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戯曲「神さまーバケーション #3 土用」


「神さまーバケーション # 3 土用」・登場人物表
野俣夢(33) 【失業者】
神様(?) 【神様】
心野琴世(21) 【巫女・大学生】
土居みのり(31) 【看護師】


1. 神社・手水舎・午後1時・外
「土用入り①」


夢(N) 「人生は、夢にも思わないようなことが起こる。親の再婚で同居することになった連れ子がクラスメイトだった、だとか、まがり角でぶつかった女の子と入れ替わった、だとか、トラックに惹かれたら異世界に転生した、だとか。はたまた、会社をクビになったから神社に神頼みに来たら神様に頼まれごとをされるようになった、だとか。そんな夢のような、信じられない話が僕の身にも降りかかった。それから、僕のいつ終わるかもわからない夏休みが始まった」

M:メインテーマ
SE:水の滴る音
野俣夢(のまたゆめ)が水が滴るのをぼうっと見つめている。
そこに心野琴世(こころのことせ)がやってくる。
しばらく夢を見つめている。

琴世 「何してるんですか?」
夢 「うわあっ!」
琴世 「しーっ!境内ですよ、お静かに」
夢 「いや、突然声をかけるから」
琴世 「突然じゃないですよ。しばらく見てました」
夢 「だったら声かけてよ」
琴世 「集中してたから」
夢 「気を遣わせた?」
琴世 「気を遣いました」
夢 「はは。ごめん」
琴世 「どういたしまして。なにしてたんですか?」
夢 「いや、特に、なにも」
琴世 「手、清めないんですか?」
夢 「あ、手、洗う場所なんだよね、ここ」
琴世 「手を洗う、というか、心身を清めるところですね」
夢 「え、ここで?」
琴世 「今、なに考えました?」
夢 「いや、なんでもないよ」
琴世 「禊(みそぎ)を簡略化したものですから。口をすすぐのは身体の中、また、心を清めるためなんだと思います」
夢 「へえ、手、洗うだけじゃないんだ」
琴世 「夢さん、したことないんですか?」
夢 「ここにはだいたい直接くるし、汚れてないから大丈夫かなって」
琴世 「はあ」
夢 「ダメだった?」

Ⅿ:3分クッキング風
(C.O)
琴世 「今日は手水(てみず)についてご紹介します。てみず、または、ちょうずと呼ばれ、参拝の前に、心身を清め、穢れを祓う意味があります。ほとんどの神社には手水舎(てみずや)、ちょうずしゃなどと言われる場所に、水盤が置かれています。作法としては、まず、柄杓を右手で持ち、水を汲み、左手に水をかけ、清めます。次に左手に持ちかえ、右手を清めます。そのあとまた、右手に持ちかえ、左掌に水を注ぎ、口を漱ぎ、残った水で柄杓の持ち手を清めます。この、一連の動作を一すくいで行います。そのあと、手をハンカチで拭うか、自然乾燥させるかどうかは神社によって異なりますので訪れた神社に合わせて応対するのがよいでしょう。大切なのは、穢れを祓うこと。皆さんも、それを心に留めて清めましょう。それでは、また次回」
(F.O)
夢 「水は飲まなくていいんだ」
琴世 「それじゃあ穢れが祓えないでしょう」
夢 「むしろ、内に入れちゃうね」
琴世 「鈴を鳴らしたり、拍手したりするのと同じです」
夢 「ってことは、僕は今まで、けがれたまま、神様に会ってたんだ」
琴世 「そうなりますね」
夢 「神様、嫌だったかな?」
琴世 「どうでしょう」
夢 「僕、今、だいぶけがれてるから、ちゃんと祓わないとなあ」
琴世 「え?」
夢 「鰻、食べてきたんだ。におわない?」
琴世 「…少し」
夢 「今日は土用って聞いたから、贅沢しちゃった」
琴世 「夢さん…。もちろん、いつ食べたってかまわないんですけど、鰻は丑の日に食べるのが通例ですね」
夢 「うし?うなぎなのに?」
琴世 「なんでもないです」
夢 「諦めたよね、今」
琴世 「それより、神様がお呼びです」
夢 「えー、ここ数日落ち着いてたのに」
琴世 「贅沢したんだから!そのぶん働く!」
夢 「き、厳しい…」

M:場転


2. 神社・本殿・午後2時・内
「土用入り②」

SE:歩く音
夢と琴世が歩きながら喋っている。

夢 「つまり、土用は一日だけでもなければ、夏だけのものでもない、と。それってつまり、鰻はいつ食べてもいいってことかな?」
琴世 「そんなこと誰も制限してないですよ」
夢 「なんか、いままで損した気になるなあ」

神様は近づく二人を見つめている。

神様 「なんだかアホな会話しとるのう」
夢 「あ、神様、次はどんな頼みごとですか?」
神様 「久しぶりじゃというのに嬉しないんか?」
夢 「平和がいちばんです」
神様 「つれないやつじゃなあ」
夢 「つれなくて結構です。鰻じゃあるまいし」
神様 「むむ、におう、におうぞ!おぬし、鰻食ったな?」
夢 「わかりますか?」
神様 「精をつけたからには存分に働かないとな」
夢 「おんなじこという」
琴世 「それでは、私はお勤めに戻りますので」

琴世が社務所へ去っていく。

夢 「琴世ちゃん、元気そうですね」
神様 「うむ」
夢 「結局、彼女の願いは叶ってないけど」
神様 「そんなことはござらんぞ」
夢 「え?」
神様 「それよりも、もうすぐ夏休みじゃ!いつもより多く巫女のバイトを入れるにちがいにゃあ。楽しみじゃのう!」
夢 「バイト…。バイトか。彼女、今、大学3年生ですよね。就職とか、どうするんでしょうか?」
神様 「それは神のみぞ知る、ちゅうやつじゃ」
夢 「あなたが神様でしょ」
神様 「ん、では、神すらも知らん」
夢 「巫女になったり、はしないんでしょうか?」
神様 「なんじゃ、寂しがっとるんか?」
夢 「いや、そんなんじゃあ…。僕、バイト先にそのまま就職したんで、巫女はそういうことあるのかなって」
神様 「どうじゃろうのう。あの子なら、目指すなら、神職の資格を取るじゃろうけど」
夢 「え、神主さんって資格いるんですか?」
神様 「そういう神社はな。まあ、興味があるなら調べてみい。それより、そろそろ出てくるぞ。次なる依頼者は、この神社で式を挙げる予定のおなごじゃ!」
夢 「そんな幸せいっぱいそうな人の願いを叶えるんですか?」
神様 「そうじゃ」
夢 「なんとも恵まれて、うらやましい限りですね、その人」
神様 「幸せじゃからこそ、願わねばならんのじゃろうな」
夢 「え?」

SE:引き戸が開く音
土居(どい)みのりが出てくる。
後を追って、琴世が見送りに出る。

みのり 「本当にすみませんでした、急遽、予定が変更になってしまって。次はちゃんと二人で来ますので」
琴世 「お仕事なら仕方ないですから。また、お待ちしております」
みのり 「ありがとうございました。では、失礼します」
神様 「ほれ、あのおなごじゃ。…夢、どうした?」
夢 「みのり」
みのり 「…夢ちゃん」

M:場転


3. 神社・境内・午後2時・外
「土用入り③」

境内のベンチに並んで座る夢とみのり。
それを遠くから見つめる神様と琴世。

琴世 「夢ちゃん、ですって」
神様 「ただならぬ関係じゃな」
琴世 「どんな関係でしょうか」
神様 「気になるか?」
琴世 「あの夢さんですよ。神社にきてブラブラしてるか、神様の頼みごと聞いてるか、恋人どころか、友達がいる気配すらしない」
神様 「そんな風に思っとったんか」
琴世 「元カノ、でしょうか」
神様 「心配か?」
琴世 「なにがですか?」
神様 「これを期に寄りを戻したり、なんての」
琴世 「彼女、式の打ち合わせにきたんですよ」
神様 「わからんぞ、偶然の再会が二人の距離を急激に縮め、愛の火を燃え上がらせるやも!」
琴世 「神様って、けっこう下世話ですよね」
神様 「わし、こう見えて、恋愛成就の神様もやっとるじゃ」
琴世 「だったらなおさら、結ばれようとしてる二人を引き離してどうするんですか」
神様 「人の気持ちは思い通りにはいかんもんじゃて」
琴世 「なるほど」
神様 「しっかし、険悪な雰囲気ではなさそうじゃな」
琴世 「友達以上恋人未満、いや、しばらく会ってなかった幼馴染とか?」
神様 「琴世ちゃんもたいがい下世話じゃ」
琴世 「あ、終わったみたいですよ」
神様 「思いのほかはやかったのう」
琴世 「夢さん、こっちきます」

SE:歩く音
夢が歩いてくる。

琴世・神様 「おかえりなさい(おかえりじゃ)」
夢 「ずっと見てましたよね」
神様 「な、なんのことじゃ、わしはその、視力検査をしてただけじゃ」
夢 「どんな言い訳だよ」
琴世 「おともだちですか?」
夢 「まあ」
琴世 「付き合ってた、とか?」
神様 「ひゃー、琴世ちゃん、大胆!」
夢 「アホか」
琴世 「付き合ってなかったんですか?」
夢 「それはーえーっとー」
神様 「もっと深い事情でもあるんか?身体だけの関係じゃった、とか?」
琴世 「きゃー!!!」
夢 「違います!ちゃんと付き合ってました!」
神様 「付き合っとったんか」
琴世 「付き合ってたんですね」
夢 「あ」
神様 「あやつ、今度結婚するんじゃと」
夢 「聞きました」
琴世 「ショックですか?」
夢 「まさか。別れたのはもう10年も前ですよ」
神様 「まだ引きずっておるとか?」
夢 「ないです」
琴世 「そのわりには気まずそうでしたけど?」
夢 「そりゃあ、別れてたら、そんなもんでしょ」
神様 「そんなもんかのう」
琴世 「そんなもんなんですか」
夢 「あー、もう。それで、彼女の願いはなんなんですか?」
神様 「誤魔化したな」
琴世 「誤魔化しましたね」
夢 「もういいです」
神様 「“好きな人がいなくなりませんように”」
夢 「え?」
神様 「彼女の願いじゃ。その手助けをしたってちょ。それが今回の神頼みじゃ」

M:場転


4. 鰻屋・テーブル・午前12時・内
「土用 一の丑①」

SE:店内のにぎわう音
夢とみのりが向かい合って座っている。
食事も終わりごろ。

みのり 「はーっ、おいしかった。ごちそうさまでした」
夢 「(みのりを見つめている)」
みのり 「なに?」
夢 「相変わらず、おいしそうに食べるなって」
みのり 「せっかくのご飯なんだもん。それで?」
夢 「あー、そのー」
みのり 「あの巫女さん、彼女?」
夢 「いや、そんなんじゃないよ」
みのり 「そうだよね、ちょっと若すぎるかな」
夢 「そうそう、彼女まだ大学生だし」
みのり 「仲は悪くない、と。それで?彼女との間を取り持ってもらおうと、別れた女に連絡してきたの?」
夢 「いや、ほんと、そんなんじゃなくって、その」
みのり 「そっちこそ相変わらず。はっきりしないんだから」
夢 「ごめん」
みのり 「やめて。せっかくおいしいもの食べて幸せな気持ちなんだから」
夢 「神様に頼まれたんだ」
みのり 「へー、それはすごいねー」
夢 「信じられないとは思うけどその、あの神社の神様に神頼みされて」
みのり 「おもしろくないよ、それ」
夢 「冗談じゃない」
みのり 「それ、こっちの台詞」
夢 「真面目に聞いてよ」
みのり 「真面目に喋ってよ」
夢 「…とにかく。今回はみのりの願いを叶えるのが僕の使命で。だから、願いを叶えるために協力したい。そうだ、君があの神社で頼んだ願い、僕は知ってる。それ当てたら信じられるんじゃない?」
みのり 「なに?」
夢 「“好きな人がいなくなりませんように”。どう、合ってるだろ?」
みのり 「合ってたとして。それで、どうしてくれるの?」
夢 「それは、」
みのり 「いなくなった元カレが、今の恋愛に口出してなにができるの?むしろ、迷惑だって思わない?」
夢 「それは」
みのり 「願いを叶えるって。いなくなった人になにができるの?」
夢 「・・・」
みのり 「すぐそうやって黙る。黙ってれば時間が解決してくれるって思ってるんでしょ」
夢 「ちが、」
みのり 「なにもしないで」
夢 「ごめん」
みのり 「謝れば済むと思ってる」
夢 「・・・」
みのり 「話はそれだけ?じゃあ、帰るね」
夢 「・・・」
みのり 「“話はそれだけ?じゃあ、帰るね”」

伝票を取って立ち上がるみのり。

夢 「あ、いいよ、僕が誘ったんだから」
みのり 「大丈夫。無職の人に奢らせるわけにはいかないから」
夢 「あ」
みのり 「じゃ」

みのりが去っていく背中を見つめる夢。
M:場転


5. 神社・本殿前・午後2時・外
「土用 一の丑②」

SE:蝉の鳴き声
肩を落とす夢の話を聞く神様と琴世。

神様 「それで、慰めてもらいにきたのか」
夢 「そんな、僕は神様の頼みを聞いて動いてるだけなのに」
神様 「どうするんじゃ」
夢 「今回は僕にはできそうにありません」
神様 「いつになく卑屈じゃのう」
琴世 「苦手なんですか、彼女さん?」
夢 「彼女じゃない」
琴世 「そうでした」
夢 「苦手とかじゃなくて、別れてるわけだし」
琴世 「ひどい別れ方したんですか?その割には普通に話してましたけど」
夢 「ええと、その」
琴世 「今でも好きなんですか?」
夢 「いや、それは、その」
琴世 「なんで別れたんですか?」
夢 「あのー、その-」
琴世 「夢さん、人にはズバズバ言うくせに、自分のことになるとウジウジするんですね」
夢 「そ、そうかな?」
琴世 「身近になるほど、なにも言えなくなるんですよね」
夢 「さすが」
琴世 「それを本当に相手が望んでるって?」
夢 「わからないから言えない、ってこともあるだろう?」
琴世 「だとしたら、夢さんとは親しくならないほうが仲良くできるんじゃないでしょうか」
夢 「そうかも、しれないね」
琴世 「だったらなんで、」
神様 「琴世ちゃんや」
琴世 「すみません、言いすぎました」
神様 「暑いのう。喉が渇いてたまらんわ。水、持ってきてくえるかの?」
琴世 「はい」

社務所に入っていく琴世。

神様 「気持ちがわかるからこそ、あんなこと言うたんだで」
夢 「わかってます。でも、僕にはどうすることもできない」
神様 「わしらの頃には、土用の丑の日に鰻を食う習慣なんぞなかった」
夢 「え?」
神様 「そもそも土用は、五行思想ちゅうもんからきとってな。木火土金水、わかるかや?」
夢 「なんとなく」
神様 「季節はそれぞれ強くなる“気”があるらしい。春は木、夏は火、秋は金、冬は水。そして、土は季節の変わり目、そう、ちょうど今頃に気が盛んになるんじゃと。だもんで、土用ちゅうんじゃ。そんな土用にはしたらあかんと言われることがある。なんじゃと思う?」
夢 「土に関係のあることですか?」
神様 「そりゃな」
夢 「土、土がつく、とか?」
神様 「ほほう、勝負に負けてはいかんとな」
夢 「合ってるんですか?」
神様 「いや、違う」
夢 「正解は?」
神様 「さあの」
夢 「神様のくせに意地悪しないでくださいよ」
神様 「確かに、わしは意地がええとは言えんかもな。じゃが、わしが意地悪なら、おぬしは意地っ張りじゃぞ?」
夢 「そんなこと」
神様 「ないか」
夢 「どうでしょう」
神様 「気にするな。人間みんな、じぶんのことは見えんもんだがね」
夢 「みんな、ですか」
神様 「おぬしはいつもいつも、言葉を真に受けるでな、わしもさすがにかわいそうに思えてきたわ」
夢 「言葉を真に受ける、って」
神様 「“好きな人がいなくならない”こと。なぜそんなこと願うんじゃ?どうしたら彼女の心は晴れる?もう一度考えてみい」
夢 「わかってるなら教えてくださいよ」
神様 「これも、神様の思し召し、じゃ」

M:場転


6. 神社・社務所・午前11時・内
「土用 一の申」

SE:蝉の声
みのりが机の前に腰掛けている。
琴世がお茶を持ってくる。
SE:テーブルに湯呑を置く音

琴世 「(お茶を差し出し)どうぞ」
みのり 「ありがとうございます。すみません、今日も遅れてて」
琴世 「いえ。お仕事お忙しいんですか?」
みのり 「休み取ってくれたんですけど。急に呼び出されたらしくって。行かなくてもいいのに、真面目な人だから」
琴世 「土居さんだから、甘えられるんですね」
みのり 「え?」
琴世 「あ、すみません、そうかなあって」
みのり 「どうかな。私のほうが甘えてるかも」
琴世 「ステキです」
みのり 「…今日は、夢ちゃん、来てないんですか?」
琴世 「夢さん、お昼過ぎしかこないんです。寝坊助さんなんですかね」
みのり 「昔はしょっちゅう、朝まで企画書つくってたり、不規則な生活してましたけど」
琴世 「へえ。仕事熱心だったんですね。想像できない。なにせ、今は無職ですもん」
みのり 「彼、なんで仕事辞めたんですか?」
琴世 「さあ。なぜ私に?」
みのり 「親しそうだから」
琴世 「そう見えました?」
みのり 「この前、変なこと言われたんです」
琴世 「神様に頼みごとされた、とかですよね?」
みのり 「え?」
琴世 「信じられないとは思いますが、そのために一生懸命なんとかしようとしてるのは事実です」
みのり 「そんなことされても」
琴世 「鬱陶しいですか?」
みのり 「んー、悪い人じゃないのはわかってるから。でもびっくりした。仕事辞めておかしくなっちゃったのかなって」
琴世 「おかしな人ですよね、人のこと一生懸命できるのに、じぶんのこととなると途端に迷子になっちゃうから」
みのり 「よくわかってる」
琴世 「内弁慶ならぬ、外弁慶、みたいなんで。適度な距離感、必要みたいです。近いと甘えるし、気にしすぎるし。ほんと、おかしな人です。だいたい、人のこと気にするくせに自分勝手なんだから。よくあんなのと付き合ってられましたね」
みのり 「(微笑んで)ひどい」
琴世 「そうそう、ひどいんですよ、人の気も知らないで」
みのり 「私、どうしたらいいんでしょう」
琴世 「とりあえず、話、聞いてあげてください」

SE:ピンポーン

琴世 「あ、来られましたかね。(玄関に向かって)はい、ただいま」

SE:廊下を走る足音
M:場転


7. バー・カウンター席・午後9時・内
「土用 二の丑」

M:店内BGM
隣り同士で座る夢とみのり。

夢 「こんなところ、くるんだ」
みのり 「ええ。旦那と」
夢 「結婚、まだじゃなかった?」
みのり 「籍はもう入れてるの」
夢 「あ、そうなんだ。え、じゃあ、ご主人は?」
みのり 「家で待ってる」
夢 「え、大丈夫?心配しない?」
みのり 「おかまいなく。ちゃんと言ってきたから」
夢 「え、あ、うん」
みのり 「それに、ここ、あの人の行きつけなの。ね、マスター」
夢 「(マスターにお辞儀され)あ、どうも」
みのり 「なに、もしかして、ドキドキした?」
夢 「は?なにが?」
みのり 「巫女さんがね、グチってたよ、あなたのこと」
夢 「え、なにを?」
みのり 「自分勝手なやつだって」
夢 「あー、ごめん」
みのり 「私に謝ってどうするの」
夢 「ああ、ごめん」
みのり 「かわいそうだから慰めに誘ったの」
夢 「それは、ありがとう」
みのり 「うそ」
夢 「え」
みのり 「ごめんごめん。今日は話を聞きに来たの」
夢 「なるほど」
みのり 「なにか、言いたいことは?」
夢 「…ごめん」
みのり 「それは聞き飽きた」
夢 「ごめ、あ、その」
みのり 「あ、ごめんごめん。口挟まないから、どうぞ」
夢 「僕に、みのりの願いを叶える資格なんてないのはわかってるんだけど、でも、きっと神様が言うのなら、何かあるんだろ?このまま結婚してもうまくいかない、っていうかなんていうか」
みのり 「それで?」
夢 「土用って、新しいことはじめるの、よくないんだって。その、土の季節だから、土をいじるようなことしないほうがいいって。昔は、土を耕すのがはじまりだったから。そこから来てるらしい」
みのり 「ふーん」
夢 「だから、結婚も、あ、籍は入れてるのか、あ、でも、式は日にちずらしたほうがいいんじゃないかな」
みのり 「ご忠告ありがとう。ちなみに、式は秋の予定なの」
夢 「え、あ、そう」
みのり 「ほかには?」
夢 「ええっと」
みのり 「あ、マスター、おなじの一つ」
夢 「つよいね」
みのり 「変わらないよ、あのときから。ま、いっしょにお酒飲んだのなんて数回だったから、わかんないか。あ、これ、嫌味じゃなくてね」
夢 「好きなの?」
みのり 「好きだなあ、大好き。だって、休みの日にはいっしょにいてくれるし、記念日は忘れないし、なにより、いっしょにいて辛くない」
夢 「そっか」
みのり 「そっちじゃないだろー!ってツッコむところでしょ、そこは」
夢 「ごめん」
みのり 「もう。夢ちゃんはさ、私のこと嫌いになっちゃったかもしれないけど、私は嫌いじゃないよ。別に、好きでもないけど。(マスターからグラスを受け取って)あ、ありがとう。おかわりは?まだいい?」
夢 「大丈夫」
みのり 「仕事、辞めたんだって?」
夢 「うん」
みのり 「あんなに頑張ってたのに」
夢 「いろいろあって」
みのり 「仕事、嫌になったの?」
夢 「あ、いや、その、クビになったから」
みのり 「えー、なにしたの?」
夢 「その、つい熱くなって、いろいろ」
みのり 「はー。変わらないね」
夢 「はは」
みのり 「後悔してるの」
夢 「それはない」
みのり 「うん」
夢 「間違ったことはなに一つしてない」
みのり 「ほんと、変わらない。ほんと、頑固」
夢 「そんなことないけど」
みのり 「すぐそうやって意固地になる。人の話聞こうとしないんだから」
夢 「聞いてるよ」
みのり 「聞いてない」
夢 「聞いてるって、聞いてるから、その、」
みのり 「そうやって、言葉を飲み込んで、黙っちゃう」
夢 「それは」
みのり 「わかるよ、こっちのこと考えてくれてるのは。でも、そんなふうにされたらさ、こっちが悪いことした気になってくるよ。ちゃんと言葉を返してくれたほうがずっといい」
夢 「それは…」

M:クライマックス
(C.O)
みのり 「言わなきゃわかんないよ。わかるけど、言ってくれなきゃ。自分が我慢すれば、そう思ってるんだろうけど、それってすっごい勝手。それなら喧嘩したほうがマシ」
夢 「そんなこと、みのりだってこっちに合わせて文句一つも言わなかったじゃないか!」
みのり 「私はそれでよかったもん。私は好きだったよ。仕事に夢中なあなたが。たまの休みでも、仕事の話ばかりで、たまにおでかけすれば、どこ連れていってくれるんだろう、って思えば、仕事の下見で、でも、いろいろ見て回って楽しかったし、イキイキしてて、ほんと仕事好きなんだなって思ってた。自由で、気ままなあなたが好きだった」
夢 「無理してるじゃないか」
みのり 「無理じゃないよ」
夢 「じゃあ」
みのり 「無理してないから、言ったんじゃん、いっしょになりたいって」
夢 「それは」
みのり 「でも、わがままだった。結婚すれば解決するんだって思ってたけど、縛りつけたら好きなあなたはいなくなっちゃうのに、わかってたのに、そうでもしないとそのまま自由に、どっか行っちゃうんじゃないかって。子どもだったな」
夢 「・・・」
みのり 「別れてからもしばらく連絡したじゃない?」
夢 「うん」
みのり 「連絡しなくなったのさ、先輩に言われたの。あなたを大切にしてくれない人を追いかけるより、あなたを大切にしてくれる人を探しなさい、って」
夢 「ごめ、あ、」
みのり 「お互いさ、自分のことで精一杯だったんだね。いや、合わなかったのかも趣味も性格も、タイミングも。だから、いなくなったのも縁がなかったんだって今なら思える。あの人と会うための準備だったのかもって」
夢 「いい人なんだな」
みのり 「その自慢にきたんだもん」
夢 「よかった」
みのり 「大切な人がいなくならないように、なんてそもそも、相手を信用できてなかったね。このまま結婚しなくてよかった。ちゃんと、全力で結婚できる」
夢 「そっか」
みのり 「はー、すっきりした」
夢 「うん」
みのり 「だから、気にしないで」
夢 「急にいなくなってごめん」
みのり 「うん」
夢 「お幸せに」
みのり 「もちろん」
夢 「おめでとう」
みのり 「ありがとう、野俣くん」
(F.O)


8. 神社・境内・午前9時・外
「土用明け」

SE:蝉の鳴き声
参道を歩く琴世とみのり。
うしろをついていく神様。
鳥居の前で立ち止まる。

琴世 「いろいろ決まってくると、いよいよって感じしますね」
みのり 「そうですね、マリッジブルーも乗り越えたし」
琴世 「え?」
みのり 「うそ」
琴世 「願いは、叶いましたか?」
みのり 「叶えるのは私自身ですから。でも、不安はなくなりました」
琴世 「はい」
みのり 「それじゃあ、次は結婚式で」
琴世 「はい」
みのり 「巫女さんにも、神様が見えるんですか?」
琴世 「信じられないことに」
みのり 「(微笑んで)伝えておいてください。彼をよろしくお願いします」
琴世 「聞こえてると思います」
みのり 「ありがとうございました」
琴世 「まだまだ、これからです」
みのり 「ですね。それじゃ」
琴世 「はい。また、お待ちしてます」
みのり 「ええ」

みのりが去っていく。

琴世 「頼まれましたよ、神様」
神様 「頼まれたな」
琴世 「どうします?」
神様 「誰かに押しつけようかのう」
琴世 「それも、神様の思し召し、ですか?」
神様 「どうかの」
琴世 「今日も暑くなりそうですね」

みのりの背中を見つめる琴世と神様。


9. 神社・本殿・午後4時・外
「立秋」

SE:風の音
神様が賽銭箱に頬杖をついている。

夢 「(二礼二拍手一礼)」
神様 「願いごとは?」
夢 「幸せになりますように」
神様 「それは自分次第じゃ」
夢 「それでも」

琴世が掃き掃除から戻ってくる。

琴世 「珍しいですね、お参りするなんて」
夢 「ちゃんと手も清めたよ。心も」
神様 「これからは毎日手を合わせるんじゃぞ」
夢 「なんか、急にやる気なくしました」
神様 「ひねくれもんめ、鰻を食え、鰻を」
琴世 「もう土用は明けましたけどね」

SE:こどもたちの遊び声

夢 「元気だなあ。ああ、そっか。もう夏休みか」
琴世 「暦の上では、もう秋ですけど」
夢 「さすが、詳しいね」
神様 「土の時期は終わったな」
夢 「新しいことのはじめ時、ですかね」
神様 「夏休みはまだまだこれからじゃぞ!海行って山行って川行って、祭りに花火にやること満載じゃ!」
夢 「貪欲な神様ですね」
神様 「この一瞬はもう二度とやってこん、悔いのないようにせにゃあ」
夢 「悔い、か」
神様 「くわーっ、きゅうりの一本漬けが食いたいのう」
琴世 「私は焼きそばとりんご飴とベビーカステラとかき氷が食べたいです。あ、あと金魚」
夢 「え、食べるの?」
琴世 「金魚は、掬いたい」
夢 「琴世ちゃん、得意そうだよね」
琴世 「夢さんは。なにしたい?」
夢 「んー。流しそうめんかな。あの、手水舎でやったら楽しそう」
神様 「バチ当たりめ、そんなこと」
琴世 「それいいですね!」
神様 「琴世ちゃん!」

M:メインテーマ
3人の笑い声。


(終わり)

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