『AUTO HALL CITY』Chapter7:Painful Past of A Detective(剥奪されし者共)
『Chapter7:Painful Past of A Detective』
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人間の頭に弾をぶち込むと、華が咲く。
血飛沫の華。
戦争時に退屈を持て余した時に俺が考えていたのは、如何にあの肉の塊に綺麗な華を咲かせるか、だった。
当時の同僚はそんな俺を化物だと蔑んだ。その通りだ。実際、俺の居場所は戦場にしかないんだと、思っていた。
あの日までは。
「来るな」
俺が近付くと、男は腰を抜かし、命乞いをする。糞だと思った。お前も人間の命を奪ったんだろうが。お前のその糞みたいな信条を糞袋に詰め込んで。
糞糞糞。
「糞があ!!」
俺は男の頭に、弾を撃ち込む。
男の頭に、華が咲いた。汚い華だ、と思った。今は、綺麗な華を咲かせようだとかそんな余裕はない。
立て籠った排斥主義者が人質を集めておくなら、奥の部屋だ。
俺は人の気配を追い、人質を探す。
人がいる場所を探すのは得意だ。
「来るな!」
人質を監視していた排斥主義者が、さっきの仲間と一字一句変わらぬ言葉を放ったのは笑えるが、やはりそんな余裕は俺にはない。
排斥主義者は、人質に銃口を向けようとしたが、それよりも先にそいつと、隣で冷や汗を掻いていたもう一人の仲間の頭を撃ち抜く。
華が咲く。汚い。
人質は足と手を縛られて、部屋の奥に集められていた。
ざわざわと人質達が煩かったので、俺は天井に向けて一発発砲し、一喝して黙らせる。
「サラ!」
俺は妻の名前を呼んだ。人質達の視線が一箇所に集まる。
サラは人質達に守られるようにして、壁に身をもたれていた。サラの腹は真っ赤に染まっていた。息も絶え絶えで、弱っているのがわかる。
俺は銃を投げ捨て、急いでサラに駆け寄る。
「どうした……」
「子供を庇ったんだ」
人質の一人が、恐る恐るといった口調で教えてくれた。
馬鹿野郎。お前はまた直ぐにそうやって。
「すげぇな」
俺が手を取ろうとしたら、サラは俺の頬に手を添えた。
「頭もふらついて来たけど、あんたがくんのはすぐわかったよ」
「ふざけんな。医者に行くぞ」
サラの眼は、こちらを向いていなかった。意識が混濁している程に衰弱しているのは間違いない。まだ間に合う。まだ間に合うと、俺は自分に言い聞かせた。
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サラと出逢ったのは、偶然のことだった。戦争終結を祝う戦勝記念日。街が浮かれている中、路地裏で女が絡まれているのを見た。
よくあることだし、俺はただ不用心だな、と思って通り過ぎようとしたが、女に絡んでいる奴らの方が、俺が見ていることに気付いた。
「文句あんのか兄ちゃん」
「別に。好きにしたら良いんじゃねえか」
「んだよ、チキンかよ」
その言葉にカチンと来た。そうかい。相手は二人。別にそこの女がどうなろうが知ったこっちゃねえが、喧嘩売るってんなら買ってやるぞ、と。
拳を振り上げようとしたその時だった。
さっきまで男達に絡まれていた女が、地面を蹴り上げ、自分の頭上よりも高く脚を上げた。そして俺の方に気を取られていた男の脳天目掛け、脚を振り下ろす。
それはそれは見事な踵落としだった。
「な、なんだあ!?」
仲間が一人、急に倒れたのを見て、もう一人のナンパ男が狼狽える。その隙も女は見逃さず、バネのように体を捻ったかと思うと、今度は飛び膝蹴りをもう一人の顔面に直撃させた。
うげえ、と格好の悪い声がして、男二人共が倒れた。
「ごめんごめん。助けてくれてサンキューな。お陰でこいつらの気が逸れてたから楽勝にやれたわ」
「助けようとしたわけでは……」
って言うか今の見た限りだと助けとか別にいらんかったろ。
「あたし、サラ・タッカー。あんたは?」
「俺は──」
これがサラとのファーストコンタクトだった。サラがどうして路地裏にいたのかと言うと、逸れた子供を探していたかららしい。
あんたの子供か、と問うと「んなわけねーだろ」と快活に笑われた。
サラは戦争孤児や傷痍軍人のケアをしている助護センターの職員で、戦勝記念日の祝いに参加したがっていたセンターの子供を一人、面倒見ていたと言うのだが、途中人混みに塗れて逸れてしまったのだと言う。
子供にはGPSが付いており、ある程度の場所はわかるので様子を見に来たらさっきの輩らに絡まれたのだと。
血の気の多い連中も多いから、護身術くらいは身に付けておかなきゃいけなくてさ、なんて言うが、俺から言わせたら、さっきのは護身術の域を超えている。立派な殺人術だ。
そう言うあれこれを、訊いてもいないのに聞かされ、お次はあんたの番だとばかりに、俺こそどうして此処に居たのかと問われた。
どうしたも何も。
特に理由なんてない。ここのところ毎日意味もなく街を出歩くのが日課になっていて、今日が戦勝記念日だと言うことも、外出してから気付いたくらいだ。
「あんたも戦争から戻って来られてない口か」
サラにそう言われて、少しドキリとした。
何故わかる、と訊くと、普段から同じような連中を見ていれば、共通する雰囲気くらい分かるようになる、と宣う。
「なら暇だろ。手伝え」
だからあんたは一人でも大丈夫だろう、と言おうとしたが、有無を言わせず、サラは俺の腕を引っ張った。
子供は直ぐに見つかった。路地裏のゴミ捨て場の近くで一人泣いていて、サラは子供を見つけると直ぐ駆け寄り、「ごめんな」と謝りながら子供の背中を摩った。
「助かったよ」
俺は何もしていない。この女が勝手に俺を引っ張って、勝手に子供を見つけただけだ。
「ホラ」
俺はサラから名刺を渡された。名刺には助護センターの場所とサラの名前が記されている。
「困ったらいつでも来なよ」
などと、一方的に握手をして来ると、サラは子供を連れて、弾丸のように遠ざかって行った。
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後日。結局俺は思わず助護センターに足を運んだ。
直ぐ踵を返してセンターを後にしようしたら、またしても建物の中から俺を遠目から見つけたというサラに一方的に肩を掴まれた。
「普段何してるの」
俺は特段返事を持たなかった。当時の俺は定職を持たなかった。
鉄砲玉だか殺し屋紛いのことばかりしていて、そこらのゴロツキの方がまだマシな生き方だった。
「暇なんだったら手伝え。ウチは年中人手不足だからな」
と、サラはまた俺を腕を引っ張り、助護センターを連れ回され、俺に出来る仕事はないかと職員達に聞いて回った。それで倉庫の整理の人手が足りていないと、いつの間にやらセンターの制服を着せられて、俺は倉庫整理の手伝いをしていた。
何をしているんだ俺は。と自らに呆れたが、暇が紛れたのも確かであり、俺はセンター職員の指示に従い、その日はずっとセンターの手伝いをやらされた。
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次の日も。その次の日も。
俺はサラに連れられ、センター職員の臨時従業員のような形となり、いつしか普通に一員として溶け込んだ。
サラやセンターの仲間との時間は、俺にとってかけがえのない物だ。
そんなだから、俺がサラに惹かれるようになるまで時間は掛からなかった。
ある年のバレンタインデー、俺はいつもの感謝と好意の印として、サラに腕時計を送った。
装飾品のような物を身に付ける柄ではなかったし、サラの性格上、実用性のある物の方が良いだろうと踏んだ。
「良いのかよ」
時計を貰ったサラは、戸惑ったように歯に噛んだ。
「迷惑だったか」
「いや。嬉しいよ」
そんなやり取りを数年続けて。
俺はサラにプロポーズした。
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「ごめんな」
腹を鮮血に染めるサラを抱き抱えると彼女は、初めて会った日、逸れた子供に掛けたのと同じような調子で呟いた。
「謝るな」
今謝られたら、俺はどうしたら良いと言うんだ。
「なあ」
「喋るな。今直ぐ医者に」
口を塞がれた。サラと自分の唇が重なり、そして離れる。俺が驚いたようにサラを見つめると、サラは小さく笑った。
建物を出る。警官もマスコミも溢れている。
排斥主義者達が助護センターを狙ったのは、この街の戦争難民受け入れに抗議をする為だった。
それで狙われたのが助護センターだ。
そんなもの知るか。
奴らは俺の居場所を奪った。サラを奪った。
非番だった俺が助護センターが襲われたというニュース映像を見て、頭の中に支配されたのは、奴らをどう殺してやるかということだけだった。
戦争の記憶が蘇った。
華を咲かせるんだ。奴らの頭に、華を咲かせる。それだけを考え、サラと出逢ってから押入の奥底に仕舞っていた拳銃を手にして。
俺は排斥主義者の排除に向かったのだ。
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「なあ、あんたさ」
サラは人に囲まれても性懲りもなく言葉を紡ぐ。
ああ畜生。こんな時ぐらい静かに出来ねえのか。
「あんた腐るなよ」
「何を」
「あんたがウチでやって来れたのはさ、あんたに力があったからだよ」
「だから何を」
「あんた、何だって出来るんだよ」
聞きたくない。彼女は明らかに何かを終わらせようとしている。
「だから絶対に、また腐るんじゃねえぞ」
そんなことしたら今度はあんたの頭を蹴り飛ばすからな、と。
その言葉を最後に、サラは喋らなかった。
二度と。
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俺は市民権を剥奪された。排斥主義者相手とは言え、大量殺人だ。無理もない。死刑にならなかっただけマシだ。
刑期を終えて、俺はスラム街に流れ着き、ボロ小屋のような住処だけは何とか確保して、其処に住むことを決めた。
サラが死んでから暫くは、脱殻のようだった。
自分の半身を亡くした感覚。何度死のうと思ったか知れない。
だが、その度にサラの言葉が脳裏を過った。
腐るなよ。
ああそうだな。俺が今腐ったら、あんたと出逢ったことまで無意味にしちまう。
俺はボロ小屋に看板を掲げた。
ヴァイパー探偵事務所。
今の俺に何が出来るかはわからない。ならば、何でもやろうと決めた。
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スラム街の片隅に子供を見つけた。
よくあることだ。
ガタガタと寒さに震えながら自身の膝を抱えている。行き場をなくした子供の姿は、まるであの日の自分のようだと思った。またはサラを亡くした日の。
「ほら喰えよ」
俺は手持ちのパンを、子供に与えた。子供は無言でパンを受け取ると、ガツガツと貪り喰った。
「俺はヴァイパー。お前名前は」
「カイン」
「カインか。喰うモンねえのか。来いよ、一食くらい、奢ってやる」