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8/4 言葉の奥には
いつだって、言葉の奥を大切にしていたい。
そう思った、暑い暑い夏の一日。
「やめちゃえよ」
その一言が成している意味は、当然否定だ。
私は"否定"の意味を強くとらえすぎて、少し不機嫌になった。
その仕事はやめられない仕事だった。自らの意思で選んだものであるし、それは当然こなすべきもので、普通なら何らストレスも感じないはずだった。
しかし私は、そのストレスを感じるところが敏感らしく、つらかった。
そんな中で言われた言葉。当然「そんなことできないよ」と心の中で思う。
私はどうしてあの人に相談したんだろう。信頼していたのに。そんな気持を募らせる。
私は、その人が好きだった。ふとその人を考えたときに、私はそのシーンがよぎった。「やめちゃえよ」と言った時の表情、声色、ふるまい。
その人はどんな気持ちで私にその言葉をかけたのだろう。もっともっとかける言葉はあったはず、なのにその言葉を選んだ。何度も何度もその人を頼り、相談した。私のことなんでもわかってるような、だけどわからないような。
「やめちゃえよ」の奥には、たくさんの思いが詰まってる気がする。
自意識過剰ではあるけれど、そう思った。
いつだって、言葉の奥を大切にして生きていきたい。ただの言葉の数々の中で生きていきたくはない。そしてそのただの言葉、嘘の言葉を使って生きていこうとは思わない。
その人が相手をどう思っているのかがわかる、そんな言葉は生きているって思う。
※投稿し忘れていました。