#5 僕は人目を気にして生きてきた
こんにちは!
今回は#2の自分のビジョンを形作る要素の三つ目についてお話したいと思います。
自分のビジョンについては上記の♯2、他の二つについては#3,#4をご覧ください。
1.僕は人目を気にして生きてきた(る)
いつも読んでくださる皆さん、
トプ画やこれまでの僕の画像を見て何か思ったことはありませんか?
そうです、僕は外に出るとき、いつも頭にバンダナを巻いて生活をしています。
なぜか。
僕は幼少期から頭部の「脱毛症」を患っています。
完全に、ではありませんが世間的には禿げていると同じ部類に当たると思います。
ちなみに芸能人だと元プロ野球選手の森本稀哲選手と同じ病です。
僕が物心ついたころにはもう症状は進んでいて、病院に通っていたこともあったのですが治すことは難しいみたいです。
今は病院には通わず、植毛の効果のあるシャンプーやケア商品を使っています。
それでも生えてきたって思えば、気づいたときには抜けている。
この繰り返し。慣れました(笑)
ほとんどの人にあるものがどうして自分にはないんだろう。
なぜ自分なんだろう。
何度もこう思います。
一度でいいから「髪切った?」「今日美容院行く!」「髪染めた?」
とか言いたい、言われたいですね。笑
これは少し余談ですが、僕は自分にはないからこそ、自分の髪を大切にしない人や人の頭髪を笑う人のことはあまり好きになれません。
バイキングさんのように自分で自分のことをネタにするのは自由だと思うのですが、例えば高校生で友達に対して「お前はげてんなあ」なんて言うことに対しては冗談でもあまり好きになれません。
あとコロナの後遺症で脱毛で苦しむ人の記事がTwitterでアップされたときに
「ほんとに後遺症なのか?」
「ただのストレスじゃね?」
このコメント見たときは本当にショックで悲しくなりました。
2.人と違う自分
さて、本題に戻ります。
僕が多少気にしすぎてしまうところはあるかもしれません。
が、人の目線はすごい感じてきました。
中学校や高校に通っていた時は制服がありました。
制服かつ黒髪が校則だったので、いくら黒のバンダナと言っても目立ちますよね。
僕の通っていた中学は小学校からの進学が半数くらいだったので自分のことは特に珍しくなかったのかもしれません。
平和な学校だったのでいじめられるということもありませんでした。
高校に入ったとき、自分のことを知る人が極端に減りました。
同じ学年はもちろん、2個上の先輩からの目線はとても感じました。
入学したばかりの頃、すれ違いざまに舌打ちされた覚えもあります。
荒れている学校だったら絡まれていたのでしょう。笑
保育研修で近くの保育園に行ったとき、
子供に
「何でかぶってるの?」
「○○だから?」と言われた
(自主規制)
子供は正直ですよね笑
グサグサ来ます。
他にも電車で見られてるな、とよく感じます。
イベントに参加したときはどこか自分を話すことを避けられているような気もしました。
バイトを探すときも帽子をかぶることができる職業で探しました。
車校に通っていた時は、不正防止及び本人確認のためにバンダナをするなと言われました。
バイトはラーメン屋?たこ焼き?って言われます。
大学では就学支援という形でバンダナのことを先生方に保健室から周知してくださっています。(テストなどで外せと言われないように。通う大学は入学願書を出したときから実は気にかけてくださっています。ありがとうございます。)
だから白血病などで髪を失う人のつらい気持ちはよくわかります。
僕は身体的な痛みは伴わないのですが、白血病やガンを患った方は痛みも加わり、この大きさは計り知れません。
自分が過剰に意識していたのかもしれませんが、
不思議な目で見られている感覚は居心地があまりよくなく、
初対面の人と会うときは自分の見た目で緊張してしまいます。
3.「なんで?」を重視する日本
人に見られるだけなら別にいいんです。
ただ、自分と話をする人の中にはいくつかタイプがあることが分かってきました。
そのタイプの中で一番多いのは、「なんでバンダナしてるの?」という声。
「何でもいいじゃないかよ。ファッションの一部だよ」というのが僕の本音。
日本は就活に限らず、バイトなどでも「なんで?」とやたら聞かれます。
もちろん動機は大事なのですが、時に察してくれと思います。
4.同情してほしいわけではない、同じように接してほしい
ヨーロッパで多国籍ツアーに参加したとき、見た目に関してはほんとに何も言われなくて、むしろ自分の中身を見てくれているような気がして、とても居心地がよかったんです。
日本にはほかにも性的マイノリティの方、障碍を持つ方、国籍など様々なマイノリティがいます。
絶対ではなく、一マイノリティの立場である僕の意見ですが、マイノリティがマジョリティの方にしてほしいことは別に同情ではないんです。
むしろ他の人と同じように接してほしい。ただそれだけ。
長い間生きてきて、バンダナにも慣れてきた僕は逆にバンダナのおかげで人に興味を持っていただけたり、僕のことを覚えてくださる方もたくさんいるので、今はある意味自分のアイデンティティとして誇りを持つことができています。
だからこそ、僕を特別扱いしてほしいわけではなく、1人の人として接してほしいんです。
そして、僕は自分がマイノリティという立場を経験したからこそ、日本にいる他のマイノリティの人とも同じように接するべきだと強く思うとともに、マイノリティ側から物事を考え、いつかマイノリティだからどうとかって言われることがない、自分のコンプレックスを強みに変えられるそんな社会にしていきたいと思います。
*人にいろいろ言われてきましたが、悪意で人もいろいろ言うわけではないので、上記に書いた言葉を言う人自体が悪いだなんて全く思っていません。
2021.02.01
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