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【小説】明かりをつけましょ

 これはある姉弟のおはなしです。

 その日、事件が起こりました。

「たいへんだ!ね、姉ちゃんが、引きこもった!!!」

 そう、姉のアマちゃんが引きこもりをはじめたのです。弟のサノオは慌ただしく叫びまわり、そのことはすぐに隣り近所に知れ渡りました。

 アマちゃんはその明るい性格で近所の人気者。そんな彼女が塞ぎこむなんて、驚きを隠せない皆。彼女がいないだけで、どんより暗い空気が漂います。

 姉弟の家は父子家庭。母は、はやくに亡くなっており、父は母の死を受け入れられず、酒浸りの日々。長女のアマちゃんが家族を支えていました。

 母の死からしばらくして。父は酔っぱらって深夜に墓参りに行き、あまつさえ、飲めや歌えやの騒ぎ。挙句、幽霊が出ただの、追いかけられるだのと喚き散らかし、手あたりしだい当たりの物を投げ捨て、息も絶え絶え家路につきます、あくる日の墓場はひどい有様。

「聞いた?アマちゃんとこのお父さん」

「聞いたわよ。奥様が亡くなってずいぶん経つのにねえ」

 元々は近所の名士として、皆に尊敬され、信頼されていた姿は見る影もなくなっていました。

 その血を継いだのか、息子のサノオもワンパク三昧に育ち、皆を呆れさせていました。一部の子どもたちを従え、ガキ大将にのぼりつめたサノオ。

 ある日、父からのお使いを頼まれたサノオでしたが、急に母が恋しくなり、泣きじゃくります。

「母ちゃんに会いたいよお。おかあちゃーん」

 それは三日三晩続き、近所から白い目で見られる家族。業を煮やした父は、サノオを勘当してしまうのでした。

 ショックを受けたサノオは、得物を片手に、癇癪を起こして、姉の元へと向かいます。

 その一部始終を見ていたアマちゃんの親友、ウズメは急いでアマちゃんの元へ向かい、そのことを告げます。

 やばい、殺される、そう思ったアマちゃんは、家を施錠し、台所へ行き、鍋のフタと包丁を手にし、肉襦袢を着こみます。

――ドンドンドンドン――

 玄関先までたどり着いたサノオは、鍵がかかっていることに気づき、扉を叩き、中にいるはずの姉に叫びます。

「いれてくれよぉ、姉ちゃん!」

 しばらくして、じぶんが疑われていることに気づいたサノオ。

「大丈夫だよぉ、姉ちゃん。おれ、冷静よぉ。見てよ、ほら!」

 サノオは持っていた得物をかみ砕きました。遠くから様子を窺っていたアマちゃんはドン引きです。

 しかし、これ以上こじれるといよいよ危ない、そう感じたアマちゃんはスサノオの元に顔を出します。

 そして、勘当された弟への餞別として、大きな宝石を手渡します。困ったときにこれを売れば、しばらくは生活に苦労してしないであろうほどのものです。

「わかったよ、姉ちゃん」

 そう言って、サノオはその宝石を嚙み砕きました。

 言葉を失うアマちゃん。

「どうだい、おれの誠意は伝わったかい?」


 どうやら、試されていたのだと思ったらしいサノオ。珠を噛み砕けば許してくれるとでも思ったのでしょうか。

 じぶんの言葉足らずを悔やむアマちゃん。


「ありがとぉ、姉ちゃん。持つべきものは姉弟だな!心入れ替えて、まじめにがんばる」

 勝手に勘当を解いたサノオ。それからはおとなしく過ごしていました。

 以来、父も落ち着きを取り戻しましたが、責任を感じ、隠居し、近所でつくる自治会もアマちゃんが取り仕切っていました。

「アマちゃん、偉いわよねえ」

「本当ねえ。あんなお父さんと弟を持ちながらしっかりして似なくて良かったわねえ」

「実は、お父さんが違うんじゃないのかしら?」

 問題の多い家族のなかで、明るく、気丈に振る舞うその姿はまるで女神のよう。皆、好き勝手にあることないこと噂します。

 噂に頭を悩ませるも、家族がかけた迷惑を考えると、とても反論できないアマちゃん。

 父と弟のせいで逆に、評価がうなぎのぼりしていくことに戸惑うアマちゃん。

 それでも、期待に応えようとするけなげなアマちゃん。

 がんばれ、アマちゃん。負けるな、アマちゃん。

 と、じぶんを奮い立たせる日々を過ごしていた、とある日。

「聞いてくれよ、姉ちゃん!」

 乱暴に玄関の扉が開けられたかと思うと、忘れかけていたあの無駄にデカい声が聞こえてきました。

「おれ、生まれ変わったんだ」

 キラキラした目でそう告げてくる弟の表情は、確かに、以前の姿とは別物。使命感に燃えたようすで、これからは世のため人のために働く、と言い出します。

「おれは世のため人のために働く!」

 そう言うと、出されたお茶を一気に飲み干し、家を飛び出していきました。

 弟の言葉をいま一度信じよう、そうじぶんに言い聞かせたのでした。

 家を飛び出したサノオは、子分たちの元を訪れ、命令を始めます。

「そこらの道端に溝があるが、もったいない!ここを田畑にしたらもっと作物ができるだろ!埋めちまおう!」

 そう言って、田畑の畦道に行っては、溝という溝を埋めていきました。

 その日のうちにすべての溝を埋め終わった一行を労い、サノオ、その日の夜に宴会を開きます。

「今日は無礼講だ、みんな好きなだけ呑んでくれ!」

 皆を遠慮させてはいけないと、率先して酒を煽るサノオ。ハイペースに飲み進めた結果、酩酊状態になった彼は、おもむろにズボンを下ろし、その場で排泄を始めます。

 そして、夜が明け。その惨状に仰天するアマちゃんの元に近所からクレームが入ります。

「うちの畑の用水路がぜんぶ埋められてるんですけどお!」

「うわっ、くさっ、なにこれ!?」

 騒然とする皆に必死に頭を下げますが、それだけに留まらず、サノオの蛮行は日を増すごとにひどくなっていき、頭を抱えるアマちゃん。

 そして、とうとう、その日はやってきたのです。

 アマちゃんは引きこもりました。

 なぜ姉が引きこもったのかわからないサノオは、近所中に助けを求めますが、誰も聞く耳を持ちません。

 しかし、アマちゃんがいなくては、自治会の会議も進まず、近所中、暗いままになってしまうことは自覚していた皆は、話し合いを始めます。

「思えば、私たち、アマちゃんに頼りっぱなしだったわよねえ」

「文句の一つも言わず、言い訳の一つもせず、けなげよねえ」

 そんなアマちゃんを労い、外にでてきてもらうために、お祭りを開くことになりました。

 皆、思い思いに準備をはじめ、その日はやってきます。

 朝。

 アマちゃんの引きこもり現場の前に集まるご近所さんたち。

 お祭りの幕開けを告げるのは、ソプラノ合唱団。鳥のさえずりのような高音が町中に響き渡ります。

「ハーレルヤ、ハーレルヤ」

 アマちゃんは姿を見せません。

 それから様々な演目が繰り広げられますが、進展はありません。

 そして、夜。

 アマちゃんのお友達、ウズメが親友のために人肌脱ぎます。本当に脱いでムードになります。そして、一心不乱に踊りだします。

 この裸踊りに、会場は一気に沸き立ちます。

「いいぞいいぞー!」

「ウズメちゃんサイコー!」

 異様な熱気が気になったアマちゃんは、扉を少しだけ開け、外を覗きます。するとどうでしょう。親友がみんなの前でストリップショーを繰り広げているではないですか。

 やっば。こっわ。はじめは訝しんでいたアマちゃんでしたが、懸命に踊るウズメには、厭らしさのカケラもなく、本当に美しいものでした。

 無意識に顔を出していくアマちゃん。それを待ち受けていた町一番の力持ち、チカラくんがその手を取って引っ張り出します。

 皆はアマちゃんがでてきたことに歓喜し、彼女に向かって拍手喝采を浴びせます。

「ごめんなさいね、なんでもかんでもあなたに押しつけて」

「これからは一人で抱え込まずに、私たちを頼って」

 アマちゃんは我が身を顧み、思いました。

 じぶんの意見をいえば、父や兄のように迷惑をかけるのではないかと思い、自分を押し殺してきたけれど、それはただ、人を信じられなかっただけなのだと。

 本音を隠し、良い子ちゃんでいたのは、わがままを言って嫌われるのを恐れていたからなのだと。

 すべてをさらけだし踊るウズメを見て、その姿に声援を贈る皆の姿を見て、本当に恥ずかしいのは心のうちを隠して、良い顔をしていたじぶんのほうなのだと。

「大好きだよ、アマちゃん」

 こんなにも愛されていたのに、それを信じられなかったのじぶんを恥じました。

 そして、心の底から湧きでた笑顔で応えます。

「ありがとう、みんな」

 それ以来、アマちゃんは明るく、そして、素直に振る舞い、街はいっそう明るさを増しました。

 めでたしめでたし。

 え、サノオがどうなったかって?

 まあ、いろいろあったのですが、まあ、それはまた、別の機会に。

 おしまい。

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