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「君が僕を知ってる」

 小山田圭吾さんのモノローグを読んで、ステージ上に残っていたスモークが静かに引いていく感じがした。「謝罪文」と書くのはしっくり来ないので「モノローグ」と書いたけど、Corneliusの公式サイトに掲載された「いじめに関するインタビュー記事についてのお詫びと経緯説明」というタイトルの文のことです。
 もちろん、これで解決するわけではないし、小山田さんが少年時代に行ったこと、そしてそれを半ば武勇伝のように語ってしまったことは許されないことだ。
 けど、小山田さんの言葉で説明してもらえてホッとした。
 書かれていた内容は、想像していたとおりだったし、想像もしなかったこともあった。全然遅くはないよ。いろんな思いが混じり合って涙が出た。でも、気持ちのいい涙だった。
 どれだけ誠実に語っても、それを信じない人はいるだろう。それでも許せないと思う人はいるだろう。それはそれでいい。わたしは彼の言葉を信じるし、彼の音楽も聴き続ける。それだけだ。

 わたしから見た小山田さんはオープンマインドな人。「いじめに関するインタビュー記事についてのお詫びと経緯説明」として、ウェブサイトで公開した文章も、とても彼らしいと感じた。カッコつけたり、皮肉めいた言い方をせずに、自分のしたことに真摯に向き合っている。過去の自分のバンド名すら出さず、誰のことも責めずに。

 ほかの誰かと並べて語るようなことはしたくないけど、今回のことだって、もし彼が自分の利益や権威を大切にする人だったら、すぐさま自分の罪のなさをアピールしたり、他者を非難し、訴訟を起こしたりしていると思う。そんな人、たくさんいますよね。

 余計なものをすべて削ぎ落としたようなCorneliusの近年のライブはどれも素晴らしいものだった。
 ステージが終わり、バンドのメンバーが立ち去ったあとでスクリーンに映し出される映像がいつもきれいで、その残像を胸にとどめ、小山田さんの心象風景なのかなと想像しながら帰路に着くのが好きだった。
 あれは何のライブだっけ、リキッドルームだったと思う。『POINT』の大きなブルーの水滴を落とした白い幕がはためいていたのが忘れられない。「これを日本の国旗にすればいいのに」と、興奮した。血の色を思わせる赤じゃなくて、ゆらぎやグラデーションを含んだ青い大きな水玉。こんな国旗だったら、愛せるんじゃないかなあと思った。
 2018年「Mellow Wave」ツアーで使われた、煙や水のように流れ動きながら、なお形を残す円環の動画もよかった。無機質なんだけど有機的。小沢健二さんの「流動体について」を思わせるところもあって、二人のファンとしては「シンクロニシティ?」と、密かにときめきいたりして。

 小山田さんの音楽活動を追うようになったのは、フリッパーズ・ギターがファーストアルバム『海へ行くつもりじゃなかった』を出した頃だ。萩原健太さんがパーソナリティだった頃の深夜の『MTV』なんかでよく紹介されていて、その音楽性とビデオクリップの完成度、小山田さんと小沢健二さんの二人が醸し出す、世の慣習をぶちこわすような「アンファンテリブル」っぽさに、映画のヌーヴェルヴァーグ的なスピリットや文学性を感じて夢中になってしまった。以来、二人の音楽をずっと聴き続けている。フリッパーズ・ギターが活動を中止(今でも解散したと思っていません)し、それぞれの道を歩み始めてからも。

 約27年前(当時24~25歳)に「(10歳前後の頃の)いじめを自慢していた」として、小山田さんをめぐる騒動の元となった『ロッキング・オン・ジャパン』1994年1月号の2万字インタビューと『クイック・ジャパン』1995年8月号 Vol.3 のことは、あまり覚えていない。『ジャパン』は、もしかしたら探せば出てくるかもしれないけど、記憶に残っていなかった。『クイック・ジャパン』Vol.3は、赤い表紙が本屋さんにどんと平積みされていて驚いたのは覚えているし、絶対に立ち読みはしているはずなので、読むのを途中でやめて、無意識のうちに忘れていたのかもしれない。
 『クイック・ジャパン』の何冊かは持っていたのでVol.5を読み返してみたら、「いじめ紀行」の第3回が掲載されていた。ジェフ・ミルズ氏(DJ)に、執拗にいじめについて質問し続けていて、読んでいて胃が痛くなってくる。こういう違和感をそのまま出すことも目的の一つだったのかな。それが「サブ」カルチャー雑誌だと、信じられていたのかもしれない。
 Vol.3には「小山田圭吾30,000字体験ルポ コーネリアス、謎の説教レコード屋に潜入」という記事があった。すぐには信じられないようなホラ話みたいなことばかり言っているヘンなおじさん、おばさんがどこの街にもいたと思うけれど、ちょっと得体の知れないような人にも小山田さんは素直に話を聞いていて面白かった。小山田さん流の物事への興味の持ち方は面白くて、この後『月刊カドカワ』で「コーネリアスの惑星見学」(記録係+編集 川勝正幸)という連載が生まれている。この連載はとても面白くて本にもなっているので古本屋さんでぜひお探しください。
 ちなみに『QJ』Vol.5の「LETTERS」欄には、Vol.3「いじめ紀行」に対する当時の読者たちの素直な感想が多数掲載されていて、これも当時の「いじめ紀行」に対する受け止められ方が分かって面白かった。

 『ロッキング・オン・ジャパン』や『クイック・ジャパン』のインタビュー記事はそもそも100%信頼していたわけではなかったし、2ちゃんねるや、悪意をもって取り上げ、騒ぎになるように駆り立てていくネットのニュース、ブログの類は自分からは見に行かないようにしていたから(今もです)、小山田さんが執拗にバッシングの対象になっていたことはなんとなくしか知らない。

 でも、音楽活動から、推しはかることはできた。
 『FANTASMA』が盛り上がって、アルバムを引っさげて回った海外ツアーが話題になったあと、小山田さんの活動の方向性が変わって行った。自分のことを話すようなこと、「歌を歌う」ことはほとんどはなくなり、音楽はミニマムな方向に、研ぎ澄まされていった。ストイックに音楽だけに向かっていた。東京でライブがあると聞くと、できるだけ行ったけど、MCがほとんどなく、演奏をするだけ。音質とビジュアルにもこだわっていて、それがめちゃくちゃカッコよかった。
 2018年の『Mellow Wave』ツアーは、小山田圭吾の巡礼の旅の到達点といえるライブでもあったと思う。音楽ってここまで研ぎ澄ますことができるんだと驚くほどの純度の高さ。東京国際フォーラムでのライブはBlu-rayになっているので、ぜひ。

 《いじめに関するインタビュー記事についてのお詫びと経緯説明》で、その頃の心情の変化を書いてくれているけれど、コーネリアスの音楽をずっと追ってきた人は、その音楽が示す物をものを感じ取っていたと思う。
 だから、「もし東京五輪にかかわることがなければ、そのまま音楽活動は続いていたのに」という気持ちはもちろんあった。でも、いまは、最悪なかたちにはなってしまったけれど、長い時間軸で考えたら、これでよかったのだと思いたい。彼が音楽に託した思いは、フリッパーズ・ギターやコーネリアスの音楽を聴いてきた人には理解できても、小山田圭吾の音楽を聴いたことのない多くの人々には伝わらない。今回の騒動をきっかけに、彼の音楽を聴き続けた人には種明かしをし、これまで説明してこなかった彼の態度を不誠実だと言った人に対しては、きちんと説明することができたと思う。

 ところで、インタビューに答えたソロでの活動を始めた時期に、自分の作品に自信を持てなかったというくだりには本当に驚いた。萩尾望都さんの『一度きりの大泉の話』が頭をよぎった。恐ろしいほどの自己評価の低さに、どれだけ高いものを目指しているのだろうと。

 自分たちとはかけ離れているかのような天才の話にしてしまうのはよくないですね。

 さて。9月15日 文春デジタル版に小山田さんのインタビュー記事が発表され、その翌日(『週刊文春』の発売日)には、『クイック・ジャパン』の発行元である太田出版のウェブサイトに、社長の岡聡さん、書籍編集部の村上清さんによる《1995年執筆記事「いじめ紀行」に関しまして》という文章がアップされた。
 しばらく音沙汰がなかったのに、「文春」の記事が出たらすぐにだった。すばやっ。
 どうしてこれまでこの内容のことを書いてくれなかったのだろう。この件で矢面に立たされ、実質的な被害を被っていたのは小山田さんなのに。
 そしてその記事は、《記述を目にして傷つかれたいじめ被害者の方々やそのご家族の方々、そして読者の方々に》は謝罪をされているのに、小山田さんに対しては何も記述されていなかった。
 つまり、小山田さんを積極的に守る気はなかったということ? もしかして訴訟になった場合のことを恐れて、言及しないようにしている? と、勘ぐってしまう。陰謀論に向かってしまいそうな想像なので自戒しようとは思うけれど…。
 ともあれ、こうしてできることを書いてくれたおかげで、小山田さんの独白を間接的に裏付ける証言にはなったから、これは本当によかった。

 しかし、ロッキング・ジャパンはというと、全くのスルー。これも、訴訟や、ほかのミュージシャンからの新たな被害が訴えられることを恐れてとも考えられなくはない。

 ほかならぬこの騒動が示しているように「過去のことだから」というのはもう通用しない。いみじくも、いま、東京で生活している150人の生活が、そのまま語り言葉で起こされた『東京の生活史』が話題になっている。民話を語る人を訪ね歩いた小野和子さんの『あいたくてききたくて旅にでる』も心を揺り動かされた。こうした「聞き書き」への流れと相まって、著名人のインタビュー記事も、今後変わっていくだろう。

 出版と編集に関係する側面については、『週刊文春』の小山田さんへのインタビュー記事を書かれたノンフィクション作家の中原一歩さんが、記事を発表された後も、引き続き丁寧に取材をしてくれているようなので、安心して後の記事を待ちたいと思う。

 今回の件でせつなくも思い知らされたのは、音楽家や芸能人はバッシングの対象にされやすく、彼らが築いてきたものは、風評や他者の力によって簡単に奪われてしまうということだ。

 そもそも今回の騒動は、被害を受けた当事者からの申し入れがあったのではなかった。

 小山田さんのこと、小山田さんの音楽を快く思っていない人たちがいて。電通と政府の癒着的関係や東京五輪のあり方を問題と思っている人たちがいて。どんなことでも、五輪批判、ひいては政治批判につなげたい人たちがいて。小山田さんが東京五輪開会式の曲を担当すると発表されるや、待っていましたとばかりに小山田さんの25年前の言動を拾い上げ、「いじめを武勇伝にしていた」とネットに流す人が現れた。
 そこに、炎上しそうな事柄を見つけては火を大きくするのを半ば仕事のようにする人たちがいて。東京オリンピックの開会式の音楽を担当したと発表されるや、待っていましたとばかりに小山田さんの27年前の言動を拾い上げる人が現れ、「いじめを武勇伝にしていた」ことだけが大きく取り上げられて大バッシングになってしまったのだ。

 バッシングに乗ってしまった人たちを責める気持ちはない。ただ、大手の報道機関、音楽会社がきちんと調べようとする姿勢が見えず、コーネリアスが音楽を担当した番組が説明なく打ち切られていったのはショックだった。政治家やスポーツ選手は、「続けることが責任を果たすことだ」とか「再挑戦のチャンスを」とか言ってしれっと復帰できるのに。

 恨み言が止まらなくなってしまいそうなので、未来のことを考えよう。

 今回の騒動で、METAFIVEのアルバムが発売中止になったり、「デザインあ」の放送が終了したり、レギュラーだったラジオ番組がなくなってしまったり、編曲を担当した静岡市PRソング「まるちゃんの静岡音頭」が使用を見合わせたり……。いろいろあるけれど、コーネリアス名義のCDやBlu-ray、デジタル音源は止められてはいない。

 小沢健二さんがオープンチャットだったかで言っていたことを思い出す。自分が自由に音楽を配信したり、好きな時期にCDをリリースできるのは、著作権だけでなく、原盤権を自分で持っているからだと。もしかしたら、小山田さん自身が原盤権を所持しているのかな。見えては来ないけれど、水面下でCorneliusの音楽を守るために活動してくれている人たちがいるのかもしれない。

 時間がかるかもしれないけれど、小山田さんの気持ちが落ち着いて、また音楽が生まれてくるのを待っています。

(タイトルはRCサクセションの「君は僕を知ってる」から)


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