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あの暖簾をくぐりたい

人の目を気にしてしまうことはよくある。

例えば、職場で他部署の人と電話するとき、周りの同僚が私の会話をどう思うかを俯瞰して考えてしまう。

でも、1人のときは案外気にしない。ご飯も一人焼肉だっていけるし、映画も余裕。別に他の人に見られても一期一会だし、どうってことない。

ただ、TSUTAYAなんかのアダルトコーナーは別である。

あの暖簾の奥から吹き抜けるピンク色の風。外敵に襲われず、無事に成長できた人間のみが入れる禁制の間。

あの風格に私はたじろいでしまう。

先日、リーガルハイ(堺雅人主演)を借りるか悩んでいた。このドラマはサブスク配信がされていないので、レンタルする他ない。

1枚のディスクを手にすると、収録されていたのは2話のみ。うーむ、これを何度か借りると費用もかさむ。棚をすべるように見ると、穴あきですでにいくつか借りられている。

放送してからだいぶ経つが、まだまだ人気の様だ。今回はいいか、と棚から離れようとするときに気がついた。

後ろがアダルトコーナーなのである。

やられた、背後を取られた。この暖簾の先に広がるものに一度魅力されると、すぐに足が動かない。

ぐぅぅぅ、どうすべきか。いい加減大人になるべきか。23歳の抵抗がピンクの風に押し負けそうになる。

するとそこへ、初老の男性が来た。

どうやら小さい声で何かを喋っている。

その声も聞き取れぬまま、スタスタとアダルトコーナーを目指していたと思わしき足取りでスッと暖簾をくぐってしまった。

さすがだ。人生の経験値が違う。恥がない。

いやもしかして、恥を隠しているのだろうか。

心臓の鼓動が平常時と一瞬の狂いもなく暖簾をくぐり抜けることなど可能なのだろうか。

そんなこと、もはや人間業ではないような気もする。味噌汁を一口飲んだ時の安堵とアダルトコーナーに立ち入る心持ちは、間違いなく違う。

だが、私が見た男性は植物のように静かな生気を感じた。アダルトコーナーに行くのだから生気を感じるのはわかるが、あまりにも静かすぎたのだ。

私はたじろいでしまった。間違いなく器が違う。

うじうじしている男など、あの暖簾に腕押しする資格などない。そう考えると、諦めがついた。

人の目を気にする性格は時と場合によるようで、それがどこで発揮されるのかがまだわからない。

1人で焼肉は平気だが、ラーメンは無理。

無料案内所は立ち入れるが、アダルトコーナーは無理。

近いようで遠いものに、私はよく悩まされる。

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