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鉄分…足りてますか?

3月8日〜12日の期間で、鉄道写真のみのグループ展「鉄分補給」がきのねにて開催されました。
約10名による展示会となりましたが、どこを見ても電車!電車!のどかな風景のど真ん中に電車!です。
鉄道オタクのことを「鉄ちゃん」といい、中でも写真を撮る方々を「撮り鉄」とはよく聞きますが、今回の参加者は殆どが大学生さん。
若き撮り鉄達の愛溢れる展示会となりました。

意外と厳しい撮り鉄作法

普段その界隈にいなくとも何気なく目にとまる電車の写真ですが、やはりそこにも「良い写真」とそうでない写真があるようです。
数種類ある鉄道写真部門(?)の中に「編成写真」があります。これは電車の正面、つまり顔から最後尾車両の端までを全てフレームに納めることが基本とされているもので、写真のような感じです(鉄道写真といえば!みないな感じですね)

簡単そうに見えますが、高速で走る鉄の塊をピントバッチリで捉え、画にするにはロケーションのこだわりから何まですごい労力だと思います。
そして、ここで編成写真の"お作法"。まず、パンタグラフ(集電装置)の間に奥の電柱が挟まるように映っていると、「串パン」と言われ、よろしくない評価を受けるとのこと。
さらに、電線の影が顔に当たってるのもお行儀(?)が悪いようです。
基本としては、顔から車両全体が順光でしっかり見えている状態(バリ順)が望ましいらしいとのことらしいです。
良さを計るポイントというより、「こうやったらよろしくない」という項目がなかなか多いです。そういったポイントをクリアして、さらに撮り手の構図力や色遣いのセンスを光らせ、ようやく良い写真となるようです。
厳しいぞ…撮り鉄の世界‼︎

搬入中に面白かったこと

普段の展示搬入ではなかなか体験出来ないであろうことが一つ。それはキャプションが関係しています。今回、キャプションには出展された電車の詳細が作品名の横に記載されていました。作品を壁にかけ終わった後、テーブルに予め並べてあったキャプションを割振るのですが、主催者はそのキャプションに書かれた電車の種類で瞬時に仕分けをしていくのです。
こればかりは、わたしも真似できない…鉄道ファンが参加する展示ならではの光景でした。
そして、各出展者のキャプションコメントを見ると、電車に向けた熱い想いが長文で展開されたものも多く、絵画・イラストの展示とはまた一味違った世界がありました。

この「鉄道写真」というのは、写真と一括りに言っても、創作的で独自性の高い画作りというよりは、すでに存在するものを「丁寧に」撮るジャンルです。出来上がった写真というより、その向こうに映るものへの愛をぶつけるスタイルは写真を撮るわたしにとっても新鮮な世界でした。

電車が愛されることについて

私たちは普段何気なく電車と関わっています。電車の走る音を聞き、実際に乗り、外の移りゆく景色を連続した小さな枠の間で眺める。
我々の生活に深く浸透されたコンテンツです。
そしてそこに「機械(技術)」「地域」「時代」「デザイン」というある種の特殊性を持ったことで、それは人を魅了するロマンを秘めた媒体となるのではないかと5日間鉄分漬けにあったわたしは気づい(てしまっ)たのです。
その(今後いつまで存在するかわからない)電車を目の当たりにすることで時代を。
限られた場所でしか見られない電車に会うことでその「地域」を。そして、純粋なそれそのものの「カッコよさ」を。
電車という一つの媒体を通して、「自分がどんな時代に、場所に生きているか。」を想うことが鉄道を楽しむ上での大きな意識としてあるのではないかと…
なかなかお客さんが来ない時間帯、一人で暇を持て余すわたしは思うのでした。

今回、DMはわたしの方でデザインさせていただきました。イラストには東武1,700系という車両をモデルに起用しています。

わたしの中で、レトロな色味と全体のフォルムがカッコよくて採用しました。でもこの少し古臭いモデルが、この時代や地域では当たり前で、特別なものではなかったと思うのです。
わたしはこのデザインを「古くてカッコいい」、「自分の身の回りにはない特別なもの」と認識する時代と場所に今生きてるのだなと、写真資料を眺め、これからイラストを描くにあたってのディテールの細かさに悶絶しながら思ったのでした。

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