『AUTO HALL CITY』Chapter2:The Girl with Savage Respect(憧れの剣闘士)
『Chapter2:The Girl with Savage Respect』
『優勝は無敵無敗の“二刀流”、ジャック・リー!』
やった! 画面越しの試合結果を観て、あたしは思わず小跳躍した。
ネットの奥で配信されている、剣闘士が命を懸けて鎬を削り合う非合法闘技の試合。
あたしの推す剣闘士、無敵の“二刀流”の異名を持つジャック・リーが、これまでの各大会の優勝者のみを集めた地獄杯で優勝を収めたのだ。
つまり、彼は優勝者の中の優勝者。
ファンのあたしも勝手に鼻が高くなろうと言うものだ。
試合前の試合賭博では、二刀流の人気はそこまで高くなかった。
曰く『奴の試合は大抵、地下闘技場の御膳立てあっての物で、真の最強が集う地獄杯では勝利は難しい』と。
糞食らえ!
二刀流の強さは本物だ。あたしは彼の類稀なる才能と剣技に惚れ込んで、担当選手として推し始めたのだ。
あたしは賭け得る限りの電子マネーを二刀流に賭けた。彼は紛う事なき最強であるとの意思表示と共に。
見る目の無い糞野郎共に彼の強さを知らしめた気持ち良さも、あたしの心中を支配していた。
結果、思いがけない臨時収入も得た。正直お金が欲しくて賭けたわけではないが、悪くはない。
最初に思い付いた使い道は、父が使っている脳接続インターフェイスの新調だった。
「と言うわけなんだけど」
あたしは父があたしに稽古を付けてくれている最中にそのことを話した。
父は呆れ顔で溜息を吐き、拳を握りしめてあたしの肩関節を殴った。
父の拳の威力に耐え切れず、あたしは地面に背をつく。父は脚を引き摺りながら、倒れたあたしに近付いて、手を差し伸べた。
「ありがと」
父は戦争の負傷で、脚の機能を失っている。
それだけでなく、視力も半分はほぼ見えない。普段は筋電補助装置を付けて生活しているが、あたしとの稽古の時は「義足有りでは手加減も出来ない」と片脚のみであたしに相対する。
それは心底気に入らないが、実際のところ、そんな状態でも満足に闘えた試しはないのだから舌打ちするくらいが精一杯だ。
父の手を取ると、その瞬間、父はあたしを背負いあげて反対方向に背中を叩き付けた。
「痛ってぇ!」
「油断をするな」
父は倒れたあたしの目の前に座り込むと、電車煙草を取り出して、咥えた。
「狡いだろ、糞親父」
「また勝手に賭け事を……まあ構わんが」
「二刀流を応援しているのが気に入らないんだろ」
父は怒ったような困ったような複雑な表情をして、それからまた溜息を吐いた。
「俺は良い。方法はさておき、お前が手にした金だ。好きに使え」
「そっか」
「だからってジャックのポスターをもう一枚買うとかはやめろよ」
「げえー」
あたしの自室には、剣闘士ポスターが飾ってある。当然、ポスターにその姿を飾るのは無敵の二刀流だ。
「男の嫉妬は見苦しいぜ」
「吼えろ」
「図星かよ」
あたしは背中を起こして、父の前に座り直した。
父もまた、地下闘技場の剣闘士だ。
戦争で脚を失い、視力すらも失い欠けた父は、軍属を続けることも出来ずに、地下闘技場の戦士としての仕事を始めた。
試合では、生身の身体を使用するのではなく、脳接続インターフェイスを利用した分身を闘わせる。
故に、父はその半身不随の身体に関係なく、純然たる戦闘技術を駆使して、試合を行うことが出来、二刀流程ではないが、かなり好成績を収める人気剣闘士だ。
それ以外のバイトもして、あたしと父、家族二人の生活を支えてくれている。
真っ当な仕事に就くのが理想だが、戦争難民でもある、あたし達家族の受け入れ場所なんてない。
「どんなことがあっても、お前がこれから生きていけるように」と、あたしは幼い頃から父から戦いの技術を教え込まれていた。
まだまだ敵わないのが現状だけど。
そんな父の事は、正直かなり尊敬している。あたしの永遠の推しは間違いなく二刀流だが、父はその次くらいに推せる剣闘士だ。
「あんたも出りゃ良かったのに。地獄杯」
「用心棒の仕事の方が先約だった。こんな身の上だ。義理くらいは立てねえと」
「ふうん」
父は電子煙草を吸い終わると立ち上がり、あたしに向けて拳を構え直した。
「休憩は終わりだ」
「休憩だったの……」
仕方ない。あたしも父のように、強くなりたい。容赦ない父の扱きに思わず笑みを漏らして立ち上がり、改めて稽古を続けようとしたところ、家の呼び鈴が鳴った。
「んだよ!」
興を削がれ、あたしは肩を落とす。
父も苦笑して玄関に向かい、扉を開けた。
「どうも、我が剣闘士」
そこにいたのは五指にギラギラと煌めく宝石を身に付けた、にやけ顔の男だった。
「オーナー……」
父の呟きで、その男が誰か思い出す。地下闘技場のオーナーだ。今は禁止されているが、昔、父の試合の時に何度か地下闘技場に足を運んだ時に見たことがある。
絵に描いたような成金趣味の奴を、あたしは当時からあまり好きでは無い。
「お前は部屋にいろ」
父はあたしを手で別室に追い払う。あたしは自分の部屋に戻ったが、素直に父の言うことを聞く性分でもない。幸い、この家の部屋と部屋を介する壁はそう厚くない。部屋の扉に耳を貼り付けて、二人の会話を盗み聴いた。
「何の話ですかオーナー」
「カリカリするな。我が地下闘技場の優勝者を集めた特別な大会が開かれたのは知っているだろう」
「地獄杯ですね」
「あの大会ではジャックが優勝した。だが、やはりと言うか、地下闘技場の観客の多くは不満を募らせていてね」
「不満、ですか」
「君が出場しなかったことについてだ」
「別件が重なっていましたので」
「それを責めようと言うわけじゃないんだ。だが、観客は血を求めている。強者同士が命を削り合う、死闘を観た時に全身を駆け巡る、煮えたぎるような熱い血をね」
あたしもさっき父に言ったことだが、地下闘技場で好成績を収める父にも、地獄杯への出場権はあった。
父のリングネームはワイドバグ。
オーナーが言うように、ネット上の試合賭博の場でも「ワイドバグは出ないのか」という不満の声は、あたしも目にしていた。
「どうしろと」
「君とジャックとの特別試合を用意した」
マジか。あたしは思わず興奮して扉を開けそうになったが、グッと我慢する。
憧れの二刀流と尊敬する父の試合だ。観たくないと言えば嘘になる。
二人共、地下闘技場の強者でありがら、人気選手同士を徒に闘わせるわけにもいかないという思惑もあったのか、実際に戦うことはなかった。
「既に興行の準備は進めている。君がこの仕事を受けない、と言うなら」
「言うなら?」
「ケジメを取って、君との契約は切る他ない」
「……そんな!」
ガタリ、と椅子が倒れる音がした。父がオーナーの言い分に、思わず立ち上がってしまったのだろう。
「君は良い剣闘士だ。だが、他にも試合に喜んで応じる若い剣闘士は沢山いる。ここらで、引退してみるのも良いんじゃないかね」
「しかし」
口黙る父に我慢ならず、あたしは扉を開いて、父とオーナーの前に躍り出た。
「闘りなよ」
「お前、聴いて……!」
「二刀流とあんたのバトルだろ。絶対最高だって!」
「娘さんの言う通りだ」
オーナーはにやりと口元を歪めた。
「君達の闘いを、皆が待ち望んでいる」
父は首を垂れ、長い長い溜息を吐いた。
それから意を決したようにオーナーを睨みつけると、言った。
「わかった……!」
「やった!」
あたしは思わず小跳躍した。そんなあたし達親子の様子を、オーナーは一人、にやけ顔で観察していた。
数ヶ月後、ワイドバグと二刀流ジャック・リーとの試合が組まれた。
あたしも意気揚々として二人の試合をネット配信を通じて観戦した。
結果は、父の惨敗だった。
途中までは、父もその卓越した戦闘技術を持ってして善戦し、二刀流に傷を負わせもした。
だが、そこまでだった。
二刀流は、父に傷を負わさせた瞬間、スイッチが入ったように、残虐に父の分身を、その異名の元である二本の鋭い刀で斬り刻んだ。
先ずは片脚から。
スパリ、と綺麗な断面図を残して片脚を斬り伏せた二刀流は、バランスを崩したもう片方の脚を、玉葱でも微塵切りにするみたいに、何度も刃を入れた。
苦痛の悲鳴が地下闘技場に響き、それから右腕、左腕、と同じように細切れにしていく。
この残逆なスタイルこそ、二刀流の人気の理由でもあったが、その相手が父である、と言う事実に肝を冷やした。
最後に二刀流は父の分身の眼孔を突き、そこまま分身の脳味噌までを抉り出した。
父の分身は沈黙した。
「凄い……」
いつもの癖で、感嘆の声こそあげてしまったが、二刀流のその勝利を、あたしは始めて素直に喜ぶことが出来なかった。
家に帰って来た父もまた、沈黙していた。
地下闘技場のスタッフに担架で運び込まれた父の眼は虚空を見つめていて、口も半開きで涎を垂らしている。
分身を使った試合は、決してその使用者の安全を保証しない。
脳接続インターフェイスを介して、フィードバックした痛み等の感覚は、現実と変わらない衝撃を剣闘士に与える。
父はその日から、二度と自分で動くことはない廃人となった。
「御紹介しましょう! 今宵に“二刀流”ジャック・リーに立ち向かうはその一人娘! 父の仇を討つ為にここに来た! 復讐を誓う少女! ワイドバグJr!」
そして今日、あたしは父と同じ、地下闘技場の舞台に立っている。
あれから父の教えを元に、あたしは自身を鍛え続けた。
同時に二刀流の今までの試合も、毎日擦り切れる程に何度も見返して、彼への対策を寝ても起きても考えた。
以前、二刀流の試合で手に入れた賭けの賞金を元に、分身の新調も完璧に行った。
父を廃人にした、憧れの剣闘士、二刀流ジャック・リー。
オーナーに掛け合い、あたしは彼との、この闘いを実現させることに成功した。
緊張で胸がおかしくなりそうになりながらも、深呼吸をして心を落ち着かせる。
大丈夫。
「試合開始!」
試合開始の鐘が鳴る。
あたしは二刀流に向けて、剥き出しの殺意を浴びせ掛けた。
きっと、悪くない闘いが出来る。そう確信している。
何故って、あたしこそ、二刀流を推し続けた、彼の世界一の信奉者だからだ。