【小説】よるがいちばんみじかい日のよる
ある夜のこと。お姉さんのソールと妹のマーニはおでかけの準備をしていました。
マーニ「おねいちゃん、まだ?」
ソール「ねえ、マーニ、どっちがいいと思う?」
マーニ「どっちでもいいから。はやくしないと置いてくよ?」
ソール「ちょっと待って。あなたってせっかちね」
マーニ「おねいちゃんは計画性なさすぎ」
ソール「だって、今日はお日さまがいちばんながく顔をだしているのよ。遊ばなきゃもったいないじゃない」
マーニ「あたし、夏って嫌い。お星さまが見られなくなってしまうんだもん」
この国では、夏になると一日中明るくなり、夜がなくなるのです。また、冬になると、一日中暗くて、昼がなくなります。
そして、この日は夏至。夏のうちでもいちばん昼の長い日。この日の夜には、町中のみんなが集まって、お日さまを讃えるお祭りをするのです。
ソール「おまたせ、さあ、でかけましょう!」
ふたりは家を飛びだすと、すでに始まっているであろう、お祭りをしている丘を目指し、駆けだしました。
マーニ「そんなに急ぐと危ないよ」
はしゃぐ姉をたしなめながら追いかけるマーニ。ふたりの家から丘までは、ひとつ川を越えてすぐ。道中も屋台が立ち並び、多くの人が往来しています。
ソール「ごらん、マーニ。おいしそうなお菓子があんなにたくさん」
ソールは目移りしては立ち止まり、それをマーニが追い越す。先を越されたソールが走り抜いてはまた、屋台に目を止める、そんなことを何度か繰り返していると、ふたりは丘のふもとへたどり着きました。
ソール「ねえ、マーニ、お腹すかない?」
マーニ「すいたのはおねいちゃんでしょ?」
ぐうう。
ソール「あははは。マーニだってすいているんじゃない」
マーニ「いますいたの!」
ソール「はいはい、なにか食べましょ」
見回すとと人気のお菓子を売る屋台の前には人だかりができていました。
ソール「あれにする?」
マーニ「すごい行列だよ。おねいちゃん、がまんできる?」
ソール「そうね、じゃあ、別のにしよう」」
少し歩くと、一人も客の寄りつかない屋台を見つけました。
ソール「あれにする?」
マーニ「一人もお客さんいないなんて、だいじょうぶかな?」
ソール「聞いてみよう」
ソールは店へ近づきます。
ソール「こんばんは。こちら、なにがおすすめかしら?」
店の主人は不愛想に、並んだ商品を指さします。そこにはブルーベリーパイが並んでいました。
ソール「まあ、おいしそう」
“おいしそうじゃない、おいしいんだ”と店の主人はつぶやきます。マーニはビクっとし、ソールの影に隠れます。店主はバツが悪そうに目をそらします。
ソール「これ、ひとつくださいな」
男はパイを紙袋に包み、“珍しいガキだな、こんなもん買うなんて”なんていいながら、ぶっきらぼうに差し出しました。
ソール「妹が好きなの。ね?」
マーニ「おねいちゃんのほうが好きでしょ」
この町では、ブルーベリーパイは家庭でもつくられるようなありふれたお菓子で、若者の流行りのものといえば、見た目の華やかなものばかり。みんな、こぞってそちらばかりを求めるのでした。
ソールは、受け取ったパイをマーニに手渡し、お財布からお金を取り出し、店主に渡します。
主人は不器用に微笑んで、“ありがとよ”と言い、すぐにそっぽ向くのでした。
そのようすが可笑しくて、ふたりは目を見合わせ、くすくすと笑い、やがて妹の手を引き、座って食べられる木陰へ向かいました。そこで、流行りのお菓子を食べる子どもたちをうらやましそうにながめるボロボロの服を着た小さな女の子を見かけます。
マーニ「おねいちゃん」
ソール「そうね」
ふたりは女の子に声をかけます。
ソール「これ、どうぞ」
女の子は目を丸くして、ふたりを見つめます。
マーニ「ブルーベリーパイだけど」
ソール「流行りのお菓子じゃなくてごめんなさいね」
女の子はもじもじとして、受け取ろうとしません。
マーニ「お腹、すいてるんじゃないの?」
こくりと首を縦にふる女の子。
マーニ「じゃあ、食べなさい」
“でも…”女の子が申し訳なさそうに言葉を返そうとするのを、ソールが遮っていいます。
ソール「困ったときはごちそうさま、よ。ね?」
マーニ「それをいうなら、困ったときはおたがいさま」
女の子はおもいッきりパイにかじりつきます。一口、二口、おいしそうに食べすすめる姿を見て、ふたりはうれしそうに微笑みます。
やがて、パイを食べきった女の子は何度も何度もお礼を言いながら、去っていきました。
マーニ「ごめんなさい、おねいちゃん」
ソール「なんでマーニが謝るの」
マーニ「おねいちゃんのおこづかいなくなっちゃった」
ソール「じゃあ、次はマーニのおこづかいで買いましょ」
ふたたび、ブルーベリーパイの屋台に戻るふたりを店主は不愛想に迎え入れます。そして、包みを姉妹にひとつずつ差し出します。
マーニ「ふたつも買うお金はないわ」
“残りもんだ、持ってきな”主人はそう言って背を向けてしまいます。屋台にはまだまだブルーベリーパイが並んでいます。
ふたりは顔を合わせ、笑顔になると、お礼を言ってパイを頬張りました。
ソール「おじさん、ごちそうさまでした」
マーニ「おいしかったです」
店主は背を向けたまま、手をあげます。その様子が可笑しくて、ふたりはケラケラと笑い出しました。店主は声を荒げ、ふたりは手を振りながら店をあとにします。
そのまま、丘の上を目指し、歩いていきます。
しばらくして、マーニが言いました。
マーニ「おねいちゃん」
マーニの視線の先には痩せこけて、青白い顔をした男の子が、ボロボロのシャツ一枚で身体を震わせながら、座り込んでいました。
ソール「そうね」
ソールは男の子に声をかけます。
ソール「君、だいじょうぶ?」
男の子は首を振ります。
マーニ「ねえ、あなた。このお金で羽織れるものを買いなさいな。少ないけど、今日はお祭り。バザーで安く買えるはずよ」
ソール「いいの?」
マーニ「困ったときは?」
ソール「ごちそうさま」
マーニ「おたがいさまだって!」
男の子は、ふたりの様子が可笑しかったのか、笑いだします。マーニは男の子の手を取り、お金を渡します。
男の子は立ち上がり、ふたりに頭を下げ、ふもとへ降りていきました。
マーニ「おねいちゃん、はやくしないとお日さまがのぼっちゃうよ」
ソール「そうね、行きましょう」
軽快な足どりですすみ、ふたりは丘の上へたどり着きました。
しかし、そこはひっそりと静まりかえり、ふたつの人影が佇んでいました。
人影をよく見ると、それはさっきの男の子と、パイをあげた女の子ではありませんか。
びっくりするふたりを見て、男の子が言いました。“ソール、マーニ。あなたたちはなんとやさしいのでしょう”
マーニ「なんであたしたちの名前、知ってるの?」
ソール「それに、どうやってここへ」
驚くふたりに女の子が言いました。“わたしたちは神の使い、天使なのです。今宵、こどもたちがどのような行いをするのかを、見ていました。あなたたちはなんと心のやさしい姉妹なのでしょう。私たちはいつまでも、あなたたちを見守ります”
天使の言葉をきっかけに、空のはしから日が顔をのぞかせ、光の筋がふたりを照らしはじめます。それを合図に、木々が揺れ、小鳥が歌い、世界がキラキラ動きだしました。
ソール「きれい」
マーニ「もう夜が明けちゃった」
ソール「お星さまのように、世界もこんなにキラキラしてるのね」
マーニ「あたし、夏も嫌いじゃない、かも」
日の出を見つめるふたりの様子は、まるで世界に祝福されているようでした。
その日のできごとが夢だったのか、現実だったのか、わからないまま時は流れ、ふたりは歳を重ね、いつしか夏至の夜の記憶は薄れていきましたが、変わらずやさしく、変わらず仲良しで、暮らしていきました。
その様子を、天使は幸せそうに見守っているのでした。
おしまい。