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当事者性とか

このツイートになるほどなーと納得して、そこから考えたことがいくつかあったので書いてみようと思う。

先月、友だちが本にする予定の原稿をチェックしていたとき。

作業を始めて間もなく、集中するにつれて心の奥にイライラが芽生えて、どこに向けての感情か自分でもよくわからなかった。友だちに対してだったら我ながら明らかに筋違いで理不尽だ。電話で意見をすり合わせしてからは落ち着いて作業できたのでよかったけど。

子供の頃、日曜日の午後は父が図書館へ行くのに一緒に連れていかれた。夕方帰宅して薄暗い部屋の片隅で壁にもたれて座って借りてきた本を傍らに積み上げて片っ端から読むのが好きだった。テレビは一日30分と決められてたけど、本はいくら読んでも怒られなかったし、活字の世界に没頭すると時間を忘れた。故郷を遠く離れて核家族で三人の子供を育てた母は気持ちの上でも経済的にも余裕がなくて苦労したようだけど、子供の側もしんどかった。しつけも厳しかったし、物心ついてからは一日に起こったことを母にあれこれ話したりしたような記憶は残ってない。父は優しかったけど家にいる時間は多くなくて母は余計に苛立った。わたしは、本は読んでも喋りに結びつかないタチで、かろうじてテストの点は取れるけど他のことだと大抵人より劣っているように感じてた。鏡に映る自分の顔が気持ち悪くて、女の子らしい服やアクセサリーは全く良いと思えず、子供の頃はお転婆だったけど思春期になると人見知りが爆発してごく少数の親しい友だち以外とはろくに話せない時期があった。母は文武両道で要領も外面も良く友人も多いタイプ。そして両親は高校の同級生でロシア文学の話とかしてたそうで、わたしがばななや春樹を好んでいたら「そんな下らない本ばっかり読んで」というようなことを言われたし、癖のあるボーカルの音楽を好んで聴いてたので、元合唱部の母に「そんな変な声の音楽ばっかり」「自分の内面にのめり込んで」と責められた(ように感じた)。言った方は忘れてるだろうけど。そんなわけで、自己肯定感の育つ余地があまりなくて、口下手で感じたことを言い表せず、親は手のかからないしっかりした子供だと思い込んでいたらしい。乖離けっこう半端ない。

というように、十代は特に、本や音楽に共感することで不安定な心のバランスを保っていたので、逆に、わからない本や音楽には拒絶されてるような感覚が強かったし、わからない自分に劣等感をおぼえていた。

友だちの原稿に感じた苛立ちは、そこらへんの古傷と繋がってる気がした。

最近、アメリカの大統領選や日本の政治まわりの情勢で、反知性主義というのが一つのキーワードだと感じるけれど、親に対する自分のわだかまりを振り返ると、なんとなく理解できるように思う。その感覚、たしかに知ってる。

例えば、優勢思想。あっちゃいけないともちろん強く思うんだけど、相模原事件の記事を読んだりするうちに、日本社会の歪みの現れの一つであるようにも感じて、果たして自分の中にもそういった要素が全くないと言い切れるのか?と考え始めた。小学4年生の頃だったか、隣の席の男子に「毛深い」と言われてひどくショックを受け、女性として劣っているという感覚がより一層強くなって、ありのままの自分は不十分であり、もっとちゃんとしないと世の中に受け入れてもらえない、がんばらなくちゃダメだ、そんな強迫観念や諦念の根っこは今でも心の奥に残ってる。人種、障害、ジェンダーやセクシャリティなどのあるがままを受け入れようとする姿勢を、上っ面だけ物分かりのよい顔をするんじゃなくて、差別する側される側どちらにも転びうる当事者の問題として捉えられたらと思う。

今でも、褒められると逆に力が入って失敗する。シュートなんてうまく決められたことないよ、って心の中でいじけて拗ねたままの幼い自分と和解しないと。

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