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埼玉出身、青森の洗礼を受ける
「俺、ここで死ぬかも......」
ハガレンのファルマン君がキングブラッドレイに言ったセリフである。
青森県某市、全く同じセリフを車に乗りながら呟いてしまった。
僕は埼玉生まれ埼玉育ち。NACK5を聴いてるやつは大体友達。雪とは無縁の生活をしてきた。
しかし、人生とはわからないもので、青森に住むことになった。去年の雪は穏やかで「ふーん、温暖化ってすごいな」なんて思っていたが、今年の雪はバカスカ降ってくる。
通信制大学の授業が終わった18時、冷蔵庫の中身は豆腐と海苔、賞味期限が1ヶ月過ぎた蒲鉾しかなかった。
窓の外を見ると、雪は降っていないが飲み込まれてしまいそうなほど暗かった。それに日中は晴れていたから溶けた雪が冷えた空気で凍っている。
心底出かけたくなかった。しかし、男にはやらねばならぬときがある。為すべきことを為すのです。
エンジンをかけ、恐る恐るアクセルを踏むと、ヴゥゥゥンと唸りながら車が前に出た。ヘッドライトの前には、ツルツルした地面が広がっている。
「大丈夫。なんとかなる」そう言い聞かせてぎゅっとハンドルを握りながら進んだ。後ろに車が来ないことをずっと祈った。恐怖でトロトロ走る僕の醜態を見て欲しくなかった。
ガタガタガタッと氷を踏み潰しながら走る10数年前のワゴンR。老馬が走るようだった。しかし、命がないこの車にも経験があるような気がしてきた。10万キロの走行距離は、リース車のこの車が何代もの運転手が築いてきた記録である。そこにかけてみたくなった。
「いけ!お前は何度もこんな道を走ってきたはずだ!そのままフォレストガンプみたいに突っ走れ!」
なんだか楽しくなってきて、僕はちょっとアクセルを強く踏んだ。
思ったよりも滑らない。
だが、緩いカーブを曲がったとき、左前輪が若干滑った。ハンドルを握る手から、ゾワゾワっと恐怖が伝ってくる。
時間にして数秒、僕の経験の中に「横滑り」が加わった。死ぬかも.....そう思いつつ、「急がつかないことをすれば大丈夫だよ」と青森に住む友人の言葉を反芻した。
アクセルから足を離し、ハンドルを軽く握った。これが正しいのかわからない。でも、そうすればなんだか平気な気がした。
すると、車体は真っ直ぐになり、問題なく前に進んだ。
「ふーっ」と息をつき、しばらく走って最寄りのスーパーに着いた。ここまで運転できたご褒美に3割引のパック寿司を買った。きれかかっていたゴミ袋、水を何本、安売りされた肉を少し買ってスーパーを出た。
行きがあるなら帰りもある。
「どうか死なずに帰れますように」祈りながらハンドルを握った。