りながら眺める琴世。
琴世 「あー、おいしいもの食べて、好きなもの見たら、嫌な気持ちなんてどっかいっちゃいますね」
夢 「その前からどっかいってそうだったけど」
琴世 「なんですか?」
夢 「いえ、なんでも」
琴世 「あ、つぼみちゃん、こっち見た!がんばってー!」
夢 「ははは」
美紀が近づいて声をかける。
美紀 「野俣くん?」
夢 「どうも」
美紀 「来てたの!(琴世を見て)デート?」
夢 「ええっと」
琴世 「あ、先日お会いしました、神社の、巫女です」
美紀 「え、ああ、あのときの、ごめんなさい。雰囲気が違って」
琴世 「よく言われます」
夢 「ギャル兼巫女なんです、彼女」
琴世 「そちらは?デートですか?」
美紀 「え?あはははは。残念ながら、仕事です」
夢 「言ったでしょ、仕事で毎年来てたって」
琴世 「なるほど…。これも、神様の思し召し、でしょうか」
夢 「どっちかというと琴世ちゃんの思し召しかな」
琴世 「私ともなるとそうなりますかね」
夢 「威張るところじゃないでしょ」
琴世 「え、どういうことですか?」
夢 「いや、こっちが聞きたいよ」
美紀 「はは。来てくれてありがとう。どう、今年は?」
夢 「盛況ですね。問題もなさそうだし」
美紀 「今のところはね」
夢 「川のほう、違法駐車ありましたよ」
美紀 「本当?ありがと、伝えとく」
夢 「代理店は?」
美紀 「あっち」
夢 「まあ、口だされるよりはいいですね」
美紀 「だね。ねえ、みんなに声かけてあげて。喜ぶと思うから」
夢 「はい」
美紀 「それじゃ、行くわ」
夢 「お疲れ様です」
美紀が去っていく。
琴世 「どんな仕事だったんですか?」
夢 「イベントをね、企画したり、運営したり」
琴世 「へえ。知らなかった」
夢 「そんな仕事もあるんだよ」
琴世 「大変そうですね」
夢 「大変だよ。みんな好き勝手言うからね」
琴世 「巻き込まれ体質の夢さんにぴったりですね」
夢 「それ言う?」
琴世 「なんで逃げるですか?」
夢 「え?」
琴世 「未練あるんでしょ」
夢 「どうだろ」
琴世 「仕事の話してるとき、活き活きしてましたよ」
夢 「そうかな」
琴世 「せっかく声かけてもらってるのに。好きな仕事なんですよね」
夢 「…まあ」
琴世 「したいんじゃないんですか?それとも別の仕事がいいですか?」
夢 「それは、」
琴世 「わかってます。わからないこと。わかります。考えないようにしてるの。好きなようにしたらいいです。夢さんの人生ですから」
夢 「なんでだろう」
琴世 「なにがでしょう」
夢 「人のことならできるのに」
琴世 「他人事ですからね」
夢 「無責任かな」
琴世 「むしろ、責任とりたすぎじゃないですか?人のことなのに」
夢 「じぶんも他人のように見れたらいいのに」
琴世 「それって結局、わが身が可愛いってことでは?」
夢 「…なるほど」
琴世 「素直なんですよ、ある意味」
夢 「そっか」
琴世 「そうです」
夢 「ありがとう」
琴世 「足りません」
夢 「え?」
琴世 「たこ焼き」
夢 「まだ食べるの」
琴世 「はい」
夢 「素直だね」
笑ってたこ焼きを買いに行く夢。
M:場転
6. 神社・社務所・午前9時・内
「彼岸4日目①」
社務所で番をする琴世。
SE:足音
美紀が歩いてくる。
美紀 「ごめんください」
琴世 「おはようございます」
美紀 「昨日はどうも」
琴世 「こちらこそ、お邪魔しました」
美紀 「この前、お守り買いそびれたでしょ、いただけますか?」
琴世 「あ、そうでしたね。すみません」
美紀 「いえいえ」
琴世 「(お守りを用意する)」
美紀 「巫女さんが連れてきてくれたの?」
琴世 「いえ、きっと、神様の思し召しです」
美紀 「デート?」
琴世 「男女が一緒だとすぐそうなりますよね」
美紀 「違った?ごめんなさい。じゃあ妹さん?」
琴世 「どちらかというと母です」
美紀 「母、か」
琴世 「世話が焼けて仕方ありません」
美紀 「ふふ」
琴世 「わかりますか、お姉さんも?」
美紀 「改めまして、長谷川美紀です。元、野俣くんの教育係」
琴世 「心野琴世です」
美紀 「現教育係?」
琴世 「兼巫女です」
美紀 「彼は、よく来るの?」
琴世 「暇なときは。つまりはだいたい毎日」mm
美紀 「あんなに仕事の虫だったのに」
琴世 「想像もつきません。虫の夢さん」
美紀 「それはもう、夢中だったよ」
琴世 「今日はお休みですか?」
美紀 「うんん、これから」
琴世 「わざわざお越しになったのにすみません」
美紀 「え?」
琴世 「夢さんいなくて」
美紀 「違う違う、あなたと話してみたくて」
琴世 「私ですか?」
美紀 「ねえ。彼、仕事に戻る気ないのかな」
琴世 「なんで私に?」
美紀 「仲良さそうだったから?」
琴世 「他人ですよ」
美紀 「ちょうどいいのね」mm
琴世 「え?」
美紀 「距離感が」
琴世 「なんで辞めたんですか、仕事」
美紀 「そうね。有り体にいえば、責任をとって辞めた、かな」
琴世 「クビになったって言ってましたよ」
美紀 「うーん。代理店、私たちに仕事をくれる会社の担当がね、ムチャな人で、散々振り回された挙句、失敗の責任を押しつけた、って言ったほうが正しいのかな。それで、彼がその尻ぬぐいをした、というか」
琴世 「そんなこと」
美紀 「誰かが責任取らなきゃいけなかったの」
琴世 「だからって」
美紀 「彼も、実際に現場を仕切ってたのは自分だからって」
琴世 「背負いすぎなんですよ」
美紀 「ホントね。野俣くんとは長いの?」
琴世 「いえ、まだ2か月くらいです」
美紀 「え?じゃあ」
琴世 「聞いてくださいよ、夢さん、クビになった日、泣きそうな顔で神頼みにきたんですよ。それで…」
M:場転
7. 神社・本殿・午後5時・外
「彼岸4日目②」
SE:賽銭
SE:鈴
二礼二拍手一礼。
お参りする夢。
向かい合う神様。
神様 「今回ほど簡単な頼み事はないじゃろ。おぬしが仕事に復帰すればそれで済む。そして、おぬしの悲願も果たせる。一石二鳥じゃ」
夢 「いいんでしょうか?」
神様 「さあのう。じゃが、望み通りの結果だがね」
夢 「働いてるときは辛くて辞めたいとか、なんでこんなことしてるんだろう、って思ってたけど。好きだったんですね、あの仕事。辞めてから気づきました。僕は失って気づいてばかりです」
神様 「嫌なら手放さねばええ。縋りついてでも失わんように」
夢 「気を遣わせるじゃないですか、そんなの」
神様 「気を遣うわりに人の気遣いは気づかんか。いや、気づかんふりか」
夢 「わかんないです。でも、そのほうが楽だとは思います」
神様 「楽になるために苦労するなんぞ、難儀じゃな」
夢 「僕は平凡な人間ですから。特別、何ができるわけでもないし、ただ、目の前のことを一生懸命やるしか能がない」
神様 「いや、おぬしはじぶんを特別に思っとるよ」
夢 「琴世ちゃんにはじぶんが可愛いって言われました」
神様 「わからんか?」
夢 「教えてくれませんか?」
神様 「おのれでどうにかできる願いはおのれで果たすべし」
夢 「じぶんで、できますかね」
神様 「さあの。それは神のみぞ知る、じゃ」
夢 「神はあなたでしょ」
神様 「知っておるからって、教える義理はなかろう」
夢 「ひとでなし」
神様 「神じゃからな」
夢 「神様のくせに」
神様 「安心せえ。ちゃんと見守っとる」
夢 「お願いします」
一礼する夢。
M:場転
8. 神社・境内・午後2時・外
「彼岸明け」
SE:スズムシ
ベンチに腰掛ける夢。
見守る神様。
琴世が夢を見つけて近づいてくる。
琴世 「神様、なにしてるんですか?」
神様 「見守っとる」
琴世 「ふーん。(夢に)ようお参りくださいました」
夢 「やあ」
琴世 「今日で彼岸も明けます。どうですか、悟りは開けましたか?」
夢 「そういえば、そんなようなこと言ってたね」
琴世 「夢さんの場合は悟りよりまず、心開いたほうがいいですけど」
夢 「24時間年中無休で開いてるはずなんだけど」
琴世 「夢さんって、追うときは嬉々として追いまわすのに、追われるときはコソコソ隠れますよね。そのうち、気づいたら追う側でも追われる側でもなくなってる。だから、いつまで立っても終わらないんですよ。ズルい」
夢 「え。え、なんの話?」
琴世 「鬼ごっこです」
夢 「なんで」
琴世 「鬼も子も、やることははっきりしてるんですよ。鬼は追う。子は追われる。捕まったら鬼になる。鬼になったら子を追う。わかりやすい。だから楽しいんです。いつまでもやってられるんです」
夢 「えっと」
琴世 「なにごっこしてるんですか、夢さんは」
遠目から声。
美紀 「琴世ちゃーん!(と駆け寄ってくる)」
琴世 「美紀さん!ようお参りを」
美紀 「はい、お土産(とケーキを差し出す)」
琴世 「わあ、嬉しい、いただきます!ランチどうでした?」
美紀 「おいしかったー。お店の雰囲気もよかった」
琴世 「よかったー。あそこ、ホントいいですよね!」
美紀 「うん、また行く。すぐ行く。絶対行く」
琴世 「じゃあ今度は一緒に行きましょ」
美紀 「いいね!」
夢 「めちゃめちゃ仲良くなってるね」
美紀 「野俣くん、時は刻一刻と進んでいるんだよ」
琴世 「無職の人にはわからないかもしれませんが」
美紀 「さすが琴世ちゃん、ズバッと言うね!」
琴世 「私、鬼になったら容赦しないんで」
夢 「(立ち上がって)じゃあ、僕は、」
琴世 「逃がしません。夢さんは今、子なのです」
夢 「いや。その、捕まったら交替じゃない?」
琴世 「まだ捕まえてないです。なかなか捕まらないんですよね。ちょこまかと逃げ回って。叩いても打たれ強いし」
夢 「人をゴキブリみたいに」
琴世 「そこまで言ってません」
美紀 「あれ、おかしいな。私が野俣くん追ってたはずなんだけど」
夢 「長谷川さん。ご迷惑おかけして、すみません」
美紀 「 そうだなあ。確かに、素直じゃない後輩の面倒見るのは大変だ 」
夢 「なんでそこまでしてくれるんですか?」
美紀 「それはね。私が後悔したくないから」
夢 「え?」
美紀 「いや、後悔したから、かな。後悔したから、どうにかしなきゃって。あなた一人に責任押しつけて、何事もなかったかのような顔するじぶんが許せなかったの。まあ、あなたは、一人で責任背負いこんで、恰好つけてたんでしょうけど」
夢 「そんなつもりじゃあ、」
美紀 「なかった?じぶんが犠牲になれば、みんなは助かるだなんて考えてなかった?考えてたでしょ。でもね、それは勝手だよ」
M:クライマックス
(C.I)
美紀 「あなたはそれでいいかもしれないけど、こっちがそれで納得すると思った?私たちのこと、そんなひどい人間だと思ってた?」
夢 「いや、そんなこと」
美紀 「そうだよね。気にしてないよね、私たちのことなんて」
夢 「そんなことないです」
美紀 「だとしても、同じだよ、それ。誰かを犠牲にして成功しようだなんて思ってる子、うちには一人もいない。社長だって、ずっとあなたのこと気にしてる。本当はじぶんが責任をとる立場なのに、押しつけてしまったって。それはあの人もあの人だけど。でも、彼なりにどうにかしようと動いてたのよ。それなのに、君はこちらを向いてなかった。私たちはあなたにとって信頼に足るチームじゃなかったのね。ずっといっしょにやってきて、いい仲間だと思ってたのに…ごめんね」
夢 「え?」
美紀 「あなたの支えになれなくてごめんなさい。頼ってばかりでごめんなさい」
夢 「そんな、悪いのは僕で…」
琴世 「そうやってまた自分を責めて逃げる」
神様 「相手を見よ。歩み寄れ。相手を頼れ。想いを感じろ。そして、話をしよみゃあ」
美紀 「戻ってほしいなんて、私たちの勝手だよね。だから、野俣くんは野俣くんの好きにしたらいい。でも、私たちは待ってるよ。背中預けられるって思えたら、また一緒にやろう」
夢 「…僕は、」
(煽ってのF.O)
M:場転
9. 神社・境内・午前7時・外
「あるケの日」
SE:ハト
SE:掃き掃除
掃除をする琴世。
そこに神様が声をかける。
神様 「おはようさんじゃ」
琴世 「神様。ほんとうに、おはやいことで」
神様 「(深呼吸)気持ちのええ空気じゃ。すっかり秋めいてきたな」
琴世 「そうですね」
神様 「そうこうしとると時期に冬じゃ」
琴世 「そしてまた春がくる」
神様 「季節は待ってくれんからな」
琴世 「休憩って大事ですよね。でもね、神様、秋だけ休みがないんですよ。春休みがあって、夏休みがあって、冬休みがあって。秋にもあっていいと思いませんか?秋がかわいそうです」
神様 「暑くもなく、寒くもなくちょどええ。過ごしやすいんじゃぞ、秋は。食いたいもんを食い、やりたいことをやって。休んどる場合ではないがね!」
琴世 「それだけ聞くと夢のような季節ですね」
神様 「夢のような現実なんて、どえらい幸せだがね」
琴世 「夢か」
神様 「心配か?」
琴世 「神様こそ、寂しいんでしょ」
神様 「アホ言うでにゃあ。だいたい、あやつジメジメしとるんだで、秋っちゅうより夏がぴったりじゃ」
琴世 「確かに」
神様 「はぅ!」
琴世 「まさか、きました!?」
神様 「噂をすれば」
琴世 「あ、見てください、またあくびして。また寝てないんですよ」
神様 「お参りに来るくらいなら寝ればええのにな」
琴世 「神様の言葉とは思えませんね」
神様 「どうせまた、コンペが通りますように、とか願ってくるんじゃ」
琴世 「あ、手、振りましたよ」
神様 「あの余裕、気に食わんな」
琴世 「どうします?」
神様 「逃げるか」
琴世 「逃げましょう」
逃げ出す琴世と神様。
夢 「あ、ちょっと。待てー!」
追いかける夢。
M:メインテーマ
(終わり)