三題囃①


1.悩み

俺は御者という仕事をしている。多くの人はこの御者という字の読みを知らないのではないだろうか?これはぎょしゃと読む。御者とは馬車などの前方に座り馬の手綱を引いている人のことを指す。俺はゴールド・ホースという会社に勤めていて、今はその出勤途中だ。今日もこの町では馬車が行きかい多くの人が馬車に乗って移動している。なんでも、この町では環境問題に対する取り組みだかなんだかで、10年ほど前から馬車による交通が当たり前になっていた。最初は反対するものも多かったが(馬の糞尿の管理に対する制度が行き届いていなかったため)今では反対する者はほとんどいなくなった。おっと、仕事の話に戻ろう。御者は担当する馬が決まっていて、俺は栗毛のブルトン二頭を担当している。二頭ともおとなしくて人懐こい優しいやつらだ。彼らに朝の挨拶(世話)を済ませて朝礼に行く。ここが問題なんだが、最近同僚の奴らの様子がどうもおかしい。朝礼では全員せいれつするんだが誰も俺の周りにいないことが多い、というかむしろ避けられている気がするんだ。前までそんなことはなかったのにここ数日で俺に対する態度が変わっちまった。俺が何かしたんだろうか?聞いても全員話そうとしない。俺の話に耳を傾けてくれるのは相棒の二匹だけだ。
そんなことを考えているうちに朝礼は終わって、それぞれが馬のところに戻って出発の準備を始める。俺も二頭の馬に鞍をつけて準備する。それにしてもずいぶんと馬の体が硬い気がするな。気のせいか?数日前に出先で大雨が降っていたけれど、ちょうどそれくらいから同僚の様子がおかしくなって馬も調子が悪くなった気がするが俺の思い違いなのかな。さあ、今日もたくさんの人を運ばなくちゃ。

2.変わったのは何か

馬車というのは見た目に反してかなり中の会話が御者に聞こえてくる。この前のせたカップルは痴話喧嘩なんかをしていたし、上流階級の老夫婦は娘が引きこもって出てこないことの解決策として娼館に入れてみるのはどうだろうとか話していた。世の中っていうのは空が晴れていても、内側は思ったより明るくないことを俺は誰よりも知っている。馬だけは、馬だけはその純粋な瞳で世界をとらえてくれている。…気がする。いや、そうであってくれ。俺の主観でしかないがな。で、前も言ったが同僚が俺を避けるようになって同時期に客まで寄せつかなくなってしまったんだ”!嘘だと思うか?本当だ!停留所に止めていても俺以外の馬車を待っていやがる!とんだ間抜けだらけだ。以前同僚に少々臭うぞと言われてからかなり匂いには気を使っている(接客業なんだぞ?!と念を押された)はずなんだがな。客の目が腐っているのか、おれの仕事着が腐っているのか誰か教えてくれ。
そんな風に頭の中で不満を漏らしていたら一人の客が乗ってきた。年齢は、30代くらいだろうか。妙な落ち着きを払っているから少々不気味に感じる。そしてあろうことか、もっと不気味なことが起こった。(以下はその会話を書き起こしたものである)
「どこまで?」
『とりあえず走ってくれていい。俺はあんたと話がしたい。』
「はあ。よくわからないけど止まって今、話をすればいいんじゃないですかね。」
『それじゃあいけないよ、ほら出した出した。』
「(どうも変だが)わかりました。では発車いたします」
『あんたは、そうだな、なんてきいたらいいかな。』
「はあ。」
『裸の王様って童謡を知ってるかい?』
「そらあ、知っていますよ。誰でも子供の時に一度は読んだことがあるでしょう?あ、ひょっとして私が裸の王様みたいだって言いたいんですか?旦那、それはお客様とて私も傷つきますよ。」
『ああ、いや、すまない。気分を害したかったわけではないんだ。じゃあ単刀直入に聞くがなんであんたはこの馬みたいな形をした積み木を操ってるんだ?いや、むしろどうやってこれを動かしているんだ?』
「……いやいや旦那。さすがに、さすがにからかいすぎですよ。私ももう限界です。すみませんがここらで降りてもらえますか?特に行先は指定していませんでしたよね?ではここらで。ああ、代金はいただきますよ。私を``裸の王様‘‘扱いして馬鹿にしましたんでね。」
『そうか、私は単純に目の前で起きている現象をさしたに過ぎないが仕方ない。もうあきらめるとするよ。』
それからその客はしっかりと代金を払って下車した。あんまりだ。そんなに俺が変な奴か?納得いかないが、まあこういうこともあるのかもしれない。ああ、雨が降ってきたな。そろそろ帰るとしよう。
帰路に立つと同時に降りだした雨は次第に強くなって木のしけった匂いが強く鼻を刺してきたとき雷が俺の、俺の二頭の馬に直撃した。俺はあまりに突然の出来事に困惑する暇もなく大きな音とともに座席から振り落とされた。恐る恐る目を開けるとそこには燃え盛る馬車と馬があるはずだった。ところが俺の鼻を刺激したのは肉が焼ける匂いではなく木材を燻したような、自分の馬からは想像もしえない匂いだった。


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