池野とカラオケに行かなくなった
池野の話をする。大学1年の冬に出会った。正確には春には出会っていたのだが、入ったばかりのフットサルサークルにビビりまくっていた私は、練習に通えるほどに大学生活に馴染むまで時間がかかった。だからたしか、池野と話すようになったのは冬なのだ。
経緯は本当によく覚えてないのだが、池野は大学から家が遠くて、私の一人暮らしの家によく泊まりに来ていた。経緯はよく覚えてないのだが、いつもお互いの彼氏の話をした。喧嘩したり別れたり付き合ったりが奇遇にも同じで、その時に感じる感情の波も同じだった。同じだと思うことで村を作った。
池野がカラオケでウワノソラを入れる
私がカラオケで手を入れる
池野がカラオケで2LDKを入れる
私がカラオケで風に吹かれてを入れる
お互いがお互いの選曲に「うわぁ〜!それ!」と言う、酒を飲みながら歌って、
記憶をなくすくらいまた酒を飲んだ。
カラオケに行かない日も、お互いに曲を勧め合いながら歌詞を追って曲を聞いた。「ここマジでやばい」とかと言い合いながら。「やってることだいぶ気色悪いな」と笑いながら。
初めて勧める曲の時には、相手の反応が気になった。いや、池野は思ってなかったかもしれないが、私はいつも自分がいいと思った部分を池野も良いと思うかどうか、まるで自分が書いた歌詞を披露するかの如くドキドキしながら反応を待っていた。感想の一言目までの時間が無限のように感じた。あの頃誰よりも自分の気持ちを分かって欲しかったのは、彼氏でもなく池野だったような気もする。ひどい恋愛をお互いにしていた。ひどいのは自分だけじゃないと思いたかった。そして恥ずかしいが感傷に浸るのはすごく気持ちが良かった。
時が経ち、マスクをするようになり、社会人になり、池野とカラオケに行かなくなった。
今も彼女とは仲良くしている。彼女にも仲のいい、まあたまには問題もあるようだが、でもそれでも一緒にいる相手が居る。だからと言うわけでもないが、朝までカラオケに行くような元気と気概をお互いに封印した空気がある。
私は、まだクリープハイプを聞いている。別に悲恋の時だけじゃなく、「ただ」も聞くし、「一生のお願い」だって聞くくらいの毎日を過ごしている。
でもやっぱりたまに「さっきの話」を聞くし「二十九、三十」を聞くし、「exダーリン」を聞く。
きっと池野もそうだろうな、とふと思う。
本当にただの日常だったあの日々が、こうやって文章にしてみると、過ぎ去った思い出に変わっていることを、今なんとなく、やっと認めた気がする。
池野は今、「一生に一度愛してるよ」が好きらしい。好きそうだな、と思う。
きっと私たちには、これからもいろいろある。
今もいろいろある。
あいつにもいろいろある。
ただ、あの頃の思い出もずっとある。
クリープハイプはずっとある。