弾丸余暇遠征、贅沢
先週、あるメールが私のところに届いた。どうやらたくさんの人が所属しているであろうメーリングリストのお知らせのひとつ。
京都大学で研究をしている、修論でOiBokkeShiという劇団、あるいはプロジェクトの調査をしている人の映像作品のスクリーニングイベントがあるという知らせだった。
その方の研究発表を一度拝聴したことがあり、世代も関心も近い方だと覚えていたため、いい機会だとその日に合わせて京都に行こうかなと思い至っただけ。
新幹線ってすごい。チケットを買えばすぐに関西にも、北陸にも、きっと九州にも、行けてしまう。そう思った一昨日の朝、東海道新幹線が脱線事故の影響で運休し、浜松までしか行けなくなっていた。
やっぱり近畿は遠いんだなぁと思い知る。明日も新幹線が動かなかったら行けない程には遠い。迂回ルートがあると知って調べると、なんと福井を経由するルートだった。研究会でも、合同ゼミでも、個人的にも数えるほどでしかないけど行っていた京都が、一昨日はすごく遠く感じた。
寝ることもしないで早朝に自宅に帰って、いつも出かけるリュックにパソコンを詰めて家を出る。どこかに行くのに支度なんていらないと改めて思う。誰もいない場所に行くのなら入念な準備が必要なんだろうが、京都にはユニクロもマツキヨもあるから、特別に必要な何かは無い。
朝8時、池袋。どうやらもう東海道新幹線は復旧したらしい。寝不足すぎて判断力もなく、9:30ごろに東京駅を出発する新幹線のチケットを購入する。泊まる予定だった場所のオーナーさんとの約束の13:00には間に合えば何でもよかった。
プラットフォームの端っこにある喫煙室で暇をつぶす。2本吸った頃には一本前の新幹線は出発していて、5号車のサインのあるところまで歩いた。席につくやいなや眠たくなって、京都駅への到着予定時刻の5分前にアラームを掛けて寝た。
駅について新幹線を降りたら、暑すぎて帰りたくなった。思えば、こんな真夏に京都を訪れたのは21歳の時ぶりだった。京都駅構内のユニクロで薄手のTシャツと下着を買った。そういえば、初日の夜に予定されていた研究者の作品の上映会は、その方が体調不良になってしまったことを理由に中止あるいは延期になってしまったようだった。なんの予定もない今回の遠征が始まった。
泊めてもらう家のオーナーさんが迎えてくれて、一緒に昼食を取った。ここのオーナーさんは京都によく遊びに来るようになってからずっとお世話になっている。知り合いの劇団の稽古を市内でやっているとのことで、「良ければ覗きに行ってき、繋がっといたほうがええわ」と紹介してくれることとなった。翌日、お邪魔する運びとなった。
夜、とてもお世話になっている、研究と作品づくりの先輩が夕食にご一緒してくださることになった。オンラインで顔を合わせることを除いては、昨年末ぶりの再会だった。その方はいつも勢い任せの私とは違って冷静で聡明な方で、私がダラダラと喋るのをニコニコ聞いてくれた。ところで私のオチどころか起承すらない話って、関西人からしたらクソの足しにもならないんじゃないか。話しながらそんな思いが頭をよぎったけど、それ以外の喋り方を知らないからそのまま喋るしかなかった。
ここ2週間くらい、まだ言葉にしたことのない思いを喋ってみる機会が続いたからか、いつもより比較的ノリと勢いで押し切ることへの躊躇いがなかったような気がした。最後に特大生牡蠣を食べて、デカすぎて美味すぎて頭がバグったりしながら、近況や研究のタネの話をして早々に解散した。その先輩は今年博論を提出する予定らしいので、帰ったらまた続きを書くと言っていた。最近の楽しい生活の話を笑って聞いてくれる先輩にたくさんの感謝を思って、まだ早い時間ではあったけど真っ直ぐ宿へと帰った。
夜、一本だけ電話をした。そこそこ真面目に、そこそこふざけるような会話をして、その人の用事が終わったらまた連絡すると言ってもらったけれど、横になったまま結局すぐに眠ってしまったようだった。
早い時間に眠ってしまったせいか、早朝に目が覚める。5時台だった。今日は、いつもと変わらずリモートでの仕事をする予定が入っていた。午前中はいつもと変わらず打ち合わせをして、いつもと変わらず仕事をした。仕事中、いつもと変わらないラジオと音楽を流していたけれどどれも退屈で、久しぶりにYouTubeでまだ知らない音楽を探した。何年か前に台湾のシティーポップをよく探しては聴いていたのを思い出して、ちょっとだけ懐かしくてちょっとだけ涼しい感じの台湾や中国のポップスを探した。いいバンドを見つけて、そのアーティストのアルバムを流し、午後も仕事をした。
スコールのような雨が降って、ベランダに出しっぱなしだった煙草とライターが雨ざらしになった。ライターって、雨にさらすと火がつかなくなるんだなぁと初めて知った。日の暮れそうな深い夕方に、乾く気配のない煙草を置いて部屋をる。昨日紹介してもらった劇団の稽古を見学に向かった。
着くと、9月に公演を行う予定のシェイクスピアのロミオとジュリエットの稽古を行っていた。私が到着した時は、パリス役の人が横たわっていた。ロレンスの長い独白のあるラストシーンだった。両家の和解を汗の引かないまま見届けた。ストレートプレイって変なの、っていつも思う。今日も思った。さっきまでどこにもいなかったはずの誰かが、助走もなく突然動いて喋る。現実的な生活とは脈絡のないドラマ。なのに目の前で行われたら無視できない。私はこの戯曲を知っている。ほぼカットされない3時間半の上演の一部しか目撃していないのに、ロレンスが何を思ったかを想像できてしまうのは不思議なことだ。ドラマってなんなんだろう。何度も同じドラマで同じことを感じて、かと思えば同じドラマでも別のことを感じることもある。何百年も前に書かれた戯曲だけがただ変わらず、解釈による上演とそれを解釈する私だけが変化していく。上演って変なの。
明日は映画を見る。都内では上映が終わってしまった『関心領域』とニナメンケスの映画を観に行ってこようと思う。映画祭以外で、遠出して映画を見ることってあんまりないから変な感じがする。贅沢だなぁ。明日、他には何をしよう。久しぶりの余暇。気軽に会える人からの誘いもただ遠くにいるからという理由で断って、自分の思うままに過ごすことのできるパラレルな日常。知らない場所に行くことだけが旅じゃない。ちょっとだけ知っている場所でも、いつもと変わらない生活をすることが程よく心地良いと感じる。慣れなさの中で少し慣れたことをする、そんなズレを私は楽しいと思うタイプなんだろうな。