麻雀王国株式会社を退職して世界一周ひとり旅に出ます!
2024年9月20日をもって、6年2ヶ月在籍した麻雀王国株式会社を退職しました。それに伴い、Mリーグ 渋谷ABEMASのマネージャー業も終了しました。
私と関わってくださった皆さま、本当にありがとうございました!人と環境に恵まれた感謝しきれない6年2ヶ月です。
退職理由は10年越しの夢である「世界一周に行く」ためです。私の10年をここで振り返りたいと思います。
世界一周との出会い
世界一周と出会ったのは社会人になりたての頃、あと数ヶ月で21歳になる時です。私は建築事務所に勤めており、寝袋とお風呂道具を会社のデスク下に置いて働く日々でした。この頃から床で寝ることが得意になります。
重たい空気を纏いながら生きていた私は、立ち寄った本屋さんで『僕らの人生を変えた世界一周』という本と出会います。
これがマンガのワンシーンであれば、「この出会いが私の人生を大きく変えるなんてこの時は思いもしなかった」みたいな説明文が付くような出会い。
本と出会うまで海外は宇宙と同じぐらい遠いところで、自分が行ける場所だとは微塵も思っていなかったので、電車の中で本を読み泣きました。心が震えた瞬間でした。
そして「私もいつか世界一周に行きたい!」
人生で初めて叶えたい夢ができました。それと同時にこの夢は私にとって足枷にもなります。
本が繋いでくれた出会い
本を読んだ後、著者である「世界一周団体TABIPPO(現在は株式会社TABIPPO)」のfacebookページをフォローしたのですが、ここで私の人生を面白くしてくれた人との大きな出会いがありました。
出会ったのは池嶋亮さん(株式会社Playable CEO)。亮さんとの出会いがなければ私の人生は180°違っていたと思います。上京もしてなかったかもしれない。まさに人生の恩人。
世界一周に行く3日前に亮さん(世界一周経験者)と会ったのですが、リュックよりキャリーケースの方が良いと熱弁され、餞別で買っていただき3日前に鞄が変わりました。笑
金髪と生きていく
26連勤をしても事務所が居心地良いと思う程にマインドコントロールされながら働いていましたが、事務所内で問題が起き体制が変わり退職することに。
次も建築の仕事をするか迷っていた時、友人に誘われ「アウトロー採用 旅人編」という就活イベントに旅人じゃないのに参加。そこで私は思い知らされます。
「私はなんて空っぽで顔が薄くて覚えづらい名前なんだ!」と。
本気で思いました。参加されている方は自分の意見を持ち、それを伝えることができ、個性がありとても魅力的でした。
空っぽの私、さてどうするか。
手っ取り早く自分を覚えてもらう方法……
「金髪にしよう!」
浅はかですが当時の私は本気で妙案だと思いました。笑
学生時代にいろんな髪色で遊びましたが、社会人になれば髪色で遊べないと思い込んでいました。
でも金髪がokなところで働けばいいやんということで髪の毛を染めます。してみたい仕事やお給料の額より金髪を優先して仕事を探しました。笑
そこから31歳の今までずっと金髪で過ごしています。最初は覚えてもらうためでしたが、数年でその思いはなくなり、ただ金髪の自分が好きだという理由で続けています。
わかったことは何事も続けると身になるということ!笑
25歳で上京
24年間実家に住んでいた私は唐突に一人暮らしがしたくなります。でも京都住みで京都勤務。わざわざ実家を出る理由がない。悩んだ私は東京住みの友人に相談します。すると友人が「東京に来たらいいじゃん」と。
「その考えはなかった!いい!1年後のこの日に引っ越す!」と電話した日に決意。ビビッと来た時だけは即決できる私。
上京案をくれた友人は亮さんに出会わなければ出会えなかった、何でも話せる大切な友人です。
そして大変有り難いご縁で麻雀王国を紹介していただき入社。
私の「金髪で働きたい」「必ずこの日に引っ越したいからこの日以降に入社したい」に了承してくれた寛大な会社です。笑
ちなみに「何で雇ってくださったんですか?」と聞いたところ、「連絡がとても丁寧だったから」と。笑(これだけではない……はず笑)
大した学歴も職歴もないけれど、誠実・謙虚・丁寧を大切にして生きてきたら良いことがありました。
夢は足枷と姿を変える
世界一周に行きたい夢を抱いてから約4年が経ちましたが、当時の私は自分に自信がなく所謂自己肯定感の低い人間だったので、行きたい以上に恐怖が勝っていました。
いつ行けるのかわからない世界一周。なのに行くまで◯◯はしない自分ルールをたくさん作ってしまいます。この自分ルールが私を縛ります。
自分の可能性を狭めているのは間違いなく自分であることを実感させられました。
世界一周に行きたいのであれば上京という選択肢は悩ましい。実家暮らしより都内一人暮らしの方が旅費を貯めることは難しいはずだから。
私は恐怖に負けて無意識に行けない理由作りをしていたのかもしれません。ただ結果的に上京は最高の結果をもたらしてくれました。
言霊の力は凄まじい
上京をして一人暮らしをするようになってから言葉の持つ力の強さを感じ出します。
本を読む
YouTubeで自分を鼓舞する動画を見る
使う言葉は前向きでポジティブな言葉にする
ネガティブはポジティブに変換する
こういった習慣が私を少しずつ変えてくれて自分のことが好きになっていきます。そして今は自分のことが大好きになりました。
自分の可能性を狭めているのは自分で、自分を変えることができるのもまた自分であることを実感します。
渋谷ABEMASのマネージャーになる
麻雀王国に勤めて4年目。Mリーグのチーム 渋谷ABEMASのマネージャーをしてほしいと声をかけていただきます。
ただこの頃は「何でも挑戦だ!」の心はまだなく、マネージャーなんてやったことがないし、5時半に起きて23時に寝る生活を崩したくない(笑)という理由で一度お断りします。
それでも再度声をかけていただき、悩んだ末にこれもご縁だと思い引き受けさせていただきました。
信じてもらえるかわかりませんが、マネージャー業が決まった時、アベマズが優勝して一緒に喜び写真を撮ってる姿が脳裏に浮かんだんです。
その時にこのマネージャー業は上手くいくと確信し、未熟ながらも3シーズン務めることができました。
マネージャー業が私に自信をくれた
先程も書きましたが、私は自分に自信のない自己肯定感の低い人間でした。自分のことが好きではなく褒めていただいても否定してしまう。
そんな私が上京を機にどんどん成長します。そしてアベマズのマネージャー業が決定的に私を変えてくれました。
特殊な環境下での初めての仕事。けれどマネージャー業は器用貧乏の私がピタリとハマった仕事でした。
何かに突出してる人に憧れ続けた人生で、専門的なことを除けば60〜70点はできる能力が花開いた瞬間でした。
成功体験は人を強くする。マネージャー業に就いていなければ、私はまだ世界一周に行く決意ができていなかったかもしれません。
世界一周に行く決意
世界一周に行く決意をしたのは2023年の年始です。今から約1年9ヶ月前。突然「今の私なら行ける」と思えました。
その時はマネージャー2年目だったので、3年目が終わった後に会社を退職しようと決意します。決意した年、アベマズが初めてMリーグを優勝しました。
マネージャー業が始まる前に脳裏に浮かんだシーンが目の前に広がりました。
そしてマネージャー3年目、決意から約1年後に会社に退職意思を伝えます。
しっかり話し合う前に電話で軽く伝えたのですが、電話を切った後に涙が溢れました。泣ける程の会社で働けて私は幸せ者です。
その後、選手にも退職意思を伝えました。
自分一人では行く決意ができなかった世界一周
世界一周に行く決意は自分一人では確実にできなかったです。
心配しながらも行くことを許してくれた両親、相談に乗ってくれた友人、成長できる環境を与えてくれた麻雀王国、貴重な経験をさせてくれた渋谷ABEMAS、そして応援してくださるたくさんの方がいて今の私がいます。
1冊の本がこんなにも私の人生を面白くしてくれるなんて想像もできなかった。
2024年9月24日からついに世界一周に行きます!世界一周の様子はSNSに投稿予定なので、あいつ元気にしてるかな?と時々覗きにきてもらえると嬉しいです!
ここまで読んでいただきありがとうございました!これからもよろしくお願いします!
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