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先生と私の夢の中

ずっと、夢を見ていた気がする。
先生と仲良く旅をするお話。
目が覚めると、泣いていた。
スマホを開くと、カレシであるリョウくんからLINEが来ていた。
「おはよー! ちょっと今日の放課後は一緒に帰れなそう。ごめんな」
 そんな文字が小躍りしている。
「大好きだよ」
 この言葉を吐くことが、彼なりの愛情表現であることを私は知っている。
目をこすりながら、スマホの電源をつけた。
   ♦
先生は、日本史の先生である佐藤先生のこと。
私は日本史を二年生で選択し、授業を受けた。
つまらない、つまらないと言われたその授業、実際私もつまらなかった。けれど、先生が一生懸命に何かを伝えようとしているのが、ほほえましかった。リョウ君と一緒に帰れない日は、よく先生に日本史を教えてもらった。
「先生、日本史わからないんですけど、教えてくれますか」
 職員室にそう言いにいくと、少しだけ煙草の匂いがした。
「いいですよ」
 先生は三十代前半といったところで、ある一定の層からはきゃあきゃあ言われる存在だった。リョウ君がいない寂しさを紛らわすため、たびたび私は日本史を聞きに行った。
「この、赤穂浪士ってなんで吉良邸に討ち入りしたんですか?」
 おおよそテストには出ないような、なぜ? を聞く。それでも先生は何も言わない。
「今でも不明だということですが、桜木さんはどうしてだと思います?」
 ほかの先生にはない、その問い。いつも考えさせられてしまう。
「えっと……」
   ♦
私の場合、先生が好き、というよりは、先生の頭の中を見てみたいと言った方が正しい。そのたくさんの知識が詰まった頭を、私が食べてやりたい。そう思ってしまう。
日本史を聞き終わり、先生に別れを告げ教室に戻る。
「いいって、チサト。もう誰もいないよ」
「えー、リョウ君、桜木さんってカノジョいるじゃん。だめだよー」
 そんな声が聞こえて私はとっさに教室のドアに触れた手を放した。
「桜木ってまじめすぎんだよな。チサトの方が可愛い」
 やだもー、といって二人の輪郭が溶け合った。
(嫌だ)
 身体全身から吐き気がした。信じたくない。なんで、なんで。
 走り出した足は、止まらなかった。どこへ行くかもわからない。
 瞬間、先生との旅を思い出す。どこまでも、どこまでも続く地平線。
(先生…っ!)
<ドンッ>
何かにぶつかり、勢い余って飛ばされてしまう。
「だ、大丈夫ですか?」
 ゴミ捨て場の近くで、煙草を吸い終わったばかりの佐藤先生にぶつかった。
「桜木、さん?」
 私は笑顔を作る。
「あっはは、どうしても走りたい気分で、走ってたら、ぶつかっちゃいました」
 すみません、と言う。先生が差し伸べてくれた手をとって立ち上がる。
「失礼します」
 私は歩き出す。ゴミ捨て場の方へ。とにかく学校から逃げ出したかった。
 刹那、ぎゅっと手首を掴まれる。
「桜木さん、どうして泣いてるんですか」
 え? と私は先生の方を向く。すると涙が落ちてくる。
「な、泣いてませんよ」
「そんなに痛かったですか」
「泣いてませんってば」
 ぼろぼろ涙がこぼれてくる。掴まれた手首が熱い。先生はつかんでいる腕と反対の手で、私の頭を撫でた。まるで猫を手なずけるように。
「なっ、何するんですか!」
 敵意を表すと、先生はほほえんで、撫でるのをやめた。
「心が泣いているみたいなので、つい。嫌だったらごめんなさい」
 ぺこ、と頭を下げられる。先生はたどたどしく言葉を続ける。
「でも、桜木さんはよく僕のところに来てくれて、そのときも真剣だったから。真面目なんだろうなって思って」
 さっきのリョウ君の言葉を思い出して怒りそうになった。でもその怒りよりも先生の言葉が出るのが先だった。
「真面目だから、いろいろとうまく泣けない時があると思います。そんな時は、しっかり、泣かなきゃ。僕に触られたって理由で泣いてもいいですけど。つらい時は、苦しい時は、ちゃんと泣かないと気づいてもらえませんよ」
 私は次々に頬を伝ってくる雫がうざったくて仕方がなかった。そして先生の言葉で余計泣いてしまう自分もいた。
「………なんでそんな優しくするんですか」
 先生は掴んでいた手を放し、ハンカチを取り出して私に差し出す。
「桜木さんがよく僕に話しかけてくれるからですよ。これで涙ふいてください」
 震えながらハンカチを受け取る。
「涙が止まるまで一緒にいます。だから、安心してください」
   ♦
結局、先生はずっとそばにいてくれて、帰りも送ってくれた。
スマホが光る。リョウ君からのLINEらしい。
私はスマホの電源を切った。
布団に潜り込み、また涙を流した。

夢でまた、先生に出会った。
泣いている私の隣にいて、ずっと、手を握ってくれていた。