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生まれ変わったら何になりたいか(後編)

さあ、続きを書こうと思います。

第三者の目をもって前篇を見ると確かに行間を広くした方が読みやすいことがとても分かりました。まあでも、気分で空けていこうかと思います。笑

インスタでアンケート調査をしました。約130人の方に答えていただきました。有難い。

全体の77%の方は人間、23%の方が人間以外になりたい、という答えでした。

この統計はあくまでも私の知り合いの範疇です。ルイトモ、ってな感じで私と似た考えを持つ子が多い、とかあるでしょうし。

全員に理由を聞きたいところですがさすがに「ウザイ」と思うのでそれはやめました。

圧倒的人間の勝利

私の意見はマイノリティであることが判明しました。ここで誤解してほしくないのがもし生まれ変わったら、の話。現世においては未練がありすぎるのでしがみついてでも生きていこうと思ってる、ということです。

同じく少数派意見のオトモダチは「もう人間に生まれ変わらなくていいように生きて死にたい」と仰っていました。よき言葉。私も同意見です✌

人間になりたくない、と答えた子も様々な考えがあるでしょうから、あくまでも私の意見として聞いてほしいのですが。めっちゃ猫が好きでなってみたい等、ヒトという動物を悲観してみたわけではないという子もいると思うので。

私が人間になりたくない、というのは

思考からの解放

を強く望んでるからだと思うのです。他の動物たちを見下しているわけではなく、むしろ羨ましいです。第一、人間が一番偉い、なんて思うのは酷く傲慢です。

高き思考力というのはマイナスなことではありません。私の思考力に”高き”などの形容詞がつくかは置いといて。うーん、まだまだ。

ただ醜い(であろう)本能を隠し続けたいという思考が複雑すぎるのです。私の思考君は頑張り屋さんなんですね。

なら、本能にしたがって生きればいいじゃないか、カンタン、カンタン♫では終わりません。21年間これでヒトを運営してきました。環境がガラリ、容姿から何もかもガラリと変わらない限り、このままです。そしてそんなにこの思考を変えなきゃ、とは焦っていません。少なくともここ一年は個性として肯定しています。

そして人間を豊かにしてくれるものは思考であると信じています。考えるからこそ、学ぶからこそ生きることが楽しい、と思います。

思考を止めることなんてできません。それは死と同じです。人間に生まれたからには”考えや思いを巡らす”というのを全うしようと思います。

ただ私には本能を覆い隠すほどの重い思考が存在します。本能を信じてもいいことがあるはずなのに。思考の厚い層が本能を忘れさせる。掘っても、掘っても辿り着くことのない、というよりむしろたどり着かせないようにしているのです。結局は自業自得なのですよ。でもそんなこと言わないでね。(繊細なんです笑)

でも人間って面白い、めちゃくちゃ面白いんです。だから人間を楽しもうと思います。そして、色んな人と出会って色んな思考を味わいたいです。

とりま、現世では。

やばい、ドイツ語やらなきゃ。


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