狐の嫁入り

会社での集中力も切れ始める、17時過ぎ。空は春の色。少し霞みがかった青色が広がっていた。6階のオフィスから見える南青山の風景は面白いものでもなく、私はノートパソコンを見過ぎた目をしぱしぱさせながら非常階段へ出る。ドアを開けた瞬間に香るアスファルトの匂い。霧雨が降りしきるも生温い春の空気のせいか寒さは全く感じなかった。非常階段に座り込み、煙草に火をつけ、ゆっくりと深く息を吸う。雨が降っているのにやけに空が明るかった。隣のマンション中庭の桜が少し咲いて、より春を感じる。春の歌を思い出しながら、目の前の煙草が息を吸うごとにぱちぱちと音を立てて短くなっていく様子をぼうっと眺めた。それが昨日のことだった。

狐の嫁入り、はなんだか怖くて、小さい頃は苦手だった。空が明るいのに雨が降っているということが私の常識からはズレていて、異様に見えたのだと思う。今ではもう慣れてしまって、あぁ、狐の嫁入りか、と頭の片隅で思うだけだが昨日に限っては腹の底がぞわぞわするような、何かよくわからないけど嫌な雰囲気を感じた。子供の時、夜になると何かが不安で夜泣きのように急に泣き出してしまうことがあった。何かが怖い。それが昨日の狐の嫁入りになぜだか感じてしまった。

昨日の夜は、狐の嫁入りが影響していないだろうが、寝つきが悪く、寝床を飛び出して、好きな音楽を聴きながら黒のマニキュアで爪を彩った。私が強くなれるようにと、願を掛けて。大人になりたくないと駄々をこねるように爪の艶を消した。私の嫁入りはまだまだ先でありますようにと、願って。

今日の私は煙草を吸ってイキる高校生のように斜に構えている。

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