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最初はグーなら最後もグー

~感動と学びを世界中に~
全国の講演会を取材する、日本講演新聞が届けします。

「私はじゃんけんが強いんですよ」と豪語する人がいる。
もちろん、錯覚だと思う。

過去にじゃんけんで勝った記憶を脳に残し、負けた記憶を忘れるという、素晴らしく前向きに生きている人に違いない。

じゃんけんのような勝負を決める手段は世界中にあるそうだが、初めに「最初はグー」と声を揃えて言うのは日本人だけではないだろうか。

この「最初はグー」と声を揃える人たちが、ある時期を境にじわじわと増え続け、その勢力は親から子へと伝わり、今や「いきなりじゃんけん」派の人口を超えていると思われる。

その「ある時期」とは伝説のお笑い番組『8時だヨ!全員集合』の全盛期である。
あの番組の中で志村けんが広めたのだ。

そのときの話を昨年、とあるテレビ番組でしゃべっていた。
元々は番組終了後にみんなで飲みに行ったとき、最後に誰が支払いをするか、じゃんけんで決めていた。
みんな酔っ払っているので後出しする人もいた。

そこで志村けんが「最初はグーだよ」と号令を掛け、「最初はグー! ジャンケンポン!」とやったところ、全員の呼吸が揃い、後出しもなくなったそうだ。

その後、ネタとして番組の中で使い出したら、またたく間に全国に広がった。

なにせあの番組の視聴率は全盛期には40%~50%もあった。
国民への影響力が如何に大きかったが分かる。

今回、じゃんけんについてネットで調べていたら、まじめにじゃんけんを研究している人の書き込みを見つけた。

じゃんけんとは、物理的心理的な戦いであるというのだ。

戦いに挑もうとするとき、人間は無意識に拳を握る。
つまり、グーは機能的に一番出やすい手なのだ。

そして人間の心理として、同じものを2回続けて出すのは多少違和感があるので、「最初はグー」の次はパーとチョキの勝負になることが多い。
だから、チョキを出せば勝算は高くなるという。

冒頭に「じゃんけんが強いのは錯覚」と書いたが、この構図を知っている人は本当に強いかもしれない。 

さて、ここから本題。

「最初はグー」があるのなら、最後だってあるはずだ。
最後はなんだろう。

先日、朝刊を広げて感嘆の声を上げた。
「日本いのちの花協会」というところが出した全面広告である。
おばあちゃんの顔のアップが大きく載っていた。
キャッチコピーはこうだ。

「さいごはグー。」

そう最後もグーだったのだ。
「人生を最期まで豊かに全うできるように。老いても病んでいても、人間としての尊厳が守られるように。『さいごはグー。』、ひとりでも多くの方に、そうあっていただけますように…。」と書かれてあった。

何が原因で亡くなったかではなく、どういう気持ちで、どういう人生を生き抜いたかが大事なのだと思う。
人生いろんなことがあったけど、最後はグー、すなわち、GOODで終わりたい。

日本人なら「グッド」と言いたいところだが、そこは「グー」と発音しよう。

先週、津波研究家の山本文男さん死亡の新聞記事を読んだ。
津波のときはてんでに(ばらばらに)逃げろという意味の「津波てんでんこ」という言葉を広めた人である。

人の不幸を笑うのは不謹慎だが、記事を読んでクスっとしてしまった。

岩手県生まれの山本さん、9歳のときに昭和三陸津波を経験した。
そのときは必死で高台に逃れ、九死に一生を得た。

その経験もあって津波の研究家になり、多くの本も書いた。

今回の津波のときは病院の4階に入院していて、津波の直撃を受け、カーテンにしがみついて助かった。

衣服は流されたらしく、救出されたときは全裸だったそうだ。

「津波てんでんこ」を広めた本人は逃げなかった。

「なぜ逃げなかったんですか?」との質問に、「だって津波を見たいじゃないですか」と。

さすが津波研究家。

その後、山本さんは退院し、昨年(2011年)の12月に亡くなった。
87歳だった。

「最後はグー」と言っていい人じゃないだろうか。

(日本講演新聞 2012年1月23日号 水谷もりひと 社説より)

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
志村けんさんのお名前が出てきた過去の記事を転載いたしました。
志村けんさんのご冥福をお祈りいたします。


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