クワガタ獲りのスタンバイミー
小4の夏休みのある日。
今日みたいに茹だるような暑さだった。
裏山の雑木林へクワガタ採りに友人数人で連れ立って出かけた。
クワガタ、カブトの棲息にはホットスポットが必ずある。
その日もぼくらはいつもの目的地を目指していた。
ところがその木が視界に入ってくる頃、ぼくらはいつもと様子が違うことに気づいた。
先客がいた。2年先輩のN君とその隣家に住む同級生のI君だった。
いきなり緊張が走った。
ぼくらのリーダー格はあーちょ。大阪からの転校生でやたら番長気取りが好きなやつだった。
自分の縄張りを荒らされたと思ったあーちょはN君に思いっきりガンを飛ばす。
先輩のN君も負けてはいない。転校生のよそ者に大きい顔をさせる理由などあり得ない。
ふたりが取っ組み合いを始めるのにさほど時間はかからなかった。
最初はぼくらも仕方がないなあと言う体で高みの見物をくくっていた。
それがどうやら様子が普通ではない。
本気で首を絞め合っている。
ぼくらはふたりのどちらかが本当に死んでしまうのではないかと、恐くなった。
鳥肌が立ち、何も出来ずに立ちすくんでいた。
ふたりは地面を転げ回り、どうした勢いかN君の鼻から大量の鼻血が噴き出す。
あまりの非日常的な光景に、言葉を失っていたぼくらだったが、鼻血をきっかけに喧嘩はあっさり終わった。
その後、ぼくらがどんな話をしたのか?
N君はどうしたんだろう?
あーちょはどうしたんだろう?
実はN君はあーちょを含む男子の多くが恋心を寄せていた同級生Kちゃんのお兄ちゃんだったのだ。
とんと記憶がない。
あのジリジリする暑さと、甘い樹液の匂いと、喧嘩の緊張感だけが強く脳裏に焼き付いている。
遠い夏の日のスタンバイミー。
こんなエピソードをフェイスブックで記憶の壺の奥底からひょいと摘まみ出し、古い8ミリフィルムを映写機で回すかのように、I君が思い出させてくれた。