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ウィーン少年合唱団

 名前は知っていた。彼らはきっとどこかに存在しているんだろうと、美しい歌声で、天使と呼ばれる歌声で、遠い世界のどこかで活動していること、世界中の多くの人が認識している彼らがいること、それは何となく分かっていた。まさかそんな彼らと出会える日が来るとは思ってもいなかった。

 自分の誕生日をどう過ごそう。せっかくのお休み。何か記念に残ることや新しいことへのチャレンジ、生活が1ミリでもプラスになるような”何か”をしたくて、ぼんやりとしたままその日は近づく。なるべくずらせる用事は別日にしよう。なんてことを考えていたら見事にその特別な日だけがぽっかりと空白になってしまった。

 4月に転職のタイミングで3週間トロントを訪れた。トロントという都市も国も、国民性も、文化もすごくすごく好きになり、芸術面でも影響を受けた。私はトロントで叶わなかったオペラ鑑賞を日本で遂げようと、オペラや舞台などを中心に探していたところ「”天使の歌声”4年ぶり待望の来日公演!ウィーン少年合唱団@東京オペラシティコンサートホール」という文言を見つけた。

 「行きたい!」そう思った私はチケット購入しようと試みるも当然チケットは完売。来年の来日を待つしかない状況であった。しかし、そうなると悔しいからなんとしてでも見つけたい(笑)。他のチケットサイトやフリマアプリ、ネットオークション等、探して探して探した。・・・あった!!!

 「当日、どうしても動かせない予定が入ってしまったので残念ですがどなたか行きたい方にお譲りします。(2時間前)」

 え・・・ラッキー過ぎやしませんか?

 すぐに購入した私は2枚チケットの一緒に行く相手を思い浮かべた。誘いたい人はたくさんいる。でもトロントきっかけでオペラに興味を持ち、辿り着いたウィーン少年合唱団だ。その経緯を語りたい気持ちもあり、少し遠くて気が引けるが、トロントで出会った名古屋に住む日本人Tさんを誘ってみた。

 「行く行くー!」
そのフットワークの軽さに本当に感謝。帰国後初めての再会の予定が決まった。嬉しい!色々嬉しい!新しい領域に足を踏み入れること。トロントでのご縁が日本でも繋がっていること。私の気持ちにすぐにレスポンスをくれたこと。同じものに興味を持ってくれること。

 前置きが長くなったが、ついにその日は来た。
毎日会っていたTさんと2ヶ月ぶりの再会。ドキドキだったがすぐに当時の気持ちに戻れたことに感動。そしてワクワクしながら会場に入る。

 席は・・・おぉ。前から2列目。近い。これは近い方がいいのか、声の一体感を楽しめるように少し離れた方がいいのか。正解が分からない。彼らのことも情報が少なくて、直前に行くことが決まったためあまり調べずに来てしまった。Tさんも「声変わりする前の子たちだけだよねきっと。」なんてそんな具合。

 正確には10〜14歳の子供たちで構成されており、4つのグループに分かれて世界各国に天使の歌声を届けている。年齢制限があるため毎年メンバーが入れ替わる。その短い間に多くの人に感動を届ける。期間が定められているからこそ、終わりが決まっているからこその儚い美しさを纏う。桜のようだ。

 扉が開き、拍手の中少年たちが入場してくる。今日が日本での最終公演である彼らからは緊張が伝わってくる。それでも笑顔を作ろうとしているためハニカミながら、お互いに目を合わせて口をんっと閉じる子もいる。

 そんな中、いよいよ歌が始まろうと指揮者が両手を挙げてお辞儀の合図。

 ピシッとみんなが揃って・・・

 いない(笑)。

 か、可愛い!!

 プロでありながら子供のあどけなさが垣間見える。

 彼らはオーストリアのウィーンが本拠地であるが、日本人が3人。アジアの子も白人さんも、出身はさまざま。彼らを率いるカペルマイスターという指揮者兼伴奏をする講師は中国の方。皆出身国は違えど、お互いを信頼してその存在に安心を覚え、互いに頼りにしている心の絆のようなものが伝わる。お辞儀の揃わない彼らを優しい眼で見守る講師。愛情を感じる。

 そんなこんなで可愛い幕開けとなった彼らの歌が始まった。
緊張のためか、声を出しずらそうな表情をしながらも上手い。訓練されたプロのオペラ歌手とは違うかもしれないがとても綺麗な声だった。

 というのは初めの数分の感想。

 時間が経つにつれて緊張が解れていき、どんどん声量がましていく。高音になっていく。マイクはない。こんなにも小さな身体からこんなにも大きな声が。一点の曇りもない澄んだ歌声が。堂々とした眼差しが。

 天使の歌声!天使の歌声とはこの声のことなんですね!!

 衝撃だった。心の奥に響いて釘付けになった。目が離せない。歌っている彼ら一人一人の表情を見て涙腺が緩む。

 なんの道具も持たず。彼らはその声ひとつで人々の心を動かす。感動させる。空気をひとつにする。

 そんなこと、私は一生かかってもできない。それを成し得る彼ら。もの凄いパワーと可能性を秘めている。

「このチケット、どうやって取ったんですか?」

 隣の席の女性に話しかけられた。

「えっと、ネットでたまたま行けなくて譲ってくれる人がいたので先週くらいに買いました。」

「えーーーーーーー!!!!!!こんないい席で観れることなんてないですよ!私は何回も聴きに来てますけど、かなり前から一生懸命先行チケット申込んで今回初めてこんなに近くで観れてるんです!こんないい席本当に取れないんですよ!しかも日本最終公演に!!!!!」

「そうなんだ・・・ラッキーーーーーっっっ!!!」

 私たちの初心者すぎる会話を聞いていたのだろう。その女性は興奮気味に、何度も何度も同じ言葉を繰り返した。

 女性はウィーン少年合唱団のファンであり、国籍の違う彼らがウィーンの宮殿で訓練をしていること、4つの組が世界中を周って公演していること、最近メンバーが変わって、この中には戦中にウクライナから来た子がいること、7月に学期の切り替えがあるため海外公演が今日で最後の卒業生がいることなど、多くのことを教えてくれた。その女性の説明により、感動はより増した。

 ウィーン少年合唱団の彼らとの出会い、たまたま隣に居合わせた女性との出会い、トロントでのTさんとの出会い。改めてすごく嬉しかった。

 私が医療職として働き出してすぐに世界はコロナという異常事態が始まった。世界中がロックダウンとなり、人と会うことが許されず、遠くの医療者は感謝されたが近くの医療者は嫌がられた。とても辛かったと思う。当時は必死で、そんなことを考える余裕はなかった。月日が経つにつれて周りは県境を容易に越え、旅行に行き、飲み会が開かれた。しかし医療者は許されなかった。責任感の強さも働き、私の3年間はあっという間に過ぎた。何も変わることなく。周りの人たちの人生はどんどん進んでいく中、私の人生は止まったままだった。もちろんコロナのせいだけではない。自分の選択が今を作っている。しかし「コロナ×医療職」にも少なからず原因はある。と思いたい(笑)。

 その抑えられていた感情が今年に入りリミッターが外れたかのように放出され、転職というタイミングでの海外渡航を後押ししてくれた。ここには記述不可能だが、多くの刺激をくれたカナダ。そこから今日のこの感動へと繋がる。さまざまな想いを回想するきっかけにもなり、辛い時期もあったが多くの人や物事との出会いに、繋がりに感謝の気持ちで胸が熱くなった。

 この感情を忘れないよう、このブログで言葉にした。これも新たな試み。本当に多くの繋がりから新しい景色を見せていただいていること、これを十分に楽しみたいと思う。

 と、ここまでがウィーン少年合唱団の天使の歌声と出会った後の私の心の動きである。彼らの人生が素晴らしいものでありますよう、心から願う。

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