【小説】チョコレート工場の公然の秘密
あなたは知っていますか?
工場が封鎖されたはずなのに、出荷され続けるチョコレートに、あるとき、5つだけ『金のチケット』が封入され、それを手にした5人のこどもとその家族をチョコレート工場に招待したお話『チョコレート工場の秘密』
そんなおとぎ話のような場所が本当に存在するのです。
だから、もしもあなたが金のチケットを手に入れたとしたら、どうすればよいか、わかりますよね?
その日は突然やってきました。SNSでこんなつぶやきがバズったのです。
「世界中に出荷されるチョコレートのうち、5つのチョコレートにだけ『金のチケット』を封入しました。チケットを手にした5人をチョコレート工場にご招待いたします。そして、そのうちの1人にだけ、特別賞を与えます」
その記事を見て、ある人は物語が現実になったと歓喜し、ある人は詐欺なのではと訝しみ、ある人はひどい話題づくりだと批判を始めました。
やがて、チケットを手にした5人。
1人目は大食い選手権で数々の記録を誇る30代の大柄な男性。出場した大会で超巨大ラーメンをすすりながらテレビのインタビューに応えました。
「チョコはいつも箱買いするんすよ。で、買ったぶんはその日のうちに食べきっちゃう感じで。いつもみたいに食べてたらなんか『金のチケット』も食べちゃったみたいで。危うく飲み込んじゃうことでしたよ。やべーやべー。工場?もちろん行きますよ。チョコレートの川に溺れてみたいっすねー。あははー」
2人目は人気アイドルグループに所属する10代の女性。自身のSNSのストーリーで『金のチケット』が手に入ったことを報告しました。
「みなさん、今日は報告があります。なんと、今話題の『金のチケット』、ゲットしちゃいました!いつも応援してくれているファンの方からチョコいっぱい送っていただいて、なんとその中にあったんですー!チョコはメンバーたちやマネージャーさんとぜんぶおいしくいただきましたー。ごちそうさまでした!」
3人目は有名な動画配信者の20代女性。自身の動画チャンネルで公表しました。
「ハロー。この前言ってた『金のチケット』マジでゲットしたよ~!ヤバすぎでしょー!チョー楽しみだよねー。もちろん、撮影しながら見学するからさ、最高の再生回数稼ぎにいくから!みんな、期待しててねー」
4人目はやり手の会社経営者の40代男性。自身のSNSでつぶやきました。
「『金のチケット』、僕の予想通り、一枚で手に入れました。わが社のリサーチ力は間違いありませんでしたね。あの工場がどんな経営をしているのか、とても楽しみです。あ、チョコは秘書がおいしくいただきました」
そして、5人目。世界中の誰もが注目するなか、いつまで経っても公表するものは現れませんでした。様々な憶測が飛び交う中、その日はやってきました。
指定の場所に集まった5人。大食い選手は密着のテレビクルーを連れやってきました。アイドルはマネージャーを、動画配信者はスタッフを、社長は秘書を連れています。
世界中のメディアが押し寄せる中、とうとう5人目の人物が現れます。その人物は覆面、黒づくめでやってきました。しかし、背丈から子どもではないかと推測されます。うしろには腰を曲げた覆面の人物がついてきています。
SNSでは、彼らが誰なのか、一斉に推理合戦が始まりました。
10時きっかりに門は開かれ、どこからか賑々しい音楽が流れ始めます。そして、人形のような恰好をしたダンサーが現れ、歓迎の踊りを披露していきます。
そして、ショーが終わるといつのまにか工場長が姿を表しており、口を開きます。
「ようこそ、チョコレート工場へ。これより先は『金のチケット』を手にした方とそのお供の方のみ、お入りいただけます。そのほかの皆様に置かれましては、当工場の動画チャンネルにて、工場見学の模様を生配信致しますので、そちらをご覧くださいませ」
言い終わると、工場の中へ5人とそのお供を案内します。
消毒をして、防護服と手袋、マスクを身にまとい中に入ると、そこにはおいしそうなチョコレートの川が流れていました。川だけではありありません、そこにあるものすべて、大自然がお菓子でできているのです。
参加者が見入ったり、写真に収めたり、動画を収録したり、それぞれ思い思いに見学をしていると、お菓子の自然で、工場で働いている全身真っ白、完全防護服姿の労働者たちが現れます。黙々と作業をする彼らを横目に、大食い選手に同行しているテレビのディレクターが口を開きました。
「チョコレートの川に溺れてみたい、って言ってましたよね?どうですか?」
少しばかり考えたのち、大食い選手は答えます。
「いやいや、さすがにそれは。押さないでくださいよ、ぜったいに押さないでください」
川に向かって、今にも落ちそうに身を乗り出している大食い選手にディレクターは苦笑いをします。さすがに、ここで彼を落とせば、テレビ局にクレームが殺到するに違いありません。
しかし、フリだと思った大食い選手は今か今かと待ち構えています。ディレクターが躊躇しているうちに、支えにしていたチョコレートの木の蔦が折れて、川に落っこちてしまいました。
希望通りにチョコレートの川に落っこちて溺れた彼は、天井の機会に吸い上げられ、そのまま、流れていってしまいました。
「まさか、そのままチョコレートのお菓子にされてしまうのですか?」
慌てふためいたディレクターに問いただされて、工場長は肩をすくめながら答えます。
「まさか。むしろ、今流れているチョコレートはすべて破棄しなければなりません。さすがに、出荷できませんから。動画をご覧の皆さま、当方の不注意により、しばらくのあいだチョコレートをお届けすることができなくなりました。大変申し訳ありませんでした。落下されましたお客様に置かれましては、すぐに救助し、救護室にご案内致しましたので、ご安心くださいませ」
世界中に配信されていることを思い出したテレビクルーたちは顔を青ざめさせて、救護室へ向かいました。
「それでは皆さま、次へ参りましょう」
一行が次に案内されたのは、新商品を開発するラボでした。ラボでは、斬新なお菓子を開発していました。
工場長は一つのサンプルを取り出します。
「これは世界初の、1つ舐めるだけでフルコースが味わえるキャンディです。舐めすすめるほどに味が変わって…」
自慢げに説明する工場長の言葉を遮り、動画配信者が口を挟む。
「世界初!?はいはいはいはい、私が舐めるー!」
彼女は工場長が止めるのも聞かず、動画の撮影をはじめ、キャンディを口にしました。
「おつ、まずはコーンスープの味がするよ、おいしー!あ、サラダの味がしてきた、ふっしぎー!おっ、次はステーキだ!ステーキ舐めるのってなんかウケるー!」
味が変わる様子を愉快に実況していくが、急にその言葉が途切れる。硬直した彼女の身体はしだいにすみれ色に染まっていき、丸々と膨らみだした。
「あー、だから、止めたのに。そのキャンディはまだ試作品なのですよ」
それまで黙々と作業をしていた労働者たちがゾロゾロと集まり、丸まった彼女をコロコロと転がしていってしまいます。スタッフは撮影を止めることなく、カメラを向けたまま追いかけていきました。
何事もなかったかのように、次の部屋へ案内された一行の目に飛び込んできたのは、リスたちがナッツの皮を剝いでいる姿でした。リスたちはとてもよく訓練され、キビキビと働いています。
「わー、かわいいー。ねえ、マネージャーさん、私、あの子ほしいなあ」
アイドルがわがままを言い出します。こうなったら聞かないのを知っているマネージャーは工場長に交渉しますが、聞き入れられませんでした。
「あげられないと言っても、勝手についてくるぶんには断れませんよねー?ねー、かわいいリスちゃん、よしよーし!」
アイドルはリスの元へ駆けだして、リスのいる作業場に侵入してしまいます。その途端、リスが一斉に飛びかかり、あっという間に彼女を取り囲みます。そして、彼女の衣服を剝がそうとしていきます。アイドルは必死に抵抗しますが、リスたちは異物と判断し、ダストシュートに投げ入れてしまうのでした。
マネージャーは焦って作業場に入りますが、同じように衣服を引き剥がされたあと、ゴミ扱いされてしまうのでした。
「こんな茶番、もう付き合ってられないな。ちゃんとした見学をさせてくれないか」
社長の要望により、一行が連れてこられたのは、流通センターでした。そこでは、ベルトコンベアーによりお菓子が流れており、その先にはタブレットサイズのディスプレイが置かれ、お菓子がディスプレイに当たると消えてしまうのでした。
「これは、どういう仕組みなんだい?」
社長の問いに工場長が答えます。
「今の時代、インターネットでお買い上げになられる方がとても多いので、こうして直接インターネットにお菓子を送っているのです。ご注文をいただいたらすぐに発送できるので、お菓子の鮮度も保たれるのですよ」
「それはすごい、そんなすごい発明を、あなた方だけで独占しているのですか?なんともったいない。その技術は世の中のために公表すべきだ!私がこの技術の仲介をしましょう。これは大きなビジネスになるぞ!」
興奮したようすの社長は、ベルトコンベアーのレーンを飛び越え、タブレットの元へ向かいます。そして、とうとうたどり着く直前、足元に置いてあった段ボールにつまづき、タブレットの中に入ってしまいました。
一行が駆け寄ると、タブレットの中に社長を発見します。なにか叫んでいるようですが、残念ながら音声は届きません。そんな社長を、検品にきた労働者が消毒を始めます。慌てた秘書がタブレットの中に手をのばしますが、社長はその手を引き、秘書もタブレットの中に入ってしまいました。
残った覆面の2人と工場長はそのあとも工場見学を続けます。
その様子を配信で見ていた人たちは様々な憶測をかきたてます。かの「チョコレート工場の秘密」では、このあと、残ったこどもに特別賞として、チョコレート工場をプレゼントすると言い出します。
しかし、工場を手にするためには、家族と離れなければならないと知ったこどもは、その誘いを断るのでした。
その後、工場の売り上げは絶不調となり、工場長はこどもの前に姿を現し、どうするか相談されるのです。
相談に乗り、その不調の原因と、彼が抱える家族の問題を解決したこどもは、家族と離れ離れになることなく、工場の後継者となるのでした。
特定厨は、覆面の素性を明かそうと躍起になり、ネット上には様々な人物の名前があがってきました。しかし、どれも決定づけるものではありません。
やがて、今回の企画に対する不満や、覆面の人物に対する不信感は募ってきました。
そうこうするうちに、工場見学は終了し、配信も途絶えてしまいます。
それからしばらく、工場には批判や問い合わせが殺到し、不買運動まで広がる始末。しかし、それもすぐに収まり、世間は次は芸能人の不倫騒動でもちきりになったのでした。
ある日、大家族に生まれた男の子は、誕生日プレゼントにチョコレートをもらいました。そう、あの『金のチケット』が入ったチョコレート。
家族の前でワクワクしながらチョコレートの封を開けますが、残念ながら、チケットは入っていませんでした。
またあるとき、おじいちゃんにお小遣いをもらい、チョコレートを買いました。しかし、二度目のチョコにもチケットは入っていません。
落ち込んで帰っていると、財布が落ちていることに気づきます。中を確かめると、1万円札が一枚、入っていました。子どもは、しばらくそのお金を見つめ、やがて歩き出します。
そして、たどり着いたのは、交番の前でした。
財布を届けた子どもは、警察官に褒められ、スキップして帰っていくのでした。
その様子を黒塗りの車の中から眺めていた男は、ドライバーの男に向けて口を開きます。
「この世はままならないものだな。本当に届けたいところにはなかなか届かない」
「どうされますか?」
「そうだなあ。物語になぞりたかったが、仕方あるまい。お前に任せる」
ため息をつきながら、ドライバーは車をゆっくりと発進させるのでした。