『AUTO HALL CITY』Chapter5:Old Man Plays, Until Death Comes(永久不変の記者魂)
『Chapter5:Old Man Plays, Until Death Comes』
屋根から屋根へと飛び移る。
途中、やる気のない見張りがいれば、高電圧銃で気絶させ、まんまと屋敷の中に潜入した。
『流石』
通信機から、ロビンが感嘆の息を吐くのが聞こえた。
「全身義体のお陰だ。長いこと生きてきたが、身体が雲みたいに軽い」
『性能は確かだけど、使いこなせてるのは身体能力の賜物でしょ。普通、義体を変えて直ぐ、そんなにぴょこぴょこ動けるもんじゃない』
通信しつつ、屋敷内を反響定位で探る。
定時連絡もあるだろうし、そう時間はない。ボクは屋内に見張りに見つからない道筋を割り出す。
目的地である執務室入口まで一息で駆け抜けた。
「ロビン、鍵は?」
『アイアイサー。お爺ちゃん、手を扉に翳してよ』
ロビンの言葉に、ボクはムッとした。
「お爺ちゃんはやめてくれないか」
『もう九十にもなる人はお爺ちゃんでしょ。それだけ動けるのは凄いけどさ』
「まだ八十八だ」
『どっちでも一緒っしょ……』
反論したいところだったが、ボクはロビンの言う通り、扉に手を翳した。
手から施錠の状態等の情報を向こうに送ると、ロビンがハッキングで、扉を開けてくれる手筈だ。
ガチャリ、と鍵の開く音がして、ボクは思わずニヤけた。
「やっぱりキミは凄いよ」
『当たり前っしょ』
可愛くない若者だな。
素っ気のないロビンの態度に、そんなことを無意識に思う限り、お爺ちゃんなんて呼ばれても仕方ないな、などとも思う。
ロビンの開けてくれた扉を開ける。中には、ここの組織の構成員が四人。
構成員の男達が慌てている間に、指先に仕込んでいた衝撃手榴弾を投げ込んだ。
男達の動きが怯む。
ボクはそのうちに一人一人首を絞め、その場に気絶させた。
「急げ急げ」
部屋の中に他に人がいないことをもう一度確かめて、ボクは自分に言い聞かせる。
執務室内のどこかにある、オフラインの端末を探さなくてはならない。
「ロビン、そっちは?」
『無理……何も……』
「ロビン?」
通信がおかしい。ボクは何度かロビンに呼びかけたが、遂には返事すらなくなった。
ボクは通信状況を確認する。通信が途絶していた。
おそらくは電波暗室になっている。間に合わなかったか?
「目当ての物は、これかね」
ボクはハッとして、声のした方に振り向いた。
そこには、全身が無骨な銀色の機械に覆われた、全身義体の人物が、手に板状の携帯端末を持ち、こちらを挑発している。
合成皮膚を付けず、剥き出しの金属をギラつかせている姿は、まるで機械の骸骨だ。
「また随分な格好じゃないか」
潜入した屋敷の首領ルヴェルゴがそこに居た。
事前に入手した写真から彼がルヴェルゴだと理解ったが、昔の陰は見るまでもなかった。
「こちらの台詞だよ、ソーイチロー。君も全身義体になっていたとは」
「老体には体当たり取材は堪えるからねえ」
ボクは素早く床を蹴った。ルヴェルゴの持つ携帯端末に目掛けて、まっしぐらに突進する。
ボクはルヴェルゴの手に向けて、高電圧銃から電撃を放つ。一瞬、彼の義手が制御不能となり、携帯端末が宙に投げ出された。
ボクはそれを目で捉え、落下の軌跡を計算。奪取可能な機会を伺った。
あれが贋物かもしれないとしても本物である可能性に賭けて動くべきだと、報道記者としての、長年の勘が告げていた。
ボクがここに来たのは全て、あの端末の中にある筈の情報の為だった。
だから単身、この屋敷に乗り込む為に大枚叩いて全身義体に身体を置換までしたのだ。
この錆び付いた街の議会議員の汚職の証拠。
それをこの屋敷の首領、ルヴェルゴが所持していることを知ったボクは、その証拠を求めてここまで来た。
もうそれが目の前にある。
「ルヴェルゴ、お前の組織ももう死に体なんだろう。往生際悪くするもんじゃない」
ボクが単身で屋敷を攻めた理由の一つとして、ルヴェルゴの組織“クヴァト”の勢力が削がれていたから、と言うのもある。
クヴァトの若い構成員が、組織の名前を盾に無茶な金貸し業を行っていたのが、この街の別勢力である興行師の目に留まり、遂には抗争に発展したのだと言う。
否。抗争と言うほどの抗争も起こらなかったらしい。
実態は、ほとんど興行師側の虐殺だった。
同時多発的に隠れ家が襲撃され、クヴァトは構成員の内、八割以上を失った。
だから今まで隠れていたルヴェルゴも姿を一瞬現さざるを得なくなり、この屋敷に潜伏している情報を掴んだボクは、彼が持つであろうオフラインの携帯端末を奪いにやって来たのだ。
「君はいつもそうだ」
剥き出しの金属の顔からは窺い知れないが、ルヴェルゴは心底苛ついた様子で呟いた。
「信念も何もない癖に、平気で他人を蹴落とす。それがどれだけの犠牲を孕んでいるのか考えることもなく!」
ルヴェルゴが、ボクの顔面に拳を叩きつけてきた。
彼の咄嗟の行動に、攻撃を防ぐ余裕もなく、ボクは執務室の壁まで一瞬にして吹き飛ばされた。
ルヴェルゴは元々、新聞記者だった。電脳新聞社で、調査専門のボクとは良き相棒だった時代もある。
彼は昔、報道の力でこの腐った街を浄化するんだ、と口癖のように言っていた。
だが、その限界を、ルヴェルゴは悟っていった。
政治家の汚職、地下組織の暗躍、それらの情報を操作する為に、報道機関は賄賂を握らされる。
そんな悪循環が、街には根付いていて、どれだけルヴェルゴが正義に燃えて真実を告発しようが、根本的なところから街は変わったりしなかった。
遂にはあまりにも動き過ぎたルヴェルゴは、当時の地下組織の一つに邪魔者として消されそうになり、そこから彼の人生は一転した。
報道の力だけでは、街を変えることは出来ない。ならば、それを操れる側に立たなくてはいけない。
ルヴェルゴはいつしかそう考えるようになり、裏社会へ溶けていく。そして今では念願叶って、裏組織の首領となった。
ボクはそんな風に堕ちていくルヴェルゴを、現役の報道記者として、表面だけでもずっと追っていた。
彼がそうした道を選ぶことに、特に感慨はなかった。
けれど、十年前のある日のこと。
議員の汚職を突き止めようとしていたボクとルヴェルゴのかつての上司が、ルヴェルゴの組織に殺された。
その議員は、表では義体置換者や人造人間の差別撤廃を叫びながら、その裏では義体手術に失敗した素体を、裏で流すことで金を得ていた市民団体から金を貰っていた。
その金の流れの証拠を突き止めた上司は、それを日の元に晒そうとしたのだが、議員の脅しに使う為にその情報を横取りした組織に、上司は消されてしまった。
「信念ね」
ボクは壁に叩きつけられて、痺れた身体を庇いながら、ルヴェルゴを見て笑った。
「キミこそ、その信念に準じて、かつてのキミが恨んだ存在と同化してしまったことに気付いていないのか? 否、聡明なキミのことだ。分かった上で、仕方がないことだと呑み込んでいるんだろう。何とも醜い。その携帯端末には、ボクが狙った議員だけではなく、この街の多くの汚職の証拠が集められている筈だ。それだけの物を手にしながら、キミは何もしなかった」
「黙れ、糞爺」
ルヴェルゴが宙空に放り出された携帯端末をキャッチした。
ボクはそれを見て、ニヤリと笑う。
「何がおかしい」
「糞爺はキミもだろ。同期じゃないか。そんなことも無視するくらい、キミは朦朧したのか」
「負け惜しみを。お前はここで死ぬんだ。あの上司のように」
「いや、それはどうかな」
ボクはルヴェルゴの持つ携帯端末を指差した。
ルヴェルゴも釣られて、ボクの指差した物を見る。そして慌てたように携帯端末を投げ捨てようとした。
「遅い」
ボクは背後からある物を取り出した。
携帯端末だ。
「このッ糞爺!」
刹那、ルヴェルゴが持っていた方の携帯端末が爆発した。
ルヴェルゴの半径数十センチに小さな爆発が起こる。爆発規模こそ小さいが、威力の凝縮された特殊爆弾。
ボクはルヴェルゴの腕に向けて高電圧銃を放ったのと同時に、彼のとは別の携帯端末を、部屋の景色と同化した立体映像に乗せて投げていた。
彼がキャッチした携帯端末はボクの用意した爆弾付の贋物と入れ替わっていて、ボクは既に彼の携帯端末をその手に握っていたというわけだ。
「さようなら、ルヴェルゴ。元正義の記者よ」
ボクは高電圧銃を自身に放ち、無理矢理に義体を動かした。
特殊爆弾の爆発の余波が、部屋全体に波及する。
ボクは余波に巻き込まれる前に執務室から出て、扉を閉めて屋敷から飛び出す。
その瞬間、執務室内に収まりきらなかったよう衝撃波が、部屋の外にまで一気に飛び出たらしい。屋敷の窓が次々に割れていき、最後にはどこかに引火したのか、さっきルヴェルゴを襲ったのとは比べ物にならない規模の爆発が、屋敷を覆った。
『お爺ちゃん! お爺ちゃん!』
屋敷から飛び出たことで、ロビンとの通信が回復していた。
『良かった。無事だったんだね』
「端末を手に入れた。今からそっちに情報送るから、その代わり、ボクの今から言う場所まで案内してくれよ」
『? 良いけど』
ロビンに行きたい場所を伝えると、ボクの視界に道筋が表示された。
ボクは道筋に従って、目的地に向かう。
『ここって』
「上司の墓地だよ。彼は八十八歳でなくなった」
『今のお爺ちゃんと』
「同い歳だ。ボクの国では、米寿って言って盛大に祝う年齢なんだ。それが祝うどころか」
ボクは携帯端末を墓に向けて見せた。
「だから同じ歳になるまでに、彼の仕事を遂げてやるって決めてた」
『成程です』
ルヴェルゴ、確かにボクはこの歳になっても、キミみたいな信念とは無縁の生き物だ。
だけどこうして、真実を突き止め、そして白日の元に晒す。
「それこそがボクらの本懐だって、彼も言っていたろ」
こんな歳だとか関係なく、ボクはまだ報道記者として戦える。
ボクは静かな墓地に座りながら、ボクが手に入れた端末の情報が、白日の元に晒された時の権力者の混乱を想像する。それはとても快感で。
「こんな面白いことから簡単に、現役を退いてたまるものか」
これだからやめられないな、とボクは小さく身震いした。