能登半島地震から1年。今知ってほしい能登の魅力。
2023年12月末、私はプライベートで往復能登空港を利用し、2泊3日かけて能登地方を訪れました。地震が起こったのは私にとって2回目の能登訪問の1週間後でした。
1週間前まで活気のあった街が燃えて、崩れている様子をテレビで見た時にはショックという言葉を超える衝撃を受けました。同時に、旅先でお世話になった方々の顔が浮かびます。ホテルのスタッフはどうしているだろうか、「コロナからようやく復活してきて、これからまだまだ頑張ろう」という話をお土産店のお姉さんから聞きましたが、そのお店自体が燃えてなくなってしまいました。
今回は、能登地方の魅力を可能な限りご紹介します。他の地方の人々にとっては”被災地”というイメージが定着してしまっているかもしれません。大好きな能登の人々を応援したいとの気持ちで、観光地としての魅力をご紹介し、能登を訪れる人々や支援の輪がさらに広がっていったら嬉しく思います。
能登とはどんなところか
能登地方は「能登の里山里海」として世界農業遺産に登録されています。世界農業遺産という言葉には馴染みない方が多いかもしれませんが、地域に根付いた伝統的な農林水産業、景観、暮らし、伝統技術、文化などの「地域システム」を保全することを目指したものです。つまり、能登の「地域システム」は保全していくべき重要なものであると世界的に認められているといえます。
能登の魅力①景観
能登の景観を「どこか懐かしさを感じさせる風景」と表現した方がいます。高いビルや煌びやかなネオン、先端技術を感じさせるようなものがなく、自然と調和し、活かしていた数十年前の暮らしがそのまま残っているように感じられます。
手付かずの自然ばかりが残っているというわけではありません。山には山の、海には海の暮らしがあり、自然の力を借りてうまく利用している様子を感じられるのです。
景観で有名な観光スポットもあります。強い波の侵食によって、能登半島の西側は断崖絶壁が続いています。中でも巌門は遊覧船が出ていて、海側から特有の断崖絶壁を眺められる場所です。白米千枚田は山の高いところから海に近いところまで、山の斜面いっぱいに田んぼが連なる壮大な景色です。
都会の喧騒から離れて、生物としての人間の本来の生き方を取り戻すような感覚になりました。そんな、何気ない、落ち着いたのどかな景色が能登の魅力だと思います。
能登の魅力②食べ物
3方を海に囲まれた半島ですから、海の恵みが豊富なのが能登です。カキ、のどぐろ、カニ、甘エビ、寒ぶり、ふぐなど、冬を中心に旨みがたっぷり詰まった海産物が獲れます。海流の影響で魚の餌となるプランクトンが豊富に集まることから、この地域では健康で脂の乗ったお魚に育つのです。カキは国内の他の産地と比べて小粒なのが特徴ですが、その分旨味や香りがぎっしり詰まっています。
能登牛は年間の出荷数が少ない一方、肉質がきめ細やかで脂が上質であることから幻のブランド牛とも言われています。私はステーキやすき焼きでいただきましたが実際に食べてみると「やわらかい!!」と感じるでしょう。
イカから作る魚醤「いしり」はお土産の定番の1つです。煮物や鍋料理のちょっとしたアクセントや隠し味に使われます。
能登は実はワインの生産も行われています。ワイナリーの多くは能登空港の近くにあります。「能登ワイン」は加熱処理を一切行わない生詰製法によって生産されているため、葡萄本来の味わいが楽しめると人気です。
能登の魅力③伝統文化
能登の伝統文化といえば、塩作りと輪島塗、また様々なお祭りではないでしょうか。
輪島市や珠洲市の海沿いを車で走っていると、塩田を度々見かけることになります。この地域で盛んな塩作りは、揚げ浜式と呼ばれる製法で、浜に海水を撒き、天日干しして水分を蒸発させ、残った塩を取り出す伝統的なやり方が残されています。
輪島塗は輪島市内で取れる粉のみを使用して作られる漆器です。良質な輪島の土を使用することで丈夫な漆器ができあがります。単純に塗る、乾かす、磨くというだけでなく1つの器を作るのに124の工程があるといわれます。気の遠くなる職人芸の積み重ねで完成する輪島塗は世界からも高評価を受けています。
能登半島には伝統的なお祭りが数多くありますが、代表的なのは7月〜9月にかけて各地で行われるキリコ祭りでしょう。威勢のいい掛け声とともに燈籠「キリコ」が街を乱舞し練り歩く様は能登の人々の内に秘められた強いパワーを感じさせます。
能登へのアクセス
能登へのアクセスへは能登空港が便利です。能登空港には羽田空港とを結ぶ便が1日2往復飛んでいます。航空会社はANAです。首都圏エリア以外にお住まいの方は羽田空港での乗り継ぎ便を利用するか、小松空港や金沢駅からレンタカーや鉄道、バスでのアクセスになります。
訪れた場所
私の旅は能登半島の南部からスタートしました。震度7を記録した志賀町の景勝地である巌門や隣の羽咋市にある気多大社、本物の宇宙船があり宇宙で町おこしをしようとした職員の熱意を感じられるコスモアイル羽咋を訪問していきました。
続いて北部の被害の大きかった輪島市、珠洲市へ。輪島朝市、塩田、白米千枚田、禄剛埼灯台、道の駅すずなりの旧珠洲駅、見附島と、どれも忘れることができない素晴らしい景色です。白米千枚田や道の駅の人々の優しさも記憶にはっきりと残っています。
さらにはのと鉄道。トンネルのイルミネーションに、片手には海や能登島、反対側には能登の田園風景を眺められるのが魅力。近年は観光の需要が多いものの、かつては珠洲まで伸びる国鉄の路線であり、金沢から能登半島への重要な人とモノの移動手段でした。湾に置かれた牡蠣の養殖の仕掛けにも能登らしさを感じることができます。
能登半島地震の概要
地震の概要
能登半島地震が起こったのは、2024年の1月1日、16:10でした。
志賀町、輪島市で震度7、穴水市、珠洲市、能登町、七尾市で震度6強を観測しました。長岡市でも震度6弱を観測し、震度5強以上の揺れは隣県の富山、福井、新潟の広範囲を襲いました。
輪島市、珠洲市では道路が寸断され、孤立する地域も出てしまいました。能登地方特有の木造建築に瓦屋根の住宅の多くが倒壊し、土砂崩れによる被害も少なくありませんでした。
ニュースでも大きく報道されましたが、輪島朝市のエリアで大きな火災が発生し、朝市のほぼ全域が消失してしまったのは能登で暮らす人々だけでなく日本中の方々に衝撃を与えました。
実際に感じた地震の影響
私自身も、1週間前に訪れたばかりのお土産店が炭になってしまった様子をテレビで拝見し、ショックを超える何かを感じたことを昨日のことのように覚えています。そのお土産店は多くの旅行客から愛され、見た目が特徴的だったのでテレビでも映され、見違える悲惨な状況でもそれとわかったのです。
風評被害も少なからずありました。輪島市から100km以上離れた金沢市などの観光地へも旅行控えが地震後数週間ありました。金沢市内は地震後すぐに通常の生活ができていたにもかかわらず、旅行客のキャンセルが相次いだのです。私も1月後半に金沢を訪れましたが、観光地の方から話を聞くと例年よりお客様が少ないと言っていました。当時金沢市内では能登地方への募金やあちこちのスーパーやショッピングセンターで能登の支援のために能登地方の物産品を販売するコーナーが設けられるなど、能登には行けないけれどむしろ金沢を訪れてこれらを買うことが支援につながるのではともどかしい気持ちになった記憶があります。
自然と暮らしが調和した能登をぜひ支援、訪れてほしい
私は観光の世界に身を置く人間ではありますが、能登には2度行ったことがあるだけの縁です。親戚などもいません。しかし、2度行っただけの人間をこんな記事を書くところまで惹きつける魅力が能登にはあります。
心が穏やかになる不思議な場所
一度訪れただけでももう友達のように感じるほどの人々の強いつながり、人情をこれほどまでに感じられる場所を私は知りません。森に囲まれた能登空港に降り立つ時には「こんな森の中に空港があるのか!」と驚きましたが、実際に能登半島をまわっていると、優しい風景や空気感に心が平穏そのものになります。
輪島塗の消滅危機
先述した能登地方の伝統工芸である輪島塗ですが、消滅危機にあることをご存知でしょうか?元々、地震の前から後継者不足などの問題により消滅してしまうのではと言われていました。そこに追い討ちをかけるように地震によって作品がダメになってしまったり、工房が倒壊するなどして、生産自体厳しい状況に陥っているそうです。地震の1ヶ月後には金沢に仮の工房を開いて生産を再開できている職人もいるそうですが、今後の見通しは厳しい状況になっています。これからも支援を続けていきたいですね。
癒されたい、美味しいものを食べたいと思ったら能登へ
自然、伝統文化、人々のあたたかさが詰まった能登、実はリピーターが多いんです。一度訪れるとハマってしまうという人々が多いんですね。都会でのストレス、バタバタした忙しい生活に疲れたなと思ったあなたにこそ、ぜひ能登を訪れてみていただきたいです。
温泉もあります。和倉温泉が最も有名ですが、能登半島各地に点在しています。
能登に行ってみたい、現在の状況を知りたい、支援したいと思ったらまずは調べてみてくださいね。