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アップルパイ・フレンド

『多分もう無理』

1.セフレ解消

 好きな人ができたんだよ。

 ロメロにそう言われ、最初に頭に浮かんだのが「面白い冗談」という感情で、その次に来たのが、「ほんと? 良かったけど残念」というものだった。

 全体的には、普通に祝福の念と、お気に入りの中華そば屋が潰れたみたいな気持ちが綯い交ぜになった、そんな気持ちだった。

「マジで。びっくりじゃん」

 普段から、人を好きになるってのがよくわからない、と言っていたロメロが真剣にそんなことを言うものだから、少し笑えてきた。笑いを堪える私を見て、何笑ってんだよ、と頭を掻いて苦笑するロメロの言葉には、ついに吹き出した。

「ごめんて。へえ、でもどうすんの。私はまあいいとしてさ」

「一人一人に、もうやめようって、連絡入れてるとこ。最初から、恋人とかそういうんじゃないって言ってるのばかりだけど、一人しつこい子がいる」

「あー、なんだっけ。あれじゃないの。ユキコちゃんだっけ? バレンタインにロメロに手作りチョコくれたって子」

「そう。俺も、こんな気持ち初めてだから、ちゃんとしたいんだけど」

「ちゃんとしたいって。そんな言葉がロメロから出んの、ウケるね」

「だから、もう今後は会わないことにしたいんだ」

「普通の女友達ってのは?」

「それ、やりたいか?」

 ちょっと言ってみただけだが、少し考えて、ロメロの目を真っ直ぐに見る。

「やばい。全然だわ」

「だろ」

「寂しくは思うよ。でもつまり、ロメロがケジメつけたいってことでしょ」

「そうだよ」

「じゃあ好きにしたらいいんじゃない」

 しっしっ、とふざけて、私はロメロを追い払う仕草をする。

「なんか、ごめんな」

 ロメロはソファに浅めに座り直す。そして隣に置いた自身のナップザックを漁った。中から小さな箱を取り出される。箱はラッピングはされておらず、それだけ見てピンと来る。

「仮面ライダーのコラボ腕時計じゃん」

「そう。晶子が欲しがってたやつ」

 はい、とロメロは朝煎れたコーヒーを渡すくらいの手軽さで、私に箱を渡す。

「え、いいの」

「うん、せめてもの気持ち」

「ラッキー。ありがとー」

 ロメロに渡された小箱を早速開け、腕時計を取り出し、腕に装着した。

「これ、全員にやってんの? いいなー、お金あんの羨ましい」

「別に。今まで趣味らしい趣味もなかったから。貯金がちょいちょいあんの」

「それが羨ましいって」

「じゃあ、俺はこれで」

 ロメロは立ち上がると、私に向かって、ひらひらと手を振った。

「じゃあ、さよなら」

「あっさりしてんね」

「どうすんのが正解なのよ」

「それがわからんから、プレゼント買ったんでしょ」

「分かってんならつつかんといて」

 溜息をついたロメロの背中を押し、玄関まで見送る。

「それじゃ」

「じゃ。ロメロのゾンビみたいな呻き声、聞けなくなるのは残念だけど」

 ロメロと言うのは、ベッドの中でのうめき声がゾンビみたいで面白くて、私が適当にノリでつけたあだ名だ。なんだかんだと、最後までその呼び方で終わってしまった。

「それ残念か」

「いや別に」

 私だって人との別れ際の正解とか、よくわかんない。とりあえず、お互いが不快にならなければそれでいいんじゃないの。

 ロメロが外に出て玄関の扉が閉まり、私はソファまで戻ると、テレビをつけた。アマゾンファイヤースティックの繋がった入力に切り替えて、適当におすすめからユーチューブ動画を再生する。

 ロメロがね。わからんもんだわ。

 祝福するべきことなんだろうな、と思う。人を好きになれないと数年来言っていた、そんなちゃらんぽらんな男が、真剣な目で言うのだ。ロメロが好きになった子は幸せだ、とまでは思わないけれど、人を好きになれたロメロは少なくとも今、幸せだろう。

「あ。どんな子なのか聞きそびれたな」

 あまり興味はないけれど、最後に少し虐め倒す機会を逃したな、などと少々後悔した。

 私はうーんと、腕をピンと伸ばした。ちらりと、腕に巻き付く、ロメロにもらった仮面ライダーの腕時計を見る。

 テレビの音量は小さめにしているとは言え、腕時計の稼働するか細い音が聞こえるくらいには、部屋の中は静かだった。

2.セルフプレジャーアイテム検索

と言うわけで、数年来のセフレを失った私であるわけだが、ロメロの野郎がいなくなって、寝落ちした後に、起きてしたことは、セルフプレジャーアイテムの検索だった。
 基本的に自慰はしない派。家にも特に、その類のものは置いていない。相手のいない時期に仕方なく派である。

「ふむ」

噂には聞いていたが、この世界思っていた以上に業界が進化し過ぎていて、ネット上だと良し悪しが見た目だけだとよくわからん。
 仕方ないし、私よりは詳しかろう友達に手伝ってもらうか、と梨恵に連絡を入れる。

『……と言うわけで、今度都合いい時にでもショッピングどうよ』
『いいよー。いつ空いてるー?』
『今度の水曜日。有給』
『おけ、じゃあその日で』

そんな感じで、朝コーヒーを飲みながら理恵と会う日を決めて、仕事に出る準備をした。

「好きな人ができた、ねえ」

そりゃまあ好きな人くらい、できることもあるだろうさ。どんな歳になっても。
 でも私はどうだろう。もうそろそろ二十代も後半に差し掛かる年齢だが、わたしには、他人を好きになるというビジョンがうまく頭の中に湧いてこない。

「ロメロも私と同じタイプだと思ってたけどなあ」

家から出て、最寄りのバス停まで歩く途中で思わず独り言つ。

生まれてこの方、他人を好きになると言う気持ちがわからない。
 性欲はある。寧ろ相手がいない時期は最悪、むしゃくしゃして仕事に支障が出そうになって困るくらいだ。しかし、それを恋と呼んでいいものなのか。私はそこには違和感を覚える。

別にセックスの相手が誰かと付き合っていようが気にならない。たまに一緒に麻雀打つ友人が既婚者だろうが、どんな性癖を持っていようが、気にならないのと一緒だ。いや、あまりに度が過ぎた人格破綻者だったり、ニッチな性癖だったらヒくかもだけども。
 セフレはあくまでセフレであって、それ以外のことを気にしないし、気にしたくない。

けれど、世の中そう上手くはない。私の経験上、男というのは一度寝るとアホのように相手を束縛したがる。だから、その加減が低く、かつ体の相性が合う相手を探すわけだが、これがなかなかに苦労する。

そんな中でも、ロメロはかなりの優良物件だったわけだ。
 ロメロ自身、他人を好きになる感覚がわからないと言い、特定の相手に執着をしない。それでいて、体の相性も良いし、普段から複数人を相手にしている甲斐性なのか腕もある。

正確に数えていないけれど、確か、五年前くらいに会って、四年くらい関係を続けていた筈だ。
 
 人を好きになれる人は楽しそうだなあ、と思う。ただ、それでコンプレックスを抱くこともない。

いや。高校生の時に一度だけ、彼氏がいたことがあったっけ。
 今はもう無理だと悟っているわけだが、あの頃はまだ自分も人を好きになれるかもしれない、と私に告白してくれた男子と付き合った。

結局、全然好きというのがわからなくて、熱量についていけない、と私の方からフッてしまったけど。

「あいつ今どうしてんのかな」

3.焼肉しながら今後の相談

有給休暇の日、約束通り梨恵と駅前で待ち合わせをして、二人で電車に乗って池袋へと赴いた。以前アイテムを購入した店が残っているかどうがをよく調べていなかったのだが、梨恵にまだあるよ、ということを聞いたので、そこに向かうことにしたのだ。

購入選出は完全に梨恵に任せた。
 梨恵はさすがに経験豊富で「晶子なら多分これがおすすめ」といくつか提示してくれたので、勧めてくれたものを全部買わせてもらった。これで気に入るものがあったら使っていこう。
 目的を達成してからは、普通に他にショッピングをしたり、お茶をしたりして、今は二人で焼肉に来ていた。

「ロメロくんがねえ」

お行儀よく口元を隠して口の中に牛タンを入れ、美味しそうに頬張る梨恵。しっかり噛んだ肉をごくりと飲み込んでから、梨恵は言葉を続けた。

「晶子の話からしかその人のことは知らないけど、聞いてる分にはいい関係だったと思うけどね、過度に干渉しすぎず、だからと言って淡泊でもなかったみたいで」
「映画とか一緒に観に行ったりしたしね。洋画の趣味とかは結構合ったから。あー、言われてみたらそっちも地味に痛手かなあ。映画の感想の言い合いとかする相手がいない」

私も程よく焼けたカルビを箸で拾って、白米を包んで食べる。久々に食べた焼肉の味は色々と考えていた脳味噌に良い疲労回復効果を与えてくれた。一緒に頼んだマッコリも口に運び、幸福感に浸る。

「あたしは駄目だよ。映画あんま観ないし。祐樹くんだと着いていけるかもだけど」
「祐樹くんはどの人だっけ」
「眼鏡かけてぼんやり目な? えっとこれこれ」

しゃっしゃとスマホの画面を指ではじいて、梨恵は私に写真を見せてくれた。
 梨恵が指さした、拡大された写真に写る顔を見て、確かに見覚えがあるな、と思う。

「ぶっちゃけ何度聞いても覚えられないわ。祐樹くんとともやくんとかずみちゃん?」
「惜しい。智也《ともなり》くんと一美《かずみ》ちゃん」
「かずみちゃん合ってる」
「合ってる合ってる。智也くんもよく言い間違えられるみたいだし、大体合ってる」

梨恵は肩をちょっと振るわせながら、けらけらと笑う。

「晶子にしてはよく覚えてるんじゃない?」

そりゃ話聞いてたらちょっとは覚えてくる。
 現実の人間の名前を覚えるのは苦手だが、映画の登場人物の名前を覚えることはできるわけだし、少しでも興味の方向性が向けばそれでいいのだ。

「そっちは変わらず仲良くやってんの?」
「やってるよ。この間も四人で遊園地行ったりしたし」

そういや梨恵がSNSで写真上げているの見たわ。

「うらやま」
「ホントにうらやましいと思ってる?」
「他人と遊園地とかめんどい」
 年パス買って、連休とかに一人で連日行ったりした方がいい。
 遊園地とか、あんな行きたい場所が個々人で絶対に変わってくる場所に他人と一緒に行くメリットがあんまりないだろうに、と思う。メリットデメリットの話じゃないことは当然わかっちゃいるけども。
「でしょうよ。待ち時間とかもそうだけど、あたしの場合は他人とわいわいやること自体が楽しくて行くわけだから、ああいう場所は」
「一人でも楽しいが?」
「あたしの場合はだって」
「ふうん。ねえねえ、ところでこれは純粋な興味なんだけど、四人で旅行する時って夜四人でヤリ合ったりせんの?」
「食事中に下品。もう酔った?」

正直それなりに酔ってきた。意識は全然はっきりしているのだけど、頬の火照りを感じるし、少し視界が揺れている。
 梨恵は溜息をつきつつも、私の問いに答えてくれた。

「今んとこないかなあ。修学旅行みたいな感じだよ。そもそも四人でってのがあんまないんだよ。皆、一対一でやるのが好きだから」
「そうなんだ? たまにはいいよ、ヨンピー」
「全くこの人は酔うとすーぐそういうネタに走る」
「それぐらいしか引き出しがないのよ。恋人関係ってものがよくわからないし」
「まああたしたちと一緒で、この辺は感覚だろうしねえ。わかってもらうのは難しいでしょ」
「あんた達についてはもっとわからん」
 梨恵のように、複数の相手と合意の上で同時に恋愛することをポリアモリーと呼ぶそうだが、男女の一般的な恋愛論すらよくわからないわたしにとっては未知すぎる領域だ。
「それは晶子が言えたことではないのでは?」
「自覚はしている」

ロメロ以外に合う人を見つける必要性を感じなかっただけで、ロメロと会う前は別にセフレを一人に固定するみたいな主義もなかったし、多い時では同時期に四人のセフレがいたことがある。その内の二人は彼女になることを迫ってきたからこっちから関係を終わりにした。

「残りの二人は?」
「一人は彼女がいてセフレがいることがバレて修羅場った。彼女いねえって言ってたのに。もう一人は転勤だったかな、海外に行くことになったみたいで、そっから連絡取ってない」

ちなみに四人とも連絡先はとっとと消した。どんな形であっても、一度終わった関係を無理に続けようとするとろくなことがない、というのはこの人生で身に染みて理解していることだ。

梨恵のことは理解できないし、できるとも思えないけれど、二人とも世間一般的な尺度から見たら尻の軽い女のカテゴリーだろう。それもまた納得はできないが。

梨恵とは、ある意味でそんな共通点があるので、結構長いこと付き合っていけている友達だ。大学の時からの付き合いだが、今日のショッピングのことを含め、色々なことを気軽に相談して会える相手は今のところ、梨恵くらいのものだ。

杯に残るマッコリをごくりと飲み干す。海底を歩いているみたいに気持ちよくふわふわしてきた。後一杯くらいで終わりにするか、と店員さんにもう一杯マッコリを頼み、残りの肉を網の上に乗せていく。

「実際、晶子はこれからどうするの? ネットとかで相手探したり?」
「その予定ではあるけど、大抵地雷だから気が進まない」

肉の焼けるじゅうじゅうという音も耳に心地良い。
 今後の課題は残っているものの、梨恵との休日は良いリフレッシュになった。

ロメロに未練があるわけではないが、単純に数年続けていた生活がガラリと変わってしまうことは、少なからず私にストレスを与えていたんだろう。

世間で言う恋人作りとどちらの方が大変なのか知ったこっちゃないが、一からロメロ代わりを探すというのも大変だ。

4.元カレの記憶

あいつの名前はなんだったっけな。
 ロメロがいなくなってからと言うもの、昔の相手のことや、人生唯一の元彼であるあいつのことを思い出す機会が増えた。
 恋愛関係のことを、男は個別保存、女は上書き保存なんて言ったりするのを聞いたことがある。
 恋愛ではないが、確かに私の場合は完全に上書き保存だ。関係が終われば連絡先を能動的に消すというのもあるし、一度終わらせてしまえばその人の名前も忘れてしまう。

根本的に他人に興味がないんだろう、というのは梨恵からも言われたことだし、自分自身その通りだと思う。

現実の人間関係は複雑怪奇だし、シンプルであろうとしても、他人というのはこちらのコントロールが効かないクセして、こちらに干渉してくる。

それでも私も機械ではないので、こういう時期に昔を思い出すことはある。あんなことがあったなあ、とかあんなところ行ったなあとか。

元彼とよく行ったのは、カフェや喫茶店だった。

当然私の趣味ではなく、あいつの趣味。
 あまりそういうところを好む相手もいなかったし、どんなところに行って、どんな話をしたかは、セフレとは違い、実は割とよく覚えている。
 そもそもあいつとは一度もセックスをしなかった。

男のクセにスイーツとか好きなんだねえ、なんて。あの頃の私はそんなことを何も考えずに言ったことがあったけど、男だからスイーツ嫌いなんてこともないだろ、と言い返された。

全くぐうの音も出ず、その時の反省は、少々私の人生に尾鰭を引いているかもしれないな、なんて思う。

お店のスイーツを食べるだけじゃなくて、作るのも好きで、週末にはよくあいつが作ったお菓子を振る舞ってくれた。

だから、ふらと寄ったコンビニでスイーツを吟味している時にも、あいつのことを思い出してしまった。

それもこれも、ロメロの奴が好きな人が出来たとか言うから。

あいつの作るスイーツはどれも絶品で、中でもアップルパイは人生で食べたどのアップルパイよりも、あいつの作るアップルパイが一番美味しかったと、脳は処理している。

ただの記憶補正のような気もするが、あの時食べたアップルパイは美味かったなあ、ということを思い出す度に、私があいつの作るスイーツを食べている時の、あいつの笑顔を思い出す可能性がありやがるのである。

「そんだけ印象深いのに名前は出てこない……」

そう言えばロメロの本名も忘れた。あいつの名前は私の中でこれからもずっとロメロだ。ゾンビ映画を観る度に、ロメロの発言を思い出す可能性がうまれやがっている。

「なんだ、意外と人とのこと覚えてんな、私」

他人そのものには興味なくても、そのうちの希少なイベントやら、印象深い出来事は当然覚えている。
 私みたいな奴でも、昔の記憶と無関係ではいられない。

そんなことを考えながら衝動的にコンビニで買ったアップルパイを、ビールを横に置いて口に入れた。

美味い。コンビニスイーツ、舐めたものではない。当たりに遭遇すると、しばらくの間はその商品をずっと買う羽目になる。

「まあでも敵わないな」

りんごを少し大きめにカットしている熱々出来立てに、バニラアイスを添えたアップルパイ。

あの美味しさは、いつまでも脳みその端っこの方を陣取っている。


5.元カレからの「元気?」メール→返信

アップルパイを食べながら、雑にビールを飲んだ。一缶目をイッキして二缶目も豪快に開ける。この勢いでセルフプレジャーアイテムも試そうかと思ったが、酒も入っているし、逆にそういう気分でもなくなってくる。
 逆にってなんだ、と脳内セルフツッコミを入れ、適当にスマホを操った。

だからまあタイミングだ。

酒を口にしつつ、最近あまりログインしていないSNSに気まぐれでログインをして、おーおー皆相変わらず投稿しているねえ、とわけわからん感動を己に浴びせていると、DMが届いているのに気づいた。

DMは三ヶ月も前のもので、一言しかない。

『元気?』

DMの送り主の名前は榎本統で、誰だこいつとさっさとブロックしようと思ったところで、思い出した。

元カレだこれ。

既に三缶目のビールを飲み干し、炭酸でウィスキーを割ってハイボールを作っていたものだから、それなりに酔いも回ってきている私は、自室で思わず噴き出した。

何年も経ってから元カレ元カノに連絡を送ってくる輩がこの世の中にはいるというのは知っていたが、まさかあいつがその類いだとは思わなんだ。
 そう思うと、なんだか面白くなってきて、私は返事を送った。

『元気だよ。今気づいた。何wwwカノジョにでもフラれた?w』

大体元カノに連絡を送ってくるタイミングなんてフラれた時とかだろう、という偏見をもとにそんな風に返信して、改めてこいつ今何やってるんだろうな、とSNSの投稿を見た。

相変わらずスイーツ作りはしているみたいで、作ったスイーツの写真や、映画や本の一言感想をあげたりしている。

最後の投稿は一日前だったので、まだ今日はSNSをチェックはしていないのかもしれない。

実際、その夜は元カレから更に返事が返ってくることはなく、私も眠りについた。
 朝起きてからは、そんなことをしていたのもすっかり忘れて仕事に向かい、せっせと日銭を稼ぐ為に働いて、昼休憩の時にスマホを開いて、例のSNSにDMがきています、のメールを見て、ようやく昨夜しでかした自分の行いを思い出した。ログインし直したことで連携が回復したっぽい。

酔いに任せてとは言え、面白半分……いや、面白だけでDMに返信してしまったことを反省したが、それはそれとしてあいつの寄越した返事も普通に読む。

『返ってくるとは思わなかった』

これまた常套句じゃねえか、とツッコミを入れたくなった。続けて、職場の先輩にイジられて、昔の恋人に連絡を入れるように言われてDMを寄越したのだ、とかなんとか言い訳じみたことが書いてあって、最後に『元気なら良かった。じゃあね』と何やら勝手に締めの言葉を入れている。

それはそれでつまんないな、と私はまたそれにも返信を入れた。

『そうなんだ。てっきりカノジョにフラれて新しいのがほしくなったのかと』

今度は数分くらいで、あいつからも返事が来た。

『そんなことしないよ』
『ホントに、先輩に押されただけ』

……まあホントなんだろな。
 ちょっとお堅いところもあったし、社会に出てからそのあたりの性格がガラリと変わったとも思えない。私が言うのもあれだが。

昨日見たあいつの投稿の中に、私も見ていた洋ドラの感想があったのを思い出して『私も観たよ。面白かったね』と返事を入れたのを最後に、昼休憩を終わりにした。


6.復活した交流

あいつとのやり取りはその後もなんだかんだと続いた。

元々は気の合う友達だったし、この歳になってもやっぱり映画の趣味なんかが合ったのが大きい。

高校生の時は同じ演劇部で、よく一緒にカラオケに行ったりしてたっけ、なんてことを思い出した。そうこうしているうちにあいつが私のことを好きになって、いつもみたいに遊びに行った時に、告白されたことを今になって思い出す。

今以上に恋を全く理解していなかった私は、こいつだったらもしかして、私も好きになったりするのかもしれない、なんて思って、あいつには悪いけれど、ドギマギも特になく、冷静なまま告白にオーケーを出した。告白されたことによって意識するようになる漫画みたいなこともなく、ただ友達の時と同じように過ごして、それでも向こうが手を繋ごうとしたりしたら応答してやって。

それだけでは、あいつは満足しなかったようで。
 
 と、そんな過去のあるあいつと、先輩の企みによる誤爆だと言うあのDMをきっかけにして、たまに映画やドラマの感想を言い合ったりなんかして、普通に仲のいいネット上の知り合いみたいな形で連絡するようになった。

ただ、私には恋愛感情とかはないから特に気持ちの変化とかはないわけだけど、あいつの方はどうなんだろう。元カノにこうやって連絡を入れるのは気まずくなったりしないのだろうか。

そもそも私が、セフレとの関係が終わればすぐに連絡先を抹消するようになったのも、私の方にあまり気持ちの変化がないせいで、一度手痛い失敗をしたからだ。

向こうから離れていったとしても、こちらが変わらず普通に接していたら、どこかでまた気持ちが揺れることもあるらしく、また相手をしたくなったり、気持ちが傾いたりすることがあるらしい。

昔、それで私が何の気なしに向こうの誘いに乗って行って、車に乗せられたままどことも知らぬアパートに連れられて軽い軟禁状態にされたことがあって、流石にこれはヤベェなと思ったのだ。因みにその時は普通に警察を呼んでことなきを得た。

『今度やるあの映画観る?』
『観る。公開日に観に行くつもり』
『私も』
『一緒に観に行く?』

あいつからのその言葉には、私でも少し手が止まった。

『なあ、今ぶっちゃけまだ好きだったりする?』

だから自己防衛のつもりもあって少し気になり、そんなことを聞いた。

『どうかな。もう何年も経つし。お互い色々変わってるだろうし』

テキストだけでも歯切れの悪さが伝わってくる物言いだ。

『最後にカノジョいたのいつなの?』

またも悪いくせで、適当に聞いたその答えに返事が帰ってきたのは、その半日後だった。

『カノジョは作ってないんだ。アキちゃんと別れてから』

「マジかよ」
 あいつのその返事を見て、私は思わず口にしてつぶやいた。
 もしかして、私なんかと付き合ったせいで女性に対してトラウマ植え付けちったりしたかな。だとしたら、悪いことをしたし、謝らりたくなるが。

『私、観に行ってもいいよ』

二人とも変わってしまってるだろうと言うあいつの言い分は確かなのだろうけど、だからと言って、今まで私の関係の持ってきた男どもに比べれば余程無害だろうし、あいつが望むなら、カノジョにはならないよというのは当然としても、一度くらい望みを聞いてもいい。

恋愛関係を迫ってくるようならもうやり取りをすることもないだろうけど。
 それはそれでなんか寂しいな、なんて思う自分に少し驚いた。


7.貸し切り状態の映画館

久しぶりに会ったあいつは少し、いや大分ふくよかになっていた。学生時代はむしろやせぎすだったと言うのに、年月というものはむなしい。私だって、他人のことをとやかく言える方ではないだろうけれども。
 それでもぽちゃりと丸くなっても、顔はほとんど見知ったままで、一目見てあいつであることがわかったからそこは安心した。

「お腹丸くなったねえ」
「痩せなきゃとは思ってるんだけどね」

あいつはそう言って、はにかむようにして笑った。

土曜日の昼間だと言うのに観に行った映画の観客は私たちを除いて年配の方が三人くらいで、ほとんど貸切状態と言って良かった。

だから上映を待つ間、黙っていてもお互いの飲み物を飲む音や、ポップコーンを掴む音が静かな劇場内に響く。
 これが好きな相手だったら、そういう一挙手一投足にドギマギしたりするものなのだろうか。
 残念ながら、やはり私の心は隣に座るあいつに対してそうは動かない。子供の頃には、恋愛映画を観て、いつか私にもああいう気持ちがわかるようになるんだろうか、なんて考えたりもしたけれど、そのいつかは私にはやってこなかった。

映画は面白かった。贔屓にしている映画監督の新作で、その映像や物語の作劇には唸らされた。
 映画が終わると、あいつは私の肩を叩いて、映画館の入っている建物の地下にある喫茶店に案内してくれ、そこで珈琲を飲みながら二人でわいやわいやとさっきまで観ていた映画の感想を言い合った。

「やっぱり観てすぐに生で感想言えるのは良いね」

私が言うと、あいつも頷いた。

「言いたくなるもんね。良いとこも悪いとこも全部」
「悪いとこある時の方が言いたくなるかな」
「確かに」

太ったことを指摘した時と同じように、はにかむようにして笑う。元々ぼんやりとした顔をしているので、所謂あまり男らしい顔ではないから、まるで女の子が笑って見えるような顔をするのだが、少しばかり顔が丸くなってもそれは変わらないようだった。

「アキちゃん」
「ん?」

急に名前を呼ばれて、少しビビった。今更だが、こいつは私の名前をちゃんと覚えてるんだな、と思う。今はどうか知らないけど、ちゃんと、私のことを好きだったことを忘れなかったんだろうな、などと自分との違いを考えた。

「アキちゃんは今彼氏とかいるの?」
「お、聞いちゃう?」

そりゃあ聞くだろうな、と私は自分のことだと言うのに、王道の反応が面白くて鼻で笑ってしまう。
 さてどうしたものか。これが職場の相手だったり、逆にそんなに関わらないだろう相手だったら、今はいないんですよねーなんて濁すものだけれど、何せ相手はあいつである。
 学生時代に一度は付き合って、私という生き物のことをそれなりに知っていて、そんでこれからも断続的にすら付き合っていくかわからない。
 因みにセフレにこれを言われたら、お会計分のお金を置いてバイバイするところ。

「いないよ。って言うか、彼氏作らないことにしたんだよね」

今目の前にいるこいつは、そのどちらでもない。だから、私は出来る限り正直に話すことを選んだ。

「それは男を好きになれないから?」

しっかりとは覚えていないけれど、こいつにはそのことを話していたようで、それもまたちゃんと覚えているみたいだった。

「そう。でもセックスはしたいから、そういう相手はね、作るんだけど」
「それは彼氏じゃないの?」
「違う。向こうにも、私は好きにならないよって言う。だからそれだけ」
「なるほど」
「それでずっとそんな関係だった奴がさ、なんか好きな人ができたとか言って、関係解消したのよ。だから私は正真正銘のフリーになって、そんであなたのDMに気づいちゃってさあ。面白半分、というか面白だけで返信した」
「ひどいなあ」

そうは言っても、やっぱりはにかむようにして笑うこいつに、私もつられて笑った。

「そっちは? 何のつもりで私を誘ったの?」
「何のつもりって……。気になっただけだよ、元気かなって」
「寄り戻せないかとか思わなかった?」
「そりゃちょっとは」
「言っとくけど、私にはそのつもり全然ないからね。あ、ヤりたいって言うならちょっと考える」
「流石にそれは。うーん。こっちから言うのは憚られるじゃん」
「正常な感性をお持ちで安心した」
「相変わらずだよね、アキちゃんは」

こんなにあけすけと話していても、声のトーンを変えることもなく、こいつはまた笑ってちょうど店員さんが運んできたケーキを切って頬張ったりする。

「アキちゃんこの後予定は?」
「ない。明日も休みだし」
「ウチ来ない?」
「……話聞いてた?」
「いや、だからそう言うんじゃなくて」
 怪訝に奴を睨んだ私を見て、今度は口を開けて笑っていた。

「夜までには帰すよ。なんなら、アキちゃん家でも良いけど、その場合ちょっとスーパー寄っても良い?」
「ん、いや」

私は奴に見せつけるように腕を組み、少し考えてから、鼻息を鳴らした。

「いいよ、行く」


8.こびり付いてる恋愛至上主義

梨恵たち四人の恋人グループは、普通に喧嘩もよくするらしい。
 基本的には仲のよろしい話を聞かせてくれる梨恵だが、その中でも純度百%の愚痴を混ぜてきたりする。

その日はなんだったか。確か冷蔵庫に入っていた限定物のお菓子をゆうきだかカズミだかに食べられて、それで普段からデリカシーないよねみたいな口論に発展したとか、詳細は知らないけれど、まあ子どもみたいなベタな喧嘩をしたらしかった。

「でもさ、喧嘩したりとかってちゃんと人として向き合ってる証拠だよね」

そう言う私に梨恵も、確かにそうかもしれないと同意した。

「別にそれで嫌いになったり、とかはないからね。気まずいな、とかムカつくなってのは基本的に一時のものだよ。まあそれで各々が礼儀忘れちゃったら修復不可能になるし、四人だとどこかの関係性がギクシャクしただけで死活問題だったりするからね。そこは普通の人より、各々を尊重するってことに対して慎重かも」
「尊重ね。私の場合、お互いのエゴのぶつかり合いだしな」
「それでもお互い気遣ったりはするでしょ?」
「そりゃ当然。じゃないと気持ち良くないし」

身体の相性も大事だが、それよりも目の前の相手に気兼ねせずにいれるというのも同じくらいに重要だ。
 麻雀を打つメンバーやゲームをする相手だって、嫌いな奴とは嫌だし、気の合う仲間との方が楽しいだろう。

「思うんだけどさ。晶子って、自分が好きって感情をわからないってだけじゃなくて──それは本当なんだろうけど──わからないから余計に好きって感情を特別視し過ぎてない?」
「どゆこと?」
「ちょっと思っただけだけどね。ただ、そういうとこはあんのかな、と思うわけよ。無意識にさ。隣の芝生は青いって言うか、自分んとこにないものって余計輝いて見えるでしょ?」

梨恵の言う通り、自分では、そんな自覚はない。他人を好きにならない自分のことは、もうそういうものだと割り切っているつもりでいる。

「ウチらの年代ってさ、ウチらみたいなはぐれもんでも、恋愛史上主義みたいなものが抜けてなかったりするし、あたしだって特に気にしなきゃそうだけど、でも人を好きって気持ちだってさ、他の感情と変わらないわけよ」
「語るねえ、今日は」

梨恵も私も、愚痴を言うついでに他のことにも口を出したくなるタチだ。

「たとえば晶子は映画マニアだけど、映画なんて一生楽しまない人だっているわけじゃん。それを人生損してる、とか言う人もいるけど、そんなん人それぞれじゃんねえ」

梨恵は大きく溜息をついてこう続けた。

「他人と付き合うに当たって、好きって気持ちを特別視することなんてないでしょ」
「でも梨恵は三人のこと好きでしょ」
「好き。超好き」

結局そうなんだけどさー、と管を巻き続ける梨恵に、私は優しくトントンと背中を叩いた。


9.アップルパイ

キッチンの奥から、香ばしい匂いが漂ってくる。
 匂いとともに、奴が手にミトンをはめて、熱々の皿を運んできた。

焼きたてのアップルパイの匂いは、昔食べた時のものより気持ち甘めなのは、奴が腕を上げたのか、それとも単純に記憶の不可思議か。

あいつはアップルパイをその場で切り分けて、そのうちの一切れをまた新たに皿に乗せた。仕上げにバニラアイスを横に添えて、私にくれる。

「どうぞ」
「……いただきます」

私は一緒に渡されたフォークでゆっくりとアップルパイを割く。さくりと気持ちの良い音がして、りんごの甘く食欲を唆る匂いが鼻を満たす。

喫茶店で珈琲を飲み終わった後に、私は結局、奴の家まで来てしまった。
 家に入るとリビングに通されて、ちょっと待っててと言われて十数分くらいしたら奴はアップルパイと共に現れたのである。

私の頭の中には色々な思いが交錯しつつ、おそるおそるそのアップルパイを口に入れた。

「──うっま」

記憶の中の彼のアップルパイと同じ──いやそれよりも断然美味しい──味が口の中に広がる。私はそのまま二口目を割いて、口に放り込む。

「私、ぶっちゃけ昔のことあんま覚えてないんだけどさ、あなたのアップルパイのことはたまに思い出すんだよね」
「嬉しいね」

そしてまた、はにかむようにして笑う。

「あの頃もアップルパイ食べてる時の反応が、一番良かったよアキちゃん」
「マジか。覚えてない」
「あの頃はさ、アキちゃんにもこっちを好きになってほしくて、それで色々やったりしてたんだけどさ」
「わかったよそれは。だから別れることにしたんでしょ」

SNSでやり取りして、今こうして再会してまた顔を合わせて改めて思う。こいつのことは、別に嫌いではない。梨恵と同じ、どこかしら波長の合う存在だ。

「私も他人を好きになれるかも、なんて私の気まぐれに付き合わせちゃって、悪かったよ」
「むしろ光栄だけどね、その実験相手に選んでもらえて」
「あの時から、私何にも変わってないよ。私が人を好きになるのはさ、多分もう無理って悟ったんだ。流石にこの歳になって、自分のことわかったよ」

人を好きになれなかった少女が、運命の相手と出会って恋に落ちるとか、そんな物語が、私にもあるかもしれないと考えていたこともある学生時代。ただ、私にとってそれは手で掴むことはないものだった。

正直、ちょっとガッカリしたこともあったけど、今はもう割り切っている。

「アキちゃんってさ、今でもその辺線引いちゃってるんでしょ」
「その辺?」
「だって、わざわざその、相手に『私はあなたのこと好きにならないよ』って言うのは、そういうことじゃん」
「なんか前に似たようなこと、友達にも言われた」

好きって感情を特別視し過ぎてない?

梨恵に言われたその言葉は、おそらくその通りなのだ。そりゃそうだ。自分にないものだから、気にせざるを得ない。

「今はもう、俺もアキちゃんと恋人っぽくなりたい、とか思ってないよ。あれからやっぱり、色々考えたから。こっちだってさ」
「ねえ、このアップルパイさ」

なんだか気まずい話題だったので、さくりとアップルパイにフォークを刺して、話題の矛先を変える。

「もしかして朝から仕込んでた?」

アップルパイを作る工程は知らないが、流石に家に帰ってきてからの数分そこらで作れるものではないことくらいわかる。

「そう。アキちゃんに食べてほしくて。ダメだったら普通に自分で食べるつもりだったし。アキちゃんがアップルパイ食べる時に、ちょっとだけ頬が緩むの、好きだったから」

むう。四面楚歌。

「これからも、食べに来なよ」
「え?」
「アップルパイ。いや、アップルパイだけじゃなくて、作るの好きだし、食べてくれる人がいると嬉しい。もちろん、アキちゃんさえ良ければ」
「でも悪いし」

正直このアップルパイは美味しい。
 また食べたいと思っていたこいつのアップルパイ。私の好きな味なのだ。
 それよりももっと美味になっていたこれを、もう一度食べたいのが素直なところだ。

「それに、私はあなたのこと好きにならないし」
「それは、拘らなくていいじゃん。俺もアキちゃんとそうなりたいとは、思わない。悪いって言うんなら対価でも貰おうかな」
「体?」
「なんでだよ」

突然の私の回答に、奴は噴き出した。
 確かにちょっと茶化したが。でもどうだろう、別に良いけれども。

「俺の方が気が進まないからそれはなし。普通に、なんか変わりのお菓子とかなんとか、土産物持ってきてくれれば」
「なんかお店通うみたい」
「それで何か悪いこと、ある?」
「──いや」
「また映画一緒に見に行こうよ。アキちゃんと感想言い合うの、楽しかったよ」
「──私も」

楽しかった。普通に。ロメロと同じくらい。

「え、でも私、他の男とセックスした後とかに来るよ?」
「そこ気つかうところ?」
「いや、そっちが良いなら良いんだけど……」

私は腕組みをして、天井を見上げた。普通じゃない。でも、こいつの、榎本の提案は、私にも少し楽しそうに思えた。

「じゃあ、来月あたり、またお邪魔しちゃおうかな」
「待ってるよ」

そう言って、榎本はまたはにかむようにして笑った。


10.ハガキ

郵便受けに、チラシや水道料金の封筒なんかと一緒に、知らない名前からハガキが届いていた。
 またぞろ嫌がらせか何かか、と裏を見たら、そこには見知った顔と、全く知らん顔が並んで写っていた。

ロメロが似合わない白タキシードを着て、可愛らしげな女の人と一緒に写っている。
 ロメロと、一緒に写る白いドレスを着た女の人はどちらも笑っていて、幸せそうだ。

「マジかよ」

結婚報告とか。律儀だな。多分、送れそうな昔の相手には、私以外にも送ってるんだろうな。

「偉いけど。偉い、けど、結婚式場で刺されたりしそう」

流石にそんなことは杞憂だろうけど、あのロメロがねえ。浮気とか、しなきゃいいけど。

「しそうだな、失礼だけど」

いっそのこと、梨恵みたいにお互い公認で複数人と関係もつ宣言でもすれば良さそう。
 芸能人の不倫報道とかを聞いていても、たまにそう思う。
 不倫騒動でバッシングを受けるのは、浮気はしないっていう公共的なルールに従ってる、ないしは言及しないことで暗黙に了解しているからって言うのがあって、最初から自分は恋多きホモサピエンスであることを公言すれば、呆れられこそすれ、あそこまで叩かれることはないんじゃないか、とか。

「そんなこたないか」

独り言が多くなっているのは、台所に立って料理を始めているからであった。

牛肉を醤油、味醂、酒と一緒に適当に煮込んで、椎茸なんかを添える。作り置きしてある焼き豆腐と一緒に煮込み終われば、簡単肉豆腐の完成である。

私は肉豆腐をタッパーに詰めて、バッグの中に入れた。

その後、榎本の家にはちょくちょく彼の作るスイーツをいただきに遊びに行っていて、余裕がある時なんかは、ご相伴に預かる代わりに、あらかじめ連絡をしておいて、こちらも料理を持参したりするようになっていた。

『今日はアップルパイだよ』

SNSのDMに、榎本からの連絡が届いていた。頬が緩むのが、自分でもわかった。

榎本のつくるアップルパイは、私のお気に入りだから。

バッグを肩にかけて、外に出ようとして、Uターンした。テーブルに放った、ロメロからのハガキをもう一度見る。当然のこと、そこにはロメロの新たな住所も記載されている。

なんか変な結婚祝いでも送りつけてやるか。相手の女の人と気まずくならない程度のやつ。
 榎本の家までの道中、ネットでなんか良い物見繕って、贈答品として送品してやろう。

私はハガキもバッグの中に入れて、スマホを片手にネット通販サイトを開いた。

流石にセックスアイテムは勘弁しといてやる。


終。


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