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類体論の始まり

<はじめに>
高木貞治の類体論を理解したいと思うようになって十数年になる。
なにしろ、約百年前の1920年(大正九)に発表された数論で、現在も研究が進められている理論だという。

関数論の世界では、有理数が拡張されて実数になり、さらに実数から複素数に拡張され、複素関数論という豊かな領域が拓かれてきた。
その流れにハマっていた私は、有理数体Qと実数体Rの中間に、二次体や円分体という豊かな領域が広がっていることにまず驚かされる。
そして、その領域の拡張とも、一般化とも言える類体論の世界に憧れをいだいたのである。

<有理数と実数の間>
ピタゴラスの定理(三平方の定理)によって、皮肉にもピタゴラス学派さえ認めがたい、有理数ではない「√2」等が発見される。
しかし、歴史をたどれば明らかなように、この発見によって、一気に有理数が実数に拡張されたわけではない。実数論が完成するのは19世紀である。

有理数全体の「無限集合Q」を数学の領域に定着させることさえ困難な時代があり、カントール(1845~1918)の苦闘があり、群論を拓いたガロアをはじめとする多くの天才的な数学者が導いた領域の先に類体論はある。

<高木の存在定理>
それで、類体論の「存在定理」の概略を記して指針とする。
まず、一般の代数体K(例えば有理数体Q)を考える。その数体の(整数環の)中には素数のような「素イデアル」が存在する。
その「素イデアル」が「完全分解」するKのアーベル拡大体L(例えば二次体Q[i])が唯一存在する。
・・・これが高木貞治の「存在定理」の概略である。・・・

<類体とは>
そして、Kのイデアルをもとに「mod m」の「合同イデアル(乗法)群」ができ、その部分群H(m)を考える。
すると、H(m)に属する素イデアルは拡大されたLで「完全分解」する。
この時、K(Q)の拡大体L(Q[i])をH(m)の「類体」という。

<類体の例>
有理数体Qのアーベル拡大体「L=Q[i]」の例では、H(m)=H(4)であり、「mod 4」の合同イデアル群(乗法群){1,3}の部分群{1}=H(4)である。
例えば、H(4)={1}={n≡1  mod 4}の元である素イデアル「p=5」は、有理数体Qのアーベル拡大体Q[i]の中で次のように完全分解する。
→ 5=(2+i)(2−i)=(1+2i)(1−2i) 
このとき、Q[i]をH(4)の類体という。

但し、「2+i」=「1−2i」、「2−i」=「1+2i」はQ[i]の素イデアルである。なお、「単数(±i)」を乗じて同じになる場合は同値となる。

<アーベル拡大体とは>
 また、Q[i]がQの「アーベル拡大体」であることは次のように確認できる。
 まず、Q[i]は{a+bi a,b∊Z}であるから、拡大次数は「2」である。
 →記号で表すと → |Q[i]:Q|=2

 そして、Q[i]からQ[i]への自己同型写像は、次の2種である。
   e: (a+bi) → (a+bi)
   f: (a+bi)  → (a−bi)
 記号では「Aut(Q[i])={e,f}」と書く。これは「アーベル群」になり、「位数」は「2」であり、拡大次数「2」に等しくなるので「アーベル拡大」であることが分かる。

 記号では|Aut(Q[i])|=|Q[i]:Q|=2

<自己同型写像>
なお、「i」は最小多項式「x^2+1=0」の解であり、「i^2+1=0」に同型写像gを作用させると次のようになる。
→ g(i^2)+g(1)=g(0) → (g(i))^2+1=0 → g(i)=±i
したがって、e: i→i       g: i→(−i)    ・・・二つの写像が存在する.
それで、|Aut(Q[i])|=|{e,g}|=2

このことから、Q[i]はQのガロア拡大だと分かり、{e,g}はガロア群であることが分かる。→ Gal(Q[i]/Q)={e,g}

記号では、|Gal(Q[i]/Q)|=|Q[i]:Q|=2 

このことから「ガロア拡大」と「ガロア群」が明らかになる。

そして、「i=ζ4=exp(2πi/4)=cos(2π/4)+i sin(2π/4)」であり、Q[i]=Q[ζ4]である。

<同型写像の条件>
なお、同型写像fの条件は次のことが成り立つことである。
①   f(a+b)=f(a)+f(b)
②   f(ab)=f(a)f(b)
そして、fはQの元を不変に保つ。

そのため、「i」を解とする最小多項式「x^2+1=0」に同型写像を作用させると次のようになる。
f(i^2)+f(1)=f(0) → (f(i))^2+1=0 → f(i)=±i

<Q[i]内の元の様子>
ここで、K=Q, L=Q[i]について図示すると、次のようになる。

 <類体Q[√−3]について>
次に、代数体K=Qとして、Kの拡大体Lの部分群H(−3)を{n≡1  mod 3}とする。この時、H(−3)の類体Lを求めたい。

「−3≡1   mod 4」なので、判別式D=d=−3
それで、有理数体Qは、「mod 3」によって、合同イデアル群(乗法群){1,2}となる。その部分群をH(−3)={1}とする。

さて、円周を三等分する方程式「x^3−1=0」は因数分解ができて、
「(x−1)(x^2+x+1)=0」となり、「ω∊L」の「K上の最小多項式」は
一意に存在し、次のようになる。→「ω^2+ω+1=0」

ここで、自己同型写像fを作用させると→ →
→ f(ω^2)+f(ω)+f(1)=f(0) →(f(ω))^2+f(ω)+1=0
それで、f(ω)=(−1±√−3)/2=ωまたはω^2となる。

従って、Aut(L)={e,f}となり、Kの拡大体Lの次数が「2」となる。
それで、L=Q[√−3]={a+b√−3 : a,b∊Z}であれば拡大次数は「2」になるので、アーベル拡大体が定まり、Q[√−3]はH(−3)の類体になる。

なお、「ω=ζ3=exp(2πi/3)=cos(2π/3)+i sin(2π/3)」であり、Q[ζ3]=Q[ω]の拡大次数も「2」であり、・・・Q[√−3] ⊂ Q[ζ3]である。

それで、Q[ζ3]もアーベル拡大であり、H(−3)の類体になる。

このように、K=Q(有理数体)の場合にはH(m)とアーベル拡大体Lが
一対一に対応しないこともあるが、一般的にはアーベル拡大体Lは
「類体」であり、唯一つ存在する。

<「p≡1  mod 3」の完全分解>
「類体」が明らかになったので、アーベル拡大体の中での分解の様子を見ることにする。
「7 ∊ H(−3)」は、拡大体Q[√−3]において次のように完全分解する。
 → 7=(2+√−3)×(2−√−3)

なお、もう一つの類体Q[ζ3]=Q[ω]においても、「7∊H(−3)」は分解可能で、次のようになる。
 → 7=(3+ω)×(3+ω2 )

ここで、類体Q[√−3]と類体Q[ζ3]=Q[ω]について関係を図示しておくと、次のようになる。

 <ガウス和>
また、「ガウス和」による表現では次のようになる。
 → √−3=ω−ω^2  ただし、ω=ζ3である。

ガウス和を図示すると、次のようになる。

 <類体Q[√5]について>
次に、代数体K=Qとして、Kの拡大体Lの「mod 5」による合同イデアル群の
部分群H(5)を{n≡1  mod 5}とする。この時、H(5)の類体を求めたい。

この時、2次体Q[√5]の判別式は「5≡1  mod 4」なので「D=d=5」である。
有理数体Qの整数環は、「mod 5」によって、合同イデアル群(乗法群)「Z/5Z={1,2,3,4}」となる。
そして、その部分群は{1,4}と、{1}=H(5)である。

さて、円周を五等分する方程式「x^5−1=0」は因数分解ができて、
「(x−1)(x^4+x^3+x^2+x+1)=0」となる。

ここで、四次方程式「x^4+x^3+x^2+x+1=0」を解くことができて、
その一つを「t」とすると、四個の解は「t, t^2, t^3, t^4」となる。
ただし、「t=ζ5=exp(2πi/5)=cos(2π/5)+ i sin(2π/5)」である。

ここで、Qの「4次」アーベル拡大体Q[ζ5]の類数は「1」である。
したがって、「11≡1 mod 5」は、次のように完全分解できる。
→ 11=(2+t)(2+t^2)(2+t^3)(2+t^4)・・(2+t)等は素イデアル

そして、Qの「2次」アーベル拡大体Q[√5]の類数も「1」であるので、H(5)∋11は、次のように完全分解する。
→ 11=(4+√5)(4−√5)  
 (4+√5)は、ノルムが「4^2−5×1^2=11」となり、有理素数なので
素イデアルであることが分かる。

また、ガウス和は、√5=ζ−ζ^2−ζ^3+ζ^4となる。
図示すると、次の通りである。(ζ=ζ5である。)

 <類体Q[√−5]について>
ところで、Qのアーベル拡大体Q[√5]では、元が数直線上に並ぶ。
しかし、Qのアーベル拡大体Q[√−5]では、複素平面上に元は格子状に並ぶ。実二次体と虚二次体の違いである。

そして、「−5≡3  mod 4」なので、2次体Q[√−5]の判別式は「D=4d=−20」である。
それで、Qの(整数環の)「mod 20」による合同イデアル群の部分群をH(−5)={n≡1  mod 20}とする。

すると、Q[√−5]は、H(−5)の類体であるから、H(−5)の元である41は、次のように完全分解する。
→ 41=(6+√−5)(6−√−5)

ここで、(6+√−5)はそのノルムが「36+5=41」となり、有理素数になるので「素イデアル」であることが分かる。

<Q[√−5]は「類数が2」>
また、Q[√−5]の「類数は2」である。それで、「6」はQの元でもあり、Q[√−5]の元でもあり、素元ではない。
それで、既約元に分解すると、次の二通りになる。
→ 6=2×3
→ 6=(1+√−5)(1−√−5)
「2, 3, (1+√−5), (1−√−5)」・・・これらは「既約元」ではあるが、「素元」ではなく、ノルムが有理素数でないことから「素イデアル」でもない。

<単項でないイデアル>
拡大体Q[√−5]におけるイデアルは、「単項イデアル」ばかりではない。
例えば、「イデアル2」を(2)と表すと、次のように「分岐」する。
→ (2)=(2, 1+√−5)^2 ・・・(これは単項イデアルではない。)

拡大体Q[√−5]で分岐するのは(2)と(5)だけである。
→ (5)=(√−5)^2

<二種類のイデアルの集合の群=イデアル類群>
ここで、Q[√−5]におけるイデアルについて整理しておく。
すべてのイデアルが「単項イデアル」である整数環は「単項イデアル整域(PID)」といって、(数において)素因数分解の一意性が保たれる。

ところが、Q[√−5]における全イデアルは、単項イデアルの集合Aと、Aの元に(2, 1+√−5)を掛けてできるイデアルの集合Bに分類される。

そして、集合{A,B}は{B^2,B}に等しく、「位数2」の巡回乗法群になる。

 この乗法群のことを「イデアル類群」と呼び、その集合の「位数」を「類数」と呼ぶ。

<イデアルの計算方法>
一つの例として、Bの元であるイデアル(2, 1+√−5)は、2乗すると単項イデアル(2)となり、Aの元になる。

その計算は次の通りである。
→ (2, 1+√−5)(2, 1+√−5)=
  =(4, 2+2√−5, 2+2√−5, −4+2√−5)
  =(2) (2, 1+√−5, 1+√−5, −2+√−5)
  =(2)(1)=(2)

基本的なイデアルの計算は次の通りである。
【共通因数がなく「互いに素」な場合のイデアルは(1)になる。】
★ (2)(2,3)=(4.6) (2,3)(5,7)=(10,15,14,21)=(1) 
★ (4,6)=(2) (2,3)=(1) (2,3,α)=(1)

 <(6)の素イデアル分解>
さて、(6)の分解が一意に定まるように「イデアル」の概念が導入されることになったという。その結果は次の通りである。
→ (6)=(2, 1+√−5)(2, 1−√−5) (3, 1+√−5)(3, 1−√−5)
     (P) × (p)  ×  (Q)   ×  (Q)
(P)(P)=(2)                 (Q)(Q)=(3)     ☆ (p)と(P)、(Q)と(Q)は共役
(P)(Q)=(1+√−5)          (P)(Q)=(1−√−5)

計算を例示すると、(P)(Q)=(2, 1+√−5)×(3, 1+√−5)
=(6, 3(1+√−5), 2(1+√−5), (1+√−5)^2 )
=((1+√−5)(1−√−5), 3(1+√−5), 2(1+√−5), (1+√−5)^2 )
=(1+√−5){(1−√−5), 3, 2, (1+√−5)}
=(1+√−5)(1)=(1+√−5)

イデアルの計算から、イデアル(P)、(Q)の「ノルム」が明らかになる。
すなわち、N(P)=(P)(P)=(2),  N(Q)=(Q)(Q)=(3)であり、ノルムが有理素数であるので、イデアル(p),(Q)は「素イデアル」であることが分かる。

<ここから始まる類体論>
さて、これまで、二次体Q[√−5]は、「−5≡3   mod 4」であるから、判別式D=4×(−5)=−20により、{p≡1  mod 20}をH(−5)として、その類体であることを示してきた。
そして、類体であることから、有理素数41∈H(−5)は、Q[√−5]の中で「完全分解」することを例示した。

しかし、{p≡3,7,9   mod 20}に属する素イデアルもまたQ[√−5]の中で「完全分解」し、{p≡11,13,17,19   mod 20}に属する素イデアルは、Q[√−5]の中でも素イデアルのまま「惰性」することには全く言及していない。

私の「類体論」はまだ始まったばかりである。






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