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【連載企画】負動産 シンドロームみやざき

 空き家問題が宮崎県内で深刻化している。国は2015年、市町村に空き家の撤去や活用を求める空き家対策特別措置法を施行した。だが、総務省の統計調査(2018年10月1日)によると、県内の空き家は5年前の調査より約9700戸増え約8万4千戸となり、住宅総数に占める割合は過去最高の15.3%となった。空き家は家主も相続人もなく放置された“負動産”となり、地域に影を落としている。背景や課題を探った。

※このコンテンツは、2019年8月19日~2020年2月11日まで宮崎日日新聞社・朝刊1面に掲載されたものです。登場される方の職業・年齢等は掲載当時のものです。ご了承ください。


第1部 増える空き家

1.市街地

死亡や転居で放置/自治会だけの対応限界

 繁華街・ニシタチに近い宮崎市北高松町。路地裏に足を踏み入れると小さな区画に空き家4戸が並ぶ。地元の高松通二自治会(斉藤雅晴会長、112世帯)によると、空き家が目立ち始めたのは約10年前。高齢化した家主の死亡、子どもとの同居、高齢者施設への転居など理由はさまざまだった。

中心市街地に近い宮崎市北高松町。県外の親族と
連絡が取れ取り壊す予定の空き家(所有者側の許
可を得て撮影しています)

 管理を頼むため、家主や親族に連絡しようにも、連絡先が分からなかったり、県外に親族がいて断られたりするケースが続いた。
 その間にも、空き家の崩壊は進んだ。壊れた雨どいから隣家に雨水が流れ込み、野良猫が部屋の中をうろつく家もあった。災害で倒壊する危険性や不衛生な状態を心配する声も住民から寄せられた。
 家主の高齢夫婦が亡くなり、5年以上が経過した空き家では、住民から「扉が開いた物置に鎌やくわが放置されている」と連絡があった。斉藤会長が行ってみると庭にはペットボトルなど無数のごみが投げ込まれていた。
 無許可で敷地に入るわけにはいかず、市に相談し所有者の親族など法定相続人を当たってもらった。空き家の売却手続きが整ったと司法書士から報告があったのは約2年後の今年6月末だった。この空き家は県外に住む親族が取り壊す予定だという。
 自治会では1人暮らしの高齢者、自宅を離れて高齢者施設に入居する住民が増えてきた。斉藤会長は「住民が解決に動かなければ、行政も気付かず対処できない可能性もある。自治会だけで対応するには限界がある」と話した。問題解決が住民任せになっている現状が浮き彫りとなっている。

2.法律の壁

規制緩和 再開発鍵に

 宮崎市が2015、16年に実施した実態調査によると、市内の空き家の総数は3284戸。このうち20%に当たる658戸が中心部に集まっている。

古い町並みの中に新築住宅やマンションが建つ宮崎市
大淀地域=19日午後

 空き家対策に取り組む県宅地建物取引業協会の藤山広子副会長は「空き家は中山間地の問題と捉えられがちだが、市街地ほど空き家になりやすい条件がそろっている」と説明する。
 その一つが「建築基準法の壁」だ。中心部で家を建てる場合、同法により、敷地が幅4メートル以上の道路に、2メートル以上接していなければならない「接道義務」が生じる。消防車など緊急車両の通行を確保するためだ。
 中心部には同法以前に建てられた古い家屋が多く、この中には接道義務を満たさない物件もある。こうした土地では新たに住宅を建てられないことになっている。固定資産税率も要因となる。家屋を解体して更地にすると、税率が最大6倍まで跳ね上がるため、解体をためらう理由になっているとみられる。
 藤山副会長は「市中心部は人気エリアですぐに売れる土地も多いはず。規制緩和が進めば問題はすぐに解決する」と指摘する。
 同市大淀地域は利便性の高さなどから、若い子育て世帯の新築住宅が増えつつある。一方、市の実態調査では空き家全体に占める「倒壊の恐れのある空き家」の割合が市内22地域で最も高い13・9%だった。
 同地域内にある淀川自治会の井俣徹会長は「どんなに活性策を練っても、空き家があると地域の印象は良くならない」と話す。親族が分からず20年近く放置され、近隣住民が定期的に草刈りをしている家もある。古い町並みが残り、接道義務を満たさない空き家もあることが再開発のネックになっているとも。
 井俣会長は「土地の売買や建物の取り壊しをもっとスムーズにできる特例措置が必要」と訴える。同協会も抜本的な解決に向け、国に関係法の改正を求めている。

3.相続

故人名義 売却に手間

 空き家問題に取り組む県司法書士会の石村真企画部長=宮崎市=は「不動産は相続登記の法的義務がないことが空き家が増える原因」と言い切る。両親や祖父母が死亡した後、土地や建物の名義を変更しないことが問題をより複雑にしているようだ。

県司法書士会や不動産会社などが発行する空き家
問題の啓発チラシ。相続人の調査が問題解決のハ
ードルになっている

 不動産が故人名義のままだと、相続権はその兄弟や子、孫などに広がり続け、相続人が50人以上となることもあるという。売却するときには全員の同意が必要となり、石村部長は「子や孫となると県外在住者が多くなり、全員の同意を取り付けるのは非常に困難」と問題視する。これまで、相続人を見つけ出すには時間と費用がかさみ、依頼者が手続きを途中で諦める事例もあったという。
 事前に対処するため動きだしている不動産会社もある。宮崎市の「古谷ホーム」(古谷富美子代表)は6月、情報を募る折り込みチラシを同市内の約3万戸に初めて配布した。
 古谷代表は「優良物件に見えても所有者が分からず交渉できない空き家が多く見られる。空き家化を防ぐには事前に多くの情報を早くつかむことが鍵になる」と説明する。
 反応はすぐにあった。県内の両親が介護施設に入所したという息子から「土地を売却したい」との相談があった。売却価格などを交渉中だという。
 チラシでは火災や不審者の侵入、近所への迷惑などトラブルの原因となる可能性も訴えている。長期間放置され、手の施しようがなくなると印象が悪くなり、不動産価値が低くなる場合もあるからだ。
 ただ、相談件数はまだ少なく、古谷代表は「思い出の詰まった家を売ることに抵抗があるのではないか」と、空き家となる要因に心情的な側面もあるとみる。
 県司法書士会は宮崎地方法務局と合同で相談会を開くなど啓発を進めている。石村部長は「空き家は大半の人に降り掛かる問題。所有者や相続人に早めの対応をしてほしい」としている。

4.空き家バンク

行政と企業 認識ずれ

 自治体のホームページ(HP)などを通じて空き家情報を提供し、活用を目指す「空き家バンク」。全国では2002年ごろから広がり始め、県内は23市町村が導入している。

小林市の委託を受け空き家バンクの仲介をしている
青野雄介社長(左)。専門資格やノウハウがなく対
応に難しさを感じている=小林市本町

 県内で最も空き家が多い宮崎市は16年度から市独自のHPを開設した。昨年度は民間のノウハウを活用するため、不動産会社でつくる「REC宮崎」に空き家バンクの仲介を委託。前年度まで1桁だったHPの登録件数は現在37件に増えている。
 しかし、宮崎日日新聞の取材でこのうち6件が、空き家の定義となる「1年間使用されていない」の基準を満たさない、18年9月~今年5月に建てられた築1年未満の住宅に当たることが判明。2件には「新築」との表記があった。
 市建築住宅課空家対策係の徳丸達行係長は「空き家のイメージと懸け離れている物件も掲載されている」とし、「改善に向け調整していきたい」と対応を求める方針。
 一方、REC宮崎は「HPを利用する移住希望者らの選択肢を充実させるため新築物件も含めて掲載した」と説明。「改善の求めがあればすぐに対応する」としており、委託する市側と、空き家バンクについて認識のずれが出ている。
 11年8月から空き家バンク制度を導入した小林市では、委託先の企業に専門的な法律知識や経験がないことが課題となっている。
 市は昨年度から移住推進事業の一環として市内の「ブリッジ・ザ・ギャップ」に委託している。青野雄介社長(38)は相談を受ける中で、長年放置されていて傷みが激しかったり、相談者と名義人が違ったりして対応に窮する物件に直面した。
 だが、社内に問題を解決するための資格やノウハウのあるスタッフがおらず、「ここで全ての問題が解決できなければ相談に来てもらえない」と運営の難しさを明かす。
 空き家バンクの効果的な運用に向け、自治体の取り組む姿勢も問われている。

5.活用

地域交流施設へ再生

 山や田んぼに囲まれた美郷町北郷宇納間の築80年以上の古民家に、体操をする高齢者の元気な声が響く。「こんなににぎやかな場所になるとは」。所有する同所、農林業甲斐栄さん(70)は空き家が交流施設に再生した道のりをしみじみと振り返った。

空き家を再生させ、住民の交流の場となっている
「ささゆりの里」。新たな活用のモデルとなって
いる=美郷町北郷宇納間

 この交流施設「ささゆりの里」は2017年2月にオープンした。木造平屋建てで15年近く空き家になっており、夏は雑草に覆われ、ハエや蚊が発生。ハチの大群が登校中の児童を襲ったこともあった。
 再生へ動いたのは15年。隣に田んぼを持っていた甲斐さんが、亡くなった家主の親類から家を買い取ったことから始まった。長年地域の頭痛の種だったこともあり、当初は取り壊して空き地にするつもりだった。
 だが屋内を片付けるうちに「本当に壊してしまっていいか」という思いがよぎった。子どもの頃、当時は珍しかったテレビがあり、同じ年頃の子どもたちが毎週末に集まった。
 「思い出が詰まった家を生かせないか」。16年に住民と「たつもと活性化グループ」(甲斐伸一会長、9戸)を発足。町と相談し、国の空き家再生等推進事業を活用した。改修費317万円のうち国と町が100万円ずつ、残り117万円を同グループが負担した。
 交流施設が地区になかったこともあり、利用は活発だ。会合や親子会の集まりなどで17年度は104日、延べ1066人、18年度は129日、延べ1284人の利用があった。
 町政策推進室移住・定住担当の川西邦明さんは「空き家の解消だけでなく、住民の生きがいづくりにもつながった」と取り組みに目を見張る。これを機に町はこれまで居住に限っていた空き家バンクの活用を、それ以外にも拡大した。
 川西さんは「ビジネスや他拠点生活の拠点など、いろんな活用ができる。空き家の需要は増えており、登録物件の充実を図りたい」と期待を込める。

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