ねえ、生チョコ食べれる?
わたしのバレンタインの思い出は、高1の頃に遡る。
わたしの席は窓側から2列目の2番目だった。その左隣は普段騒がしい女子生徒。現代文の交互読みや英語の音読を一緒にするくらいで、特別仲が良い訳ではなかった。
2月14日。クラスの男子はどことなくソワソワしていたような気がする。青春の香りが甘ったるくて私は好きだった。
私にとっては、2月14日はなんら変わりない日常だと思った。これまでがそうだったように。
しかし、今年ばかりは違った。下校前のHRで左隣の女子生徒からこんなことを聞かれた。
「ねえ、生チョコ食べれる?」
私は「食べれるよ〜」と答えた。普通は、ここで自分にくれるのか!?と思うはずだろうが、私は長年の経験からそんな大層な妄想を抱くこともなかった。
女子生徒は、どうしていいのかわからないような雰囲気で慌てている。その様子に私も慌てた。ようやく意味を理解した。
私は、どうしていいのかわからなかった。その結果、「ここだと目につくから図書室の前で待ち合わせをしよう」と提案した。
女子生徒は静かに頷いた。
さて、ここで問題になるのが一緒に下校をする約束をしていた友人たちである。私はなんとしてもチョコをもらうことを悟られずに先に帰ってほしいと思った。
私は、校舎を奔走していた。追いかけてくる友人たちを何としても振り切らなければ、と意思を揺らがせることなく走った。
10分くらいのチェイスは続き、友人は諦めた。私は息切れをしながら図書室の前に向かった。
図書室の前には誰もいなかった。ほぼ沈みかけた夕陽が寂しかった。
私はしばらく待った。
数分した頃だろうか、女子生徒が階段を登ってきた。
「ごめん、巻くのに時間がかかって」
「いいよ。大変だったね」
2人とも視線を合わすことができない。少しの沈黙の後に私から話を進めた。
「チョコ、ありがとう。びっくりしたよ」
まだもらってもないのに。思い上がりもいいところだ。
「うん。あげるね」
私はそっとチョコをもらった。女子生徒は私に袋を渡すと、すぐに目の前から消えた。
私の青春はこの瞬間から始まり、今もこの頃に取り残されている。それほど美しかった。
おまけ 後記とイラスト
こうして書くと嘘っぽいですが、このバレンタインの話は実話です。いかにもという青春をしています。そして、この後はこの女子生徒と交際をします。
それは別の話でしましょうか。
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